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【南倉】夏の幻影【南天】



 いつの頃からか、真夏の空を見上げる癖がついた。
 
 ……いや、いつからなんかじゃない。
 あの、日本が一番重苦しく酷く暑かったあの夏からずっと俺は、夏の空を見上げている。
 夏の空の奥、浮かぶはずもない影を探して今も俺は……


  ■ ■ ■




 早朝の、真夏の空にしてはまだ白さの残る天空を、疾く駆け抜ける三つの機影。先行する二機から少し遅れる一機から、薄く煙が上がっている。

「どうした!? 南沢、遅れているぞ!」

 無線機から聞こえるのは、三国の声。この隊の隊長を務める。と、同時に後援機の操縦士である神童からも、同じような声が飛び込む。

「南沢さん!! 機体が傾斜しています! 高度も下がってますっっ!!」

 南沢は目の前の計器を睨みながら、どこか飄々とした口調で緊迫感を漂わせる二人に答えた。

「ああ、分ってる。俺の機体は三国達の機体と違って、車田が整備した訳じゃないからなぁ。調子は悪いが、騙しだまし目標まで飛べないこともないだろう。帰りの心配は要らないし、少し遅れるだけだ」

「でも! あっっ!!」

 神童の叫びと同時に、南沢は自分の機体におきた異常事態を認識した。

( ちっ! 尾翼あたりがいかれたか。どうせ落とすにしても、まだ早い!! )

 尾翼を損傷すると、安定した飛行は難しくなるが飛んで飛べない事は無い。飛ばせるだけの腕はあると、南沢は思う。それに ――――

( ……三国達だけを行かせる訳には、行かないからな )

「不時着しろ、南沢」

 南沢がそう思っていた時、静かな落ち着いた声で三国そう言ってきた。

「なぜだ? 三国。俺もこの機体も、ちゃんと目標まで飛べるぜ?」
「お前らしくないな、南沢。状況把握が甘いぞ。なぁ、神童!」
「は、はい! 三国さんの言う通りです。尾翼の下から出ていた煙の勢いが増してます!! こちらから火の粉も見えますし、かなり危険です!!」

 落ち着いた三国の口調に比べ、実際に目視できる神童の声には焦りと緊張感で声が裏返りかけている。

「どうせ敵艦にぶつけて爆発させる機体だ。後、もう少しじゃないか」
「……だめだど、南沢。途中で爆発墜落したら、それこそ犬死だど。ここは、三国の言う通り不時着しろ」
「天城……」
「そうです! 南沢さん。早く不時着してください!!」

 泣き出しそうな神童の声が、天城の声に重なる。

「……この先、大きな池のある場所を通る。そこで不時着しなかったら、海岸線に出たところで、神童に尾翼を撃ち抜かせるぞ」

 落ち着いた、というより冷ややかな怒りさえ感じさせる凄味のある口調で三国が言い放った。

「おい、三国……」
「さぁ、どうする南沢」

 三国は普段は物静かな温厚な性格だが、一度こうと決めたらやり抜く気概の持ち主だ。先に言ったことは、必ず実行させるだろう。

「……判った。だけど俺もすぐ、後を追うからな!!」
「ああ。それじゃ、俺達は先に行く。まぁ、そんなに急ぐこともないからな」

 南沢の返事を聞いて、三国の口調が柔らかなものに変わる。最後の一言が、三国の本音だろう。

「安心してください。三国さん達は、俺が無事目標まで送り届けます!!」
「お前こそ、気を付けろよ!! 俺の代わりに、落ちるんじゃないぞっっ!」

 神童の通信へ、南沢はそう返信した。

 不時着するため高度を下げた南沢の頭上を、神童の後援機が通り過ぎる。目標までの片道分の燃料しか積んでない南沢達と違い、神童の戦闘機は帰る事を許されている。しかし、目標撃破の為に重たい爆薬を積んだ南沢達の機体では戦闘行為は出来ない。それを一手に引き受けるのが神童の役目だ。帰る事が許されているとはいえ、南沢達同様、非常に危険な任務であることは変わりないのだ。


  ■ ■ ■


「……爆撃機三機に、戦闘機一機。どこの隊だろう?」

 軍需工場へ勤労奉仕に出る前の僅かな時間、誰も居ない池の側の草原でボロボロのサッカーボールを蹴っていた俺は、近づいてきた爆音に空を見上げ、何気なく呟いていた。

「千葉か栃木の隊だろ。この辺りは第一航空軍の指揮下だから」

 同じ勤労奉仕仲間の倉間先輩が、面白くもなさそうな調子で俺の呟きに答えてくれた。

「詳しんですね、倉間先輩」
「ああ。俺が中学(旧制)に入学した時、部活で良く面倒見てくれた5年の先輩の何人かがそっちに行ってるからな」
「部活って、サッカー部?」
「他に何がある?」

 そう言うな倉間先輩は、ひょいと俺の足元からサッカーボールを奪い、ゴールに見立てた崩れかけの壁に向かって鋭いシュートを放つ。

「実力があれば、下級生だってなんだって関係ないって言ってくれて、俺とツートップ組んでくれた先輩なんだ」

 そう言う倉間先輩の口調は、いつもの斜に構えたとっつきにくい感じのものでなく、柔らかな大事な事を語るような口調だった。だから、あった事の無い俺でも、倉間先輩がその5年生の先輩を慕っている事を、何気に察することが出来た。

「それじゃ、心配なんじゃないですか? そちら方面からの出撃とかあったら……」
「……それを承知で、入隊した人だから。俺だって、まさか疎開先がこんな出撃コース上だと思わなかったし」

 同じ心配をするにしても、遠くで思うのと実際飛び去ってゆく姿を見るのでは大違いだ。毎回、どんな思いで蒼穹に消えてゆく機影を見送っているのだろう。

「……あの、疎開させられた時、まだ小学生だった俺は仕方ないとしても、倉間先輩は中学生だったんですよね? それが、どうして……?」

 俺の質問に、倉間先輩がぎろりとした目を向けてきた。

「あの、もしかして……」

 

 


 

■ ■ ■


「さて、と。午前中の診察は終わりだな」

 俺はまだ待合室から聞こえる子ども達の声に耳を傾けながら、診察用の椅子から立ち上がった。多少具合が悪くても、子どもは元気なものだ。診察室の扉越しに聞こえるそんな子ども達の声と、窓の網戸越しに聞こえる蝉の鳴き声が待合室の扇風機から送られる生ぬるい風にかき混ぜられている。

 明るく賑やかであればあるほど、どこか物寂しさを感じるのは何故だろう?

「う~ん。そろそろ俺の診療所も、エアコンが必要かな?」

 最近は家庭用のエアコンも出回りだしたようだ。それなら、俺でも手を出せるだろう。風を入れる為の網戸は、けたたましい程の蝉の声も素通りさせる。真夏の日差しや熱気だけでも十分暑いのに、蝉の大合唱で耳まで暑くなる。

 あの日の様に。
 蝉の声が、俺の頭の中いっぱいに鳴り響いて、何も考えることが出来なかった、あの暑い夏の日のように。
 窓辺に近づき、網戸越しに夏の空を見上げる。

「……どんなに季節が暑くても、あなたは冷静なままなんでしょうね。南沢さん」

 少年のひと夏の、ほんの短い間だけ一緒に過ごしたその人の面影を、俺は思い返していた。


  ■ ■ ■




 
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Date:2012/10/30
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