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□ 南沢さんと倉間くん □

らんまなくらま


 十一月の初め。
 三年生も引退し、部活の中心は俺ら一・二年生。
 さぁ、頑張るぞ!! と意気込んだ途端、急に雨が降りだし俺はびしょ濡れになった。

( や、ヤバイっっ!! 急いでお湯被らねーとっっ! )

 緊急事態に俺は周りも見ずに、部室目指して走り出す。
 その時、ドンッッ!! と誰かにぶつかった様な気も……


  ■ ■ ■


「おい! 倉間!!」
「ひっ! な、なんすっか、南沢さん……」

 突き刺さるような声で呼び止められ、俺はびくっと肩を震わせる。俺を呼びとめたのは、同じFWでツートップを組んでいる二年の南沢先輩
 練習中、急に降り出した雨で濡れたユニフォームの胸元辺りをさりげなく手で押さえ、俺は先輩の前に立っていた。

「お前、雨が降り出した途端、練習放り出してどういうつもりだ!?」
「あっと…、そのぅ……」
「モゴモゴせずに、さっさと理由を言え!!」

 俺を上から見下ろし(……って、この部では南沢さんに見下ろせる部員なんて俺しかいないけど)、その不思議な模様の瞳で俺を睨み付けてくる。

 うわ、うわ、うわっっっ~~~~
 済みません、済みません、済みません!!!
 これには理由があるんです、雨が嫌で練習を放り出した訳じゃありません!!

 でも、言えないんです!!
 俺の、『男の沽券』にかけても言えないんですっっ!

「済みません!! 先にシャワー使わせてください!!!」

 俺はそう叫ぶと、やはり胸元を隠しユニフォームを着たままシャワールームに飛び込む。温度調節のハンドルを熱めにして頭から被る。

 取り敢えず、『男』に戻らないと!!

 かなり熱いシャワーの雨に打たれ、ほっとする。
 これで、大丈夫。
 後は……

( そうか、南沢さんがいるんだっけ。どう、誤魔化そうか…… )

 俺がシャワーを止め、そんな事を考えていたら、隣のシャワーブースから勢いよく冷水シャワーの攻撃を受ける。
 たちまち、俺の体は ――――

「何ふざけた真似してるんだ! お前は!! とっとと中から出てこい」

 怒った南沢さんが俺の入ったシャワーブースを開き、鬼のような形相をして立っている。俺はすっかり変化した体を隠すように床に座り込み、足を縮め胸元を必死で隠すように抱き寄せていた。

「うあ、止め……っ! 見る、っな!!」
「……お前、その姿……」

 たっぷりの冷水シャワーの水気で俺の体のラインはユニフォーム越しでもはっきりとわかる。肌の色まで透けている。

( うっうっうっ~~~~!! 一番見られたくない南沢さんに見られたぁぁぁぁ~~~!!!! )

 俺は絶望した。
 今まで、家族にも隠し通してきたのに、ここで、こんな場面で、よりにもよってこの南沢さんに見られるなんて……、絶望したっっ!!

「倉間、お前……」

 俺の異変に気付いた南沢さんが、俺を覗き込むように近づいてくる。
 俺は思わず、顔を背けた。

 じり、じり、じり、カシャ、 ――――

 その半端ないエロス漂う不思議な眼差しが俺を貫くようで、顔を背けていても突き刺さる視線が痛い。

( 俺、もうダメかもしれねぇ…… )

 部活の先輩で、同じポジションで、ついでに現雷門サッカー部のエースストライカーの南沢さんの事を、こう言うのは気が引けるのだけど、この人はいろんな意味でヤバイのだ。

 雷門のエースストライカーのくせに、サッカーをやっているのは内申の為と言い切って憚らない。まぁ、今は『管理サッカー』のご時世だ。逆らわずにエリートコースに乗った方が賢い選択なんだろう。

( だけど、俺はそこが気に食わない!! 仕方ないなら仕方ないで、他の二年生の先輩方みたいに、悔しそうな様子が見られれば俺だって…… )

 そう、いつか俺が南沢さんを追い越した日には、言ってやりたいことがある。

( 内申、内申って、サッカーを内申の道具みたいに扱うから、後輩の俺にエースの座を奪われるんすよ!! )

 って。
 ……中々、そんな日が来ないのが、また腹立たしいんだけどな!

 で、身長が低い事さえなければ、おそらく現在の雷門校生の中じゃ一番のイケメン、加えて頭も良いと来ている。となると周りの女の子がほっとかない訳で、いつも周りに女の子を侍らせている。
 あの瞳で見つめられて落ちない女の子はいないって噂で、それでまぁ、当然、そーゆー事も……。

( だから、だから嫌だったんだよっっ!! 男の時でも練習中に、ドキっとさせられる事があるんだから! それなのに、こんな体じゃ俺…… )

「お前、女だったんだな」

 ああ、言われた!
 そーですよねっっ!!

 俺も、そう思います。
 今の俺は、どっからどー見ても『女の子』ですよね!!

 ……いやだから、そんなエロい目で見ないでくださいって!!

 恥ずかしくて、顔から火が出そうっす。
 お願いだから、その視線を外して……

 南沢さんが、俺の体を頭の天辺から足の先までジロジロと無遠慮なまでに見つめているのを感じる。まるで土曜の朝の新聞に入っている、間違い探しのパズルを解くように。
 濡れて肌に張り付くユニフォームが気持ち悪い。でも、こんな視線にさらされながら着替えるのは、もっと恥ずかしい。
 自分でだって判ってる。同学年の中でも取り分けチビな俺が、女の子化すると、それはまた小さく華奢になってしまうって事。手足はほっそりと、今にも折れそうなくらい細くなる。そのくせ、普段サッカーで鍛えている分、太もも辺りはそこそこに張りのある良い形の筋肉がついて、ウエストは更に絞られ、そしてそしてなんでそんな事になるのか分からないが自分でもびっくりするくらい巨乳だったりする。目つきの悪い三白眼でさえ、どこぞのエロゲのツンデレ少女のようになって……

「……いい女だな、お前。俺の彼女にしたいくらいだ」

 マジマジと、そんな感心するような言い方するなぁぁぁ~~~、南沢先輩っっっ!!!

「お、俺っっ!! 先輩の取り巻きの仲間なんかにはなりませんからねっっ!」

 前もって、そんな予防線を張っておく。

「それに俺、すぐ男に戻れますし!」

 え~い、ここまで秘密がバレてるんだ。
 このまま、他の部員に見られるのも騒ぎを大きくするだけだと、俺はまた熱湯シャワーを頭から滝の様に浴びた。


  ■ ■ ■


「…………………………」
「…………………………」

 部室に置いてあるベンチに腰かける俺と南沢先輩。
 俺はホカホカと湯気の上がる体に、腰にはスポーツタオルを巻き、肩にはバスタオルを羽織り、頭にはフェイスタオルを被った姿。
 南沢先輩が横目でジロッと、俺の姿を見る。

「……男だな、倉間」
「もともと男っす、俺」

 はぁとも、ふぅともつかないため息をつくと南沢先輩が、俺にこう尋ねてきた。

「で、お前の体は一体なんなんだ?」
「なんなんだって、人間っすよ」
「てっきり爬虫類好きなお前だから、温度で性別が変わるカメ人間かと思った」

 しれっと、そんな事を言う。

「俺のどこがカメっすかっっ!! それにカメだって、孵化する時の気温で雌雄が決まるって言うだけで、生まれてしまえば途中で変わることなんてありません!!」
「じゃあ、どうしてそうなった?」

 その一言は、本当に真剣な響きを持って聞こえた。

( 南沢さん…… )

 本当に俺の事を心配して……?
 俺はぐっと、息を飲み込む。こんな話、あの時聞いた俺だって馬鹿にしていた。現実主義者の南沢さんなら、もっと馬鹿にするだろう。だけど、他に原因は思い当たらない。

「……九月の終わり頃に俺ら一年は、自然教室に二泊三日で行ってました」
「ああ、あれか」
「行った先、○○高原だったんですけど……」
「へぇ、そうなのか。俺達の時は海だったぞ。救命胴衣着けて、カッター訓練があった」

 山と海の違い。
 出来れば、俺も海の方が良かった。
 それなら、こんな目に合わずに済んだだろうし、浜野あたりは大喜びだったはず。

「そこの高原の山寄りの所にあるお寺が宿舎だったんすけど、その寺の近くに小さな泉があって……」
「ふぅん。で?」
「立札があって、泉に入るべからずって。でも、その日はとても暑くて、おまけに俺風呂当番で、五右衛門風呂を薪で沸かしてたら熱くてたまんなくて」
「で、入るなって立札のあった泉に入ったんだな? 倉間は」

 俺は小さく、こくりと頷く。

「入った途端、物凄く水が冷たくて体中ゾクゾクして、これは拙いと思ったから、すぐ自分が沸かしていた五右衛門風呂の湯を被って……」
「ふむふむ」
「その日の夕食の時に聞いた住職の話があまりにも有り得ねぇ話だったから、本当は水の冷たさで心臓マヒを起こさないよう、入るべからずって立札があるんだなと」

 俺はそこで、言葉を切った。
 こんな話、やはり話し辛い。

「肝心なのは、その住職の話だな。とっとと話せ」
「あ~、う~ まぁ、つまり……、その泉は呪われているって話で。何でも若い娘がその泉で溺れて亡くなったせいで、男が入ると女になるって」
「へぇ……」

 南沢さんの、そのへぇぇ、が俺には馬鹿にしているのか本当に感心したのか分からない。

「お湯を被れば元に戻れる、その代り冷たい水を被ればまた女に、って呪いだそうです」
「そうか、お前。呪われたのか」

 そんな話、馬鹿にするかと思ったら、意外にも南沢さんはあっさり信じてくれた。

「……信じるんすっか!? 南沢さん」
「あぁ? 呪いかどうかは知らないが、今のお前が水を被れば女に、お湯を被れば男になるのは、この目で見たからな」

 はぁ、まぁ。
 現実主義者の南沢さんらしい。

「それで、その呪い。解く方法はあるのか?」
「判らないっす。とにかくお湯を被るしかないみたいで……」

 そこまで話して俺は、自分のやっぱり絶望的な状況に正直不安になってきた。

「……なにかあるんだろうな。取り敢えず、今日の事は皆には黙っておいてやる。お前が勝手に練習を抜けた事も誤魔化しといてやるから、この借りは後で返せよ」

 珍しい事に、そんな親切な事まで言って南沢さんは部室を後にした。


  ■ ■ ■


 あの日の事は、急に降り出した雨のせいで俺が腹を下し、トイレに立てこもった、という説明で済まされていた。もうちょっと、良い言い訳は無いものかと思うが、そのお蔭で次の日は皆に労わられたことを思えば、一寸心が疼くが、悪い気はしない。

 そして、その数日後の日曜。
 俺は南沢さんに、自宅に呼び付けられた。

「うぃ~すっ! お邪魔しまーす」
「ああ来たか、倉間。来たばかりだけど、すぐ用意してくれ」
「へっ? 用意? なんなんすか?」

 状況が飲み込めないまま、俺はバスルームに放り込まれた。

「着替えの用意はこちらでした。お前はとっとと水を浴びて女になれ」
「なっっ!? 何言ってるんですかっっ! 南沢さん!!」
「着替えが済んだら、俺とデートだ」

 はぁぁぁ!? なんで、俺があんたと???
 しかも、俺を女体化させて!?

「南沢さん! あんた、普通の女の子に飽きて、俺まで食いモノにしようってんですかっっ!? どんだけ、エロみ沢なんだよっっ!!」
「五月蝿い、黙れ。嫌ならいい。お前の女体姿、皆にバラすだけだ」
「へっ!? そんなの、どーやって……」

 そう言った俺の目の前に、ピラっと差し出された一枚の写真。
 見た瞬間、俺の顔が真っ赤になる。

 シャワーに濡れてユニフォームから浅黒い肌が透けている、小柄で華奢なくせに存在を強調する大きな胸、目を引く桜色の乳首。美味しそうな太ももに、生意気そうな目が半分泣き出しかけてて、物凄く男心をそそる。

「その手の投稿雑誌に送りつけても、良い小遣い稼ぎになりそうだな。お前が別人だって言い張っても、この顔でこのユニフォームじゃなぁ。なぁ、倉間。お前、どーする?」

 あの不思議な目が、面白そうに歪な笑みを浮かべている。

「こ、これ! あの時のっっ!! な、なんで隠し撮りなんて……」
「気付かなかったお前が悪い。ちゃんと真正面から撮ったのに」

 真正面からって、俺あの時恥ずかしくて顔背けてたのに。

「……安心しろ。何も今お前を彼女にするつもりはない。ただ、彼女の芝居をしてくれるだけでいい」
「芝居……?」
「ああ。女の子からの申し出を断るのも面倒で放って置いたら、色々な……」

 あ~あ、そうですね。
 校内一、おモテになる南沢先輩には俺なんかには分からないよーな、ご苦労があるんですね!

「……………………………」
「もう二年生の後半だ。受験準備もしなければならないし、サッカーの練習だって手を抜く訳にはいかない。煩わしさとは手を切りたい」

 ……人と人の付き合いも、煩わしいと感じたらあっさりと手を切る人なんですね、南沢先輩は。

「……つまり、勉強とサッカーの為に、プレイボーイを返上するってことなんすか?」
「ん? そう取ってもらって構わない」

 はぁぁぁと、ため息一つ。
 借りたモンは返さなきゃならないし、学生らしく身を慎むための人員整理と思えば……

「判りました。でも俺、女物の服なんて着たことないから可笑しな事になっても知りませんよ?」
「そこは、俺に任せろ」

 にっこりと良い笑顔で笑う南沢さん。
 なんで、こんな事になったんだ? 俺。


  ■ ■ ■


 外はそろそろ、木枯らしも吹こうかと言う季節。
 なのに、俺の今の恰好は……。

「南沢さん、俺 寒いっす」
「喋るな、倉間。女の子は、そんな言葉使いしない」
「だって、ほんとーに寒いんですけど!!」

 俺はガタガタと震えながら両腕を前で組んで、少しでも胸元に当たる風を避けようとする。
 南沢さんが俺に用意した女物の服は、およそ今の季節に似合わないものだった。上に着ているのはニット製の腹巻みたいなもの。袖は無いし、胸元は中心で皺を寄せてリボンを付けたデザイン。大きく開いて、胸の三分の一は丸見えだ。スカートも丈の短いヒラヒラふわふわしたもので、裾にウサギの尻尾みたいな飾りがぐるりとついている。一応、上着もあるんだけど、それも丈の短い前の開いた長袖。前が開いてるから、折角の長袖でも、腋の下まで冷たい風が入ってくる。足だけは、低い踵のミニブーツだけど。
 髪型も変えられた。カチューシャとか言うのを付けられて、前髪全部をオールバックに上げる。普段でも、顔全部晒すのに抵抗があるのに、なんでこんな格好の時に、勢いよく全部上げるんだ!? 顔、丸見えじゃん!? その上、化粧まで。

 寒いよ、俺。
 俺、今の自分の姿が色んな意味で寒くて仕方ないんですけど。
 こんな俺を、自分の彼女だと言う南沢さんも、かなりアレですよ?

「はぁ、仕方がないな。ほら、これでどうだ?」

 と、南沢さんは突然を俺を抱き寄せ、自分の腕の中に入れてしまう。

「こうしてくっついて俺を風よけにしていれば、少しはマシだろう」

 照れもせずに、そんな事を言う。
 俺の顔は、恥ずかしさと訳の分からない何かで、もう真っ赤だった。

「あっ! 南沢君!!」

 人通りの多い駅前を、こんな格好の俺を連れて南沢さんは歩く。今、南沢さんに声をかけたのは、確か学校でも十本の指に入る頭の良い女子生徒だ。顔もまぁまぁ、可愛い部類。なんかとてもおしゃれしているような気がするのは俺だけだろうか?

「ありがとう、呼び出して悪かったね。この前借りていたノートを返そうと思って」

 と、にこやかな笑顔を見せて一冊のノートを差し出す。

「じゃ、また学校で」
「あ、あの! 今日は、その……」

 モジモジと、その女の子は口ごもる。
 その様子に、流石の俺もピンときた。

「……南沢さん、南沢さん。彼女、南沢さんとデートだと思ってるんじゃ」

 小声で囁く。

「だろうな。だけど俺は一言もデートするとは言ってない。借りてたノートを返すと連絡しただけだ」
「それなら、学校で返せば良かったんじゃ……。なんか、可哀そうっすよ?」

 そう言う俺を、南沢さんは不思議そうに見る。

「……倉間、お前って良い奴?」
「はぁ? なんすか、それ」

 まだ何か言いたかった俺の体をワザとの様に引き寄せて、南沢さんはその彼女にこう言い放った。

「済まない。彼女が寒がってるんで、これで失礼する」
「彼女っっ!? だって、南沢君はみんな平等に扱っていて、特定の彼女は持たないって……」
「取り巻きじゃないから、彼女は。君から、他の取り巻きたちにも連絡しておいてくれないか? 今までみたいに、俺と付き合う必要はないからと」

 男の俺が聞いても、ひっでー言い草だと思う。
 取り巻きたち(?)は、今まで南沢さんの為に色々してきたんだろ? 
 それを、こんな風に一言で片づけちまうのか?

 ほら、彼女泣き出しちまったぞ……


  ■ ■ ■


「南沢さん、俺 この役嫌っす。なんか、心が痛い」
「お前が気にすることはないだろう? 俺の本物の彼女な訳じゃないし、それどころか本当は男だし」
「でも……」

 寒い寒いと震える俺の為に、今は温かな暖房の入ったカフェで熱いココアを飲みながら一息ついているところ。

「……それに、俺は最初に言っているんだ。俺と付き合っても、彼女と言う訳じゃない。他にも同じような立ち位置の娘達がいるけど、それでも構わないのか? ってね」
「南沢さん……」
「俺が本当に付き合いたいと思う相手が出来たら、今の関係はすっぱり清算するからともな」

 と、涼しい顔をして南沢さんはコーヒーを飲んでいる。

「それなら、最初から断っておけばいいのに」
「俺に付き合いを申し込もうとする女の子達は、そこそこ自分に自信が有る子ばかりなんだ。だから一回や二回断っても、引き下がる事は無い」
「へぇぇ……」
「な? 面倒だろう」

 コク、と一口コーヒーを飲み下す。

「じゃ、もともと彼女がいるって言っておけば……」
「連れてこいとか、証明しろって言われるのがオチさ。それに俺は正直者だから、嘘はつきたくない」

 嘘はつきたくないって、十分今も嘘吐き続行中ですが!?
 そんな俺達のテーブルに、ゆらりと数人の影が落ちた。

「?」

 仰ぎ見てみれば、校内でも有名な美人才女な皆さん方。
 後ろの方に、さっきノートを返した彼女が、目を赤くして立っている。

「南沢君! あの子から連絡を受けたんだけど、一体どう言う事っっ!?」

 取り巻きの中でもリーダー格の子が、そう南沢さんに詰め寄る。

「どう言う事もそう言う事も、見ての通りさ。本気で付き合いたい相手が出来たから、君達との関係は清算する。それだけの事だ」
「本気で付き合いたい相手って、その娘っっ!?」

 びしっと綺麗に手入れされマニキュアを塗った指先で、鋭く指さされる。その瞬間、俺の胸は電撃で撃たれたような痛みすら感じた。

( 済みません、済みません! 俺、彼女じゃないっすっっ!! こんな姿だけど、ほんとーは男っす。この人でなしの嘘の片棒担がされてるんです!! )

 そう叫びたかったけど、叫べば自分の『男』としての人生も終わってしまうのが判っていたから、顔を俯け小さな体をさらに小さくして、じっとその場に固まっていた。

「なによ! その色黒のチビ!! まるで、部活でコンビを組んでいる一年生みたいじゃない? 南沢君、そーゆーのが趣味なんだ」
「ホント、細っこくて目つきの悪そうなところも一緒ね。それに胸が大きすぎる娘って、頭悪いし」

 ……あ~、なるほど。
 確かに俺、頭良くないもんな。だから、こんなに俺の胸デカいのか。
 納得、納得。

「お前達……」

 俺の前で、今まで聞いた事のないほど低くドスの利いた声を出した南沢さん。
 何か、怒ってる?

「とにかく、私たちはその娘を南沢君の彼女だなんて認めない!! だからと言って、別れろなんて言わないわ。ただ、その娘と私たちを分け隔てないで欲しいの。その娘にしてあげるのと同じことを、私たちにもして欲しいって、それだけなのよ!?」

 ……確かに、面倒臭い。
 そんなに、良いのかな? 南沢さんって。
 大勢の中の一人で良いなんて、謙虚すぎだろ? あんた達。
 
 俺なら、ヤダね。
 そんな軽い扱いされるくらいなら、華麗に蹴り飛ばしてこちらからきれいさっぱり別れてやる。

「……判った。こいつにしたい事を、お前達にもしてやればいいんだな?」

 感情が掴めない声、表情が浮かばない瞳。

「えっ……!?」

 南沢さんの席の近くで、顔を近づけるようにして抗議していた女の子の頭に手を伸ばし、いきなり引き寄せると公衆の面前で南沢さんは、明らかにどんな思いも籠ってない形だけのキスをした。
 キスをされた女の子は、自分の唇を押さえ、体を震わせている。目にはいっぱいの涙。

「次は誰だ?」

 ぶっちーんっっ!! と俺の中の、何かが切れた。

「あんたっっ!! 今、自分が何をしたか分かってんすかっっ!」

 テーブルを叩いて、身を乗り出し、南沢さんの顔面に迫る。

「何って、お前と同じように扱えと言うから、キスを……」

 ビッターンっっ ―――ー !!!!
 派手な音を立てて、南沢さんの横っ面を張り飛ばす。

「俺、いつあんたとキスなんかしましたっっ!? って言うか、あんた女の子の気持ち、これっぽっちも考えてないでしょう―が!! あの娘にとって物凄く大事なものを、たった今、あんたが壊したんですよ!」

 俺は思わず立ち上がり南沢さんの横に移動すると、集まっている女の子達に向かって、自分がした事の様に深く頭を下げた。

「こいつの事は、後できっちり締めておくから!! 本当にゴメン!! 謝っても許してもらえないかもしれないけど、本当に本当にゴメン!!」

 もう一度、深く頭を下げるついでに、俺の隣でまだ頬を撫でている南沢さんの頭をむんずと掴んで、テーブルに叩きつけるように下げさせた。

 カフェの中は、水を打ったようにシーンと静まり返る。
 俺は、自分の心臓の音がこんなに大きく聞こえたことはなかった。

「……判ったわ。確かに私たちじゃ南沢君の彼女には相応しくないようだわ」
「へっ!?」

 俺は思わず上目づかいで、そう言った女の子の顔を見た。すると、もう一人も ――――

「そうね。私たちじゃ、そんな風には南沢君に接せない。案外、あなた達お似合いのカップルね」
「えっ? あの…、もしもし?」

 ……なんだか妙な状況になってきたぞ。

「もう良いわ。これからの南沢君の面倒は、貴女が見てあげてね。私たちは私たちで、本当に大事にしてくれる人を見つけるから」

 そんな言葉を残して、南沢さんの取り巻き達は綺麗に居なくなった。


  ■ ■ ■


 あんな騒ぎを起こしたんじゃ、そのカフェに居座ることも出来ず、俺達もそそくさと店を後にした。俺が勢いよく南沢さんの頭をテーブルにぶつけたものだから、南沢さんの額には小さなコブが出来ている。それを近くの公園のベンチに座って、手洗い場の水でハンカチを塗らし冷やしている。

「……なぁ、倉間」

 額に乗せたハンカチの所為で、南沢さんの表情は良く見えない。

「な、なんっすか? 南沢さん」
「お前、やりすぎ」

 不機嫌そうな声。だけど、そうなったのは自業自得だろっっ!? と俺は思う。

「……そうっすか? でも俺、謝りませんよ」
「まぁ、良い。これで後腐れなく、彼女たちとは縁が切れた」
「あー、良かったすね。んじゃ、俺もこれで。こんなバカらしい事、とっとと終わりにしましょーよ」

 こんな格好じゃ、外は寒い。
 それに行き交う人が、俺の胸元を覗き込んでいるような気がして恥ずかしいし。

「……お前、判ってないだろう?」
「何がです? 南沢さん」
「俺が、彼女たちとの関係を清算しようと思った本当の理由」
「理由? 勉強と部活に専念する為っしょ?」

 俺は、いまさら何をという気持ちでそう答えた。

「本気で付き合いたい相手が出来たから」

 ハンカチを額から外し、真正面から俺の顔を見る南沢さん。
 俺を見る、南沢さんの瞳が熱っぽい。

「へっ? えっ、お、俺? ダ、ダメっす!! 今は女の子だけど、ちゃんと男に戻るつもりなんですから!!」
「そのままじゃ、ダメか?」
「当たり前っしょ!! 男と女、行ったり来たりするこんな身体じゃ、色々ヤバイって!!」

 ……どうやら南沢さんは、あの部室のシャワールームで見た俺の女の子姿に一目惚れしたようだ。ああ、そうとうエロい目つきで見てたもんなぁ。

 俺がこのまま、女の子になって…… 

 いやいや、それは何か色々難しくて厄介な事になりそうだ。
 その前に、そうなったら俺、南沢さんと付き合う訳? 
 俺が、南沢さんと??

「やっぱり男がいいか、倉間」
「とーぜんじゃないっすか!! 俺、男っす!」

 ふぅぅぅ、と大きなため息。
 それから、思い切ったように南沢さんはベンチから立ち上がった。

「じゃ、今日付き合ってくれた礼だ」
「礼?」
「お前が、元に戻れる方法を教えてやる」
「えっ? 判ったんですかっっ!!」

 まだ少し赤い色が残っている額を隠すように前髪を弄り、いつもの様に恰好をつけながら、こう言いだした。

「もう一度、同じ泉に入ってみろ。それで、おそらく元に戻れるはずだ」
「本当ですか? それで、もっと女の子化したら……」

 そう心配する俺の言葉に、南沢さんの瞳が妖しく光る。

「もしそうなったら、俺が責任を持ってお前を嫁にしてやる」

 そんな事を言うものだから、その元に戻れる方法というのが物凄く胡散臭くなってきた。

( ああ、でも男が入って女になるなら、その逆も当然ありそうだよな。一か八か試してみるか。それで、ダメな時は…… )

 南沢さんの、『嫁にしてやる』発言。

 一人で悩まなくていい分、気が楽かもしれない。

( まぁ、別に嫌いな訳じゃないし。むしろ、好きかもだし。恋愛的な意味じゃないけどさ )

 良し、善は急げ。
 今、この女の子姿のまま、あの泉に飛び込んで来よう!!


  ■ ■ ■


 この騒動が始まった時と同じように、頭から冷たい水を被ってびしょ濡れの俺の前には、呆れ顔の南沢さんが立っている。

「南沢さん……」
「倉間、お前バカだろ?」

 呆れているのは、仕方がない。
 着替えの準備もせずに泉に飛び込んだ俺は、似合いもしない女の子の服を着て濡れ鼠のようになった、男子中学生に戻っていた。

「その恰好で、俺の家までどうやって帰るんだ?」
「うわぁぁぁ~~~!!! 俺のバカ! バカバカバカっっっ!!!」
「何度も言わなくても、お前がバカなのは知ってるから」

 呆れたため息をついた後、南沢さんは泉を管理している山寺の方へと歩いて行く。しばらくして、バスタオルとTシャツとジャージの上下を借りてきてくれた。自然教室の宿坊を提供しているだけあって、備品としてそういうものも置いてあるようだった。それを着込み、俺はようやく安心したように大きく息をついた。

「これでもう何の心配もせずに、男として生きてゆける!!」
「……今度は、お湯に入ったら女になったりな」

 南沢さんが、ボソッとそんな意地の悪い事を言う。
 俺、思わず涙目。

「ロリ巨乳な俺に一目惚れした南沢さんには、そっちの方がいいんでしょうね!! ってか、もうそんな意地悪言わないで下さいよ~~~」
「……本当に、お前判ってないな。別に俺はロリ巨乳が好きな訳じゃないぞ? お前が『女』になったから、都合が良かっただけだ」
「あのぅ……、意味が迷子っす」

 はぁぁぁ、と深い深いため息をつかれた。

「俺は、以前からお前が好きだと言ってるんだ!! そのくらい判れっっ!!」
「えっ!? そんな……、まさか!!」

 びっくりして目玉が飛び出るかと思った。
 この南沢さんが、こんな俺を?

 俺、間違いなく男だけど?

「……だから、判っただろう? 取り巻きの女の子達じゃ、俺の彼女になれない理由が」

 判りたくないからか、ゆっくりとゆっくりと現実が俺の頭に染込んでくる。つまり、南沢さんはそーゆー嗜好の人で、俺はその南沢さんのお眼鏡に適ったって訳? 
 でも俺、ノンケだけど?

「はぁ、やっと……」

 俺はそう答えるのが精いっぱい。

「という訳で、先輩命令だ。お前は俺と付き合う事。いいな」
「ちょ、ちょっと!! なんで、それが決定事項なんすかっっ!! 俺の選択肢や拒否権は……」
「ない!!」

 きっぱり言い切られる。

「そんな横暴な! 無理強いは良くないっすよ!!」
「……拒否れば、これがネットに流れるだけだ」

 と、取り出したのは例の写真。
 プラス、さっきの似合わない女装もどきの写メまである。

「き、汚ねぇっっ!! そんな事して良いと思ってるんですか!」
「出来れば俺もしたくない。お前の返事次第だ」
「う、ぐぅぅぅぅぅ~~~~」

 俺は首根っこを押さえられた野良犬のような唸り声しか、出せなくなっていた。

「……俺の方から付き合って欲しいと言うのは、お前が初めてなんだ、倉間」
「南沢さん……」
「なぁ、倉間?」

 あの時、『ヤバイ!!』と思った予感は大当たり。
 真面目な顔で俺の顔を覗き込む南沢さんの瞳に引き込まれそうになって、もう嫌もダメも言えなくなって……

「付き合い始めを記念して……」

 抱き寄せられて、顎を捉えられて、視線を合わされて。

 キス、された。

 熱くて長い、本当に気持ちの籠ったキス。
 体が震える、
 息が苦しくて、怖くて、でも思わず握り締めた南沢さんの上着からは手が離せない。
 長いキスから解放されて、南沢さんに優しく微笑まれて。

「これから、よろしくな」
「あ、はい……」

 俺は、そう言うしかなかった。
 南沢さんにキスされて、嫌悪感は湧かなかった。
 びっくりして、心臓が破れそうなくらいドキドキしている。

( でも、嫌じゃなかった…… )

 流されて、流されて、俺は何処に行くんだろう?
 これから俺、どーなるんだろう?

 ああ、でもその答えは聞きたくない!!
 聞きたくないって言ったら、聞きたくないんだ!!
 儚い抵抗だって、判ってるけどさ……


( 新しい世界が開けちゃうのかな、俺…… )


 そんな事を思う倉間典人、十三歳。
 木枯らしが吹き始めた、冬の初めの出来事 ――――


  2011年11月10日脱稿





   === あとがき ===

11月10日は倉南の日! ってことで、まだ二人が付き合う前の話を書きました。
倉間くんが1年で南沢さんが2年。らんまパロなので、倉間くんが女体化しています。
ついで南沢さんの性格と扱いがかなりヒドイです^_^; 
殴られ系男子です。そーゆーのが苦手な方はご注意ください。





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Date:2012/03/16
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