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□ 京介くんと天馬くん □

蒼に染まる、白い羽

 厳しく苦しい日々は、ずっと続くかと思っていた。
 それでも、前を向いて走り続けられたのは、俺達の背中を押す風があったから。

 戦って、傷ついて、倒れてもまた立ち上がって、走り出した。
 いつか、この願いが叶うその日を信じて。

 そして……
 願いは叶った ――――

 俺達は、本当のサッカーをこの手に取り戻した。


   ■ ■ ■


「おはよう! 剣城!!」
「ああ。おはよう」

 良く晴れた朝の、登校のワンシーン。
 まさか、雷門サッカー部を潰すつもりで派遣された俺が、こうして普通の中学生の様にチームメイトと朝の挨拶を交わすようになるなんて。

「剣城君、おはようっっ!!」
 
 元気な声。

「……朝から元気だな」
「うふふ。マネージャーは元気が取り柄なのよ。セカンドチームの部員もぼつぼつ戻って来てくれてるし、大忙しなんだから」
 
 嬉しそうに笑いながらそういうこいつは、もう立派に雷門サッカー部のマネージャーだ。そうして俺達三人は、歩調を揃えて校門へと向かう。

「よっ! 一年トリオ!! 今日も扱(しご)くからな!!」

 後ろからかかった声は、二年生の霧野先輩。その隣にはキャプテンの神童先輩もいる。

「……先輩が俺を扱けるんですかぁ? 反対じゃないんですか?」
「あー、可愛くない!! 信助みたいに、はい! お願いしますっっ!! って言っておけば、それなりに可愛い後輩なんだがなぁ……」

 可愛いと言う言葉は、この二人の先輩の為にあるような言葉だと思う。俺なら、言われても嬉しくはない。

「こら、二人とも! 朝からケンカはダメだぞ」

 キャプテンとして一応そう言いはするが、その口調は軽やかだ。少し前までは、一人で抱え込んで、良く涙していたとはもう思えない。

「ああ、そうだ。今度の週末、天河原と練習試合だからな」
「練習試合!? 久しぶりだね、剣城!!」

 俺の隣で、信助が嬉しそうに声を上げた。

「部内での練習より、やはり対外試合の方が面白い」

 俺もにやりとする。
 天河原には、俺と同様シードとして派遣された隼総がいる。もっともこの隼総も、俺がフィフスセクターを見限ったと時を同じくして、天河原に残る為シードを辞めていた。お互い縛られるものがなくなった状態で、どれだけ実力が上がったか確かめるのも興味深い。

( 本気でやる、楽しいサッカーか。悪くないな )

 ああ、本当にこんな日がくるなんて、信じられないくらいだ。


   ■ ■ ■


「京介、今日は雷門で練習試合なんだろう?」

 俺が朝、家を出ようとしたら兄さんが、そう声をかけてきた。兄さんは随分と長い間入院生活を送っていた。俺のせいで下半身不随の状態で。俺は、兄さんを治したい一心で、『自分のサッカー』を裏切ってフィフスセクターのシードをやっていた。その事に気付いた兄さんに厳しく叱られ、目が覚めた俺はフィフスセクターを見限ることが出来たのだ。
 そのすぐ後、兄さんも腕の良いリハビリの先生に巡り合うことが出来て、驚異的な成果を上げた。入院生活から在宅リハビリに移行し、すでに歩くだけなら松葉杖がいらないくらいに回復している。じき、軽いランニングや基礎トレーニングなどは始められそうな感じだ。

「そうだけど、なんで兄さんが知ってるんだ?」
「ん? 信助君が教えてくれたよ。で、応援に行ってもいいかな?」

 と、否を言わせないあの柔らかな笑顔を向けてくる。

「……いいけど、恥ずかしいから皆の前では『京介』なんて、呼ぶなよ!!」

 ぷっ、と小さく兄さんが噴き出した。

「あれだけ仲の良い信助君にも、『京介』とは呼ばせてないみたいだね。そんなに恥ずかしいかなぁ」
「もう! どーでもいいだろっっ!! これは、俺の問題なんだから!」

 俺を名前で呼べる奴は、家族かそれと同等なくらい大事で親しい奴だけだ。確かに信助になら名前を呼ばせても良いが、なぜかあいつの方がさりげなくそれを避けているような気がする。

 ……どうしてだろう?

 そんな小さな疑問は、練習試合とはいえ試合の前の高揚感に、いつの間にか紛れて消えてしまっていた。


   ■ ■ ■


「良い天気だ。試合日和だね、神童君」
「ああ、本当に。お手柔らかに本気で頼むよ、喜多君」

 試合前の挨拶を、キャプテン同士が交わしている。今日のフォーメーションは、三年の南沢先輩と二年の倉間先輩のツートップ。俺はボランチの位置でキャプテンの指示を読みながら、上がったり下がったりする役回り。オフェンスもディフェンスも出来る俺じゃないと務まらない。シュートを決めるだけなら、DFの信助だって出来るからな。

「……本当にやり遂げたんだね、神童君。君達のお蔭で、こうして俺達はまた自由で本当のサッカーを出来るようになった」
「いや、俺達だけの力じゃない。俺達を後押ししてくれた、皆の気持ちが革命(かぜ)を起こしたんだ」

 はにかむようにキャプテンが答えている様子を、横からそっと眺めている。

「地区大会一回戦の時には、想像もつかなかったことだよ。でも、たった四人で俺達を打ち負かした君達ならって気持ちが、あの時生まれたのも確かだ」
「四人?」

 キャプテンが怪訝そうな顔をする。

「四人だっただろう? 確か、君とGKの彼と、DFの一年と……」

 と、喜多キャプテンは、両チームそれぞれに柔軟やウォーミングアップを始めているメンバーの顔に視線を配りながら、あれ? と言うような表情を浮かべた。

「三人だったかな? おかしいな、俺の記憶違いか」
「もしかして、霧野じゃないか? 今、席を外しているけど」
「ああ、そうかもしれない。あの時は、四人にしてやられた俺達だけど、今日はそうはいかないからな!」

 バシン! と拳を打ち合わせ、両キャプテンはそれぞれのベンチに向かった。

( ……なんだろう? 何か、引っかかるな )

 ふと覚えた、違和感。
 それは、俺の胸の中で焦りにも似た不安を掻き立てるものだった。

 試合は、順調だった。
 試合前に喜多キャプテンが言ったように、天河原のプレーは地区予選の頃とは比べ物にならないほど、レベルが上がっていた。自由で生き生きとしたプレイは、対戦していても気持ちが良い。

「よっ! 剣城っっ!!」

 俺のマークについた隼総が、にやりと俺に笑いかける。

「なんだ、隼総」
「天河原も良いチームになっただろ?」

 嫌な笑いではない。
 実績を純粋に認めてもらいたい、そんな笑みだ。

「まぁな。お前が練習をみたのか?」
「ん~、そんな感じかな。俺は天河原に残ったけど、監督と顧問は天河原を出て行っちまったから。廃部は免れたけど、名前だけの監督と顧問じゃ練習にならねぇって!」
「……悪かったな」
「なんで謝る? お蔭で、俺達こんなに自由なんだぜ? なぁ、知ってるか? 俺達の事、フィフス本部じゃ『はぐれシード』って呼ばれてたんだってさ」
「はぐれ……? ふん! 本部の方がよほど、サッカーの『道』からはぐれていたくせによっっ!!」
「まぁまぁ、終わった事だ、怒るなよ。でさぁ、雷門と当たると、その『はぐれシード』が大量発生するから、本部の方もてんてこ舞いだったらしい」

 くくくっと隼総が、面白そうに笑う。
 シードとして天河原に派遣された負い目は、すっかり消えていたようだった。

「こらっっ!! 練習試合だからって、試合中の私語は慎め! 試合後二人は、グラウンド五周だ!」

 両キャプテンからの叱責に、思わず俺達は首を竦めた。グランド五周くらい、なんのペナルティにもならないと隼総と目を見かわして頷きあう。

「じゃ、試合に戻ろうぜ」
「勝ちはもらったけどな」

 そんな言葉を交わして。


   ■ ■ ■



 試合は終盤間際まで、どちらも得点できずに進んでいた。

 雷門のツートップは天河原のMF陣にぴったりとマークされて、パスを通せない。ゴール前はDF陣が固め、FW陣は雷門がボールを持つ度にボールカットに専念する。奪えば唯一前線に残っている隼総にパスを出し、シュートを打たせるカウンターアタックを繰り返している。

 隼総が打ったシュートを天城先輩がブロックした。その零れ球を霧野先輩が前線に送り出す。俺は天河原のFWが追いつく前に、そのボールをキープする。

「信助!! 上がれ!」

 こちらのFWのマークが厚い分、DFへのマークは薄い。信助の小柄な体型が功を奏して、マークに付こうとした天河原の選手の脇を掻い潜り、シュートレンジまで駆け上がってくる。

「剣城っっ!!」

 信助が声をかける。

「信助! ぶっとびジャンプだっっ!!」

 バシュ、と天空高くパスを出す。


 ―――― ナイス、パス! 京介 ――――


「えっ!?」

 ……誰かの、声が聞こえた。

 聞こえたと思った声は、ゴールネットに飛び込むボールの音と皆の歓声、そして試合終了を告げるホイッスルの音にかき消されてしまった。



「みんな! 良い試合だったな。再来週には一・二年だけで帝国との練習試合も入れているし、そろそろ秋の新人戦の組み合わせも発表されるからな」

 試練を超えてキャプテンらしさが増した神童先輩が、そう話している。

「あ~あ。俺達もいよいよ引退かぁ」
「仕方ないど。他の部は、もうとっくに引退しているど」

 車田先輩の言葉に、天城先輩が応えている。
 受験生である三年生が、いまだ居座り続けている運動部なんて、このサッカー部くらいなものだ。

 ……それも、仕方ない。
 
 三年生が入学したと同時に、この管理サッカーは始まった。
 ようやく手にした、この本当の中学サッカーの楽しさが、名残惜しいのだろう。

「よし! じゃぁ、明日は皆で俺の家に来い!! 俺達三年の追い出されてやる会をやってやる!!」

 と、胸を叩いたのはGKの三国先輩だ。

「えっ!? 三国先輩の家にお招きって事は、先輩の手料理が食べられるってことですかっっ!!」

 うわぁぁ、と部員から歓声があがる。
 三国先輩の手料理は素朴ながらも絶品で、時々部活帰りの部員を誘って食べさせてくれることが有るのだが、その誘われた誰もが皆、もう一度誘ってもらえるのを心待ちにするほどなのだ。

「去年のホーリーロードの打ち上げ以来だよな、俺達!!」

 そう言うのは倉間先輩。

「楽しみだね、剣城! 僕たちは初めてだし」

 信助は嬉しそうな笑顔で、俺に声をかけてくる。

「あ~、で。車田と天城と南沢。お前らは、俺の手伝いだぞ」
「はぁ? なんで、労わられる筈の三年が動かなきゃならないんだ?」

 冷めた口調に聞こえても、その実は熱い南沢先輩が真っ先に異議を申し立てた。

「なんでって、これからの雷門中サッカー部を引っ張って行ってもらう後輩への、エールの気持ちを込めてだろう」
「かったるい」

 ああ、この先輩らしい態度だ。

「あの! 俺で良ければお手伝いさせてください!!」
「あ~、神童が手伝うなら、俺もやりたいです」

 人望の厚さは、部内でも随一の三国先輩だ。南沢先輩一人が渋っても、人手には困らない。

「そうか。じゃ、手伝ってもらおうかな。その代り、デザートはお前たちの好きな物を作ってやる」

 その一言で、目が輝きだす二人。声をそろえて言ったのは ――――

「三国先輩のプリンが食べたいです!! すっごく美味かったって聞きました!」

 最大の評価に、三国先輩の顔が破顔する。

「え~、最近は作ってなかったんだけどな。そう言ってもらえると嬉しいぞ。でも、それ誰から聞いた?」
「え、誰って……。そう言えば、誰だろう……?」

 不思議そうに、顔を見合わせる神童先輩と霧野先輩。

「ん~、確か俺も前に作った時に、誰かに食わせたような気がしないでもないんだが……」

 そんな事を言いながら、三国先輩も考え込んでいる。

「おい! そんな事考え込んでいても埒があかないだろう? 明日の事なら、今からちゃんと買い出しの内容や、手筈を打ち合わせておいた方が良いんじゃないのか?」

 現実的な南沢先輩の一言で、明日の追い出されてやる会の打ち合わせに雪崩れ込んでいった。


  ************************


 打ち合わせが終わるのを待っていた兄さんと、一緒に帰宅する。
 途中まで同じ方向の信助も一緒だ。

「なぁ、兄さん。今日の試合中、俺の名前呼んだか?」
「いや。お前が呼ぶなって言ったんだろ?」

 どうしたんだと言う表情で、兄さんが俺を見る。

「信助君も、京介にそう言われているんだろ? 親友なのに、水臭い奴だよな」
「あっ、別に僕は言われてません! でも、そう呼ぶのは僕以外の誰かのような気がして……」
「誰か?」

 改めて、俺は問い返す。

「誰か……、あれ? 誰だろう……?」

 信助は小さく呟きながら、不思議そうに頭を右に左にと傾げていた。

 俺の胸の不安は、ますます大きくなる。
 俺は、俺達は、何かとんでもないことを忘れているんじゃないだろうか……。


   ■ ■ ■


 三国先輩宅での「三年生追い出されてやる会」は、盛況のうちにお開きになった。美味しい三国先輩の手料理でお腹はいっぱいになり、意外な人物の意外な隠し芸に腹を抱えて笑った。楽しい時間はあっと言う間で、笑顔の三国先輩に送り出された時はもう、空にはたくさんの星が瞬いていた。

 自主練に良く使う河川敷を二人で歩きながら、空を見上げる。
 東の空高く、大きな四角形が浮かんでいる。

「あ、あれ! 理科の授業で習った奴だよね!? なんて、名前だったっけ」

 天頂近くを指さし、信助の声が響く。その信助のすぐ側を、一台の乗用車がスピードも落とさずに走り抜けた。思わず車輪の方へ信助の体が巻き込まれそうになる。

「危ない! 天馬っっ!!」

 その星座の名前を思いだそうとしていた俺は、信助の手を取りながら思わず違う名を叫んでいた。
 乗用車が立てた砂煙が納まるまで、俺は腕の中に信助の小さな体を抱え込んでいた。
 いつか、どこかで、誰かを、こうして抱え込んでいたような気がする。

 危険から、体を張って助けたような気が……。

 腕の中の信助が、もぞりと動く。

「……そうだよね。天馬だ。どうして、天馬がいないんだろうっっ!?」
「信助!!」
「ずっと、ずっと、不思議だったんだ。ずっと何かを忘れているような気がして……」

 ああ、俺だけじゃなかった。
 そう思っていたのは!!


  ************************


「なぁ、霧野」
「うん、なんだ?」

 こちらも三国の家からの帰り道。幼馴染と言うだけに、二人の家はかなり近所だ。その家への道を巡りながら、神童はぽつりとぽつりと言葉を繋ぐ。

「この前、部誌を書いていて気が付いたんだが、俺達のチーム、どうして8番がいないんだ?」
「8番? それはあの入学式の騒動で、サッカー部を辞めた奴がいて欠番になったから……。あれ? でも、確か……」

 霧野も濃く靄が掛かった記憶の中から、一つの映像を拾い上げる。DFの自分は、GKほどではないが、それでも味方の背中をよく見るポジションだ。確かに、直ぐ最近まで、その8番を目の前に見ていた記憶が残っている。

「神童……」

 自分の記憶の不明瞭さに不安を覚え、神童の方を見てみると、神童の瞳からは近頃では見なくなっていた心細げな涙が留めようもなく溢れていた。

「俺はっ……! 忘れちゃいけない大事な事を、忘れているような気がしてっっ……!! 自分で自分が信じられないっっ……」
「神童……」

 そっと、霧野が泣いている神童の肩に手をかける。

「絶対忘れちゃいけない事なのに、それは分かっているのに……。なのに、思いだせなくて……、胸がつぶれるほどに悲しいんだ」

 パタパタと落ちる神童の涙の上に、ふわりと光を纏った羽のようなものが舞い降りてきた。


   ■ ■ ■


 河川敷の土手を下りて、グランド近くの草の上に座る。
 目の前にはピンクと水色のタイルを貼った遊歩道が延びている。

「……天馬はさ、あのタイルを何度も踏んでそよかぜステップを完成させたんだ」
「ああ。おまけにいつの間にか、マッハウィンドまでな」

 俺と信助は、誰もいないそこに必死で天馬の姿を見ようとした。

「いたよね、間違いなく!」

 信助の声に、力が籠る。

「当たり前だ。あいつは、松風天馬は俺達と一緒に在った。一緒に革命(かぜ)を起こして戦って、そして今の、本当のサッカーを取り戻したんだ!!」
「じゃぁ、どうして今ここに、天馬はいないのっっ!!」

 辺りを憚らない大声でそう叫び、俺を見上げる信助の顔は涙でもうぐしゃぐしゃだ。

「俺が知るかっっ!! きっとこれは何か大がかりな陰謀なんだっっ!!」

 俺も信助に負けないくらい大きな声で、そう怒鳴り返した。


 ―――― クス クス クス ――――


 笑い声が聞こえた。
 気が付くと俺達の目の前に、天馬が立っていた。

「天馬! 天馬だっっ!!」

 泣いていた信助が、今度は顔を向日葵のように綻ばせて天馬の体に飛びついた。
 こんな時は、小動物のような信助が羨ましくなる。

「大がかりな陰謀だなんて、京介らしいなぁ。そんなんじゃないから、安心して」

 天馬がふわりと、微笑む。
 街灯が逆光なのか、天馬の輪郭が仄かに光って曖昧になっている。

「じゃ、俺達が納得できるように説明してみろ!! どうして、お前に関しての記憶が皆の頭から封印されていたんだ!?」

 こんな事、普通じゃ有り得ない事だって、俺にも分かる。
 きっと天馬は、トンデモナイ事を言い出すだろうと言う事も。

( 天馬が記憶操作が出来る宇宙人でも、未来人でも構わない! 何の任務か知らないが、だからってお前が存在した証しであるお前との記憶を消すことはないだろう!? 絶対口外はしないから、俺達くらいにはその記憶を残して置いてくれてもいいじゃないか!! )

 俺は、そう思っていた。

「……俺の未練、かなぁ。皆に俺の記憶が残っちゃったのって」
「未練?」

 ふふ、と天馬が笑う。

「俺はさ、ここに無い存在なんだ」
「はぁ? 訳、分からない事言ってんじゃねぇ。ああ、お前が宇宙人でも未来人でも構わねぇから、今までどおりでいいじゃないか」

 俺は、どこかで察知していたのかもしれない。
 そうなって欲しいと言う希望を、口に出していた。

「うん。でも、神様との約束だから。俺の願いが叶う、その時まで、って期限付きだったんだ」
「神様? 何の神様だよ、それ?」

 嫌な感じに心臓がドキドキしてくる。
 聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが拮抗している。

「……サッカーの神様。天の神様の所にもね、ちゃんと届いていたんだ。皆の声」
「皆の声?」
「そう。自由の本当のサッカーがしたいっっ!! て言う、皆の声」
「天馬、お前……」
「神様もね、どうにかしてあげたいって、ずっと思っていたんだって」

 神様? 
 じゃぁ、天馬はその名前の通り、天の神様から使わされたモノだっていうのか? 
 まさかっっ! そんな、ファンタジーな訳があるものか!!

「ねぇねぇ、天馬。天馬は天馬なんだろ?」

 不安げに、信助がさらにぎゅっと天馬の足にしがみ付いた。

「俺は、俺だよ。でもさ……」

 ドクン、ドクン、ドクン
 ああ、心臓の音がうるさい。

「俺、もう死んでるんだ」

 今まで笑みを浮かべていた天馬の顔は、空の青さを思わせる大きな瞳から溢れる涙で濡れていた。

「嘘だっっ!! 俺は信じないっっ!」

 俺は激昂し、天馬の胸倉を掴みあげた。
 ほら、こうして掴めるし、温かさもあるじゃないか!!

「天馬ぁ、天馬ぁぁ~~」

 天馬からの衝撃の告白聞いて、信助はもう腰が抜けている。

「嘘みたいだけど、本当なんだ。俺、ドジ踏んじゃってさ。雷門に入学できるって嬉しくて前をよく見てなくて、町はずれの防空壕みたいな所に落ち込んで……。打ち所が悪かったみたい」

 へへっと笑いながら話す天馬の顔は、泣いている。

「俺がどんなにサッカーが好きか、どんなに仲間と一緒にサッカーをやりたがっていたか、そんな事も神様は御見通しだった」
「天馬……」

 しん、と天馬は泣き笑いの顔を鎮めて真っ直ぐに俺の顔を見る。

「神様は、こう言った。俺の願いは、神さまの望みと一緒だって。だから、俺の願いが叶うまで、『無かったこと』にしてあげる、って。遺体も見つかってなかったし。だから俺も、自分が死んでいる事に気付いていなかったんだ」
「じゃぁ、頼めよ!! その神様って奴に!! 俺達も一緒に頼むから!!! 生き返らせてくれってっっ!!」

 ほとんど、悲鳴に近かった。
 無くしたくない! 
 無くしたくないっっ!!

 俺は、天馬が……

「……無理だよ。最初から、俺の願いが叶うまでって約束だったし、防空壕から俺の遺体見つかっちゃった。これ以上の無理は、神様でもしちゃいけない」
「だから、か……」

 俺は天馬を掴みあげていた手から、力が抜けるのを感じた。

「そう、俺は雷門に入学しなかった。これが、本当の時の流れ。そうなるように、俺と関わった皆の記憶を封印したんだけど、やっぱり封印くらいじゃダメなんだね」
「………………」
「俺の未練、忘れて欲しくない気持ち。それが、京介たちの忘れたくない気持ちと結びついて、記憶が浮かび上がってしまうんだ。だから……」

 天馬は両手をすっと上に上げた。
 それから、ふわりと鳥が羽ばたくように左右に開きそっと地上に手を下す。その動作が空間を開いたのか、そこから仄かな光を纏った羽のような柔らかなものが幾つも幾つも降り積もってくる。

「やめろ、天馬っっ……!!」
「ごめんね、京介。京介達の記憶の中の俺を、消去させてもらうね。その羽に触れると、羽が消えるのと同時に俺との記憶が消されてゆくんだ。京介の体に触れても、もうその羽が消えなくなったら、京介の中から俺が完全に消えたことになる」
「嫌だっ! やめろ、やめろっっ!! 天馬ぁぁぁぁ――――!!!」

 動けなかった。
 その降り注ぐ雪のような羽の下から逃げ出したかったけど、逃げ出すことは出来なかった。

「ごめん、京介。こんなに悲しませる事になるのなら、最初から、俺に関しての記憶の全てを消去しておけば良かった……」

 だんだんと降り積もっていく羽の中に、俺はもう身動きもできずに横たわっていた。
 そっと天馬が、俺の体に触れてくる。

「俺は、絶対にお前の事を忘れない!! 絶対、絶対にだ!!」
「京介……」
「お前がいなくなるなんて、俺は嫌だ!! 嫌だ、天馬……」
「俺は、在るよ。本気で楽しいサッカーが在るから。皆の笑顔が在るから、俺は……」
「天馬、天馬……」

 俺は必死で、天馬の体を抱きしめる。
 天馬の足元では、信助も同じように天馬の足を抱きしめていた。

「俺、神様に感謝しなくちゃ。こんなに俺の事を想ってくれる親友に出会えたことを」
「……親友なんかじゃねぇ。俺は、お前の事を――――」
「ありがとう、京介。そして、ごめんね。俺、もうこれしか残してやれない」

 天馬は俺に消えそうな微笑みを向けると、そっと俺の唇に自分の唇を重ねてきた。

「これも、消えてしまう記憶だけど……」

 俺に触れる唇は、温かく、儚かった ――――


    ■ ■ ■


 はっと、したような顔をして神童は霧野の顔を見た。

「俺、今何をしていた?」
「えっ? 何って、なんだったっけ? お前がいきなり泣き出すから、慰めようとしたしたんだよな、俺」

 神童の瞳からは、もう涙は渇き始めている。
 神童の中に、神童を泣かせた幻影は既に存在しない。

「で、なんで泣き出したんだ? お前」
「なんでだったんだろう? なんだか、ふんわりと温かい感じしか覚えていないんだが」

 神童自身も、不思議さに頭を傾げている。

「あ~、あれだ。今のサッカー部の在り様が、あまりにも嬉しくてそれで感極まったんじゃないのか?」
「ん、そうかな? そうだな、これからは皆で笑顔の絶えないサッカー部になるからな」

 見惚れそうな程よい笑顔を浮かべ、神童は霧野にそう返した。
 あの泣き虫で、キャプテンの重圧に苦しんでいた神童拓人は、もうどこにもいなかった。


   ■ ■ ■


 俺と信助は、夢から覚めたような心持で河川敷に座っていた。すっかり空は夜色に彩られ、天頂で輝く星たちは、その煌めきを更増す。

「あー、危なかったね京介。僕、車に跳ね飛ばされるかと思ったよ」
「なら、信助も道の真ん中で、星に見とれてるんじゃねーよ」

 ここで、こうして座り込んでいるのは、乗用車に撥ねられそうになった信助の腕を引いたはずみで土手を転がり、そのまましばらく気を失っていたからだろう。

「でもさ、星空って凄いよね!!」
「ん、ああ」

 土手に寝転がり、満天の星を眺める。

「どこまで遠くて、深くて、星を見上げていると、自分が何処にいるか足元が無くなるみたいな気がしない?」
「……あるかもな」
「で、思わず地面をドンと足踏みしたり」
「するのか、お前」
「うん、するよ。安心したいから」

 そんな、取り留めのない話を続ける。

「それで、思いだしたのか? あの星座の名前」
「あれ、ペガスス座だね。さっきはなんで思い出せなかったんだろう?」
「そんなもんだろう? ド忘れって」

 そんな返事を返しながら、ペガスス座と口で呟く。

( ペガスス…、ペガサス、か。日本名だと、天馬だよな )

 何気なく呟いたその音に、胸の奥の方でチリっと痛みに似たようなものと、理由の無い不安のようなものを感じた。これが、信助の言った足元の無いような感じだろうか?

 そんな事を思っていた俺の目の前に、ふわりと白い羽が落ちてきた。
 そっと手に取ると、温かく、儚い ――――

「どうしたの、京介? 涙、出てるよ?」

 不思議に思った信助が、俺の顔の前で頭を傾げている。

「ああ、どうしてだろうなぁ。俺にも分からん」

 訳は分からないけど、この羽を手にした時に感じた。



 ……もう忘れてしまったけど、思い出せはしないけど



 これは、俺の一番大事な宝物 ――――













 




 ――――――― またね、京介 ―――――――

 いつか

 きっと

 どこかで ――――





  2011年09月06日脱稿





   === あとがき ===

思いっきり京天で書きたくなって書いてみた、一本です。初めて京天らしい話が死にネタという……^_^;
私の中の天馬くんの設定は、「人と違う何か」を背負っている感じでイメージしています。
初めて小説ルーキーランキング51位入りできた作品でもあります。





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Date:2012/03/16
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