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Information

□ 円堂くんと風丸くん □

あの日 - 左回りの時計も一つ持って -


「お久しぶりです!! 円堂さん!」

 春休み前の三連休を返上して練習に励んでいた俺達の前に現れたのは、立向居。立向居のニコニコとした笑顔と背中に背負っている大きな荷物に視線をやりながら、俺達は練習の手を止めた。

「立向居? どーしたんだ、お前。お前のとこ、もう春休みなのか?」

 真っ先に呼びかけられた円堂が、ゴールから離れ立向居の側へとやってきた。

「春休みってそう地域差はないですよ。今日は、円堂さんに届けたいものがあって来たんです」

 そう言う立向居のニコニコ顔は、円堂に声をかけられた事で、さらに輪をかけたようにニコニコニコっっとなっている。

「届けたいもの? なんだ、それ?」
「まぁまぁ、ここじゃなんですから、部室行きませんか?」

 と、他の部員を無視して円堂の腕を取ると、ぐいぐいと部室へと連れ去ってしまった。

「……相変わらずキャプテンの事しか目に入ってないっスねぇ、立向居くん」

 同じ一年生でも、まだ控え目な壁山がどこか羨ましそうに呟く。
 壁山は円堂と一緒に、いつでも廃部の危機にあった弱小時代から支えてきた一人でもある。
 先輩としてまた「キャプテン」として慕う気持ちは、学外の立向居よりも強いものがあるのだろう。

「……俺らも行くか、壁山」
「は、はいっス! 風丸さん!!」

 ……そう、そして俺にも。


  ■ ■ ■


 練習の間の小休止のタイミングとも合い、結局、部員全員で部室に戻る事になった。先に戻った円堂を椅子に座らせた立向居が、椅子の前の机にドンドンと背中に背負っていた荷物を積み上げている。

「あれ? なんだか、甘い匂いがするでヤンス」

 鼻をクンクンとさせ栗松が言う。

「おっ! 本当っスねぇ~。俺、腹が空いてきたっス」

 確かに何かの甘い匂い。
 およそこの部室とは異質な、そんな匂い。

「……バニラの香りだな」
「ああ。これだけ香ると言う事は、あの包み全部がそうなのか」

 豪炎寺の言葉に、鬼道がこの状況を分析する。

「本当はですね! 先週、お邪魔したかったんです。でも、ほら、学校があったし、ちょっと事情もあったしで、今日になっちゃいました」
「先週って……? 何か、あったっけ??」

 立向居の言葉の意味を理解しかねて、困惑げに円堂が頭を横に傾げている。

「いやだなぁ~、円堂さん!! ホワイトデーですよっっ、ホワイトデー! だから、はいマシュマロ!!!」

 その言葉と同時に立向居は積み上げた包みの大きめな物の一つを開け、それをグイッと円堂の前に差し出した。
 もちろん中身は大量のマシュマロ。

「知ってます? ホワイトデーにマシュマロって、福岡が発祥なんですよ! なら、とーぜん俺が円堂さんに贈らなきゃ、話にならないですよね!!」

 瞳をキラキラ輝かせて、そう嬉しそうに語る立向居。

「……話にならないって、どーいう意味だ?」

 と、染岡が頭を傾げる。

「ほんと、何がとーぜんなんだろ?」

 と、半田も言う。

 ……確かに、何が『とーぜん』なのか、俺も訳を聞きたい。

「あっ、でもさっっ! ホワイトデーにお返しを贈るのは、バレンタインデーにチョコを貰った奴にだろ? 俺、お前にチョコなんてあげたか?」

 あまりもの量のマシュマロに、さすがにタジタジとなった円堂が、そんな反論を申し立てる。それに対し立向居は

「俺は貰ったつもりなんですよv 気持ちがあれば形は要らないっていうか~、何と言っても俺、円堂さんの事好きだし♪ ならちゃんと三倍返しでお返ししたいなって」

 さらっと告白してのける、この強心臓が羨ましくも有り、疎ましくもある。
 もともと貰ってない物の三倍返しなんて、ゼロに三をかけてもゼロにしかならないだろう。そんな周りの空気をものともせずに嬉しそうな顔で立向居が、円堂の前にまた新しい包みを差し出している。珍しい正六角形の箱が、サッカーボールを連想させる。

「円堂さん、これ見てくださいvvv」
「なんだ、これ? 変わった形の箱だなぁ、開けてもいいのか?」
「はい、どうぞ! それ、予約限定品なんですよ」

 箱の形と予約限定品の言葉に興味をそそられたらしい。

「なんか、凄く変わったお菓子だな」

 中を見た円堂の一言。

「これ、『鶴の巣ごもり』ってお菓子なんですよ。この真ん中の丸いのがマシュマロで中身が黄身餡。マシュマロの周りを囲んでいるのが鳥の巣に見立てた鶏卵素麺ってお菓子です」
「へぇぇ、見たこと無いぜ。こんなの」
「何となく、キーパーっぽくないですか? 巣をゴールに見立てたら、その中を守っている、みたいなv ほら丁度数も二つで、円堂さんと俺で」

 さらに立向居のニコニコ度が上がったような気がした。


  ■ ■ ■

「立向居は、そうやって物事を動物に例えるのが好きだな。あの時もそうだったし」
「あの時?」

 ふと、その言葉を俺は繰り返した。
 その呟きに気付いたのか、円堂が答えてくれた。

「ん? ああ、俺が正義の鉄拳をマスターしたての頃にさ、言われたことがあるんだよ。今の正義の鉄拳は、ライオンの子どもみたいだってな」

 ……それは、俺の知らない話。
 俺は立向居がキャラバンに参加する前に、キャラバンを降りてしまったから。

「……立向居、確かその菓子は祝い事の引き出物に使われる奴じゃないのか?」

 何か考え込んでいた鬼道が、そう立向居に尋ねる。

「わぁ、流石は博識な鬼道さんですねっっ!! はい、結婚式の引き出物用です♪ 巣の中の二つのマシュマロを新婚さんに見立ててvvv」 
「えっ! 新婚さんっっ!?」
「言ったでしょう? 俺、円堂さんの事、大・大・大好きですから!」
「た、立向居っっ!!」

 周りから上がる、どよっとした声。
 立向居の名前を叫んだきり、固まってしまった円堂。

 見立ての二乗で、立向居の言おうとしている事は、つまり ――――

「立向居、お前……」 
「好意にしろ、このマシュマロにしろ、程度が大事だろう。過ぎてしまうと、迷惑にしかならん」

 怒りを抑えた低い声でそう俺が威嚇すれば、援護射撃のように豪炎寺が言葉を続ける。

「あ、そうそう。皆さんにもお土産があるんです。どうぞ、食べてください」

 そんな俺の言葉や豪炎寺の言葉に怯む事無く、また悪びれもせずに明るい笑顔を湛えたまま立向居は、残るメンバーに向かってまた別の箱を開いた。

「……見かけによらない強心臓なのは、選手として長所だな」

 ふぅと大きく息をつきながら、鬼道がその箱から一つ白い包みを取った。

「風丸も豪炎寺も、そう目くじら立てるな。立向居の事だからノリだろう、ノリ」

 そう言いながら包みを開き、中から出てきた菓子を頭からパクリと食べる鬼道。それを見て、お腹を空かせた一年生たちがわっと、箱に群がった。

「ああ、そう言えば立向居は綱波とも仲が良かったな」

 と、鬼道の言葉に同意しながら一之瀬も包みを手に取る。

「ノリって……」

 俺はどこか生真面目な所があるらしい。
 あまり、その手の「ノリ」が掴めない。

「……そうか、ノリか。ノリなら、仕方がないな」

 俺の横で豪炎寺もそう呟くと小さく笑い、その流れに従う。
 立向居のトンでも発言に固まっていた円堂でさえ、ほにゃら~とその中に溶け込んでいた。


  ■ ■ ■


「はい。風丸さん」

 まだ釈然としない気持ちを抱えている俺の手に、立向居が白い包みの菓子を置いた。
 それを見、周りを見回すと部室の中はマネージャーも含め、皆でそれを頬張っている。

「これ、可愛いですよね」

 まだ手のひらに乗せたまま、きゃいきゃい言っているマネージャー達の声。

「お前、これ、どこから食べる?」
「あ~、俺、尻からかな?」
「いや、ここは頭からでしょう?」
「胸から食う奴はいないのか?」
「二つに割って、と言う食べ方もあるぞ」

 そんな会話を聞きながら、俺も包みを開いた。
 中から出てきたのは、愛らしいフォルムのひよこ饅頭。

「……駅で気が付いて、買ってきたって感じだな」

 手にしたひよこ饅頭をひっくり返し、腹からばくっと食いつく。

「東京の人間に、東京名菓っていうのは」

 立向居に感じる、軽い苛立ち。
 その、正体 ――――

「それも博多名菓ですよ? 東京進出が早かったので、誤解されているみたいなんですけど」

 今までで一番大きな箱を抱えている立向居が、さらっと俺の言葉に突っ込んできた。

「えへへへっv そして、これも特注品♪ この店の本店でしか頼めない、『特大のひよこ』です!!」

 箱を開き、がぱっと出てきた高さ80センチはあろうかというどデカイひよこ饅頭に、一同呆気に取られる。

「……立向居は予約限定とか、特注とか、そーゆーのが好きなんだな」
「そりゃ、そうですよ! 大好きな円堂さんの為ですから!!」


  ―――― 敵わない。


 こいつはどうして、俺が口に出来ない事をこんなにも容易く口にする事が出来るんだろう?
 後ろめたさもなく、正々堂々と、太陽の光のように。
 ああ、確かにこいつは誰の眼から見ても、円堂の正統なる後継者。
 円堂があれほど特訓に特訓を重ねた必殺技すら、短期間の特訓で身につけた天才。


 ―――― 俺には出来ない。
 同じ特訓をしたとしても、円堂や立向居のような技を身につけることなんて。


 ゴールキーパーとして、同じ視線でフィールドを見ている。
 この二人にしか見えない、世界がある。

「おいおい、立向居。こんなん、俺一人で食い切れないぞ」

 過剰な好意を持て余し気味な円堂。
 ならば、俺が……。

「木野、包丁かナイフあるか?」
「え? ええ、使うなら家庭科室から借りてくるわ」

 状況を理解した木野が、すばやく校舎の方へ駈け戻ってゆく。あまり待つこともなく、まな板と包丁を手に戻ってきた。

「私がしようか?」
「いや。俺がやる」

 俺はそういうと特大のひよこをまな板の上に置き、あっと言う間に原型が判らなくなるほどに切り分けた。
 この胸に湧いた不愉快な気持ちを切り刻むように。

「ほら、これなら皆で分けて食べられるだろう」

 作り笑顔を浮かべてそう勧めれば、皆嬉しそうに手を伸ばしてくる。

「サンキュー、風丸。俺、饅頭嫌いじゃないけど、流石にあれはなぁ」

 苦笑いで俺を見る円堂。

「手際がいいですねぇ、風丸さん。阿吽の呼吸って感じです」

 俺がどんな気持ちで切り分けたかも知らないで、感心したような表情を見せる立向居。

「なぁ、ついでにこれも切り分けて皆で食べようぜ!」

 円堂が差し出した予約限定品を受け取り、それも細かく切り分ける。皆が美味そうに食べる様子を、やはり嬉しそうな顔で立向居が見ていた。


  ■ ■ ■


「じゃ、俺これで帰ります。良かったら皆さんもまた、遊びに来てくださいね!」
「ああ、またな。立向居」
「皆さんに喜んでもらえて俺、嬉しいです。まだまだ美味しいものや珍しい物がありますから、きっと来てくださいね!!」

 春の嵐の様に甘い香りと共にやってきた立向居は、そろそろ陽が西に傾きかけた頃、そんな言葉と共に帰って行った。
 
「……今日はもう、練習は終了だな」

 部室内を見回した鬼道が、状況を判断してそう宣言する。甘いもので腹を満たして、少し胸焼け気味の部員が多数発生していた。

「そうだな。休日返上しての練習だったし、早めに切り上げてもいいな」

 円堂のその言葉に、皆一斉に着替え始めた。
 俺が着替えていると、横に誰かの気配を感じた。

「どうしたんだ、風丸? お前、あまり食ってなかったけど」

 そんな円堂の問いかけ。

「ん…、あまり甘いもの食いたい気分じゃなかったから」
「まぁな。あれだけ大量に積み上げられたら、見ただけで腹いっぱいになるもんな」
「……皆に食べてもらって、助かったろう?」
「確かに。立向居は少し大袈裟な所があるからなぁ」

 シャツのボタンを留める為に下を向いた円堂の声が、少しくぐもって聞こえた。
 帰り道、今日は小腹を満たしているからか、誰も寄り道をしようと言い出すものもなく、早めに分散していった。
 気が付けば、いつの間にか家が近所の俺と円堂の二人だけ。
 西に沈む夕日が眩しくて、少し目を眇める。

 この夕日の先に、あの街がある。
 仲間の許から逃げ出した、あの街。
 自分の『弱さ』に負けて ――――

( ああ、そうだ。立向居が悪いんじゃない。ただあいつを見ると、あの街での事を思い出して…… )

 ふと立ち止まり、俺は後ろを振り返る。
 落ちかかる夕日に照らされて、長く長く伸びた自分の影。

「どうしたんだ? 風丸。誰かに呼ばれたのか?」

 先を歩いていた円堂が気付いて、俺に声をかける。

「いや、なんでもない」

 俺は軽く頭をふって、円堂の横に並んだ。

( 今更何を考えている? 今、こうして俺はちゃんと円堂の隣にいるじゃないか。自分の居場所を見つけたじゃないか。それなのに、なぜ……? )

 ……それでも、思わずにはいられない。

 「あの日」に、もし戻る事が出来たら。
 そして逃げ出さなかったら、今のこの気持ちは無くなるのだろうかと。

「……だからさ、風丸。一緒に行こうな!」
「えっ……?」

 一瞬、自分の考えに囚われていた俺は、円堂の言葉を聞き逃していた。

「だから! 春休みになったら、俺と一緒に立向居の所へ」
「どうして……?」
「ほら! あいつが帰り間際に渡していったんだ。キャンセルする訳にも送り返す訳にもいかないだろ?」

 そうして俺に見せたのは、しっかりと今週末日付の入った東京福岡間の高速バスのチケットだった。

 ……俺も使った事がある、そのチケット。

「往復で二人分あるんだ。ここは、あいつの言葉に甘えようぜ」
「………………」

 また俺は、立ち止まる。
 今の俺には、あの街は……

「風丸?」
「……他の奴を誘えよ」

 視線をそらした俺の耳に、円堂の強い声が響く。

「風丸っっ!!」

 立ち止まった俺の腕を強く握り締め、その強さで俺の視線を自分の上に引き戻させた。

「俺は、お前と行きたいんだ!」
「円堂……」

 俺を見る円堂の瞳。
 夕日を受けて、赤く燃えるような ――――

「あ、でもお前も都合があるだろうし……。無理は言わないからさ、来れそうだったら来て欲しいって言うか ―――― 」

 明らかに表情が変わっただろう俺の顔を見て、円堂は強く握り締めていた腕を放し、少し語気を弱めてそう言葉を続けた。

「お前、俺が行かなかったら、どうするつもりなんだ?」

 逆に俺から問い返され、円堂はすっと顔を夕日の方に向けた。
 そして ――――

「ん…、その時は一人で行くさ」

 その時、円堂がどんな表情を浮かべていたのか、あまりにも夕日の影が濃くて俺には良く判らなかった。


  ■ ■ ■


 それから何事もなかったように週日が過ぎて、今日はもう終了式。
 色々あった中学2年生も、今日でお終い。

( ……なんだか、何年分も一気に走り抜けたような感じだな )

 宿題の無い春休みは小学生までで、中学ともなると前学年の復習のようなプリントの束が待っている。休みだからと言っても、あまり気が抜けない。

( あれから円堂、何も言ってこないな )

 いつものように部活をして、いつもの様に帰るここ数日。
 会話がない訳じゃない。
 練習中や登下校の時など、本当に普通になんて言う事は無い話をしている。ただ、あの件にどちらも触れないだけで。
 そんな事を考えながら終了式後、少し遅れて部室に向かうと中から円堂の声が聞こえてきた。

「……と言う訳で夏未からの伝言と言うか、理事長代理のお言葉って奴で、3月いっぱいは練習禁止だそうだ」
「練習禁止って言っても、キャプテンはどっかで自手練するんでやんしょ?」
「それなら、俺も混ぜて欲しいっス!」

 この一年ですっかり自分達のキャプテンの人となりを理解した一年生組から、まず声が上がった。

「円堂からサッカー取り上げたら、絶対禁断症状が出るしな」
「とことんサッカー馬鹿だからなぁ、円堂は」

 そんな声は、半田と染岡から。

「新学年を迎える準備で、学校側が忙しいというのもあるのだろう。練習中に事故でもあっては、大変だからな」
「……インターバルだ。走り続ける為にも、小休止は必要」

 そう言ったのは円堂の両隣にいる、鬼道と豪炎寺。

「俺は週明けからなら、河川敷に居るし、遊びでなら構わないからな!」

 にやっとした笑いを見せながら、そう円堂は話を締めくくった。

「あれ? いつの間に来たんだ? 風丸」
「うん、さっきな」
「じゃ、話は聞いたんだ」
「……今月中は練習禁止だって」
「そうなんだよ。今日も、このまま解散だしな。よし! 溜ったゲームをクリアしまくるか!!」

 久々の纏まった休みらしい休みに、半田は別の楽しみを見つけたようだ。

「キャプテン、どうして週明けなんですか?」

 円堂を見上げるようにして、小林が尋ねている。

「ん? ああ。ちょっと大事な用があってさ、それで」

 そんな円堂の声が聞こえた。

「……練習がないなら、先に帰らせてもらうぞ」
「えっ、帰るのか? 何か用事でもあるのか?」

 慌てたような円堂の声が追いかけてくる。

「まぁな。じゃ、お先に」

 部室のドアを後ろ手で閉め、歩き出す。俺の後ろで、一年生達の俺達も帰ろう、と言う声が聞こえた。その声の奥から、誰かの視線を感じたような気もしたけど、それには気付かない振りをして、足を進める。

( これも逃げ、かな )

 そう、自嘲めいた笑みを浮かべて。
 俺を見ていた円堂。

 この時、そんな俺達を見ていてくれた優しい瞳に、俺は気付かないでいた。


  ■ ■ ■


 「……連絡、来ないな」

 終了式の次の日。
 今日はもう、あのチケットに印字されていた出発の日だ。だけど、円堂からは何の連絡も無い。行くにしろ行かないにしろ、何か連絡をしなくてはいけないのは自分の方だという事は判っている。一人でも行くと言った以上、あいつはそれを実行する奴だ。
 新宿のバスセンターを出発するのが夜の9時。今は昼過ぎ、まだ時間はある。

 考えよう。
 俺が、どうしたいのかを。
 本当に大事な事は、なんなのかを。

 春の昼下がり。
 どこか遠くから聞こえる町のざわめき。
 自分の部屋で、目を閉じてそんな優しい風やざわめきに身を委ねていると、記憶はどんどん幼い頃に遡り、色んな事を思い出してくる。その記憶のあちらこちらに、あいつの笑顔も一緒に残っている。

「……俺、この町が好きだ」

 ぽつりと呟く。
 そして ――――

 はっと気付いて、机の上の時計を見る。時計の針はそろそろ午後の6時を指そうとしていた。随分と陽が長くなっていた春の空も、夕焼け色に染まり始めている。もう少ししたら夜色が下りてくるだろう。

 あの日の夜のように。

( あ、俺…… )

 夜に続くあの長い道を、一人で行かせるのか!?
 俺がこの町に帰って来た時のように……?

 そう思った瞬間、俺の心は決まった。
 ばたばたと簡単に旅支度をして、階段を駆け下りる。

「母さん、俺今から円堂と一緒に福岡に行って来る!」

 夕食の支度をしていた母が、びっくりしたような顔で俺を見た。

「一郎太、あんたそんな事一言も言わなかったじゃない」
「言わなかったのは謝るけど、早くしないとあいつが一人で行っちまう!!」

 俺の必死さが伝わったのか、呆れたような表情と溜息と一緒に母が頷いてくれた。

「判ったわ。それじゃ行ってらっしゃい。そして、今度はちゃんと帰ってくるのよ」

 母のそんな言葉を背中で聞いて、俺は家を飛び出していた。
 飛び出して、はたと思う。
 円堂の家に行くべきか、それとも……

「バスターミナルに行こう! そこであいつを待つんだ」

 今の、この気持ちのままで円堂の所に行ってしまえば、なんだかそのままになってしまいそうな気もした。

 だけど、それじゃダメなんだ。
 あの日の、あの場所に戻らないと!!

 まだ発車時間にはタップリ2時間はあろうかと言うのに、俺は深夜高速バスのターミナルの待合室へ息急き切って駆け込んだ。

 そして、そこで見つけた一つの人影。

「円堂……」

 力が抜けて、泣きそうな声が出た。

「風丸、来てくれたんだ」

 笑って俺に向かって手を差し出した円堂の瞳が、照明のせいか揺らいでいるように見えた。

「ああ、ごめん。俺、遅くなって……」
「遅くなんてないさ。こうして、十分すぎる程間に合った」

 ポンポンと円堂が自分の隣の席を叩いて俺に勧める。俺は誘われるままに、そこに腰を下ろした。

「……本当に円堂、お前一人でも行くつもりだったんだな」
「知りたかったから。風丸が通った道が、どんなだったかを」
「円堂……」

 円堂は真っ直ぐに前を見据えて、そして言葉を続けた。

「……お前を一人行かせてしまった。それだけが、ずっと心に残ってしまって、今こうして隣にいてくれても、思い出すたびにたまらなくなる」

 握り締めた拳に力が篭るのが見て取れる。
 俺が自分の事を未だどこかで許せないように、円堂もあの時の事を未だ引き摺っていたのだ。俺は、円堂の手に自分の手を重ね、強く握りしめる。

「俺もそうさ。あの体験があるからこそ、今の俺が居ることももっと強い信頼を手にすることが出来たのも判っている。でも、ふと思い出すたびに、どうして、あそこで逃げ出してしまったのか、氷の欠片が突き刺さったように何度も思い返してしまうんだ」
「風丸……」
「一緒なんだな、俺達」

 握り締めた手を緩めながら、俺は泣き笑いのような笑顔を浮かべた。


  ■ ■ ■


 「やっぱり、イナズマキャラバンの内部より広いんだ、高速バスって」

 二人掛けのシートの上にある網棚に荷物を乗せながら、まるで遠足にでも行く子どものような目の輝きを円堂の瞳の上に見る。
 東京に帰るために乗った時には、この隣には誰もいなかった。窓の外も真っ暗で、弱々しい車内灯で鏡のようになった窓ガラスに、青ざめた自分の顔が映っていた。
 
 だけど、今は俺の横には円堂がいる。
 あの一人の道のりは、この道に続いていた。

「あんまりはしゃぐなよ、円堂。深夜高速バスは夜10時には消灯だからな」
「そっか。キャラバンでもそうだったもんな」
「ヘッドフォンを使えば、音楽ぐらいなら聴けるけど」
「いや、いい。小さな声で話すのもアウト?」
「う~ん、どうだろ?」

 俺は円堂の言葉に、座席から立ち上がり周りを見回してみる。春休みに入ったとは言え、二階席ほどには混んでない様に思えた。

「多分、大丈夫。でも、そんなに話す事もないだろう?」
「なくても話したいんだ、お前と」

 落とした車内灯の弱い光に照らされた円堂の笑顔は、白熱灯にも負けないくらいの明るさだった。

「もう…、仕方が無いなぁ」
「へへ、本当に久しぶりだもんなぁ。こんな風にお前と二人だけで何かするのってさ」
「そう言えば、そうだな。お互い中学に上がってからは、部活も違ったし、たまに登下校が一緒になるくらいだったから」
「ああ。2年になって風丸が助っ人でサッカー部に来てくれてからは、今度はチームメイトとしての団体行動だったし」

 そんな事を取りとめもなく、俺達は話し続けた。
 真夜中、西に向かって疾走する高速バス。
 あの道のりを戻る度、俺達の一人だけだった時間は巻き戻されて、空白になってゆく。その上に、新しい思い出を刻みながら。

 話し疲れて、いつの間にか眠ってしまった俺達は知らず知らずのうちに、互いの手を取り合っていた。

 あいつの心音が聞こえる。
 体温が伝わる。

 それが涙が流れるほど、嬉しかった。

 深夜のパーキングエリア休憩。
 バスが止まった感触で、俺は目が醒めた。無自覚のままに流していた涙に気付いて、慌てて拭う。そんな俺の行動に、寝ぼけ眼の円堂が気の抜けた声をかけてきた。

「んぁ、もう着いたのか?」
「いや、まだだ。長距離を走るバスは、途中で運転手が交代するから、そのための休憩」
「ふ~ん。ここ、どこらへんだろう?」

 俺は携帯を取り出し、時間を見た。

「午前3時過ぎだから、岡山辺りかな?」
「へぇ、もうそんな所まで来てるんだ」

 円堂と二人で物凄く遠くまで来たんだという事を実感して、なんだかドキドキしてきた。

「うわぁ~、すっげぇ綺麗な月!!」

 俺の膝の上に身を乗り出して、外の様子を見ていた円堂が、突然大きな声を出した。円堂の言葉に空を見上げれば、そこには真ん丸のお月様。

「本当に、今夜の月は綺麗だ」

 あの時も、気がつけば月は空にあったのかもしれない。気がつかなければ、そこにある光でさえ見失ってしまうように。


  ■ ■ ■


 「こんなに賑やかな街だったっけ?」

 目的地のバスターミナルに着いたのは、もう昼近くの事。この地方随一の商業圏の中心地でもあるからか、予想以上の人出の多さだった。

「……前に来た時は、街の様子を見ている余裕もなかったからな」

 あの時は、そう誰もエイリア学園と闘う事しか頭になかった。
 強くなる事だけしか、見えていなかった。

 俺は、ここから一歩踏み出す。

「あ、おい! 風丸!! どこに行くんだよ!?」
「あの場所に、戻るんだ」
「あの場所って…、おい! 待てよ!! 俺を置いてゆくな!!」

 俺と円堂の間に人波が混じり、ほんの一瞬お互いの姿が見えなくなった。

「円堂っっ!!」

 そう声をあげた瞬間、俺の手は後ろから強く引っ張られた。

「……もう、勝手に行くなよ! 一人でなんか……」
「ごめん。だけど、約束する。俺はもう、一人にはならないから」

 見知らぬ人達で溢れる街中を、俺達はもうはぐれないよう固く手を握り合って、あの場所への道を逆さまに辿る。俺があの夕暮れ、一人で歩いた足跡を二人の足跡で書き換えながら。

 あの日、落日の陰に染まりつつあったあの波止場は、今 真昼の明るい太陽の下、穏やかに打ち寄せる波に光が弾けていた。

「風丸……」
「あの日、俺はここから逃げ出した。あいつらの強さに打ちのめされて」
「…………………」
「俺が逃げ出したのは、自分の弱さから。弱い事を言い訳にして、強くなる事から逃げ出して、それでもやっぱり強くなりたくて、あんなものに手を出してしまった」
「もう、いい。終った事だ、風丸」

 真剣な顔で、円堂が俺を見つめる。
 そう、俺は気付いたんだ。
 あの日、俺が本当は何から逃げ出したのかを。

「本当は強くなってゆくお前から逃げ出したんだ、俺」
「俺から……?」

 目を丸くする円堂。

「どんどん強くなってゆくお前と、凄い才能を持ったスカウトメンバー達。強くなければ一緒に戦えない。戦力にならない奴はお前の側にいることは出来ないから、そう言われる前に逃げた」
「そんな! そんなことはない!! 大事な仲間を、そんな事で……」
「だけど、そんな状況だっただろ? あの時は」
「風丸……」

 ああ、円堂。
 不安げな表情はお前には似合わない。
 だから、俺は言う。

 自分の弱さも、過ちも全て受け入れて。
 あの日、間違って進めてしまった時計は針を巻き戻し、素直な自分の心を刻んで動き出す。胸に突き刺さっていた氷の欠片が、春の日差しに解けてゆくのを感じる。

「円堂、俺 お前の事が好きだ」
「風丸っっ!?」
 
 飛びっきりの笑顔で、俺はそう言った。
 円堂の不安げな表情は吹っ飛んで、大きな目を真ん丸に見開いたびっくり顔に、俺は思わず噴出す。

「そして、あの日あの時、俺はこの気持ちからも逃げたんだ。でも今はもう、逃げない」

 笑顔はそのままに、俺はがばっと円堂の身体を抱き寄せて、ぎゅうっと抱き締めた。あの日、円堂が伸ばしてくれた腕を振り払った分も、合わせて強く固く。俺の急変振りに硬直していた円堂の腕が、そっと俺の背中に回される。

「よし、判った。俺も逃がさないからな。ここから俺達は、また走り出すんだ!」

 二つの影が一つになる。
 頭の上で、賑やかになくウミネコの声。
 明るい海の上、外国航路の船がボゥゥと長閑な汽笛を鳴らしていた。



 ―――― 走り出せ 前を向いて


 いつか、俺はこの日の事を思い出す。


 ―――― 「あの日」を誇れるように

 
 俺はもう、立ち止まらない。
 この気持ちに嘘はつかない。


 ―――― 譲れない想い 抱き締めて


 今、走り出す!!


  ■ ■ ■


 
「……やっぱりな」

 真昼間堂々と、中学生男子が抱き合っているのはどうかと思うが、そう仕向けたのは自分でもあるから仕方がないかと、軽い溜息をつく。その溜息の主の左右にも、それぞれ人影がある。

「よくここだと判りましたね、鬼道さん」
「ああ、この街で円堂が風丸と別れたのが、あの場所だと聞いていたからな」

 立向居の言葉に、さらりとそう答える鬼道。あの時の、風丸がキャラバンを離脱した後の円堂の姿を知っている者からすれば、今の有様くらいは目を瞑ってやろうという気にもなる。

「……俺があんなに早くキャラバンを離れなければ、あの二人をそんなに追い込むことはなかったのだろうか」

 少し沈んだ声は、鬼道の左隣の豪炎寺から。

「お前にも差し迫った事情があったんだ。自分を責める必要は無い」
「鬼道……」

 一つになっていた影が、急に我に返ったように二つに分かれ、恥ずかしそうに下を向いた様子まで手に取るように見えている。

「立向居には、面倒な事を頼んだな」
「いいえ、構いません! 円堂さんの為になる事なら!! 言ったでしょう? 俺、円堂さんの事大好きですから!!!」

 今の二人を見ても尚、そう言い切る事が出来る、その強さ。

「強いな、立向居は」
「俺は自分に正直なだけですよ」

 にっこり笑うその姿は、やはりどこか円堂に似ていると鬼道と豪炎寺は思った。

「それに俺、この街が大好きなんです。だから、大好きな人達が、この街を思い出してくれる時に笑顔で思い出してくれたらって」
「お前は、本当に良い奴だな」

 鬼道と豪炎寺の二人に頭を撫でられ、顔を赤くした立向居。

「あっ、でもそろそろ合流しないと、俺の立てたスケジュールが狂っちゃいます」
「……馬に蹴られそうな感じだがな」
「判らんでもないが、あのままでは二人も動けないでいるのだろう。立向居、円堂の携帯を呼び出せ」
「はい」

 すぐ近くで聞こえる、円堂の携帯の着信音。
 その音で、場の空気が変わったのを確認する。

( 円堂さん、立向居です )
( おぅ、立向居か。悪ぃ、着いたら連絡するつもりだったんだけど )
( 俺達、今海岸の近くに居るんですけど )
( ああ、じゃぁ近くだな。すぐ、合流出来そうだ )
( 良かったぁ~。 午後から空港近くのスタジアムで地元のJ1チームの練習試合があるから、案内しようと思っていたんです )
( プロチームの試合!! 判った! すぐ行く!! )

 円堂の声があまりに大きくて、耳から外した携帯から返事が筒抜けになる。

「……あいつらしいな」
「まったく。俺達の姿を見て、びっくりする二人も見物だろう」

 小さく笑い合う、鬼道と豪炎寺。

「東京福岡間なんて、9時東京発の便に乗れば11時前には着きますからね」
「帰りはあいつ等に付き合って、深夜バスだが」
「ちゃんと、鬼道さん達のチケットも予約してますから」

 そんな立向居の言葉。
 よく気が利く、頼もしい後輩だ。

「陽花戸の戸田も安心だな。立向居のような後輩がいれば」
「ああ。雷門の後輩も頼もしいがな」


 皆の想いが一つになって、大きな輪になる。
 その輪は転がりだして、未来へと続く。


 ―――― 切り開け その手で
 
 聞こえているかい? この声が

 素直に笑える事 抱きしめ

 今 走りだせ ――――




【終わり】

次のページは後書きです


この話のベースは「県民愛!!」です。
なので、作中のたちむーに代弁してもらいました(笑)

自分の好きな場所を思い出してもらう時、出来れば笑顔で思い出して欲しい。
自分が一人だと思っていても、気がつけば誰かが側にいてくれる。
側に居てくれるのは、大好きな誰かかも知れないし、友達かもしれない。
少し距離のある人かもしれない。
自分から閉じ篭らなければ、きっと差し出された手にそこにある。
見つめ、見守る視線がそこにある。

「好きだ」と言う気持ちがあれば、きっと繋がれる。
「好きだ」と言う気持ちがあれば、きっと立ち上がれる。

震災後2週間、何も手につきませんでした。
安全な場所にいて、こうして好きな文章がかける環境があって、でも今そんなことをしていて良いのか? と思いました。
でも私には、こうして『書く』ことしか出来ません。
拙い文章でも、誰かの気持ちを少しでも軽くすることが出来ればと、そんな願いを込めました。



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Date:2012/03/07
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