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□ たとえばこんな、夏合宿 □

たとえばこんな、夏合宿3


 無事、とも言い難い状況だが霧野主催の百物語は重傷者一名を出して終了した。とてもにこやかな菊乃に見送られ、ようやくそれぞれの寝室に向かう天馬達。あっ、と気が付いたような表情で、円堂が菊乃に声をかけた。

「済みません、菊乃さん。キャラバンの番をしている古株さんは、夕食やお風呂どうしていました?」
「運転手さんには、皆さんが露天風呂に行かれる前に、先にお風呂に入って頂いています。お食事の方も、年齢に合わせたお腹に優しい物をご用意いたしました」
「お気遣いありがとうございます。古株さんも、俺達と一緒に別荘でと誘ったんですが、ニュースで聞いた凶悪犯に、万が一でもキャラバンが盗まれたら大変だから番をする、と言って聞かなくてですね」
「ほほほ、わたくしたち年寄りは、そんな所があるのですよ。大事なものを守るのが生きがいのような」

 そしてまた、にっこりと。
 この笑顔は、誠実に自分の思う『仕事』をやり続けてきたからこそ、浮かべることが出来る笑み。
 円堂も思う。
 自分もいつかそんな年齢になった時、こんな風に笑っていたいと。

「なんか、本当に色々ありがとうございます」

 大人たちのそんな風に落ち着いた感じとは正反対に、子ども達はまだまだあわあわした状態が続いていた。

「ねぇねぇ、あんな話を聞いた後なのに、眠る時は一人部屋って心細くないですかぁ」

 と、情けない声を上げているのは速水だ。だがその声は、実を言えば残りの皆も、言いだしたかったこと。怖さからの者もあれば、こんな人里離れた山の中の別荘、ちょっとだけアバンチュールな夏の一夜があってもいいじゃないかと思う者もいる。

「ん~、俺らはそーでもないけど、怖がりなキャプテンや鶴ちゃんの為に、二人一部屋ってどーよ♪」

 頭の上で手を組んでへらぁと、浜野も速水の意見に賛同した。

「ああ、それは良いな。大丈夫だとは思うが、防犯的にも菊乃さんの手を煩わせる分が減るのにも一石二鳥だし」

 子ども達の声を聞き取り、円堂も賛成する。この話の展開を見て、霧野は心ひそかに計算通りとほくそ笑む。神童の怖がりぶりを知っての百物語。その後、その神童が一人で眠れる訳がないとまで見通していた。

( 感謝しろよ、神童。お前の為に、天馬と二人きりになれるよう、仕組んだんだからな )

 思いながら、横目で未だ天馬の腕をぎゅっと握りしめている神童に視線を流す。

「良いですね! それじゃ、僕たち一年は丁度二人なんで、僕と天馬が同室ってことで!!」

 真っ先に部屋割り提案をしてきたのは、信助だ。どこからどう見ても、マスコット系純粋無垢キャラに見えて、その内実はガチであった。

「悪いな信助、天馬はあんな状態だ。ちょっと引き剥がせそうにないんで、俺で我慢しとけ」

 可愛い顔、綺麗な水色の瞳と相反する低くドスの利いた声でそう言いながら、霧野は信助を上から見下ろした。その背後には、この先輩に逆らうのならと言う無言の制裁オーラが漂っている。

「ん? 神童の面倒なら霧野が見れば? お前、幼馴染なんだしさー。俺も天馬と同室がいいなv 海や釣りの話して学年の壁を超えたいじゃん?」

 あっ、という顔をする信助。そう言えば、ここにも伏兵がいた。 

「……えっと、部屋割り、どーなるんですかぁ」

 足を内股に、指を突き合わせてもじもじおどおどという感じで速水が尋ねる。速水の胸の内を覗けば、同室になりたくない人間として真っ先に倉間と霧野、それから神童。倉間と霧野は自分たちが怖く無い分、絶対自分を弄ってくる!! と、分かっている。その弄りは、イジメにも近いレベルだ。

( うううっっ、そんなの嫌ですよぉ~~~ )

 神童に至っては、自分より怖がりな人間じゃ同室になる意味がない。

「よ~し!! 時間も遅いし、あれこれ言い合っていても仕方がない。恨みっこなしのクジ引きで決めるぞ!」

 ツルの一声ならぬ、円堂の一声。相変わらずの判読しがたい円堂の文字で書かれたクジを引けば ――――

「あれ? 割とそのままじゃん?」

 そんな感想を述べる霧野。その足元では信助が、ぷぅぅぅぅ~~と頬を膨らませている。

「……俺と同室は浜野か。お前なら気楽でいいや」
「そりゃ、どうも♪ 腐れ縁も大事にしたい俺だしぃ~v」

 基本、浜野は楽天家。出された結果を、自分の受け取りやすいように受け取る。我を張り過ぎないしなやかな思考が、強みで持ち味だろう。
 残るは、神童に天馬、速水と数合わせで入った円堂も。その円堂が、自分の引いたクジの番号を読み上げる。

「さてv 俺と同室なのは、誰かなっと♪ 三番って誰だ?」
「あ、あれ……、俺/////  ―――― 」

 速水が顔を真っ赤にして、さらにモジモジとオトメン振りを発揮している。

「おっ! 速水か。じゃ、今夜はよろしく!! 夜中、怖くなったらいつでも起こして構わないからなっっ!」

 ぴっ、と親指を立てて、白く光る歯を見せてにっと笑う。速水にしてみれば、円堂と同室と言う事で、先ほどまでの恐怖心はあっという間に消え去り、むしろ今夜はちゃんと眠れるのかどうかが心配になってきた。この胸のドキドキと息苦しさと身体の火照り。

( うわぁぁ~~~、別の意味で眠れませんよぉ~~~ )

 うん、まぁなんだ。
 思春期って、色々大変。
 頑張れ速水、青少年!!


   ■ ■ ■


「落ち着きました? キャプテン」

 それそれが部屋に入り、そろそろ寝る準備をしているらしい雰囲気を感じながら、天馬は神童にそう声をかけた。

「あ、ああ……。情けないな、こんなに怖がりじゃ、お前もがっかりしたろう?」

 力ない笑みを無理やり顔に浮かべ、そんな言葉で天馬に返す。

「そんなことありません。誰にも得意なものと、不得意なものがあります。俺は……、そーゆーのはあんまり怖く無い方なんです、沖縄のお祖母ちゃんの影響で」
「天馬……」
「でもっっ!! 閉じ込められそうな狭くて暗いところは、もう怖くて怖くてっっ! だから地下鉄やトンネル、エレベーターって苦手なんです」

 へへっと、頭を掻きながらそんな自分の弱点をカミングアウトする。

「……明るい空が似合う、お前らしいな」
「滅多に出会う事が無いお化けや幽霊より、普通に生活していればいくらでも遭遇するそんなものが怖い方が厄介ですよね」

 何気ない天馬の優しさが胸にグッと来る。グッと来て、それから全身にほわほわと温かく柔らかに広がって行く、この甘酸っぱいような気持ちの正体も、神童はすでに知っている。

「……でも、怖くても苦手でも天馬は逃げないだろう? それに比べて、俺は……。自分でも情けなくて、嫌になるよ」

 俯いたまま両手を握りしめていた神童のその手の上に、天馬が自分の手を重ねてくる。

「俺、今のままでもキャプテンが大好きです!! だから、自分から自分を嫌いにならないでください!!」
「天馬っっ……!」

 そのまま、神童の弱気な心まで包み込むように、ギュッと強く手を握り締めてくる。

( ああ、天馬……。俺は、俺は…… )


 弱さを隠す、組んで握りしめた自分の手。それを丸ごと天馬は受け止めてくれた。ならば次は、自分の弱さをさらけ出す勇気を持とう。この手の暖かさに優しさに、真摯に応えるために。
 ゆっくりと、神童は組んでいた手をほどく。それにつれ、神童の手を包んでいた天馬の手も、離れて行った。

「キャプテン?」

 神童を見上げる天馬の瞳。真っすぐで純粋なその色は、高みを目指す空の青。

( 勇気をっっ!! )

 弱気を握り込みそうな自分の手に喝を入れ、そっと伸ばすと今度は天馬の自分より幾分か小さな体を抱きしめる。

「えっ!? えええっっっ、キャ、キャプテンっっ!!」

 天馬は神童の思わぬ行動に、裏返った声をあげた。

「天馬、俺もお前が好きだ」
「キャプテン……」
「好きだ、天馬」

 囁くように、それだけを繰り返し言葉にして伝える。天馬が神童の腕の中で、真っ赤になっている。もちろん、神童の顔も真っ赤だ。

「あの、そのっ……、俺……」

 焦る天馬の気持ちもよく分る。神童だって、天馬をめぐるあれこれで自分の心が穏やかにならない理由に思い至った時、同じように混乱した。

 好きになった相手は、部活の後輩で
 しかも、最初は煙たく思っていたような奴で

 そのうえ……、男だ。

 まさか自分にその気があるとは、今の今まで気付きもしなかった。
 しかし、気付いた時にはその想いは、もう無いものにするには大きすぎるほどのものになっていた。

「……無理はしなくていい、天馬。ただ、俺がお前の事を好きだと知っていてくれれば」
「俺の好きと、キャプテンの好きは、きっとちょっと違うんですよね?」
「ああ、違う。だから、お前が俺に合わせる必要はない。これは俺のわがままだけど、もし俺のこの気持ちがお前に取って嫌なものでないのなら、お前は今のままで居て欲しい」

 ようやく神童は、自分の想いを伝えることが出来た。
 今は、それだけでいい。

「お、俺! ちょっと顔を洗ってきます!!」

 真っ赤になった顔が熱くて、そしてこのまま神童の側にいるのは恥ずかしくなって、天馬は逃げ出すように部屋を飛び出していった。

「はぁぁぁ、ついに伝えたぞ!」

 天馬が走り去ったドアに向かって、弱気ではない自分の想いをぐっと握り締めて、ガッツポーズを取る神童。そこに ――――

「神童っっ!!」
「キャプテン! なんて事をするんですか――――!!」

 そう叫びながら飛び込んできたのは、霧野と信助。二人とも耳の周りに丸くコップの痕がついている。

「お前たち……」

 この二人が隣室で、同じ目的で盗み聞きしていたのは間違いない。

「このっっ、ヘタレっっ!! 告って腕の中に抱きしめているのに、なんでキスの一つぐらい交わさないっっ!?」
「キャプテン、僕、キャプテンを見損ないましたっっ!! まさか、初心で純真な後輩に手を出すような色魔だったなんて!!」

 そのくせ、言っていることは正反対。

「し、信助……、俺の事、やっぱり許せないか……」

 信助の厳しい指摘に、神童の瞳からぶわっと涙が溢れる。

「気にするな、神童! 信助は、お前から天馬を引き離したいだけだ!! なにより、信助はお前より天馬に対しガチだっっ!!」
「そーゆー霧野先輩だって、ひねくれているけどキャプテンにガチじゃないですかっっ!? 僕の事、言えるんですか!!」
「俺はいいんだよ、俺は! 幼馴染は、全てにおいて免罪符なんだから」
「そんなの、ズルイですよっっ!!」

 こんな信助、見たことがないと神童は涙で揺れる視界の中でそう思う。
 正直、天馬より純真無垢なマスコット系キャラだ。そういうキャラは、限りなく子どもでないといけないんじゃないかと思うのだが、内面が外見通りだなんて思ってはいけない例だったようだ。

( あの霧野に、面と向かって楯突いてる…… )

 信助の負けん気の強さと、諦めの悪さは神童も知っている。それは「正」の方向を向いたときはより良い結果をもたらすものだが、それが「負」の方向を向けば、泥沼である。ギャアギャアと言いあう二人に気圧されて茫然としている神童の手を、誰かがそっと引いた。

「わっ!!」
「しぃー、キャプテン」
「ああ、天馬か」

 そっと部屋の中を覗き込んだ天馬が、舌戦で熱闘を繰り広げている二人に気付かれないよう神童を部屋の外に連れ出す。

「……あの二人が帰るまで、俺達は外で待ちませんか?」
「ああ、そうだな」

 天馬に引かれた手が、嬉しい。あんな告白をした後でも、こうして触れてきてくれる。

「ここなら静かですよ」

 そう言って天馬が勧めたのは、先ほどまで花火をしていた中庭の隅にあるベンチだった。

「なんだか大変な事になったな」
「それでも、なんとかなりますよ♪」

 にっこり笑顔を神童に向けて、天馬はその口癖を楽しそうに言った。

「天馬……」
「多分、俺もキャプテンの事、好きみたいです。勿論、その前に大好きな先輩! って言うのもあるんですけど……」
「好きと好きが、ちょっと違う?」
「はい、でもどっちも大事にしたいなぁって」

 へへっと嬉しそうに笑う天馬に、胸が熱くなる。神童が、何か言おうと口を開く前に、天馬が言葉を続けた。

「ねぇ、キャプテン。喉、渇きません?」
「あ、ああ、そうだな。渇いてるかも……」

 あれだけ熱くなったり、汗をかいたりすれば当然だ。

「じゃ、俺何か飲み物貰ってきます。ついでにあの部屋の様子も見てきます」

 言うかが早いか、もう駈け出している。何でもないように振る舞っているが、天馬もまだ神童と二人きりは恥ずかしいのだった。


   ■ ■ ■


 神童は、ほわほわとした幸せな気分でベンチに腰かけていた。好きな相手に、好意的に受け止められている事実が、神童の警戒心を緩くしていた。ほわんと、今までの会話を思い出しては、一人赤くなったり照れてジタバタしてみたり、初心丸出しの反応を示していた。そんな神童の耳に、中庭の芝生を踏む微かな音が聞こえた。

「天馬? 早かったな。あいつらは……」

 どうしている? と、問いかける言葉は、最後まで紡がれることはなかった。目の前に現れたのは、自分よりも大きな黒い人影。中庭の端々にある誘蛾灯の灯りを受けて神童の目に映ったのは、小太りの脂ぎった成人男性。ハァハァと、怪しい息遣いをしている。

「し、神童くんだよね? 神のタクトの。ぼ、僕、君が一年生の頃からのファンなんだ」
「ファ、ファン?」
「そう、大ファンだよ!! ず、ずぅっと、好きで好きで追いかけてたんだけど、おさげ髪の女の子にいつも邪魔されてさ、神童くんに近づけなかったんだよね」

 そう言いながらも鼻の穴を膨らませ、ハアァハアァという息遣いはさらに激しくなる。神童を見る糸の様に細く小さな目はギラギラとした光を浮かべて、神童の浴衣から覗くほっそりとした手足や首筋などを舐めるように見ていた。
 言い知れぬ嫌悪感と恐怖を感じて神童は、その場から立ち上がろうとした。その神童の肩をぐいっと抑え込み、その男は脂ぎった顔を神童の顔に近づけてくる。

「い、行っちゃダメだよ。こ、これから、僕と素敵な記念のツーショットを撮るんだからさ」

 その言葉で、はっと神童は気が付いた。

「……もしかして今日、ずっと俺の後を付けていた……?」
「そう! し、神童くんって勘が良いんだね。み、見つかるかと思っちゃったよ」

 やはり、あの誰かに見られている感じは気のせいではなかったのだ。

「お前っっ!! 警察を呼ぶぞっっ!」
「け、警察なんて、怖く無いよぉ。って言うか、警察なんて、し、神童くん呼べないしぃ」
「なに?」

 次の瞬間、神童は口と鼻に白いタオルを宛がわれた。薬品の臭いが嗅覚を刺激する。目に涙が滲む、ふぅぅぅと意識が遠くなるのを感じた。

「ほ、ほらね、こうなっちゃうから。あ、あの子が戻って来る前に、ぼ、僕たちはどっかいいところに隠れちゃおうね」

 そのストーカーは、神童の体を軽々と抱え上げると、中庭の誘蛾灯の灯りも届かない夜の闇の中に消えて行った。

 ドサリと下ろされて、神童は意識を取り戻した。薬品の影響が残っているのか、頭はまだふらふらする。良く働かない頭で周りを見回し、そこがどこかの小屋だと思ったが、それがどこかは分からない。ただ不思議に思ったのは、中の灯りが漏れないよう、暗幕が小屋の中にめぐらされている事だった。

「ここ… は……?」
「ス、スタジオ、ってところかな? ここって、山の中んだからね。い、いつもはラブホとか使うんだけど」

 未成年者が聞いてはいけない単語を聞いたような気がして、神童の体はさらに緊張と警戒で硬くなる。

「ほ、ほら、見てみて♪ よ、良く撮れてるよねv し、神童くんのこんなベストショット、初めて撮れたんだよ。い、いつもは、あの子がいてダ、ダメなんだよね」

 ああ、確かに山菜もストーカーだけど、でもそのおかげで、こんな奴から守られていたのかと思うと、今は感謝の気持ちしか湧いてこない。
 そのストーカーが神童に見せた写真は、昼間の川で遊んでいた時のものや、夕食の時のものや花火の時のものもあったが、一番多かったのは露天風呂に入っている全裸でのものが多かった。

「な、なんだ! これはっっ!!」
「し、神童くんだって、お、男の子が好きなんだから、ぼ、僕の気持ちも分かるよね? か、可愛い男の子の、は、裸の写真が欲しくなるのって」

 思わず、ぞっとした。
 こんな変態ストーカーの気持ちなぞ、分かりたくもない!!
 同じ好きでも、相手を大事に思う気持ちのない好きなど、好き勝手にやるエゴイストの言い訳に過ぎない。

「ぼ、僕ねぇ、じ、自分の可愛い男の子コレクションの締めくくりは、い、いつも僕とのツーショットで決めているんだ。し、神童くんで八人目なんだけど、ホラ! 今までのフニッシュコレクション、み、見てみる?」

 と、神童の前に差し出された夥しいそれは、全年齢タグをつけたこの文章中では、詳細を述べることが出来ないような種類のものだった。

「み、みんな、悦い顔してるだろ? こ、この無理矢理って感じの泣き顔が、さ、最高なんだよね!!」

( 泣き顔…… )

 ストーカーに目を付けられた訳が、分かったような気がする神童だった。

「じゃ、し、神童くんv い、いただきま~すっっ!!」

 ストーカーのぶよぶよした指が、浴衣の帯に掛かる。シュルリと帯は解けて、襟元が肌蹴られる。そして ――――

( 嫌だっっ――――!! こんな奴にヤられたりしたら、もう天馬に合わせる顔が無い!! )

 そんな事になる前に、いっそ舌でも噛んで清い身のまま ――――

 とまで、思いつめようとした時、バターンっっ!! と小屋の板戸が押し破られた。

「拓人坊ちゃまっっ!! ご無事ですか!!」

 その声は、菊乃。

「菊乃さんっっ!!」
「誰だっっ!?」

 その場の光景は、今にも襲われそうな神童と強姦魔の図。勇ましく襷掛けで袖を留め、鉢巻に長刀を構えた菊乃の顔が豹変する。穏やかに優しい目元はぎりぎりと吊り上り、爛々と怒りに満ちた光を浮かべている。ほほほと小さく品よく笑っていた口元は大きく開かれ、久遠(くおん)の呪詛を吐き出しそうだ。

「なんと、まぁ……! 許すまじ、この不埒者めっっ!! この菊乃が成敗してくれるっっ!!」

 突然の闖入者に、ストーカーも驚いた。なんせ別荘の敷地の外れにある道具小屋、人目に点かないことを最重要視して選んだ場所にあるにもかかわらず、まるで見通されていたかのように、菊乃登場。しかも、その姿の迫力のある事と言ったら、ついさっきまでの小柄で陽気で温厚な菊乃からすれば、まるで別人のようだ。

「き、菊乃さん……?」

 神童も呆気に取られている。
 先に動いたのは、ストーカーの方だった。手慣れた様子で長刀を操る菊乃の怒りオーラに恐れをなし、その小屋から逃げだしたのだ。

「待て! このような不埒な真似をしておいて、無事で済むと思ってるのかっっ!!」

 小太り気味のストーカーは見かけに寄らず敏捷な身のこなしで、しかもかなりの俊足。だが、その後を追う菊乃もまた、足が速かった。

「菊乃さん、あの年にしては物凄く足が速いな。っていうか、地面の上をまるで高速で滑ってゆくようで足元が見えないくらいだ……」

 間一髪で貞操の危機を免れた神童が、目の前で繰り広げられている追跡劇を見守っている。

「キャプテ~ン!! どこですかー!」
「神童! どこだーっっ!!」
「神童、神童ーっっ!! いたら返事しろーっっ!」

 人心地ついた神童の耳に、自分を探してくれている天馬や円堂監督、霧野の声が聞こえた。

「おおい、ここだ! 今、菊乃さんが暴漢を追っている!!」

 そんな声が行き交う間を、ストーカーと菊乃は追いつ追われつのレッドヒートを続けていた。

「あっっ!!」

 天馬が指をさす。暗闇から、汗ダラダラで脂ぎった小太りの体が溶けそうな感じの、いかにも変態だという記号で描写出来る若い男が走り出てきた。

「ああ、皆様っっ!! どうか、その男を捕まえてくださいまし! 拓人坊ちゃまに狼藉を働こうとした痴れ者にございます!」

 菊乃の凛とした声が、その男の後方から聞こえる。

「なんだってっっ!!」

 びっくりしたような声は天馬。

「お前っっ、俺の教え子に何をしたっっ!!」

 怒り心頭の円堂は、全身の気を頭部に集中させると、超弩級のメガトンヘッドをストーカーに食わらせた。円堂のメガトンヘッドを真正面から喰らってストーカーは、後方に仰向けのまま菊乃の横を物凄い勢いで吹っ飛んでいく。その男目掛けて、ピンクの流星が猛ダッシュする。

「霧野?」
「霧野先輩……」

 ストーカーが地面に落ちるのと同時に、霧野のサッカーで鍛えた足がストーカーの急所を直撃する。

「あ”ばばばっつ うげぇぇぎゃぁぁぁぁ~~~っっ!!!」
「てめぇ~、俺の拓人にナニしやがったっっ!! お前の男の人生、ここで終わらせてやるっっ!!」

 急所を押えてゴロゴロ地面を転がっているストーカーに追い打ちをかけるように、霧野は可愛い顔に般若のような凄味のある笑みを浮かべ、渾身の力を込めてストーカーの急所を足で踏みつぶした。

「¶ДИっっ~~!!яфЮЙ!!! шŧ~~~っっ!」

 グチュとか、ブチュとか、形容しがたい音が聞こえたような気がした。
 が、この際この一件でこのストーカーの性別が変わったとしても、自業自得だろう。

「まぁ、なんて凛々しいのでしょう。名は体を表すと申しますが、さすがは戦国武将に仕えた名小姓と同じ名だけの事はありますねv 蘭丸坊ちゃま♪」

 先ほどまでの凄さを潜め、あの変わらぬ穏やかさ優しさで霧野を褒め称える菊乃。

「本当に拓人坊ちゃまがご無事で、何よりでしたわ」
「おい! 誰か、警察に連絡をっっ!!」

 菊乃の言葉と、円堂の言葉が重なる。携帯の圏外であるため、信助がいち早く別荘に戻り警察へ電話をかけた。信助は機転が利く。天馬が神童が居なくなったと霧野たちが舌戦を繰り広げている部屋に飛び込んだ時も、素早く監督である円堂の元に駆け込んだのは信助だった。

「……小さいけど、意外と使える奴なんですね。西園って」

 円堂と同室で、悶々と眠れない夜を過ごしていた速水がぽつりと言う。先を急ぐ円堂と霧野、天馬が別荘を飛び出した後、急の事でまだぼぅーとしていた速水に、念の為に別荘の中を調べてから、後を追いかけようと言ったのも信助だった。
 ドタバタとした騒ぎに、倉間・浜野も起き出してきて四人で手分けして調べた後、外に出てきたのだった。

「あいつが使える奴だったのはいいとして、なぁ浜野。お前、アレどー思う?」
 
 そう言いながら倉間が指さしたのは、鬼の形相にどこか嬉しそうな笑みを浮かべて悶絶しているストーカーの急所をグリグリと踏みつぶし続けている霧野の姿だった。

「……おっそろしーよな、アレ。今夜聞いたどの話より、あいつの姿が一番恐ろしーちゅうの!! 見てるこっちのキンタマまで痛いって!!」

 ブルブルと震え前を抑えながら、浜野が倉間に返す。全く同感だと、速水も思う。
 ストーカーに襲われかけたこと、それによって幼馴染の思いもかけない一面を見てしまい、震えが止まらない神童を、天馬は一晩中宥めて過ごしたのだった。


   ■ ■ ■


 警察が来て、こりゃ救急車だなと言われて救急車が来るまでの間、円堂はまず子ども達を休ませる事にした。その件に関しては、警察も神童から事情を聴くにしても、落ち着いてからが良いだろうと同意してくれた。

「……この男の黒い車の中や所持品を見てみると、こういう犯罪の常習犯のようですな。今夜被害にあった子の他に、まだ多数の子ども達の写真がありました。どれも、見るに堪えないものばかりです」
「撮った映像をすぐプリント出来るように資材を積んだ車で、動画映像もありましたから、その手の客に闇で売りさばいていたようです」

 警察官の言葉に、菊乃が眉を顰める。

「まぁ、なんてこと……。世も末ですわね」
「全くです。でも、これで世間の親御さん方の不安の種が一つ減った事には間違いありません。それでもまだ、気は許せませんが」
「ん? それは、どういう意味で……?」

 警戒心を煽る警察官の言葉に、子ども達を預かる円堂が反応する。

「例の連続殺人犯の事です。この近県に潜んでいる確率が高いもので、警戒体勢がとられているんです」
「ああ、倉間が話していてあれか……」
「本当に、恐ろしゅうございますね」

 長刀を脇に抱き寄せて、菊乃もそう嘆息する。

「ところで、お婆さん。貴女のその恰好は?」

 そう問われても、不思議はない。菊乃のいでたちは、今から戦にでも出るような恰好だったからだ。銃刀法違反を問うと、警察官は質問を菊乃に向けた。

「え、まぁ、お恥ずかしい。昔取った杵柄ですわ。今夜、皆様方と楽しく語らっておりましたら、害虫が一匹出まして……。他にも潜んでいたらと思い、見回っていたのです」
「えっ? 菊乃さん、そんな恰好で夜中に害虫退治ですか?」

 それには、円堂も驚いた。まぁ、そう言う円堂もゴ○ブリを退治するのに怒りの鉄槌縮小版を使ったのだから、あまり言えないか。

「……悪い虫を一匹退治して、そろそろ私も部屋に戻ろうかと言う時でしたの。拓人坊ちゃまの難に気付いたのは」

 どちらにしろ、そんな菊乃の勤勉さが神童を危機から救った事に間違いはない。

「お婆さん、今夜は見なかった事にしますから、今度からは害虫退治は長刀ではなく、殺虫剤でお願いしますね」

 時代錯誤なお婆さんだと苦笑いしながら、そう一言注意して警察官は遅れて到着した救急車と一緒に山を下りて行った。


   ■ ■ ■


「折角の合宿だったが、あんな事があって、お前たちには悪い事をしたな」

 翌朝、円堂は部員たちの前で頭を掻きながら、そう詫びた。

「そんな事ないです!! 円堂監督!」

 一番の被害者の神童が、真っ先にそう声を上げた。

「神童……」
「俺にストーキングされるような隙があるのが問題だと分かりましたし、それに山菜の存在の有難さも分かりました」
「山菜?」

 意外な名前に、天馬が首を傾げる。

「あ、分かった! 毒を以て毒を制す、ストーカーにはストーカーなんですね!! キャプテン」

 先生の指名に答える生徒の様に、元気に信助が答えた。

「ああ、まぁ、そう言う事だ」

 苦笑いを浮かべ、肯定する神童。

「お、俺も合宿、楽しかったです」

 珍しく、ネガティブでない意見を口にする速水。もぞもぞとした口調はいつも通りだが、チラチラと円堂に視線を投げては真っ赤になる様は、オトメンな神童と良い勝負だ。

「そーだなー♪ 俺も楽しかった!! 部活じゃ見れない皆の一面が見れてさ、学年の垣根が低くなったみたいで、こーゆーのもいいんじゃね?」
「俺も楽しかったです!! 円堂監督!」
「天馬が楽しかったのなら、僕もです♪」

 そんな感じで、あんな事件はあったがおおむね好評のうちに夏合宿を終えることが出来そうだと、円堂はほっとしていた。

「なぁ、霧野」
「ん、なんだ?」

 今の会話に入っていなかった二人が、顔を見合わせもせずに会話している。

「お前さ、神童の事好きなんだろ? 良いのかよ、それなのに松風なんかに任せてさ」
「……神童が、天馬を好きなんだよ。だから、今は良い」
「お前……」

 何を考えているのか分からない、と言う表情を浮かべて倉間は霧野の横顔を見た。

「それよりお前は、どうなんだよ? 正直、今のサッカー部はお前に取って面白くないんだろ? 南沢さん辞めちゃったから」
「ああ。辞めた理由も、あいつの所為だからな」
「じゃ、辞めるのか?」
「…………………」

 答えはなく、その場から離れる倉間。
 そう、分かっている。
 恐らく、今のサッカー部を居心地悪いと一番に感じているのは自分だろうと。なんだかんだ言っていても、他の皆は「本気のサッカー」を目指して走り出そうとしている。自分だって、やりたくない訳ではない。だけど ――――

「おや? どうなさいました? 昨夜の騒動で、良くお休みになれなかったのでしょうか?」

 落ち込んで考え込んでいた倉間に、ふんわりと優しく菊乃が声をかけてくる。

「あ、いや。そういう訳じゃない。別の事なんだ」
「別の事?」

 心配そうに優しい瞳で、倉間を見つめてくる。

( ああ、菊乃ばあちゃんになら話してもいいか。サッカー部には関係ない人だし、他人に話す事もないだろうし )

「俺さ、サッカーは大好きなんだ。もちろん、今の仲間も一部気の合わない奴もいるけど、まぁ、そこそこに上手くやってると思う」
「はい」
「だけど、今のサッカー部はなんかなぁって感じでさ」
「それで、皆さんはこちらに合宿に来られたのでは?」
「うん、そうなんだけど……。ぶっちゃけ言えば、ここに来てない部員だっているんだ、この合宿。そーゆー部員の事を切り捨てられるかどうかって、事なんだろうけど……」

 倉間は自分でも、だんだん何を言っているのか分からなくなってきた。

「……切り捨てる事はないのではありませんか? 次は、今回ご一緒できなかった皆さんとも、おいでになれば良いのです」

 にっこりと、菊乃は微笑む。

「あ~、うん。受験勉強で来られなかった三年の先輩は来れるかもしれないけど、サッカー部を辞めてしまったあの人は……」

 じっと倉間を見つめる菊乃。

「本当は、どうなさりたいか答えは出ているのではないのですか?」

 ずばり、倉間の胸の内を見透かす。

「……辞めて欲しくなかったのでしょう? 戻って来て欲しいのでしょう?」
「菊乃ばあちゃん……」
「きっと、その方にも何かのご事情があったのでしょう。だから、言えなかった。今、その言えなかった言葉が、胸を苦しくしているのですね」

 菊乃は優しい。

「俺、まだ我儘を言ってもいい子どもだよな?」
「はい。まだまだ子どもですよ」
「言っても、許されるのかな?」
「相手も、言ってもらうのを待っているかもしれませんよ?」
「俺……」
「その方が、帰ってくる場所がちゃんとあるのですから」
「帰ってくる場所?」

 倉間が頭を傾げる。
 南沢が点けていた10番のユニフォームは、いまは剣城のものだ。もう、元のようには戻れないと、本当は分かっている。

「……無いんだよ、もうその人が戻れる場所なんて」

 そう、小さく呟いた倉間の胸を、菊乃の指先がつっと押した。

「ここに。こんなにも帰りを待っている人がいるから」
「菊乃ばあちゃん……」

 涙があふれてくる。泣きたくなんてないから、悔しいのに、それでも次から次に涙は溢れて、倉間の心はすぅと軽くなった。

「また、ここに来てもいいかな? 菊乃ばあちゃん」
「はい、また。今度はきっと、その方も一緒に」

 こんな泣いた顔を、他の部員に見られたくなくて倉間は帰り支度の間際まで、バシャバシャと冷たい水で顔を洗っていた。

「あっ! しまった!! 茜さんに頼まれていたんだ!」

 帰り支度をしていた天馬が、大きな声を出した。

「どうしたの? 天馬」
「うん。この合宿、マネージャー達は来れないから、その分写真を撮っておいてくれって頼まれてたんだ。で、デジカメ預かっていたんだけど、すっかり撮るのを忘れちゃって……」
「もう後は、帰るだけだよ?」
「う~ん、どうしよう……」

 考え込む一年生二人に、顔を洗い終えた倉間が珍しく声をかけた。

「……別荘を背景に、皆で記念撮影でもしたらどうだ。なにも撮って帰らないよりはマシだろう」

 時間もなく、他に良い案もなかった二人は無条件でその意見に飛びついた。


 朝の光の中、まだ薄く白い朝霧が残っている。
 出発の準備が整いキャラバンのエンジンをかけた古株が、天馬に頼まれデジカメのレンズを覗いている。中央には神童と霧野。霧野の横に信助が頭を抑えられるような感じで固定され、神童の空いている隣に天馬。その天馬の隣に浜野。浜野の隣には倉間。信助の隣には速水が入って、その隣は円堂だ。

「いよいよ、出発ですね。道中、ご無事を」

 見送りに来た菊乃の姿を見て、倉間が呼びかける。

「菊乃ばあちゃん! ばあちゃんも入れよ!!」
「え…、でも、わたくしは……」

 遠慮深く、辞退しようとする菊乃を、半ば強引に倉間が自分の横に入れる。
 どちらかといえば、人見知りというか他人と距離を置きだがる倉間なだけに、意外な気もしたが、それはそれで微笑ましい光景でもあったので、みんな笑顔で迎え入れた。

 パシャリ、と気持ちの良いシャッター音が響き、合宿のラストを締めくくった。


   ■ ■ ■


 合宿から戻り、次の日からはまた特訓の日々。
 リフレッシュの効果か、皆の動きにはキレがある。休憩の合間に、合宿でのお土産話をすれば三年の三国達は面白そうに笑いこけ、次の機会にはぜひ参加するぞと宣言していた。

 いっそうの纏まりを見せる雷門サッカー部。
 倉間の心境にも、変化が生じていた。

( ……そうだよな。監督が言うように、正々堂々と勝ち続けて優勝すれば、それは動かしがたい結果。俺達が、どんなに本気のサッカーをしたかったか、どれだけサッカーを愛しているかの、その証明。第五条で謳われている「サッカー愛」が本当は、俺達を苦しめているだけだって、示すことだってできる。それに…… )

 そう、勝ち続けていれば、この夏の大会が終われば引退する三年生の、「その時」を延ばすことも出来る。もしかしたらまた、南沢さんがサッカー部に戻ってきてくれたら一緒にサッカーが出来るかもしれない、と。

「この前の合宿の写真、出来ましたよ~v」

 山菜の声が響く。

「菊乃ばあちゃんと約束したんだ。今度はホーリーロードに優勝して、あの別荘の温泉に入りに行けたらいいな、南沢さんも一緒に」

 倉間は目の前に差し出された写真を受け取りながら、そんなことを嬉しそうに呟いていた。


   ■ ■ ■


合宿先では携帯が圏外だった。
 雷門に戻り円堂は、監督室の電話で電話をかける。
 ルルルッという呼び出し音、そしてカチャリと繋がる音がした。

「はい。こちら帝国学園総裁室、佐久間です」
「おっ、佐久間か。俺だ、円堂だ。済まないけど、鬼道いるか?」
「鬼道さんですか? 鬼道さんは……」
「円堂からか? 早く代われ、佐久間」

 言い渋る佐久間の手から受話器を取り上げたのか、鬼道の声がする。

「ああ、鬼道。サンキューなv 貸してもらった別荘、最高だったぜ! みんな大喜びでさ、本当に良いリフレッシュタイムになった」

 中学時代は同級生、今はそれぞれ雷門と帝国を率いる監督同士だ。仲良くしてはいけない訳ではないが、同じ稼業である以上、馴れ馴れしいのは誤解を招く。

「古い別荘だが、喜んでもらえて良かった。俺ももう、十数年足を運んでないんだ」
「ああ、らしいな。聞いたぜ。そうだ、お前からも、俺達が喜んでいた感謝していたと菊乃さんに伝えておいてくれないか?」
「伝える? 菊乃に?」
「ああ。本当に良くしてもらってさ。あんな良い管理人を雇っておけるなんて、さすがは鬼道財閥だな!」

 ぽんぽんと飛出す、夏の日差しのような明るい円堂の言葉。それに対し、受話器の向こう側にいる鬼道から、奇妙な間を置かれてこう問い返された。

「……誰の事だ? 管理人って」
「えっ?」
「別荘を貸す時に言ったはずだが……。別荘を使うのは、お前たちだけだと」

 すぅうと、円堂の周りで風が、吹き抜けた。


   ■ ■ ■


 天馬は貰った写真を見て、そっと胸の内で呟く。

( ……菊乃さん、俺達の世話が出来てよっぽど嬉しかったんだな。でも、これじゃきっと皆も気付いちゃうよ )

 皆には分からないように、小さくため息。すると ――――

「あれ? この写真……」

 山菜から貰った写真を見て、そんな声を上げながら倉間が首を傾げた。

「どうした? 倉間」

 そんな倉間の様子に気付いたのか、霧野が声をかける。

「おっかしいなぁ~、確かに俺の横に菊乃ばあちゃんがいたはずなのに……」
「ん? いたろ、確かに。あれ? でも本当だ、写ってないな」

 と、霧野も自分が手にした写真を眺め直している。変な風に騒がれて、可哀そうな捉われ方をしたくないなと天馬は思い、おずおずと声を上げた。

「……写ってますよ、物凄く良い笑顔で。ほら、ここ分かりますか?」

 そう言いながら天馬は、その集合写真の背景の朝の青空のあたりを指さした。山の朝霧がまだ残っていたのか、ぼんやりと部分部分が白くなっている。その白い部分を指さす天馬。それを良く見てみると ――――

「きゃぁぁぁ~~~、こ、これ! 目じゃないですかぁ!!」

 手にした写真を部室の床に落とし、速水が悲鳴を上げた。

「なにっっ!?」

 速水の言葉に、倉間がよくよく写真を見ると、その写真全体に大きな顔のようなものが写っているのに気が付いた。

「うっうううっ~~ん!!」

 神童も白目を剥いて、気絶寸前。

「うわっ、ヤバっっ!!」

 慌てて霧野がサポートに入る。

「なんだっっ!? 心霊写真か?」
「見せてみるどっ!」
「なんだ、なんだっっ!!」

 実際、合宿に参加していなかった三年生がその写真を手に取り、真偽の程を確かめている。

「……顔、だな。これ」
「笑ってるど、ばーちゃん」
「これ、集めて除霊した方が良いんじゃないか?」

 うわぁぁ、と放り出された写真を天馬は一枚一枚拾い集めた。

「そう言えば、天馬は平気なんだな。怖く無いの?」

 と浜野が聞く。

「怖く無いですよ、俺知ってましたから。菊乃さんがこの世の人じゃないって事」

 えええっっっ!! と言う声が、部室中に響き渡る。

「じゃ、なんで言わなかったんだよっっ!! お前!」

 倉間が追及する。

「最初に会った時に、言わないでって頼まれたから。だって菊乃さん、すっごく良い人だったでしょ!?」
「あ、ああ……」
「言っちゃえば、もう菊乃さん、あんな風に俺達の前に現れる事出来ないから……」

 神童は遠くなりかけた意識の隅で、そんな天馬の言葉を聞いていた。

( ああ、なるほど。そう言えば、天馬は沖縄のお祖母さんの影響で、そういうものは怖く無いと言っていたな。そうか、『見えていた』のか、天馬には )

「菊乃さんは、人をおもてなしするのが大好きだったんです。でも、あの別荘はもう随分と長い間使われる事もなくて、一人でずっと待っていたんです」

 天馬の言葉に、別荘の持ち主がいつか来てくれることを望んで、夏が来るたびに花火を買い足していたと言う、菊乃の言葉を倉間は思いだしていた。


   ■ ■ ■


「円堂、お前が別荘であった管理人の菊乃という人物は、どんな人だった?」
「え? ああ、そうだな。年齢は七十半ば、小柄で和服の似合う年齢の割には可愛い感じのするおばあさんだったぞ。優しいし、働き者だし、責任感は強いし、流石は鬼道ん家の使用人だなって」

 受話器の向こう側で、なにか考えている風な気配が伝わる。

「……間違いない。それは、あの別荘の管理人をしていた菊乃だ」
「なら、問題はないじゃないか」

 ほっとした響きを声に含ませて、円堂が明るく言い放った。

「……その菊乃は今年の夏の初め、町に下りた時にひき逃げにあって、亡くなっているんだ」
「なんだってっっ!?」
「犯人はまだ、捕まっていない。身よりもない人だったから、鬼道の家で葬儀から寺の手配までしたのだが……」
「鬼道……」

 円堂の受話器を握り締めた手に、汗が滲む。

「管理人が亡くなったので、もうあの別荘は処分しようという事にしたのだ。それで、俺が最後の下見に行った時、古びてはいたがきれいに、いつ誰が訪れても良い様に整えられているのを見て、菊乃の働きを無にしないために誰かに使ってもらおうと思ってな」
「そうか、それで俺達に……」
「よほど、誰かが来てくれるのを待っていたんだろうな。嬉しくて、化けて出るほどに」
「その誰かは、お前の事だぞ。有人坊ちゃん」

 円堂は、菊乃がそう愛おしげに呼んでいた言葉を鬼道の耳に囁いた。


   ■ ■ ■


「……天馬の言うとおりだな。菊乃さん、本当に良い笑顔で笑ってる」

 さっきは気絶しそうになっていた神童が、そう言いながら改めてその写真を手に取った。

「キャプテン……」
「俺は、この人に危ないところを助けてもらったんだ。感謝こそすれ、怖がるなんて罰当たりだよな」

 ぎこちなさは残るが、そう言って天馬に微笑みかける。

「そうだな。俺達にとっては、本当に良いばあちゃんだったんだし」

 続けて倉間も、写真を手に取る。

「守護霊様、みたいに思えば良いのかも……」
「だよね~♪」
「そうそう、天馬の言う通りv」

 と、速水・浜野・信助も続く。

「確かにな。神童の危ない所を助けてくれた人だ」

 しみじみと呟きながら、霧野もその写真を収める。

「よっぽど、良い人だったんだな。その菊乃さんって人。正体が幽霊だってバレても、そんな風に思ってもらえるなんて」
「そんな人なら、俺も会ってみたいど」

 皆のそんな言葉が聞こえたのか、写真に写り込んだ菊乃の笑顔がさらにはにかんだような、可愛らしさを増した。

( 良かったね、菊乃さん。菊乃さんには、これが一番の供養だったんだもんね )

 ほのぼのと思いながら天馬は、手にした写真を見つめる。
 その真っ直ぐな青い瞳がとらえた、もう一つの異変 ――――

 集合写真を撮ったのは、中庭。
 その中庭の藪に隠れて半分くらいしか写っていないけど、今は使われていない枯れ井戸が写っている。なぜか蓋が外れ、その縁には ――――

( これは、みんな気付いていないんだ。言わない方が良いよね? これ )

 そうして見つけた怪異を、天馬は一人飲み込んだ。


    ■ ■ ■


 夏の終わりに、菊乃をひき逃げにした犯人が捕まった。
 いや、捕まったと言うのは不適当であるか。なぜなら、犯人はすでに死亡していたからだっ
 連続殺人鬼の警戒態勢についていた警察官が、山の中に乗り捨てられていた盗難車を見つけた。指紋を照合すると、それは例の連続殺人鬼のものと合致した。その盗難車は、また菊乃をひき逃げにした車でもあった。

 ブルルブルル と円堂の携帯が振動する。
 練習中の子ども達の様子を見ながら、円堂は携帯に出た。

「あれ、どうした? 鬼道。なにかあったのか?」
「ああ、実は菊乃を引き逃げにした犯人が見つかったから、お前には知らせておこうと思ってな」

 菊乃が実は、この世のモノではないと知った時、円堂は菊乃の死因をあえて子ども達には知らせなかった。働き者の別荘番のおばあさんは、別荘を訪れるお客様を待って、ある時ふっと亡くなったのだと、そう思わせておいた。

「そうか、見つかったのか。これで、菊乃さんも浮かばれるだろう」
「で、その見つかった場所なんだが……」

 いつもはてきぱきと言葉を述べる鬼道の、言葉の歯切れが悪い。

「場所?」
「うむ……。これは、絶対子ども達には言うなよ。もう過ぎたことだから、今更怖がらせても益はない」
「あ、ああ……」

 ゴクリと、円堂が知らず知らずのうちに唾を飲み込んでいた。

「……あの別荘の、枯れ井戸の中からなんだ。しかも、死亡推定時刻が、丁度お前たちが別荘にいた頃だ」
「なんだってっっ!?」

 思わずあげた大声に、練習中の子ども達が円堂に視線を向けた。それに気づき、なんでもないと手を振る円堂。子ども達は練習に戻っていった。

「本当にお前たちが無事で良かった! もし、お前たちの身に何かあったらと思ったら、俺は震えが止まらん」

 鬼道がその報告を聞いて、どれほど心を怖れで震わせたか、伝わってくるようだった。円堂の脳裏には、あの時の菊乃の言葉が蘇る。
 あの時、菊乃はなんて言っていた ――― ?


 ―――― 悪い虫を一匹退治して、そろそろ私も部屋に戻ろうかと


「本当に、俺達は菊乃さんに守られていたんだな。鬼道、今度子ども達を連れて菊乃さんの墓参りに行きたいんだが、いいだろうか?」
「ああ、それは構わん。子どもが好きな人だったから、きっと喜ぶだろう」

 鬼道の言葉に彼岸前に分かって良かったような、そんな不思議な感慨さえ浮かぶ。


 過ぎた夏。
 川遊びにバーベキュー、花火に露天風呂に怪談話。
 本物の幽霊も、ストーカーも殺人鬼もごちゃまぜで。


 たとえばこんな、夏合宿 ――――

 

 2011年08月08日脱稿





   === あとがき ===

この話を思いついた時、一番に書きたかったのは、この最終話あたり♪
「1」・「2」までは、この最終話に向けての色んな仕込みをしていたのです。
最後で、全部ちゃんと伏線が回収できて、達成感いっぱい!!
書いていて、とても楽しかったです(*^_^*)







 
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Date:2012/03/16
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