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Information

□ 子どもの情景シリーズ □

鬼ごっこ 



 ―――― はぁ、はぁはぁ。

 もう、どのくらい走り続けているか、俺には分からない。
 ほんの五分前かもしれないし、一時間以上かも知れない。

 ……俺には、記憶が無いから。

 だけど、俺は感じている。
 俺を捕まえようと、何かが俺を追いかけてくるのを。

 光の無い場所、どこに逃げればいいかもわからない俺。

 ああ、誰か助けてっっ!!
 俺を、ここから救い出してっっ!!


  ■ ■ ■


 その日の最後の授業終了を知らせるチャイムが鳴り響く。午後から授業、眠たそうな教室内が、突然賑やかなものに変わる。HRを行う担任の到着を待ち構えるような、そんな雰囲気。HRが終わるとともに教室を飛び出してゆくクラスメイト達。彼らは、部活の為に一目散で部室へと駆け込んでゆく。

「部活、かぁ。いいなぁ、俺もやりたいな……」

 俺は視線を遠くにあるサッカーグランドに向ける。早々にユニフォームに着替え終わった部員が、準備体操や軽い走り込みを始めているのが見えた。

「松風、お前部活は?」

 教室に残っていた、クラスメイトの一人が声をかける。

「あ、俺? 俺は、帰宅部」
「へぇ、そーなんだ。お前、体育の授業でサッカーやった時、すごく上手かったから、てっきりサッカー部に入るもんだと思ってた」
「ん~、俺もやれたらやりたいんだけどさ、保護者のOKが取れないとね……」
「ああ、そうか。うん、そうだな」

 俺が記憶を失くした経緯を聞いているこのクラスメイトは、俺の返事に納得したような言葉を返してきた。

「じゃ、俺も部活だから」
「部活、がんばれよ」

 そう言って、俺はそのクラスメイトを送り出す。気がつけば、教室内にはもう、俺しか残っていなかった。

「京介さんや優一さんに、下校時も出来るだけ一人にならないよう帰って来いって言われていったっけ。俺、もう中学生なんだけどな」

 口の中でそう呟きながら、俺も教室を出て靴箱へと向かう。靴箱まで来てみたら、まだ俺と同じ方向に帰る生徒が数人残っていた。

「一緒に帰ってもいい?」
「ああ、構わないぜ? お前も、帰宅部なんだ」
「へへ、部活するのに保護者のOKが取れなくて」
「……仕方ないよな。じゃあさ、今度の日曜は暇だろ? 松風。俺達と遊園地に行かないか?」
「遊園地?」
「こいつが親から遊園地の優待券四人分貰ってさ、一人分余っていたんだ」
「え~、いいのかな?」
「良いも何も、良いに決まってるだろ!?」
「ありがとう!! 俺、嬉しいよ!」

 俺達は、そんな事を話しながら家路についた。
 俺を誘ってくれたクラスメイトの言葉を嬉しいかったけど、俺の胸の中では『仕方のない事』をぐるぐる考えていた。

( ……本当に、仕方ないよな。部活中の事故で、記憶失くすような事しちゃったんじゃ、もうさせたくないって思うのはさ )

 京介さんがサッカー部の監督と知った時に、そっと聞いてみた時の事。京介さんは何も言わず、小さく首を横に振っただけだった。


  ■ ■ ■


 深夜の住宅街を、優一は急ぎ足で帰宅していた。

「寒い季節は準夜勤、夜勤の通勤が厳しくなるな。十二時過ぎかぁ、もう天馬くんは眠ってるね」

 準夜勤の日は、天馬に行ってらっしゃいと送り出されるのが日課になっている。それは静かな室内に向かって、行ってきますと声をかける空しさは解消したものの、帰宅後の楽しい語らいは出来ないシフトだ。

「まぁ、仕方ないけどね。あれっ!?」

 優一は、自宅近くの住宅街の四つ角を曲がろうとした時、ほんの一瞬何かの影が大きな影の中に入って行くを目の端で捉えた。猫だったのか犬だったのか、あるいは人だったかも知れない。

「……なんだろう? 何か、気になって仕方ないよ」

 優一は、小さく呟いた。
 優一が帰宅し、リビングに足を踏み入れたと同時に、二階から大きな声響き渡った。

「うわぁぁぁぁ!!」

 夜中突然の驚声、同時に鳴り響く部屋のドアが引き開けられる音。

「どうしたっっ!! 天馬! 何が起きたっっ!?」
「天馬くん、大丈夫っっ!?」

 この家の主である剣城兄弟が、顔色を変えて天馬の部屋に飛び込んできた。

「え? あ、ああ、俺……。済みません、びっくりさせちゃって……」

 天馬は二人の緊張した顔を見て、ほっとしながらも自分の寝ぼけ具合の凄さに、顔を赤くしていた。

「……寝惚けたの? 天馬くん」

 そう優しく尋ねてくるのは、優一。優一は職業柄、夜中の異変への対応が早い。看護士をしていれば、病院での夜中の驚声は珍しくない。大手術をして麻酔が覚めたら殆どの人がまず、痛みを感じた瞬間には、多かれ少なかれ苦悶の唸り声を上げる。それは患者を診る者にとって、重要な情報になる。一番大変なのは、確かに異変が進行しているのに、沈黙を続けられることなのだ。

「お前、三日前にも魘されてただろ? 嫌な夢でも見てるのか?」

 声の調子は硬いが、十分優しさを感じさせる口調で京介が天馬に言う。

「夢……、なのかなぁ? 俺にも良く分らないんだ。とにかく真っ暗なところを必死で走っていて、その真っ暗なところから何かが俺を捕まえようとしているみたいで、訳もなく怖くて怖くて……」

 天馬の説明に、京介と優一が顔を見合わせた。


  ■ ■ ■


「あの……?」

 俺は不安になる。

 俺は自分の事を知らない。
 事故で記憶を失くしたんだよと教えられたけど、皆は俺を大事にしてくれるけど、もしかしたら俺は物凄く悪い事をしたのかもしれない。だから、こんな夢の形でその事を責められているのかも……。

「……学校で、苛められてるとか嫌な事を言われたとかはないんだな? もし、そんなことが有れば、それが夢に出てきても……」

 厳しく難しい顔をして京介さんが、言葉を続ける。雷門中の教師でもある京介さんに取ってそんな苛めがあるとしたら、『俺』だからだけでなく、学校の取り組みとしての大きな問題だと捉えている。

「そ、そんな事ないよっっ!! クラスの皆は優しいし、気が良い奴らばかりで、俺大好きだよ!」

 慌てて皆を弁護する。だって、本当に皆良い奴らばっかりで、今度一緒に遊びに行こうって約束までしたんだから。

「京介、そんな夢を見るのは何もそう言う事をされたのが原因ってことはないよ。体の不調が、そんな夢を見せる場合もあれば、昼間何気なく見たドラマやニュースの影響って事もあるし」
「体の不調?」

 京介さんの金色の瞳が、またも険しくピクリと動く。

「そうなのか、天馬? どこか痛い所や、具合の悪い所があるのか?」
「ないないないっっ!! ものっ凄く元気だから! だからもう、京介さんも優一さんも安心して!!」

 俺が寝惚けて大声出したことから始まった真夜中の騒動。
 そして俺は実感する。

 俺が本当に大切にされていることを。

( ……俺が悪いことしていたのなら、こんな風にはされないよね? )

 だから、安心。
 自分の事が自分では分からないから、京介さんや優一さんの目を通して、俺は俺を知るしかない。

「じゃぁ、ちゃんと寝るんだぞ? それでもまた、こんな風になるなら念のため、病院に連れてゆくからな」

 そう宣言する京介さん。
 う~ん、自分でも自覚のない事だからどうしようもないんだけど、できればもう病院には行きたくない。やっと退院できたんだから。


  ■ ■ ■


「……天馬はああ言ったが、本当はどこか具合の悪い所でもあるんじゃないだろうか? 兄さん」

 俺は、看護士でもある兄にそう尋ねてみる。

「俺は医者じゃないから所見のような事は言えないけど、日頃の様子や顔色、動作を見れば大丈夫だと思うね」

 兄の言葉に、俺は少し考え込む。
 光の無い所を走っている天馬、その天馬を捕まえようとする何か……、これはもしかしたら ―――― !?

「兄さん、もしかしたら天馬は失った記憶が戻りかけているんじゃないだろうか!?」
「天馬くんの記憶が?」
「ああ! 天馬が倒れた原因は、あの十年前の超化身の暴走を止めようとしたからだ。きっとその時の状態は、物凄く辛くキツイものだったと思う。そのイメージが強すぎて、その先にある過去の記憶が封印されているんじゃ……」

 天馬の十年に渡る昏睡状態や、記憶喪失の原因ははっきりしていない。
 勿論、分かっていないのはそれだけではないが。

「……かもしれないね。だけど、もう一つ考えられることがある」
「もう一つ?」
「そう、もう一つ。それは過去の記憶ではなく、これから『起こるかもしれない』出来事に対しての暗示かもしれない」
「……『これから起こる』? それって、予知ってことか?」

 兄さんが小さく頷く。
 
「俺にも具体的には分からないけど……。夢の中で何かに追われている天馬くん、もし捕まってしまったらどうなるんだろう?」

 俺の背中に、ゾクリとしたものが走る。

「……実はね、京介。俺も自分ではよく説明できないけど、一人で留守番をさせている天馬くんに、妙な胸騒ぎを感じる事があるんだ。入院している患者さんが急変する前のようなね。だから……」
「だから……?」

 ちょっと言い淀むような様子を見せた後、兄さんはこう言った。

「京介、お前は天馬くんからサッカーを遠ざけているようだけど、どうだろう? お前が監督をしているサッカー部に天馬くんを入部させるのは?」
「兄さん……」

 天馬のサッカー好きは、俺が一番よく知っている。
 もしかしたら、サッカーを通して記憶が戻る可能性だって十分にある。だけど、もし今の状態の天馬に記憶が戻ったとしたら、天馬や俺達はどう対処したらいい?

 ……あれからもう、十年経ったんだぞ、と。
 あの頃の仲間は、もう大人になっている。沖縄でお前の帰りを待っていた祖母は、もういない。あのサスケも ――――
 お前は一人で、十年遅れて生きてゆかなくてはならないんだ、と。

「……十年間、天馬くんが目覚めるのを待っていたお前にこんな事を言うのは、酷な事だと思う。だけど、天馬くんの幸せを思うのなら、記憶の有る無しに関わらず、今から新しく人間関係を築いてゆくのが道理じゃないだろうか?」
「…………………」
「お前が天馬くんへの愛を育んでいった様子は、俺が一番良く知っている。天馬くんもあんな事がなければ、お前の隣をあの笑顔を浮かべて一緒に歩いていたかもしれない。だけど、違うだろ? 天馬くんはまだ『その時』を過ごしていないんだから」

 ……そうだ。
 『あの時』でも、俺達はまだそんな想いを交わし合った訳じゃない。自分の中の『想い』に気付いたのは、お前が眠ってしまってから。もし、記憶が戻る事があったとしても、もう俺と天馬では立っているステージが違う。大人と子どもと言う『壁』が立ち塞がっている。
 『大人』の俺は、『子ども』の天馬を、保護し健全な育成に努めなくてはならない。天馬はその過去の記憶を乗り越え、『現在』の友達や人間関係から、『これから』の自分を作ってゆく。
 記憶が戻らないなら、もっと天馬の心理的負担は軽い。まさしく、『今から』、自分の世界を作って行けばいいのだから、。

「……京介、酷い事を言う兄だと思うだろう? だけど、お前が雷門の教師であると言う事を、一人の分別を弁えた大人であると思えばこその、言葉なんだ。大の大人であるお前が、自分の所為で社会から白い目で見られることになるとしたら、悲しむのは他でもない天馬くん自身だからね」
「分別のある大人……」

 俺は兄さんの言葉を聞きながら、もう一人の人物の顔を思い浮かべる。

( ……俺だけじゃないんだがな )

 それでも……、やっぱり兄さんも、そう言うんだな。鬼道コーチと同じことを。兄さんも天馬の事を愛していると思っていたけど、その『愛』は俺の思っているものとは違った。兄さんの天馬への愛は、俺へ向けてくれるものと同じ慈愛に満ちた無償の想い。

「……天馬の事は、円堂さんからの預かり扱いになっている。天馬にサッカーをさせるかどうかは、まずその円堂さんにお伺いをたてないとならない」
「そうか。では、なるべく早めにして欲しい。とにかく、天馬を一人にしておくのが不安でならないんだ」

 そこまで言う兄さんが珍しく、俺もその雰囲気に飲まれていった。


  ■ ■ ■


 次の日、出勤してみるとすぐに音無……、いや木暮先生から理事長室へ来るようにと伝えられた。教師になってもこうして自分より上位の者に呼びつけられるのは、妙に緊張する。
 理事長室の前で呼吸を整え、一拍間を置いて扉をノックする。

「剣城です、入室します」

 声をかけ、静かに扉を内側に押し開くと正面に夏未理事長、その傍らに円堂監督と鬼道コーチの姿が。

「お早うございます、剣城先生。出勤早々の呼び出し、ご免なさいね」

 まだ若く美しい女理事長は、そんな柔らかな挨拶を俺にかけてくれた。

「いえ……。俺も理事長や円堂監督にお伺いを立てたいことがありましたので」
「お伺い?」

 ピクリと反応して俺の言葉を反芻したのは、鬼道コーチだ。

「あ、はい。実は天馬をサッカー部に入れようかと」
「ん? それは構わないんじゃないか? 元々サッカー部だった訳だし」

 なんでそんな当たり前の事を、俺に訊くんだと言う表情の円堂監督。

「……天馬くんをサッカー部に戻すことで、いきなり記憶が戻る事を心配しているのでしょう? 剣城先生は」

 俺の胸の内を見透かすように、夏未理事長が言葉を紡ぐ。

「まぁ、確かにそうだな。天馬の場合、置かれた状況が複雑すぎる。俺としては、失った記憶は戻らない方が良いかもしれないと思っているくらいだからな」

 鬼道コーチの言葉に、俺はそっと唇を噛みしめる。
 失った記憶が無くては、俺と天馬の関係は何処まで行っても保護者兼教師と生徒の域を出ない。それは、決して一線を踏み越えてはならない関係。

( ……俺は兄さんほど、人間が出来てないんだ!! )

 天馬を前にして、分別のある大人であれと説いた兄さん。だけど俺は、天馬の記憶さえ戻れば、もう十年ぐらい待つ覚悟は出来ている。
 そう思う一方で、俺は恐ろしいのだ。

 俺は大人で、天馬は子ども。

 もし当時の記憶が戻ったとしても天馬が、俺の事を一人の大人として、保護者として、教師としてしか慕ってくれなくなるのを。

「……天馬の為を思えば、ですか。その言葉で、切り捨てられる想いもあるのですが」

 まるで自分の想いを代弁してくれるかのような、その言葉。それは、開かれたばかりの扉の向こう側から聞こえた。

「……神童キャプテン」

 言葉の主は、神童拓人その人。昨夜、兄さんに遠回しに天馬の事を諦めろと言われた時に思い浮かべた、俺の恋敵。
 
「天馬の記憶が戻るか戻らないかは、天のみぞ知る話。先ず今は、天馬の身の安全が先なのでしょう?」

 そう切り出したキャプテンの言葉に、俺は思わず目を見開いた。

「天馬の身の安全とは……?」

 それこそが、俺が朝一番で円堂監督達に打診したかった事だった。

「……杞憂に過ぎなけれが良いのだが、俺達が日本を離れる間の備えはしておこうとな」

 そう語りだした鬼道コーチの口調は重い。

「済まないな、剣城。俺達は日本代表の監督を引き受けた責任があるから、チームをいつまでも代行に任せておく訳にはいかなくて」
「あ、はい……」

 それは俺が雷門に赴任した時に聞かされた話。
 だから、現在は俺が雷門中のサッカー部監督な訳だし。

「ちょっと気になる事があるから、それで……」
「ああ、だから天馬がサッカー部に入るのも、俺達にとっては都合が良いんだ。部活中ならばお前や木暮顧問の目もあるし、他の部員の目もな。帰りは当然お前が一緒だから、天馬が一人になる事もない」

 昨夜の不安が、そのまま形になったようで俺は背筋がゾワリとしていた。

「……判る人に、判るものなんだな。この事を天馬自身が感じていたように、兄さんが予測したように」
「天馬が?」

 驚いたような表情を浮かべる監督達。

「ここ最近、良くない夢のようなものに魘されていて……。何かに捕まりそうな怖さがあると……」
「まさか、そんな事を……」

 茫然と呟く、鬼道コーチ。

「兄も天馬を一人にして留守番をさせるのが不安だと言っていて、それで放課後はサッカー部に、と」

 昨夜、兄と交わした内容を監督たちの前で再度繰り返す。

「へぇぇ、なかなか良い勘してるじゃねーか、お前の兄さん」

 その声は、俺の後ろから突然かけられた。振り返ってみれば木暮先生と共に、二人の来訪者の姿。

「あ、貴方たちは確か不動さんと基山さん……」

 キャプテンの声に、俺もその二人の姿を確認する。

「これで関係者は全て揃った。この話は、化身使いであるお前達にも深く寒けする事。そろそろ本題に入ろう」

 その鬼道コーチの言葉で、理事長室は締め切られた。


  ■ ■ ■


「鬼道クン、あんたのイヤな予想が当たってるみたいだぜ?」

 理事長室の応接セットのソファーに納まるや否や、不動さんがいきなりそんな不穏な事を口にした。

「やはり、そうか……」

 鬼道コーチの声が沈み、円堂監督や夏未理事長、木暮先生の顔が厳しい表情を浮かべる。不動さんはそちらの方面では名の知れたフリーライターだ。十年前も、フィフスセクター関連の反社会的事実を幾つもすっぱ抜き、世論を俺達レジスタンスに対し有利になるよう操作してくれた。その情報網は密かに警察も当てにするほどだと言う。

「いつの時代でも、子どもの可能性を搾取するのは欲に塗れた大人の汚い手だな」
「そう、搾取される子ども達も気付かないまま、それが正しいと信じてね」

 鬼道コーチの言葉に続いたのは、基山さん。

「でも、そんな俺達を解放してくれたのは、円堂くんや雷門イレブンの皆だった」

 複雑な色を浮かべた、それでも柔らかない笑みを湛えて基山さんは円堂監督を見つめる。

「鬼道コーチ、あの話は本当なんですか? 十年前、俺達が潰した筈のフィフスセクターの残党が、天馬を狙っているというのはっっ!?」

 そう詰問するキャプテンの言葉に、俺は血の気が引く思いをする。
 なぜ、天馬を?
 あんな思いをして、十年間も昏睡状態でようやく目覚めたのに、またあんな闘いを繰り返すのかっっ!? 
 心を縛って、力でねじ伏せるような戦いをっっ!?

「……今更、『管理サッカー』でもないだろう? あの悪法でしかなかった『少年サッカー法』も廃案にされ、『少年安全育成法』が施行されている現在では!」

 子ども達の人権を踏みにじったような少年サッカー法は、それこそ不動さんが世論を動かし、フィフスセクター解体と同時に廃案にされた。その後、青少年保護法を更に拡充した、全ての子ども達の為の法律が作られた。
 それが、『少年安全育成法』。子ども達の安全と健全な心身の育成は、『社会』が責任を持って補佐し、守るべきだという趣旨の法律だ。

「……フィフスセクターの、いや……、更にその上層部の狙いが、「少年サッカー」を支配する事だけだったと、お前は思うのか? 神童、剣城」

 静かな声で、そう問われる。

「あ……」
「支配して……、それから?」

 改めて考えれば、『サッカーを支配する』ことにどれだけの意味がある?
 管理サッカーの象徴であるホーリーロードは、フィフスセクターのTOPである『聖帝』を選出するための選挙だときいた。ホーリーロードに参加する学校は、支持すべき聖帝候補者を立てる。ホーリーロードでの勝敗が、候補者の得票になるシステムだ。この方法で選出された『新・聖帝』は、自分を指示しなかった学校に対して部員の入れ替えや廃部、酷い時は廃校などの制裁を加えることも出来る。逆に支持して学校にはサッカーでの名門校という社会的地位を保証し、内申などに便宜を図ってその中学校が有利になるよう取り計らう。だから、ホーリーロードに参加する学校は、確実に次期聖帝になれそうな候補者を見極めるのだ。

 TOPになる。
 でも、だから、なんだろう?
 中学生をそんな方法で縛り付けて、恐れさせて、権威を振りかざしたいだけなのか?

 そんな、馬鹿なっっ!!

「じゃぁ、もしもあのまま『管理サッカー』が続いていたとしたら、どうだろ? 今のサッカー界はどうなっている?」

 相も変わらず、サングラスで隠した瞳の表情を読ませない鬼道コーチの、冷徹なまでの声。

「あのまま……」

 あの状態が続いていたとしたら、本当に純粋に自由なサッカーをやりたい者はフィールドを去るだろう。残ったのは、『管理されても良い』と判断した者達。あの時シードだった者も、中学を卒業し高校に入っても、おそらく同じ事をさせられる。その連鎖は日本の全てのサッカーに浸透し、サッカー選手は全て、フィフスの一員であると言う構図が出来上がる。

 化身を繰り出すシードが国を代表する選手になって、世界のサッカーシーンで暴れまわる。そこまでくれば、世界も同じような対応をしてくるだろう。すなわち、サッカー選手の総シード化だ。

「な、なんなんだっっ!? この気持ち悪さは!!」
「……考えたくもない。サッカーはもっと自由で、サッカーを愛するもの皆に公平であるべきものだ!」

 俺もキャプテンも声を荒げる。
 と、同時に不動さんの言った言葉の意味に、はっと気づく。

「天馬はあの時、俺やキャプテン、その他の俺達に同調してくれた化身使い達の化身を『一つ纏めた』。やつらはその力を狙って……?」
「ああ。それこそが、奴らの本当の狙い。サッカーを支配するなどという大義名分は、本当の目的をカモフラージュさせるためのもの。化身使い、つまりそういう能力者をスーパーウェポン化させるためのな」

 忌々しそうに鬼道コーチが吐き捨てた。

「超兵器化……。生物兵器、ってことなんですか? 化身使いのシードたちはっっ!?」
「そんな、馬鹿なっっ!! 人を兵器化するなんて!! 絶対許される事じゃない!」

 胸に巣食った気持ち悪さは、許しがたい禁忌を犯そうとするモノへの激しい怒りへと変わる。

「……成長過程にある子ども達から、化身を高確率で出現させることが出来るのは、フィフスの特殊な訓練法によるものだ。それは剣城、お前自身が体感した事だな」
「あ、はい……」

 正直に言えば、あの頃の訓練の事は思いだしたくない。心も体も追い詰められて、『自分』が『自分』である事さえ忘れるくらいだった。訓練の過激さについて行けず、シード候補で訓練所に入った子ども達の顔ぶれもどんどん変わった。

( ……一度や二度くらいなら、追い詰められて化身を出せるものはそこそこいた。だけど、そこで燃え尽きたようになって、二度とフィールドに立てなくなる者がほとんどだった )

 そう、自分より先に化身を出しながら、もう二度とボールを追う事が出来なくなった同期生もいた。

「……でも、そんな事が許される訳がない。化身の攻撃力は物凄いものだけど、瞬間的なものだし、あくまでもサッカーフィールド上でしか現れない。そんな状況で生物兵器化なんて、無理でしょう?」

 少し落ち着いたのかキャプテンが、そう反論した。


  ■ ■ ■


「……でもね、過去になかった事じゃないんだ。成長過程にある子どものハイソルジャー化は」

 重く弱弱しい口調で、そして自嘲気味な笑みを浮かべて基山さんが言葉を零した。

「基山さん……?」

 俺は怪訝な色を浮かべた瞳で基山さんを見る。

「さっき俺は昔、円堂くん達に『解放』されたと言ったね。あの時俺達は、義父さんのハイソルジャー計画で、生物兵器とも呼べる強化人間になっていたんだよ」

 俺を見て微笑む基山さんの表情は痛々しい。

「その時もやはりサッカーを武器にして、全国いたるところの中学校や公共物を破壊しまくっていた。俺や各チームTOPが蹴り込むシュートは、レオパルド戦車2改並みの破壊力を持っていたからね」

 狩屋の保護者として対面した時に感じた、優し気で知的な印象だったこの人の過去に、そんな殺伐としたものがあったとは信じられない。
 
「俺はフィフスセクターが化身能力者に執着するのが、気になっていた。神童の様にシードではない者が化身を出すのを忌むように警戒するのが」
「鬼道コーチ……」

 言われたキャプテンが、面持ちを固くする。

「……そして、シードだろうがそうでなかろうが、お前たちの出す化身は同質のものだと俺は見ている」
「同質?」
「ああ、そうだ。化身はサッカーへの高い資質を持つプレイヤーの、プレイ中の気が嵩じ具現化したものだと言われている。その『気』の核になっているものは、お前達の場合『負の気』なんだ」

 淡々と説明を続ける鬼道コーチ。

「サッカーに対する純粋な気持ちと、管理サッカーにおける抑圧された気持ち。その葛藤する想いの中から、お前達の化身は召喚されている」

 ……確かに、そうだ。

 初めて化身を召喚した時も、雷門のフィールドで化身を出した時も、俺は心に重たいモノを抱えていた。

「……そうですね。俺が化身を出すのは、いつも非力な自分が嫌になった時でした」

 ポツリとキャプテンも肯定する。

「ただ、天馬の化身はお前達とは性質が異なるように思える。あれは、むしろ円堂や豪炎寺が出していた魔神や魔人に近しい」

 鬼道コーチの言葉に、円堂監督が頷く。

「鬱屈した思いではなく、何かを切り拓いてゆくための強い想い。それが天馬の化身の核となっている。つまり、『正の気』だ」

 俺達は、ただただ鬼道コーチの口から語られるその話を、一言も聞き漏らすまいと聞き入っていた。

「あの時、磁力のプラスとマイナスが引き合う様に、天馬は魔神ペガサスを核に、お前達の化身を融合させた。そればかりか、お前達に賛同する他の化身使い達の『気』まで吸い上げて、その威力を増した」

 まざまざと、あの時の光景が目に浮かぶ。フィールドに倒れ伏す仲間達、俺達も立っているのがやっとで、それでもここで倒れる訳にはいかないと言う闘志だけは、燃え盛っていて……。

 俺達に贈られる天河原や月山国光、白恋中の選手からの声援。そんな中、俺は天馬の周りに青い炎を纏った気が集まりくるのを見ていた。それはペガサスの中に取り込まれ、更に体を大きくし、胸や腕のリングを軋らせた。俺とキャプテンの化身も天馬の元へ ――――

 そして……

「それこそが、フィフスセクターの本体が欲していた事だ。あの超化身は、自らフィールドの外に出ようとしていた。天馬が制止しなかったら、きっとフィールドの外に出ていた」
「あっっ!!」

 思わず、同時に声を上げていた。

「超化身の破壊力は……、言うまでもないな?」
「はい……」

 ふぅぅ、と息をつく鬼道コーチ。

「後の説明は、俺が代わってやるよ。鬼道クン」

 最初に話の鳥羽口だけを開いた不動さんが、そう言って語りだした。

「結局、あの試合を最後にフィフスセクターは解体した。まぁ、そうなるよう内外でずっと工作を続けていたんだけどさ。フィフスの幹部もあらかた逮捕できたけど、警察の手を逃れて逃げおおせた者や、解体に巻き込まれなかった一部の上層部は残ってしまった。まったくいつの時代でも、ガルシルドのような奴が出てくるものだ」

 そこまで聞かされれば、今 天馬を一人にするのはどれほど危険かよく分る。知らずその事を察知した天馬や、兄さんの予知の確かさに唸るしかない。

「今まで奴らが動かなかったのは、天馬が深い昏睡状態に陥っているのを知っていたからだ。あの病院くらいのセキュリティなら、患者のデータを抜くくらい簡単な事。変化があるまで、様子を見ていれば良かった」
「不動さん、それって……」

 俺達は何も知らず、なんて危険な日々を過ごしていたのかと思う。

「唯一、化身をフィールド外でも動かせそうな天馬があんな状態じゃな。それに、あの一件以来誰も化身を出せなくなったと言う理由もある」
「えっ!? それはどういう……」

 確かに、あれ以来化身を出したことはない。出さずとも、心から自由だと思える、本気のサッカーが出来るようになっていた。
 それに……、俺にとって天馬のいないフィールドは、あの頃の様に胸の高鳴りを感じさせるものではなくなっていた。

「先ほどの話通りなら、化身が出現出来ないのは管理サッカーから解放された事による、心理的な変化から来るものではないのですか?」

 俺よりもサッカーそのものから離れてしまったキャプテンが、そう言葉を返す。

「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、俺が調べたデータによると、化身使いは自分の中に化身召喚の為の『incarnation-system』と呼ばれる、自己完結型システムを構築しているらしい。だが天馬はあの時、自分と他者を繋ぐシステムを発動させた。その結果があの超化身の召喚だ。そして、未だにそれが続いていると考えれば、他の者達が化身を出せなくなっている理由になるんじゃねーか?」
「つまり、大きなプラスの化身の元に、今でも俺達のマイナスの化身が引き寄せられ続けているから、と?」

 そして、そんな大きなパワーを身の裡に抱え、それを鎮める為に成長すら止めてしまって全ての生体パワーを注ぎ込んだのか、天馬は。

「天馬に何かあって、もし死んでしまうようなことが有れば、もうその秘密は永久に謎になる。この謎を解明できれば、人は『人』をエネルギーに、強大な兵器になれる。これほどクリーンな兵器はないだろう」

 その言葉に、俺はかっとなった。
 そんな俺が動くより早く、キャプテンが応接セットのテーブルを叩く。

「天馬を兵器だなんて言わせないっっ!!」
「ああ、俺もだ!」

 俺達の勢いに、不動さんの目が見開かれた。
 やがて、その抜け目のない瞳に、面白そうな表情が浮かぶ。

「だからだ。まだ、何がどうなるか判らないからこそ、お前達に天馬の子守りを頼みたいって話だ」
「君たちの『大事なもの』なんだろう? しっかり守って欲しい。これが以前からの因縁に絡むものならば、今度こそ俺達の手で綺麗に殲滅させたいんだ」 

 静かな落ち着いた声だけに、基山さんの言葉の意味の重さがずしりと胸に沈み込む。

 化身と天馬。
 人を争いの道具に仕立てるために、フィフスセクターがあったとしたら……。その為の、キーワードが『化身』だとしたら……?

 天馬の存在は、そんな奴らからすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。
 
 クラスメイトと学び遊んで笑う、ただの中学一年生に過ぎない天馬なのに!! 化身の事さえ忘れている天馬に、それを気づかせることなく幸せな一中学生としての日々を送らせることが、俺達に出来る最善の事。


 俺は、俺達は、天馬を守り抜くっっ!!


 ■ ■ ■


 放課後、校庭のあちらこちらから元気に部活に励む子ども達の声が響く。

 その中には、あの頃と変わらない天馬の声も。
あの後、円堂監督と鬼道コーチは今後の打ち合わせを済ませ、後憂を俺達に託すと、代表チームと合流するため日本を飛び立っていった。

 あんな話を聞かされた後じゃ、どんな小さな異変も見落とさないよう、俺の天馬を見る目も更に厳しくなる。天馬の周りに集まる、同学年のサッカー部員たち。入部して間もない天馬だけど、サッカーへの情熱は記憶が無い今でさえ健在だ。誰が見ても天馬のサッカーの上手さは、一目で判る。

「凄いねぇ、天馬は!! ドリブル、上手だね!」
「い~や、ドリブルだけじゃないよ! パス回しも、相手の足元にピタって決めてくるし!!」
「それに、スタミナも凄い!! 良くあれだけ走れるなって感心するぜ」

 皆に囲まれ、好意的に注がれる視線の中で嬉しそうに天馬は笑っている。天馬を囲む部員の姿に、かつての自分たちの姿が重なる。

( ……最初は信助。それから俺、後から狩屋と影山。天馬、お前がいたから集まった面子だったのかもしれないな )

 楽しかった。
 一緒に練習して、上手くいってもいかなくても、時には口論することもあったが、それでも本当に楽しかった。
 同じ場所、同じサッカー部。
 でも、あの中に入れば、否が応でも見せつけられる。突きつけられる。

 大人と子どもの、『壁』。

( 自虐的だな。それでも、俺は…… )

 俺は監督としての指導とかこつけて、天馬のいる所へと足を運んだ。

「あっ! 監督!!」
「す、済みません!! 部活中におしゃべりなんかして」

 俺が近づいた理由を、何か注意されると思ったのだろう。一年生部員が小さく集まり、しゅんとした顔をして俺を見ている。

「ああ、練習中の私語は禁止だ。市ヶ谷、お前は松風と組んでパス練を重点的にやれ。他の者は、ボールカットの練習だ。俺からボールを奪ってみろ」

 そう言って、俺も練習に参加する。
 天馬から少し距離を置いて、天馬の隣で。

「じゃ、俺達もやろうか。松風」
「あ、うん」

 俺を見る、天馬の視線を感じる。何も覚えていない天馬の目に、俺のプレイはどう映るだろうか? あの頃の様に、瞳を輝かせてくれるだろうか?

 そんな俺の想いなど知らず、天馬達はあまり近くでパス練をするのは邪魔だろうと、反対側の空きスペースまで移動した。思わず視線が、その後ろ姿を追いかけて、足元のボールから注意が逸れる。はっと、思った時には俺がキープしていたボールは、相手をしていた一年生部員に奪われていた。

「うわぁぁぁ、やったっっー!! 剣城監督から、ボールを獲ったぞ!」

 嬉しそうに歓声をあげる、その様子が微笑ましい。

「よく俺の隙を突いたな。試合中もその調子で、相手の隙を突いてゆけ」

 そう褒めてやると、ますます笑顔の輝きが増す。大人に出来るのは、こうして子ども自身の輝きを引き出すこと。あの頃の監督たちの様に。


  ■ ■ ■


「凄い声だな、あっち」

 市ヶ谷がそう言うのを、俺はぼんやり聞いていた。一緒に練習している皆に向ける京介さんの笑顔が優しくて、その輪に居ない自分が少し寂しくて。

「うん、本当にそうだね。今度は俺達も頑張って褒めてもらおうよ!」

 そう言うと俺は、市ヶ谷に向かって少しスピードのあるパスを出す。市ヶ谷は、京介さんが目に掛けている一年生部員で、同じ一年生の中では群を抜いて上手い部員だ。その市ヶ谷が反応よく俺のパスに追いつくと、にやりと笑って更にパスのスピードを加速させ、前方へと蹴りだした。そのパスの方向を瞬時に読み取り、落下点に先回りする。ボールはピタと俺の足元に。

「松風って、足早いな。それに動きも良いし、前の学校ではレギュラーだったんじゃないのか?」

 俺が送ったパスを受け取りながら、市ヶ谷がそんな事を言う。

「ゴメン。俺……」
「あ、済まない……。松風は、昔の記憶がなかったんだっけ」
「ううん、いいよ。それって、仕方がないことだって俺、割り切ってるから。あれ、でも……」

 市ヶ谷から返されたボールを受け止め、その場で俺は立ち止まる。

「どうした? 松風」
「……前の学校って、記憶が無いから確かめられないけど、俺って最初から雷門じゃなかったのか?」
「ん? それは、どういう事?」
「俺はてっきり部活中の事故って、この雷門中での事故だって思ってたから」

 だから、あんなにも雷門中サッカー部監督の京介さんや、前監督の円堂さんが俺の事を良くしてくれているんだと思っていた。

「ああ、三国先生が言ってたな。入学早々の部活中の事故でって。でも、俺も入学してすぐサッカー部に入った一人だから言えるけど、その時にはもう、松風はいなかったけど?」
「え? それじゃ俺は別の中学校でサッカーをしていたのかな? そこでの事故の時の監督が京…、いや、剣城先生だったのかな?」

 俺の頭に、いっぱいの疑問符が浮かび上がる。

「いや、それはないだろう? 剣城先生は雷門で新任だから、他の中学校でって事は無いはずだぜ?」

 自分の中で思っていた京介さんとの関係が、ぐらりと不安定なものになる。そして自分が何処の誰だかわからない、この怖さ。

( 俺はどこで、どうやって京介さんと出逢ったんだっっ!? 記憶を失くす前の俺は、京介さんとどんな事を話して、どう思っていたんだろう…… ) 

 俺の中の一番古い記憶は、『きょうすけ』。

 それは確かな事なのに、だから京介さんに何か聞けば判る事かもしれないのに、だけど手を伸ばせば『それ』はさらさらと崩れそうな気がして、俺は立ち竦んでいた。

「ああ、そう言えばさ、剣城先生って雷門の卒業生なんだぜ。俺らの担任の三国先生もそうだけど、二人ともサッカー部のOBだって」
「えっ……」
「先生達、よっぽど雷門が好きなんだろうな。嬉しいよな、そんな先生達に教わる事が出来るなんてさ」

 立ち止まったままパスを出さない俺の側まで来て、市ヶ谷がそんな話をしてくれた。つっと俺の足元からボールを奪い、軽やかなリフティング技を見せる。

「だからさ、部室を探せば中学生時代の先生達の写真の一枚や二枚、きっと出てくると思うんだ。なぁ、見てみたくないか? 先生達の中学生姿」

 市ヶ谷はちょっと茶目っ気がある性格で、そんな風な他愛のない悪戯とも呼べないような悪戯のような事をして、部内を賑やかす。

「う、うん」

 中学生時代の京介さん、それは俺の心に物凄く重たく響いていた。ふと、市ヶ谷がベンチの方を見ている。俺は何事かと、そちらの方へ視線を向けた。俺が視線を向けるのとほぼ同時に、京介さんもフィールドの外に出て、そちらの方へ歩いてゆく。

「なぁ、最近見学者っいうのか、部外者が良く来るよな?」

 視線の先に、三人ほどの人影。一人はラフなスタイルで個性的な長髪の男性、もう一人は赤い髪の眼鏡が似合うスーツ姿の人で、もう一人……

「……部外者だけど、剣城先生や木暮先生の知り合いみたいだよ。あ、あれ……!?」

 俺は、先の二人の影に隠れて良く見えなかったその人が誰か気付いて、思わず驚いたような声を出してしまった。

「ん? 知り合い?」
「うん、俺が入院していた間、良くお見舞いに来てくれていたんだって」
「そっか」
「……そう言えば、拓人さんともどこで知り合ったか、俺は覚えていないんだな」

 だから、どんな気持ちで拓人さんが俺を見舞っていたかなんて、俺には想像もつかなかった。


  ■ ■ ■


「……今の所、異常はないようだね」

 ベンチに戻った俺の顔を見るなり、基山さんがそう口にした。

「はい。登下校共に俺が一緒ですから。迂闊に手は出せないでしょう」

 俺の答えに、不動さんが軽く頭を横に振る。

「剣城、お前が居るからと言って、あいつ等は必要であればお前に怪我を負わせても、天馬を連れ去る事ぐらいはするぞ」
「不動さん……」

 不安で胸が締め付けられる。

「で、天馬の安全を図る為なら、ツールは色々あった方が良いと思ってね」

 と、そう言いながら基山さんが俺に手渡したのは、天馬の足のサイズと同じ大きさのスポーツシューズだった。

「それは登校や普段の生活の中で使ってもらいたいと思って、用意したんだ」
「これは……?」

 俺はその靴を手に取り、あちらこちら眺めてみる。

「サッカーシューズを履いている時は、周りに誰かの目が有るから大丈夫だと思ってね、そちらは用意しなかったんだけど……」
「それ、ソールの中に発信機が仕込んである。キヤマ・インダクトリーのオリジナルだ」

 ぽそっと不動さんが種明かしをする。

「こっちが受信機。これで、天馬の居所はいつでもサーチ出来るから」

 不動さんの言葉に続いて、基山さんが苦笑しながらモニター付きスマートフォン型受信機を俺に手渡す。

「あ、済みません。こんなに、良くしてもらって……」
「天馬くんは円堂くんの後輩であり、大事な教え子でもあるからね。このくらい当然だよ」
「まー、俺からすれば、いつ脱げ落ちるか分からないシューズより、虫歯の治療と偽って、奥歯に発信機を埋め込む方がよほどマシだと思うがな」
「…………………」

 そんな配慮をしなくてはならないくらい、実は天馬の身は危険なのだ。

「……剣城、天馬サッカー始めたんだな。どんな具合だ」

 遠い目で、神童キャプテンがフィールドの中の天馬の姿を見つめている。

「あの頃のままですよ、キャプテン。あの頃のままの天馬です」
「そうか……。俺達はいつも、あいつのそんな姿に勇気づけられていたんだな」
「ええ、そしてあの頃想い願っていた『本気で自由なサッカー』を今、あいつは楽しんでいるんです」
「あいつ自身が切り拓いた未来を、あいつは十分に享受しているんだな。ならば、あの辛かった記憶は、今のあいつには不要なものかもしれない」
「キャプテン……!?」

 不要と言い捨てたその言葉の中には、キャプテンの苦しいまでの天馬への想いが含まれていて、俺の胸も苦しくなる。

「おお~い!! 松風っっ! ちょっと、こっちに来い!!」

 黙り込んでしまった俺達にちらりと視線を寄越すと不動さんが、大きな声で天馬を呼んだ。


  ■ ■ ■


「松風、呼んでるぞ」
「うん。ちょっと行ってくるね」

 俺はその見知らぬ人に呼ばれ、ベンチへと戻る。

「はい! 俺に何か……」

 走ってきた息をちょっと整え、その人の前で指示を待つ。京介さんや拓人さん達の知り合いであるなら、失礼のない様にしないとと気を引き締めて。

「ん、天馬くんにプレゼント」

 もう一人の見知らぬ人が優しく微笑んで、俺の手にあまり大きくない箱を置いた。

「あの、これ……」
「普段使いで、使って欲しいんだ。今度、俺の会社で開発した新素材を採用したスポーツシューズ。そのモニターを頼もうと思って」
「モニター?」
「そう、モニター。だから、部活中以外は、その靴で過ごして」
「はい、分かりました。でも、何で、俺が?」

 靴の入った箱を抱え、子犬のようにちょこんと首を小さく傾げる。

「たまたまだよ。俺達は剣城と知り合いで、モニターになってくれるような生徒を紹介してほしいと言ったら、天馬くんを紹介されたという訳」
「ああ、なるほど! 京介…っ、じゃない剣城先生が見ているなら、いい加減な事はしないってことですね」
「まぁ、そう言う事だな」
 
 俺は納得した。細かい所に気が付く京介さんなら、俺がうっかり他の靴を履こうとしたりしたら、ぴしっと注意が飛んでくるだろう。

「……なぁ、剣城。大人になればなるほど、嘘が上手くなるもんなんだな」
「そうですね。俺達はまだまだのようです」

 こそこそと京介さんと拓人さんが話しているのが、俺は少し気になった。
 そんなこんなで練習も終わり、俺はその靴の箱を抱えて部室に戻る。練習終了後の部室は、シャワーを使う者やもうそのまま着替えてさっさと帰宅しようという者でごった返している。俺は先輩達に先を譲りながら、自分のロッカーの前に行き、扉を開け着替えの準備を始めた。
 帰りも京介さんと一緒だから、そんなに急ぐ必要はない。どうしても京介さんの都合が悪い場合は、こっそり木暮先生が車で送ってくれたり、時には優一さんが迎えに来たり。保護者同伴の登下校は恥ずかしいような気もするけど、それもみんな俺の事を気づかっての事だと判っているから、申し訳になぁと思いながらも、どこか嬉しく思っている俺がいる。

「松風って、凄い人達と知り合いなんだな!」

 制服に着替えながら、一年生部員の一人が話しかけてきた。

「凄い人?」
「だってそうだろ? 練習中にお前と話していた長髪の人と赤い髪の人は、二十年前のイナズマイレブンのメンバーで、今はそれぞれ報道関係や新技術開発企業の代表なんかでよく見かける顔だぜ?」
「え……、そんなに凄い人たちだったんだ」
「なんだ、お前知らずに話していたのかよ」
「う、うん……」

 記憶を失くす前の俺は、そんな凄い人たちとも面識があったんだろうか?

( ……イナズマジャパン、か。確か十年前に世界一になったチームだよな。キャプテンは、あの円堂さんで ―――― ? )

 何かが、引っかかった。

「じゃぁな、松風! 明日は久々の休みだし、思いっきり寝るぞーっっ!!」

 話を振ってきた奴は、そんな気楽な事を言いながら部室を出て行った。その後は、まるで潮が引くように、ざぁぁとお疲れ~、お先に~の声が響き渡る。

 俺は今の会話が切っ掛けで、自分が『知っている』イナズマジャパンの情報を頭に思い浮かべた。いつその情報を聞いたかは覚えていなのに、その内容だけは『知っている』。そう、太陽は朝、東から上るのと同じに。
 そう事実を確認した時、俺は物凄い違和感を感じた。

( あれ? 俺が知っているのは十年前に世界一になったと言う事なのに、二十年前って……。あ、でも気付かなかったけど病院であった円堂さんや鬼道さんは、物凄く大人っぽく見えた…… )

 あれから十年と言うのなら、年齢的には京介さんと同じくらいの筈。だけど、とてもそうは見えなかった。

( ……何か、おかしい。そう思うのは、俺が記憶を失くしているからなのかっっ!? )

 体が言い得ようのない怖さで、ガタガタ震える。いつの間にか部室から部員の姿は消え、一人きりになっていた。俺を一人きりにしないようにしてい京介さんも、ここでは話は別。サッカー棟のセキュリティはかなり高レベルだ。プライバシーに配慮して部室には監視カメラではなく、高感度の音声センサーが設置されている。危険性を感じさせる声を拾った場合は、すぐにでもサッカー棟の出入り口は電子ロックで施錠され、警備員が駆け付ける。
 だから、京介さんも俺が部室にいる時は、安心して自分の仕事を片付ける。俺も、宿題をしたり勉強をしたりするのだけど、今日はとてもそんな気分になれなかった。

 自分の中でどんどん大きくなる違和感に気を取られ、俺はロッカーのナンバーも確かめずに、自分の荷物を取り出そうと扉を少し乱暴に引きあけた。中から、ドサドサと変色した紙の束が落ちてくる。古いポスターやトーナメント表のコピーや部旗まで、ごっちゃりとロッカーの中に詰め込まれていた。

「うわっ、ここ前の先輩達や監督もかもだけど、倉庫代わりに使ってたんだ。限界まで、詰め込んでいたんだなぁ」

 それを乱暴に開けたものだから、中身が雪崩を起こしたのだ。

「ヤバイや! 京介さんが来る前に片付けなきゃ!!」

 うんしょうんしょと、手当たり次第に溢れ出た中身をロッカーの中に詰め込む。変色した紙の間から、ひらりと一枚の紙片が落ちた。俺はそれに気付かず、最後の紙の束を背伸びしてロッカーの天井辺りにそっと置くと、ゆっくり優しくロッカーの扉を閉めた。閉めた途端、中でバランスが崩れ、ドサドサと言う音が聞こえた。

「あれ? これ、残っちゃった」

 俺は足元に落ちていた、葉書くらいの紙片を手にした。

「ん? 写真かな?」

 それを俺は、表に返す。そこに ――――

「えっ? これ、俺?」

 写真の中心に、俺によく似た奴が大きな笑顔でブイサインを出している。そのすぐ足元には小さな可愛い奴、隣には……

「……京介さんに、似ている気がする。それに、この後ろにいる人って、拓人さん?」

 古びて、少し色が褪せた写真。
 写真の中の人達は、きっと楽しい事や嬉しい事があったんだろう。
 皆、笑顔で。

 俺が知らない、俺によく似た奴の幸せそうな写真。
 俺はその写真をそっと、自分のスポーツバッグの中に忍び込ませた。


  ■ ■ ■


「それじゃ、行ってきます!!」

 天馬が元気よく声をかけ、バタン! と玄関の扉は閉められた。

「天馬くん、嬉しそうだね」

 今日は非番の兄さんが、朝のコーヒーを片手に俺の前に現れる。

「……夜勤明けなんだ、もう少し寝ていたら?」
「ふふ、そうだね。今日は非番で明日は準夜勤だから、天馬くんをデートにでも誘おうかと思ってたんだけど、先約があるんじゃね」
「デートっっ!?」
「ああ。勿論、京介も一緒だけど」

 と、にこっと笑う。

「クラスメイトから誘われたと言っていた。中学生らしく、遊園地で遊ぶのも悪くない」
「でも……、良いの? 天馬くんを、一人で外出させても?」
「真昼間の遊園地、しかも同級生と一緒だ。流石に、そんな場に俺などがついて行ったら、楽しめる者も楽しめなくなるだろう」
「だけど……」

 心配性な兄さんの為に、俺は例の受信機を見せた。

「ナビと連動でホラ、この緑の光が天馬の現在位置だ」
「これ、迷子防止用?」
「みたいなモンだな。じゃ、俺もそろそろ……」

 コーヒーカップ片手に、朝刊を読み始めた兄さんを横目に見ながら、俺も立ち上がる。

「なんだ、京介も出かけるのか?」
「保護者同伴じゃ楽しめないだろうけど、保護責任は果たさないとな」

 兄さんが、何と言えない表情を浮かべている。

「……大の大人が、一人で遊園地へ?」

 確かに、俺と遊園地じゃミスマッチも良い所だろう。それでも ――――

「兄さん、そんな顔止めてくれよ。補導員みたいな顔をして、離れたところから様子を見ている分には構わないだろ?」
「あ、ああ…、成程な。それじゃ、お前達が帰ってくるまで、俺は一眠りさせてもらおう。戻ってきたら、何か美味い物でも食べに行くか?」
「勿論、兄さんの驕りだよな?」
「そこは割り勘で。天馬くんの好きな物、一杯食べさせたいしね」

 流石の徹夜明け、眠気が襲ってきたのだろう。兄さんは、ふぁぁとあくびを零す。その様子を見ながら俺は、普段被らない帽子を目深に被って家を出た。

 パタン、と今度は少し大人しい目な音を立てて玄関の扉が閉まる。

( ……京介が家を出たんだな。天馬くんが一人で家を出る聞いた時に、物凄い胸騒ぎがしたけど、これで大丈夫だよな? 天馬くん、何が好きだったかなぁ )

 朝の陽ざしの中、リビングのソファーの上で優一は猫の様に体を丸めて、仮眠に入った。



 ―――― ターゲットが家を出ました。はい、同行者はいない模様です。

 ―――― こちらの動きは察知されていないようです。えっ、怪しい動きがある? 例の二人が雷門に現れたと。了解しました。計画を実行に移します。



 俺は手にした受信機のモニターを見ながら、天馬との距離をはかる。離れすぎても近すぎてもマズイ。角一つ分が丁度良いだろうと、当たりを付けて後を追う。

「ん? 天馬の足が止まった?」

 誰か知り合いにでも出会ったのか、天馬の足が止まっている。俺は、動き出すまで様子見と近くの家の壁際に寄った。その俺の目の前を、黒塗りの乗用車が住宅街だと言うのに猛スピードで走り去って行く。

「危ないな、今の車! 事故ったら、どうするつもりだ!!」

 危険な運転に抗議の声をぶつけ、目を離したモニターに視線を戻す。

「えっ?」

 先ほどまで点滅していた地点から、天馬の存在を表す光点が消えている。

「どういうことだ!? これはっっ!!」

 はっと気づいて、モニターを持つ手をずらしてみる。
 今表示されているマップの端に、今にも消えそうな緑色の光があった。それは ――――

「まさか、今の車かっっ!!」

 猛スピードで走り去った黒塗りの乗用車。
 巻き上げた砂煙も、今は静まり、エンジン音も聞こえない。

 迂闊にも見送ったその車内に、天馬は拉致されていたのだ。



   2011年11月29日脱稿





 

   === あとがき ===

シリーズ3話目です。今回は最終兵器天馬くん! みたいな内容で、天馬くんがモダモダ、京介くんもモダモダ、年齢差的な事で悩んでいます。そして、いよいよ【何か】が暗躍し始めます^_^;
ルーキーランキング、11月30日80位、12月1日17位にランクインしました♪




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Date:2012/03/19
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