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□ 子どもの情景シリーズ □

木馬の騎士1



 都内のどこにこれだけの敷地があったのかと思わせる、広大な屋敷。見事な庭園の奥に、白い壁と赤い屋根、飾りのようなベランダを二階にめぐらせた、スパニッシュコロニアル様式の豪邸が静かに佇んでいる。その威容は財閥当主の館である鬼道邸や神童邸のそれと比べても、決して遜色のないものだった。

 庭から入る明るい光の中、大理石を敷き詰めた廊下をヒールを鳴らしながら、細身のナイフのような印象の女性がこの館の当主の部屋を訪れる。
 軽いノックの音。

「お入りなさい」

 中から返事が聞こえた。女は静かに当主の部屋に入る。当主は、三十を過ぎたばかりかと思わせる女性だった。女当主は鏡面のような光沢を放つマホガニーの書斎机越しに入ってきた女を見つめた。アンティークな造りに不似合いな、電子機器の端末やモニターが装備されているのが違和感を醸し出す。

「首尾はどう? ミランダ」

 ミランダ、という名称から受けるほど、彼女は外国人めいた風貌でない。黒髪黒瞳、やや彫の深い顔立ちと、普通に日本人社会に溶け込める容姿だ。それに対し女当主は癖の強い艶やかなストロベリーブロンド、零れるほど大きな瞳は光を含んだ空の色。細身ながらも存在感を訴える豊かな胸や尻の力強いラインが、女当主のうちに潜む残虐性を示していた。

「はい、お嬢様。ご命令通り、松風天馬を連れてまいりました」
「そう。今はどうしているのかしら?」
「まだ、薬が効いて眠っていますので、お部屋の方に運び込んでおきました」

 そう伝えるミランダの言葉に、館の女当主は手元のスイッチの一つに手を伸ばした。ブゥオンと小さな電子音と共に、モニターにどこかの部屋の様子が映し出される。シンプルだが素材の良さを示す造りの部屋。床の堅牢な花梨のやや赤みがかった色調が、壁の白に映える。窓は全て出窓で窓全体を覆う飾りの鉄柵には、本物そっくりの蔦が彫金されていた。外から見れば、まるで鳥籠のような印象を与えるだろう。部屋の真ん中にセミダブルのベッド、一方の壁には鏡を乗せたチェストと椅子、古めかしい衣装ケースと花瓶を乗せた飾り台、反対の壁際にはオッドマン付きの三人掛けのソファーだけという、室内の調度品もいたってシンプルだ。
 南欧の高級ホテルのような、が一番近しい評価かもしれない。だが、この部屋がそんなものではないことは、部屋の四隅に設置された監視カメラや、普通の木製ドアの様に見えるが実はスチール扉を内包した電子ロック付きのドアの存在を知れば、ここが監獄と変わらないことに気付く。

 そのセミダブルのベッドの上に、天馬は寝かされていた。

「本当に待ち長かったわ、この十年。折角御祖父様が望んだような人材が現れたと言うのに、まるで死人のように昏睡してしまうなんてね」
「お嬢様……」
「最初の一年で、このままじゃ必要なデータは取れないことが分かったわ。脳波もバイタルサインもさざ波のような変化しか見せなかったし」

 女当主の言葉に、ミランダと呼ばれた女性が同意の意を表す。

「でも、あなたが看護士として病院に潜入してくれていたお蔭で、必要なものは手に入ったし、目覚めるまでは経過観察だけ続けていれば良かったものね」

 この女当主の言葉を剣城が聞くことがあれば、あの時不動が言っていたことが、さらに危機感を伴って身に染みる事だろう。

「あの、もし彼が目覚めなかったとしたら、如何なっていたのでしょう……?」
「そうね、それでも計画は進めるわ。元本がああでも、それをどうにかする手立てはある訳だし。同じような状況を作り出せば、地上最強の化身使いを出現させることが出来る可能性だって無い訳じゃないでしょう?」

 女当主の言葉に、ミランダが視線を足元に落とした。何気ない様に語られる言葉だが、その実態を知ればそれがどんなに非人間的な行為であるか想像に難くない。

「……十年。そして、十年。長かったのか、短かったのかわたくしにも判らないわ。御祖父様の志を継いで作り上げたフィフスセクターは、目的達成直前でまたもエンドウマモル達の手で壊滅させられた。まぁ、あの時本当に全てを壊したのは、そこで眠っているマツカゼテンマだけど」

 モニターを見つける女当主の瞳に、憎々しげな冷たい光が燈る。

「…………ふふふ。自分の教え子がこうして、わたくしの手に落ちたと知ったら、あの男はどんな顔をするのかしら? 記憶が無いのも、わたくし達にとっては幸いね。わたくし達の望むように、染め上げることが出来る。あのイシドの時のような轍を踏むこともないわ」

 そう言いながら女当主がモニターに向けた瞳に浮かぶ、残虐な色。モニターの中には、天馬が小さく声を上げ、身じろぐ様子が映し出されていた。

「お嬢様、もうすぐ薬の効果が切れる頃かと……」
「そうね。では、そろそろ対面と行きましょうか? あなたは、『優馬』を連れてきて頂戴」
「はい、承知いたしました」

 絶対権力者である女当主の前から、ミランダは静かに下がる。
 その手は小さく震えている。

「さぁ、あなた達は今度はどんな手で、わたくしの前に立ち塞がるのかしら? とても楽しみだわ」

 これから起こる事柄の展開を予想し、女当主の顔に驕り咲き誇る血の色の牡丹のような笑みが大きく浮かぶ。王者の風格で、何者をも恐れさせ、従わせる力を持つ。その女当主の名、それは ――――

 ミネルバ・エンペラトリース・デ・ガルシルド ――――

 あの、ガルシルドの孫娘であった。


  ■ ■ ■


( ……頭が痛いな。あれ? 俺、どうしたんだろう? )

 頭の奥に小さな棘が刺さったようなチクチクした痛みを感じながら、俺は目を開いた。真っ先に飛び込んできたのは、白い天井。一瞬、また病院に戻ったのかと思ったけど、見慣れたあの病室の天井とは違う事に気が付いた。俺が入院していた病室は、円堂理事長の心使いでそれはもう立派なものだった。それこそ最高クラスのホテルの一室と言って良いくらいに。ここもあの病室と変わりがないくらいに立派だけど、どこかひんやりと余所余所しい感じがする。

「ここ、どこだろう? 立派な部屋だけど……」

 俺はゆっくり体を起こす。頭を上げると、少し痛みがひどくなった。そして、どうにかしてここで目が覚める前の事を思い出そうと努める。

「えっと、俺……。今日は、朝霞達に誘われて遊園地で遊ぶ予定だったんだよな? で、家を出て、駅に向かおうとして……」

 そう、今日は部活も休みの日曜日。京介さんや優一さんに見送られて、家を出た。住宅街を抜けようした時に――――

「声を掛けられたんだ。あの病院で俺を看てくれていた看護士さんに」

 理由は判らないけど、なぜか入院中の俺には特別の看護体制が敷かれていたらしい。専任看護士は優一さんだけど、その優一さんを補佐する看護士さんが何人かいた。俺に声をかけたのも、その看護士さんのうちの一人だった。

( あらっ!? 天馬くんじゃないの! 元気にしてる? )

 通りすがりの黒い車から、そんな声を掛けてきたその人。

( あっ、あの病院の看護士さん! あの時は、お世話になりました )

 俺は感謝の気持ちを込めて頭を下げ、そして笑顔を浮かべてその看護士さんの顔を見た。

( 元気そうで良かった。あのね、この辺りでちょっと行きたいところがあるんだけど、道が判らなくて……。天馬くん、判るかな? )

 この辺りの住宅地図らしきものを見ながら、困った顔をしている。

( 地図、見せてもらえますか? )

 俺がその人の手にある地図を覗き込んだ時、シュッと俺の鼻先に何かスプレーされて……

「……それで俺、気を失ったんだ。でも、あの人がどうしてそんな事をっっ!?」

 掛けてくれていたふわふわの上等な物らしい掛布団の布地をぎゅっと握りしめる。もう、何が何だかわからない。その時、部屋のドアからガチャンと鍵を開けるような音がして、誰かが入ってきた。

「目が覚めた? 天馬。ああ、嬉しいわ! やっとあなたを取り戻せたのね!!」

 そう言いながら俺の体は、キラキラ光る赤毛の女の人の胸に抱きしめられていた。

「あ、あなたは一体誰なんですかっっ!!」

 俺は思わず、その人を押しのけながらそう叫ぶ。

「……やっぱり天馬は記憶を失くしているのね。私が誰かも判らないなんて ―――― 」

 赤毛の女の人が悲しそうな顔ををする。俺を見る瞳の色は、俺によく似た空の色。おどおどとした感じでその人の影から、七・八歳くらいの男の子の声が聞こえた。

「……お兄ちゃん覚えてないの?」

 その声に、俺は衝撃を受けた。
 お兄ちゃんっっ!?
 年下の子が年上の者を呼ぶ、『お兄ちゃん』なら、こんなにも驚かない。
 だけど、その声は物凄く俺に似ていて……

「えっ!? 何……?」

 赤毛の女の人の影から出てきたその子も、俺と同じ空色の瞳で俺を見つめる。俺と同じ栗赤色の髪は、強い癖で大きく膨らみ纏まりようがない。不思議そうに、そして少し心配そうに俺の顔を覗き込むその子の顔は、記憶が無いから確かめようがないけど、きっと俺の小さい頃にそっくりなはずだ。

 何故か、そう言い切れる。
 この子が、俺と無関係な訳はないと!

 そんな俺の様子を見て、その女の人は小さく口元に笑みを浮かべた。大きな青い瞳が強い光を浮かべている。

「……血は争えないわね」
「血?」
「私の事が判らなくても、この子の事なら判るでしょう? そう、天馬。あなたの弟よ」
「弟っっ!?」

 びっくりして、思わず出した大声でその子が不安そうな表情を浮かべる。

「……『優馬』というのよ。あなたの『天馬』と言う名と対になるように」
「お兄ちゃん、僕……」

 あまりの出来事に震える俺の手を、優馬の小さな手がそっと握ってくれる。

「わたくしはあなた達に取って、叔母に当たるわ。あなた達の父親が、わたくしの弟なの。気が弱く、この巨大組織のTOPには到底なり得ない、出来損ないの弟」

 不穏な言葉を紡ぐその人の口元を、俺は呆けたように見つめる。

「その弟が家を飛出し、沖縄である日本人女性と結婚し、生まれたのがあなた達なの」
「沖縄……」

 俺の知らない……。
 俺が忘れてしまった過去を、この人は面白げに暴き立てるように滔々と語り続ける。

「でもね、そんな弟夫婦は幼いあなた達を残して事故死してしまった。だから姉であるわたくしが、あなた達を引き取った」
「…………………」

 俺には、何も言うべき言葉が無い。

「彼らはあなたに、両親について何か話したことが有る? 無いでしょう? 話せる訳がないもの」
「何故?」

 俺の問いを引き出すように、その人は謎めいた口調でそう語る。訊いてはならないのに、訊いてしまえば大事なものが崩れてしまうかもしれないのに、俺はその言葉を口にしていた。
 
「だって彼等とは、敵同士ですもの。そう、わたくし達と彼等とは、もう数十年もの間闘い続けている」
「何十年も……?」


  ■ ■ ■


 ……判らない!

 判らない! 判らない!! この人が、何を言っているのか俺には全然判らないっっ!!
 俺は、ただの中学生の筈だ。身寄りが無くて事故で記憶を失くして、親切な京介さん兄弟や拓人さんや円堂さん達に大事にされて……っっ!!

「わたくしの御祖父様は大のサッカー好きだったの。足繁くスタジアムに通ううちに、フィールドを縦横無尽に駆け回るプレイヤー達に新たな可能性を見出した」
「サッカー……、好き?」
「そうよ。だから天馬もサッカーが好きでしょ?」

 コクリ、と小さく頷く。

「研究に研究を重ね、それがようやく形になるまで、三十年近く。『人』が新たな進化の階段を登る時が来ようとしていた。俗凡な者達の上に立つ、強化人間達の時代が」

 訳も判らないけど、この人の言葉に背中が怖気立つ。

「強化… 人間……?」
「なぜ、そんなものを? と思っているのでしょう、天馬」

 その人はどこか誇らしげに、瞳の中に強い狂的な光を浮かべている。

「それはね、わたくし達が『死の商人』と呼ばれている一族だからよ」
「……死の商人……」

 怖気が走った理由を、今はっきりと理解した。

「だけどね、他の無粋な奴らとは一緒にしないで欲しいわ。局地的戦略核兵器とか猛毒性ウイルスを使った生物兵器などを嬉々として売りつけるような奴らとは」
「それでも人を殺すための兵器を売るんだ。それなら、一緒じゃないか……」

 俺は弱弱しく、非難の言葉を呟く。

「御祖父様は、『人』に無限の可能性を見出していた。そして、この地球と言う星をとても愛していらっしゃった。そう、自分の手の中の宝物の様に。だから、核兵器などで虫食いのような原子野が広がる事や、中世の黒死病が蔓延した時の様に、ウィルス兵器であちらこちらに醜い死体が転がる事をとても忌んでらっしゃった」

 俺は体が震えるのを止めることが出来ない。信じられないけど、もし本当に俺とこの人が叔母と甥という関係、血族として絆があるのなら、俺はこの人に出来損ないと罵られるような人が父で良かったと思う。『人として』正しい選択をしてくれたのだから。

「あら? 震えているの? 安心なさい、さっきも言ったと思うけど、わたくし達はそんな下賎なハイエナとは違うから。わたくし達が理想とする戦いとは、美しくあるべきだと思ってる。人と人が全力を出し切り、知恵を絞り、限界を超えようとする姿こそが美しい。人を重火器で焼き殺したり、マシンガンなような銃器でその体を蜂の巣のようにするのは美しくないわ」

 ああ、もう本当に俺は何を言われているのか分からない。
 いや、分かりたくないから、頭がこの人の言葉を拒否している。

「そんな下賎な兵器を携えた下等な虫けらなど、その一挙手一投足で叩き伏せるほどの力を持った誇り高い兵士達。それが、わたくし達の目標」
「……………………」
「そんな兵士を作り上げる技術こそが、わたくし達が力を欲している者達に売るべき商品なの」
「人は、道具じゃない。モノなんかじゃない!!」
「言ったでしょう? 売るのは人じゃない。技術だと。それをどう使うかは、クライアントの意志だわ」
「だけど、そんな事になったらその人たちは、『人』じゃなくなってしまう」

 ひんやりと突き刺すような視線、その視線の奥に残虐な笑みが滲んでいる。

「ならば、天馬は『人』じゃないのね」
「えっ? 俺、が……?」
「だって、あなたはその成功例の第一号者。わたくしが育てている子ども達の中で一番最初に、リミッターを外す事に成功した。流石は、わが一族の血を引く事だけの事はあるわ」

 頭を大きなハンマーで殴られたような気がした。全身から血の気が引いて、目の前が真っ暗になる。

「お、俺……」

 ぶるぶると、体が大きく震える。その手を優馬がぎゅっと掴む。俺を見る優馬の目に、涙が浮かんでいた。

「お兄ちゃん……」
「あなたが攫われてから、優馬も寂しい想いをしていたの。やっと、帰ってこれたんですもの、優馬だってお兄ちゃんに甘えたいわよね」

 小さく頷く優馬。
 本当に俺は、ここで暮らしていたのか?

「天馬は雷門に入学と同時に一人暮らしを始めたから、なかなかここにも帰ってこなくなったし」
「俺が一人暮らし……」
「そう仕向けたの。天馬の身上書に細工して、わたくしの甥だとは判らないようにして、雷門に送り込んだ。雷門を内側から潰すように」
「何故、そんな事をっっ!?」
「それが天馬の使命だったから。エンドウと雷門の仲間達、この二つはわたくし達には、許しがたき天敵。でも、天馬は途中で裏切った」
「裏切り……」

 ああ、頭がガンガンしている。
 俺は、俺は ―――― っっ!!

「でもね、それはわたくしにとっても一つの好機だったわ。天馬の中に眠る『力』を覚醒させるのに、精神的プレッシャーは必要不可欠だったから」

 もう、聞きたくない。
 聞かせないでほしい!!

「こういう事よ。わたくしはあなたの『力』を覚醒させるために、同じように育てているシード達とサッカーで戦わせた。それこそ真剣勝負、どちらも負ける事は許されない状況に追い込んで。そして見事、天馬はその力をわたくしに見せてくれたわ。スタジアムの中のシードを叩き伏せ、暴虐的なまでの力でスタジアムを壊滅させた。あの広いスタジアムをたった一人の、それも中学一年生と言う幼い子どもが」
「う、嘘だっっ!! そんな事、ある訳がない! 俺が、そんな事をする訳が……」

 嘘だと思いたい! これは、嘘だとっっ!

 ……だけど、俺が記憶を失くしてしまったのは……、そう言う事なのかもしれない。 
 その事実を受け入れることが出来なくて、俺は自分で自分の記憶を消したのかもしれない ――――


  ■ ■ ■


「……初めての『力』の発動であなたは限界を超え、倒れてしまった。スタジアム崩壊のどさくさに紛れて、あなたは彼らに回収されてしまった。そう、天馬の『力』に脅威を感じ、その『力』を封じるために」

 その人は俺の様子を事細かに観察しながら、話を続ける。顔色や表情、僅かな身振りなどから俺の心情を計り、俺の心を侵食してゆく。

( 疑惑の種が芽吹いて、本葉を広げ始めたわね。記憶が真っ白だなんて、なんて扱いやすいのかしら )

 俯き、小さく震えている俺には、もう目の前にいるその人の様子など目に入ってはいなかった。ここで、もう一押しとその人は口を開く。

「だから、彼らは天馬を決して一人にはしなかったでしょ? いつも、誰か監視の目があったはず」
「あ……」

 ( 確かに京介さん達は、俺が一人になるのを危険視していた。まさか、本当に俺…… )

「彼らの目を欺くために、彼女にあんな真似をさせてしまったわ。彼女は、天馬が昏睡状態の間もずっと見守っていたのよ」
「あの看護士さん……」
「記憶の無い天馬に、いきなりこんな説明をされてもきっと混乱させるだけでしょう? 時間がなかったから、あんな手荒な方法になってしまったけど」

 その言葉は、猜疑心と言う本葉に確信と言う水をたっぷりかけてゆく。俺の心に大きく絡み付き、昏い方へと落ちてゆきそうになる。

「天馬は不思議に思わなかった? 自分みたいな子どもに、どうして保護者がいないのかって」
「…………………」

 それは、俺も思ったこと。『理由』は判らないけど、自分には『身内』はいないんだろうと。だから、あえて教えてもらえなかった、と。

「それから、何故彼らが天馬の保護者替わりを務めているかと言う事も。普通なら身寄りを失くした子どもの行くところは、児童養護施設。若しくは里親とか、養子縁組とかだけど、彼らは違うでしょ? 男兄弟では里親や養子縁組は出来ないわ」

 俺は、ただもう掛布団の端を爪が掌に食い込むほど強く握りしめ、事実としか思えない凶暴な言葉の刃に耐えていた。

「彼らは嘘をついて、あなたを騙して、自分達に都合が良い様に扱おうとしたの。だって天馬は最高傑作だもの。人間兵器としてね。彼らが手放す理由がないじゃない!? こちらの動きを抑えることが出来ると思ったのでしょう」
「……………………」
「でも、こうして天馬はわたくしの手の中に戻った。今度は、こちらからお返しをしないとね」

 その声の響きに、俺は心の底から震えあがった。

「お返しって……! 止めてっっ!! 京介さん達に酷い事はしないで!!」
「止めるの? 天馬。あなたを騙していたのに?」
「だって、だって、京介さん達は、本当に優しかったよ!! 俺に良くしてくれた! あの人達は、何も悪いことしてないよっっ!!」

 俺は必死で、止めようとする。

「……それが、悪い事。天馬の心をそんな風にしてしまって……。天馬、あなたは強い。なによりも、誰よりも。そんなあなたから見れば、『弱者』なんて存在する意義はどこにもないのよ? 今までのあなたなら、切り捨てていたわ」
「俺、が……?」

 一つ一つ語られる、俺の過去。
 聞けば思い出したくもない、俺の過去。

「これを見ても、天馬は自分の力が信じられない? こんなことが出来る人間が、普通の人間だと思う? あなたは人の上に立つ、『特別』な存在なのよ」

 つっと差し出されたのは、一枚の写真。
 見覚えのあるユニホーム姿の俺の背後から、巨大な何かが出現し、スタジアムを攻撃していた。熱気と怒号が渦巻く中心に俺がいる。
 写真の中の俺の顔は、まるで人形の様に表情を失くしていた。

( そっか、俺……、悪人なんだ。京介さん達は、そんな俺でもあんなに温かく迎え入れてくれていたんだ。きっと俺が、まだこんな子どもだから、悪人でも放っておけなくて…… )

 俺はもう、京介さん達の所には戻れない。
 戻ればこの人が、京介さん達に危害をもたらす。
 
「ここはあなたの家でもあるのだから、今はゆっくりお休みなさい」

 そんな言葉をかけて、その人は俺の部屋から出て行った。


  ■ ■ ■


「うふふふ。素直なのと馬鹿は同義語ね。これであの子がどう自分の立場を判断するか。十年間眠らせていた『気』を十分に煽ってやりましょう。心を千々に乱れさせ激昂させてね」

 獲物を甚振るような響きを含んだ声が、大理石張りの廊下に小さく零れ落ちた。

「あの、僕……」

 天馬の部屋から一緒に出てきた優馬が、ミネルバの後ろからおどおどと声をかける。

「良い事、優馬。お前はああなってはいけないのよ。お前は、あの天馬よりも優れた存在になるのだから。さぁ、お前は自分の部屋に帰っていつもの『お勉強』を始めなさい」

 幼い子の不安げな声に対しても振り返ることなく、冷たくそう言い捨てる。逆らう事も許さない、絶対者の威厳と恐怖感で優馬を支配する。

「……はい、わかりました」

 気配で優馬が、頭を下げたのが判った。
 たたたっと自分から遠ざかり、やがて突き当りで曲がって足音は消えた。

「……駒は揃った。後は天馬を目覚めさせるだけ。そして、その『力』を優馬に。これが成功した時こそが、本当に御祖父様とわたくしの夢が叶う時だわ」

 夢の実現への確かな手ごたえに、ミネルバは笑みを浮かべる。
 美しくも傲慢な、その名に反した悪魔のような笑みだった。


  ■ ■ ■


「……ねぇ、京介さん。京介さん達は俺が、こんな悪い組織の一員だって知っていたから、俺自身の事はあまり教えてくれなかったんだろう?」

 誰もいなくなった空間に向かって、俺は一人呟く。

「俺をここに戻すまいと、色々俺の周りに気を配ってくれて……」

 違和感は、感じていた。
 記憶はないけど、知識として残っているものがある。その事実と今の自分の周りとを照らし合わせてみると、不可解な点が多すぎる。

 入学間もない時期の部活中の事故で―――― 、と京介さんは言った。

 部活中の事故、と言ったのはきっとあのスタジアム襲撃の事だろうと、俺は思う。俺の体から出現したあの怪物、あれが暴れて……。自意識を失くしていたんだと思う、あの時は。そして、おそらく雷門の関係者だった京介さんや拓人さん、円堂さん達の手で、保護されあの人の眼から匿われていた……、のか?
 でも、それは『いつ』のことだったのだろう? 『今の雷門』ではない事は、はっきりしている。今の雷門サッカー部には、俺が在籍していた痕跡は無い。じゃぁ、俺はいつどこで京介さんと出逢ったんだろう? そう、京介さんだけじゃない、拓人さんや円堂さんとも。

 自分の事が判ったら、この足元の無いような不安感は無くなるのかと思った。だけど、知れば知るほど、不安感だけじゃなく恐怖感すら付き纏う。

 この、恐怖感は ――――

( ああ、そうか。この怖さは、俺がもう京介さんや拓人さん、優一さんや俺を心配してくれる皆の側に居られなくなるっていう怖さなんだ )

 居られない、居られない。
 大好きなあの人達の側には、もう居られない。

 大好きだから、だから、だから…………

 ぽたぽたと、大粒の涙が掛布団の上に丸いシミを幾つも作って行く。色んな感情がいっぺんに込み上げてきて、今までどこかで押し殺していた『想い』が溢れる。

「……好きだったんだ、俺、京介さんの事。いつからとかどうしてとか、そんな事判らないけど、こんなにも心が痛くなるくらい、好きだったんだ」

 部活中に感じた寂しさは、他の部員に京介さんを取られたように感じた嫉妬の裏返し。大好きな兄弟や家族を取られたような、そんな子どもっぽい感情とは違うって今ならはっきり言える。
 京介さんは、俺の兄弟でも家族でもなんでもないから。俺はそんな目で、京介さんを見た事が無い事に、今更気付く。

 だけど俺は子どもで、男で、京介さんに保護されている赤の他人で ――――、俺の想いに気付かれて、避けられるのが怖くて無意識に、この『想い』に俺は蓋をしていた。

 記憶を失くしたこんな俺が知っている常識でも、中学校の先生でもある京介さんが、俺の想いを叶えてくれるようなことが有れば、もうそれだけで先生を辞めなくてはならなくなる。大好きな京介さんをそんな目に合わせたくない。

「……俺の、一番古い記憶が『きょうすけ』なのは、きっとこう言う事なんだ。記憶が無くても、俺は……」

 コンコン、と控えめなノックの音が響く。
 ぎくりと、体が縮こまる。
 小さな声が、ドアの向こう側から聞こえた。

「……お兄ちゃん、天馬お兄ちゃん」
「優馬くん?」
「お部屋、入っても良い?」
「あ、ああ……」

 自分の部屋に戻ったふりをして、引き返してきた優馬がドアノブを回し、部屋に入ってくる。ドアを閉める前に、優馬は奇妙な事をした。ドアに自分が持っていたハンカチを噛ませたのだ。

「なに、それ……?」
「この部屋、ドアを閉めちゃうと中からは開けられないんだよ」

 あの時、あの人がゆっくり休めと言った訳が判った。
 俺は、知らないうちに閉じ込められていたのだ。

「あのね、天馬お兄ちゃんがここに連れて来られた時に落としたんだ。これ、お兄ちゃんの大事な物でしょう?」

 優馬が差し出したのは、あの部室で見つけたあの写真。

「これ……」
「お兄ちゃん、すっごく良い顔で笑ってる。周りの皆も! きっと大好きな仲間達との写真なんだね!!」

 改めてその写真を見れば、着ているユニフォームはあの人に見せられた、怪物を操っている俺が着ているものと同じ物。

( ああ、それじゃ俺が雷門に居たのは、この頃なんだな。裏切り者のくせに、こんな顔で笑っていたんだ )

 その写真が撮られたのは、何時だろう?
 俺が雷門サッカー部の皆を欺いていた頃か、それとも一族を裏切った後か。

 写真を胸に押し当て、俺は声もなくただただ涙を流す。

「……お兄ちゃん、天馬お兄ちゃん。お兄ちゃんは、これっぽっちも『悪い事』はしてないよ。僕、知ってるんだ」
「優馬……、くん?」
「僕ね、天馬お兄ちゃんになる為の勉強をずっとしているから、天馬お兄ちゃんの事は良く知っているんだ。だから言える、お兄ちゃんは悪くない」

 不思議な言葉だった。
 でも、そんな意味の分からない言葉でも、『悪くない』と言ってもらえたのが俺は嬉しかった。

「……ありがとう、優馬くん」
「優馬で良いよ。じゃ、僕もう帰るね。そろそろミネルバ伯母さんが自分の部屋に戻る頃だから。この部屋、伯母さんの部屋から様子が見られるんだ」
「………………………」

 籠の鳥。
 そんな言葉が、俺の頭に浮かぶ。
 誰かを、もしかしたら京介さん達を『あの力』で傷つけるくらいなら、俺はこのままずっとここに閉じ込められていても良い、とそう思っていた。


 ■ ■ ■


 俺の目の前に、タイヤを軋らせてミッドナイトブルーの車体が滑り込んでくる。かつて警視庁のパトカーにも採用されたレネシスロータリーエンジン搭載のRX-8。運転席の人物に向かい、まず俺は深々と頭を下げた。

「済みません!! キャプテン!! 俺がついていながら、天馬を……」
「……頭を上げろ、剣城。不動さん達の危惧が、現実になったと言う事か。まさか、こんなに早く動き出すとは……」

 俺は天馬が連れ去られたことに気付き、真っ先にキャプテンに連絡を入れた。俺の連絡を受け、キャプテンは自分で愛車のRX-8を運転して、俺と合流したと言う訳だ。

「お守り代わりに身に付けさせた発信機が、こうもすぐ働く事になるとはは思わなかったが、手掛かりはある。この意味は大きい」
「はいっっ!!」

 返事と共に、俺はナビシートに身を沈める。俺の手の中にあるモニターには、天馬の存在を表す緑の光点はもう見えない。あの車が俺の目の前を走り去ってから、まだ三十分程しか経ってないが一体どのくらい遠くまで連れ去られたか分からない。だが、判らないからと手をこまねく真似はしたくない。

 俺達の手の中から天馬を奪うなんて、どこの誰にも許しはしない!!

「取り敢えず、その車が走り去った方向に流してみるぞ!!」

 キャプテンはアクセルを踏み込むと、ギアを入れ替え、飛び出すように車を発進させた。たちまちのうちに郊外へ続くバイパスに突き当たる。

「多分、これに乗っただろうな」
「あのスピードなら、市街地を走るつもりはなかったと思います」

 確実な事は判らない。
 だが、動いてみない事には、相手を突き止めることなど出来ない。
 ましてや、天馬を取り返すことなど絶対に!

「……不動さん達には連絡したのか?」
「はい……。調べが付くまで無暗に動くないと、釘を刺されました」
「言うだろうな、あの人なら」

 ハンドルを握りながら、キャプテンが呟く。

「それでも、俺達はじっとしている事など出来ない。不動さん達からの連絡を待つ間にも、少しでもその誘拐犯との距離は詰めておきたいんだ」

 俺も無言で頷く。
 手にした発信機のモニターを表示範囲を最大範囲まで拡大して、小さな緑の光点が灯るのを祈るように見つめる。見えない相手を追い詰めるようにキャプテンはアクセルを踏み込み、次々と車を追い越してゆく。その車がまだバイパスに乗っているのなら、必ず追いついてやると言うキャプテンの決死の覚悟をそのドライビングテクニックに俺は見る。

 そんな俺達の祈りが届いたのか、モニターの端、バイパスに沿って走る街道の上に、ぽつんと光る緑の光点を発見する。

「キャプテン!! 見つけた!」
「よし! 先の出口で下りて、その光を追うぞ!!」

 もう一度、キャプテンはアクセルを踏み込み、その街道の先回り出来る地点への出口へと猛スピードで車を運転する。俺は、その小さなを光を見失わないよう目を凝らし見つめた。


  ■ ■ ■


「本当に、子ども騙しな事。でも、あの二人をおびき出すのには丁度良かったわ」
「お嬢様……」

 天馬誘拐を決行するに当たり、ミネルバはその実行の妨げとなる京介と拓人の動向を、配下の者に見張らせていた。その配下の者からの連絡で、血相を変えた拓人が愛車に乗り込み街に飛び出したと聞いた。

「くすくす、動かない訳ないわよね。十年間も想いを寄せて、見つめ続けた相手が攫われたのだもの」

 天馬を連れて来るようにと命じたミネルバはその際に、天馬が発信機などを持っていないかを厳重にチェックするように指示していた。天馬が麻酔を嗅がされ、気を失った時に天馬が履いている靴に仕込まれた発信機はすぐに見つけられていた。

 その連絡を受けたミネルバの指示で、もう一台の車がミネルバの屋敷を出た。パイパスのパーキングでは発信機付きの靴を受け取ったもう一台の車は、そのままパイパスを走りだしやがて山寄りの出口でバイパスを下り、下の街道をある目的地へ向かって走り出した。

「あの二人にも手伝ってもらわないとね、天馬の化身を目覚めさせる為に」

 スタジアム崩壊のあの時、真っ先に天馬の出現させた魔神ペガサスと合体したのは、京介の剣聖ランスロットと拓人の奏者マエストロであった。

 それが、天馬の超化身の切っ掛け。
 そして、天馬は暴走し、深い深い昏睡状態に陥った。
 それ以来この二人も化身を出現させる事は無くなっている。

 だが、ミネルバ確信していた。
 そうなった時、この三人は長らく出現することのなかった化身を召喚するだろうと。

「追い込んで追い込んで、その様子を天馬にも見せて、それでこの三人にどんな反応が出るか。今私が欲しいのは、化身出現のその瞬間の化身使い達の身体的データ。それこそ、脳波から血液、DNA的解析まで、体中の器官、細胞レベルまで調べつくしてやる!!」

 今、京介達を導く小さな光点は、二人に取って処刑場とも等しい、荒れ果てたサッカーフィールドへと向かっていた。



  2011年12月10日脱稿







   === あとがき ===

どうして、こうなったっっ!? な回です。天馬くんがとにかく危険な状態で、黒幕にとんでもないオリキャラ投下しちゃいましたっっ!! ついでに、天馬くんからみのオリキャラも^_^; この章は長くなるので区切りの良いところで、投稿してゆきます♪






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Date:2012/03/19
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