保管庫

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

*    *    *

Information

□ 子どもの情景シリーズ □

木馬の騎士2


「くそっっ!! あいつ等、連絡だけ入れて、こちらからの呼び出しには出やしねぇ!」

 不動は剣城から連絡を受けた後、勝手に動くなと指示を出し、すぐヒロトに連絡を取った。こう言う事態が起きかねない事を十分予測し注意していたにも関わらず、やはり事は起きてしまった。勿論、その為の善後策も講じてはある。講じてはあるが、それでもタイミングを見誤ると取り返しのつかない事になる事を、不動は身をもって知っている。

 ……一人の人間の生死など、紙一枚の重さもなく扱う人間がいる事を思い知らされたのは、不動がまだ十四歳の中学生の時だった。

 時が許せば、その人は罪を償い闇の世界から抜け出すことが出来たかもしれない。自分の存在意義を賭けて憎んできたサッカーを、太陽の光の下でもう一度愛する事が出来たかもしれない。

 その可能性を奪った存在を、不動は憎む。私欲と傲慢さ、そんなどうでも良いモノに憑りつかれた人間に、人生を壊された者はどうすれば救われるのだろう? どうしたら救ってやれるのだろう?

( ……だから、俺はフリーランサーのジャーナリストになったんだ。この目で見て、この肌で感じた事を、訴えるために!! 巨万の富と権力を持つ相手と戦うには、大衆の、皆の気持ちが無ければ戦うことは出来ないからな )

 そして、ヒロトの方にも剣城からの連絡は入っていたようだ。

( 掛かってくると思ってたよ。俺の所にもついさっき連絡があった。相当思いつめているようだから、心配だな )
( あいつ等、俺達と違って場数踏んでねーからな )
( 出来れば踏ませたくない場数だけどね。大人の汚さや狡さ、非道さにめちゃくちゃにされるのは俺達の世代で終わらせたい )
( ああ、まったくだ!! )

 そう言って通話を切ったのは、二十分前。善後策を実行する為に、ヒロトと合流する必要がある。円堂と鬼道に頼まれた、あいつ等の大事な教え子たち。そいつ等の身に今、危険が迫っている。

「……とにかく、先走らせては駄目だ。あいつ等の頭には天馬の事しかないが、奴らにすれば剣城と神童、お前達も狙われているんだぞ」

 何度コールしても出ない剣城に怒りが募る。それではと、神童の方にもかけてみれば、こちらも同じ。二人して、制止の声を無視して突っ走っているのだろう。
 そこに、ピリリリリっと響くヒロトからの呼び出しコール。

「はい」
「って、不動くん?」

 ヒロトと思って出たのに予想外の人物の声が聞こえ、不動はかすかに眉を顰めた。

「あぁ? この番号にかけて俺以外の誰が出る? それより、どうしてお前がヒロトの携帯使ってんだよ?」

 不動の携帯に表示されたナンバーは間違いなくヒロトの携帯のもの。だが、その先で出たのは、なんと吹雪であった。

「ん、一応僕たちの所にも円堂くんから連絡があったんだよ。なにかとんでもない事が起きそうだから、その時は力を貸して欲しいって」
「円堂が? 僕たちって……。ちっ、俺らじゃ信用ねーのかよっっ!! あのキャプテンさんはっっ!」

 雷門の後輩の事を、雷門以外の自分たちに頼んできた事が、自分たちを信頼してくれている証しのような気持ちがして、どこか嬉しくもあったのにと思う。

「信頼しているからだよ。こちらでの行動は二人の指示に従って欲しいって言っていたからね」
「へ、へぇ……。まぁ、それなら、良いか。で、他にそこには誰がいる?」
「風丸くんと佐久間くん、源田くん。他には壁山くんと目金くんと、瞳子さんと、もう一人」
「もう一人? 誰だよ、それ?」
「あのね……」

 その一人の名を聞いて、不動はにやりと笑った。

「確かに。円堂が居ない今、あいつくらいしかいないな」
「じゃ、ヒロトくんに代わるね」

 ようやくその携帯は、持ち主の手に戻る。

「どう? そちら、彼に連絡は着いたかい?」
「いや、あいつら携帯の電源切っているみたいだな。それにしてもヒロト、お前あんな短時間でよくそれだけの面子揃えたな」
「もともと円堂くんが根回ししてくれていたからね。吹雪くんはそれこそたまたまだけど、他のメンバーは皆、近在のメンバーだし」

 言われて気付く。
 確かに声をかければ、直ぐ集まれる奴らばかりだ。

「俺も今、そちらに向かっている。後、七分~八分くらいで着くから、詳しい話はそれからだ」

 それだけ伝えると、ライダースーツの内ポケットに携帯をしまう。それからフルフェイスのヘルメットをかぶり直し、路肩に停めていた使い込んだスズキRG400ガンマをスタートさせる。白に赤のペイントの車体はたちまちのうちに車の流れを縫うように走り抜け、あっという間に見えなくなった。


  ■ ■ ■


「どこで話す?」

 不動が愛車のスズキガンマをキヤマ・インダストリー社の駐車場に止めるが早いか、駐車場から社屋に入る入口の所で待ち構えていたヒロトに、そう声を掛ける

「皆は社員を人払いした会議室に集めている。不動くんがここに来るまで収集した情報なども、解析しているから」
「判った。それじゃ、急ごう」

 カンカンカン、とリノリュウム張りの廊下に足音を響かせて二人は皆の待つ会議室へ急いだ。

 人気のない廊下、第一会議室と書かれた部屋の扉を押し開くと、中は思ったより薄暗い。部屋の真ん中にPCのディスプレが椅子の数だけ配置された円卓が置かれている。その円卓を挟むように上座と下座にもPCが何台も設置されている。
 上座に置かれているPCが、この部屋のメインコンピュータだろう。一際大きなディスプレイの前に目金が座り、変化する座標を解析している。

「この座標は?」
「天馬くんの靴に仕込んだ発信機の経緯だよ。剣城くんに渡していたモニターは簡易版だからね。こちらの方が、広範囲・高機能な解析データが取れるんだ」

 皆、その緑色の光点をじっと見つめている。

「剣城くんから連絡のあった時刻を基準に、前十分からの発信履歴をマップに反映させています。移動タイムも合わせて表示されますから、どこで立ち止まったか、どのくらいのスピードで移動しているかも分かります」

 履歴を解析している目金が、皆に説明する。

「ほら、ここ。解析を始めて最初に光点が止まった地点です」

 マップを指さしながら、目金が説明を続ける。

「ここは剣城くんの住まいのある住宅街の中です。立ち止まった時間は五分ほどのようですね。その後の移動スピードの速さは、天馬くんが車に乗せられた事を示しています」
「五分? タイム・ラグがあるな。いきなり薬嗅がされて、車に連れ込まれた訳じゃないのか?」

 目金の説明を聞いて、佐久間が意見を述べる。

「どうしてそう思う? 相手に抵抗されて、その位時間がかかったのかもしれないぞ?」
「そんな訳ないだろう、源田。住宅街でそんな抵抗されるような事をすれば、人目に着きやすくなるからな」
「じゃぁ、何なのかしらね? その時間」

 瞳子も腕を組んで考えている。

「そ、それってその怪しい奴とちょっと立ち話でもしたって事っスか?」

 そう、その位のタイム・ラグ。

「円堂の話だと、天馬自身もそうだがその保護者たる剣城兄弟にも、十分身の周り…… 特に不審者には気を付けるよう言っていたらしい」

 壁山の言葉をやんわり否定するように、風丸が言葉を発した。

「それじゃ、その相手は天馬くんに取って『怪しい奴』じゃなかったって事なんじゃない?」
「怪しい奴じゃない? って、吹雪……」
「ん~、普通に顔見知りだったりとか」

 何気ない吹雪の言葉に、ヒロトの表情が厳しくなる。ヒロト達だって、天馬の周辺に『敵』の影が潜んでいるのは承知していた。天馬が入院していた病院から、天馬のデータが漏洩していた痕跡も発見されている。だがそれは、あくまで『影』であって天馬の『知らない人物』だと、ヒロト達は思っていたのだ。

 でなければ、あまりにも酷すぎる。
 顔見知りになるほど親しくしていた人物が、実は敵だったなんて!

「……十分、考えられるな。不幸にしてと言うか、幸いにと言うか、天馬は記憶を失くしている。その顔見知りかもしれない相手も、天馬が目覚めてから接触した人物の中に限られる」

 ぎらりと光る、不動の眼。

「必要なら当たるぜ? 雷門なら俺と壁山が行けば良いだろうし、病院の方は佐久間達に」

 すかさず風丸が言葉を挟む。風丸の言葉を聞いて、壁山や源田は動きかけている。

「いや、それはもう少し待て。目金の解析の続きを聞いてからだ」

 短く不動が言葉を発した。不動の言葉に、目金が頷く。

「で、ここで天馬くんは車に乗せられたと推察される訳なんです。剣城くんの報告からこの車は、黒塗りのトヨタ車、車種タイプから見てセンチュリークラスの高級乗用車ではないかと」
「へぇ、かなりの成金趣味みたいだね。でも、賢いな。同じ高級車でも国産車と外国車じゃ、国産車の方が紛れやすい」

 と、ヒロトが感想を述べる。

「そんな高級車だからですかね? 市街地を猛スピード走れば、それはそれで悪目立ちしますから、住宅街の一番近いインターからバイパスに入ってます」

 目金は淡々と、履歴から読み取れる内容を読み上げてゆく。

「……猛スピードか。でも、距離は離されても、このシステムのお蔭でアジトには必ずたどり着けそうだ」
「あ、でもバイパスに入ってから、スピードを落としていますね、この車。どうしたんでしょう?」
「なに?」

 目金の言葉に、皆がディスプレイを覗き込む。
 確かに、緑の光点の移動スピードはバイパスの制限速度を守っている。

「目立ちたくないから? とか」
「それも考えられますね。あれ? 左車線に入ってしまいました。このままだと、この先のパーキングエリアに入ってしまいます」

 その声に見れば、緑の光点はパーキングエリアの中に入って行き、とうとう止まってしまった。

「やったーっっ!! 今から、このパーキングに行けば、誘拐犯を捕まえられるッス!!」

 勢い込んで会議室を出て行こうとした壁山の襟首を掴み、風丸が引き留める。

「落ち着け、壁山。これは履歴からのデータだ。今、現在のものじゃないんだぞ?」
「あ、そっすか……」

 相変わらずの巨漢のくせに、風丸の言葉にしゅんと小さくなる。

「余裕、ですねぇ。普通の誘拐犯なら、さっさとアジトに逃げ込みたいところでしょうに」
「まだ、この誘拐が発覚していないと思っているんだろう。天網恢恢疎にして漏らさず、という言葉をこの犯人に贈りたい」

 真面目な源田らしい言葉。

「天網とはなかなか出来た比喩ですね、確かに。この電網世界の威力も、それに近いものがありますから」

 目金が眼鏡を指で弄りながら、どこかしら誇らしげにそう発言した。

「発覚していない……? あの連中が、そんな甘い見通しで動くものか。ここは、発覚している事を承知して、動いていると見た方がいい」

 数々の修羅場で培った経験が、不動にその言葉を言わせる。

「それじゃ、ここで止まったのは……」
「……車を変えるつもりかもしれない。住宅街で目撃された怪しげな黒の乗用車では拙いと判断したのかもな」

 ……もしそうなら、どこまで用意周到な犯人なのか。

「あ、動き出したよ」

 吹雪の声に、もう一度皆の視線がディスプレイに集まる。

「止まっていた時間は、およそ十五分。剣城くんの連絡から、二十分後ですね」
「後は、ずっと定速でバイパスを走り続けてる。どこまで行くつもりだろう?」

 光点はかなり遠くのバイパス出口まで行き、そして一般道へと降りる。下りた時間は、不動達が天馬誘拐の報を聞いてから、約三十分後。それは、京介達が誘拐犯追跡に走り出した時間と、ほぼ一致していた。


  ■ ■ ■


「……気になるわね、その留まっていた時間。車を乗り換えるには、時間がかかり過ぎているわ」
「姉さんも、そう思う?」
「乗り換える車を、用意していなかったのかしら?」

 瞳子のその言葉が、もう一つの可能性を示唆する。
 
「……もしかして、待っていたのか? 天馬誘拐のエサに食いつく、あいつ等二人を」

 忌々しそうに吐き捨てたのは、不動だ。

「それは、どう言う……」
「俺達に連絡を入れた後、当然剣城は神童にも連絡を取り、自分達で動こうとする。その様子を、奴らの仲間に監視されていたとしたら?」
「じゃ、剣城達の行動を読んで、自分達の車を見つけさせ、わざと追わせるために?」

 ミネルバの考えではこの誘拐事件、天馬の身柄を拘束するだけでなく、剣城や神童の身柄も拘束する必要がある。天馬が誘拐されたとすれば、自ら追跡に出るであろう二人。天馬が家を出た後、こっそり後を付ける剣城の姿を確認しての、計画実行だった。

「不動くん……」
「おそらく、天馬を誘拐した奴らは剣城や神童の動向も見張っていたに違いない。奴らもまた、『化身使い』だからな」

 しん、と場が静まり返る。

「奴らが欲しいのは、天馬くんの『超化身』の力。だが、天馬くんが眠りに就いてから、あの当時の化身使いの誰一人として化身を出せた者はいない。これが、どういう意味か判るか?」

 語るヒロトの声が重く響く。

「あ、いや……。もともと俺達には『化身』がどういうものなのか、よく分らないところがあるし」

 素直な返答は、佐久間から。

「ただ、これは直感のようなものだけど、あの子たちの化身と円堂が出す魔神とは近しくて、根本的な何かが違うって気はするな」

 流石は幼馴染。
 風丸の直感は、的を射ている。

「そして天馬の化身と剣城たちの化身も、同じで違う。そう、電気の正と負、磁石のN極とS極のように」
「磁石のN極とS極?」

 はっと気付いたように、瞳子が顔を上げた。

「……つまり十年前、天馬くんが『超化身』を召喚した時、他の化身使い達の化身はそのパワーに引き寄せられ、そのまま『超化身』の中に安定し不活性化してしまったと言う事なの?」
「多分。だから、天馬の化身を呼び出すには、その安定を一度壊さないといけない。と、そうあいつ等は考えたんだと思う」
「なるほど……。確か、一番最初に天馬くんの化身と合体したのは神童くんの化身と剣城くんの化身だったね」
「ああ。だから、その化身の主たる二人を化身を召喚せずにはいられないほど精神的・肉体的に追い込めば、その合体を解除できると推論したんだろう」

 爆発的な超化身の力をどうにか抑え込んで、目覚めることが出来た天馬の、その安定を壊そうとしている。安定を壊された超化身は、天馬が追い詰められればまた魔神ペガサスとして蘇るだろう。そして、発動する天馬の『総べる力』。魔神ペガサスから、三位一体のペガサスアークへ、さらにその先の超化身へと。眠り続けた十年を、天馬はまた繰り返してしまうかもしれない。

「一体何のために、そんな事を繰り返させるんだ」

 吹雪が呟く。

「……十年前は突発的な事で、正確なデータが取れなかった。今度は用意周到に測定機器を準備して、化身召喚から超化身までの変化を、精密に計測データ化しようとしているんだろう」
「その目的は?」

 と、佐久間。

「ふっ、判っているだろう? そんな事を考える人間が、何を目的にしているかなんてのはさぁ。なぁ、ヒロト?」

 佐久間の問いをヒロトに投げる当たり、相変わらず性格の悪い不動だ。

「……意地悪だね、不動くんは。でも、まぁそう言う不動くんも同じ穴のムジナだったんだし、その時の関係者の方が多いね、ここには」
「どういう意味だ? ヒロト」

 良くは判らないが、その関係者の中に自分も含まれることを感じ取って風丸がヒロトに問い質す。

「この中の大半は、大人たちの勝手な思惑で一度は自分自身の体を、取り返しのつかないほど壊されかけた事があるって事だよ」

 はっとしたように顔を見合わせる、風丸と佐久間・源田。
 不動も苦々しげな表情を浮かべている。

「まさか、潰した筈のハイソルジャー計画!!」
「でも、でもっすよ!! あの時の関係者は、まだ刑務所の中なんじゃ……。それに、ヒロトさんや瞳子さんの眼を盗んでそんな事が出来る訳ないっすっっ!」

 あの時の苦しさ恐ろしさを思い出し、壁山が大きな体を震わせている。

「ああ、うちでの研究は完全に廃棄された。だけど、他にも同じような事を企んでいた奴がいただろう?」
「他にも、同じような事を……?」

 皆の頭に浮かんだ、その名前は ――――

「……ガルシルド、なのか? この、一連のサッカー界を揺るがす陰謀の張本人は!!」

 何も言わず、眸に強い光を浮かべた不動の表情が、その言葉を肯定していた。


  ■ ■ ■


「どうした? 剣城。携帯が繋がらないのか?」

 ピアノの鍵盤に指を滑らせるように、繊細なタッチでハンドルを操作するキャプテンから、そう尋ねられる。天馬を誘拐された時点での判る限りの報告は不動さんと基山さんに入れている。その後、すぐにキャプテンに連絡を入れようとしたら、なぜか携帯が繋がりにくく十分以上もかかってしまった。その連絡を受けたキャプテンも在宅中ではなかったので、自宅に車を取りに戻るのにまた時間がかかり、ようやく合流できたのが、ついさっきの事。

「あ、はい……。今まで、こんな事なかったんですが……」

 最初の一報を入れたきり、連絡が出来なくなってしまっている不動さん達に、自分たちが誘拐犯を追跡している事をどうにかして知らせたいと思っていたのだが……。

「高速移動中の所為か、アンテナの関係か……。まぁ、あちらはあちらで追う方法は持っているだろう。とにかく、先を急ぐぞ!!」

 ギュン、とアクセルを踏み込むと爆発的な加速を見せる。レーシングカー仕様にカスタムしている訳ではないが、もともとから持っているポテンシャルの高さが生み出すスピードと安定感だ。程なくバイパスの降り口のインターが見えてきた。ここで下りなくては、この先で一般道はバイパスから外れてゆく。一般道をこのスピードで疾走することは出来ないが、それでも確実に追い詰めてやる気迫で車内は満ちていた。

「インターで下りて一般道に入って……、逃走中の犯人の車との距離はモニターで見る限り三キロオーバーってとこですか」
「三キロ、か。道路状況の方はどうだ?」
「光点の移動スピードが急に落ちました、短距離で度々止まっているから、そこそこに他の車がいるようです」

 俺は手の中のモニターを見つめながら、そうキャプテンに報告する。
 
「関係ない車がいるのか……。一般道で速度違反をして、うっかり接触事故でも起こしては話にならないからな」

 出口に向かう為、バイパスから下りる減速帯のきついカーブを軽く横Gを感じながら下りきる。ETC専用のゲートを読み取れるぎりぎりのスピードで通過し、一般道へ。だが ――――

「覚悟していたが、遅いな」
「ええ。休日でもこの時間は行楽地に出かけようと思えば、一斉に車が動き出す時間ですから」

 まるで車が止まっているかのような錯覚を覚えるほどの、低速運転の車の群れ。

「天馬を誘拐した犯人の車も、この車の流れの中にいるんだな」
「間違いありません。そうやって距離を稼いで、他の車の中に紛れて、行方をくらませるつもりなんだ」
「天馬に発信機を付けさせているのに気付いていないんだな」
「本人も知りませんから、それは」

 先行して逃げる誘拐犯の車を追跡する事に気を取られ、俺とキャプテンは重要な事を見落としていた。冷静であれば、その違和感にきっと気づいたはず。だけど俺達は、天馬を奪われたと言う一点に於いてすでに冷静でいられなくなっていたのだ。

 タイムラグが三十分近くもあったのに、こちらの捜索レンジ内に留まっていた事や、急に使えなくなった携帯など、不審な点はいくらでもあったというのに。



 神童の運転するRX-8の後方を、常に一台他の車を挟んで白いプリウスが音もなくついてきている。このハイブリット車は住宅街などではモーター走行出来るため、騒音を出さない。したがって、気配を断って追跡するのにも適している。

「こちら白の五、ターゲットの後方についています」
「了解しました。黒の七とは連携取れていますか?」
「問題ありません。ターゲットは挟まれているのも、誘導されているのも、交信手段を断たれているのも、まだ気付いていないようです」
「では、以後は結果の報告の時にだけ、このチャンネルから連絡してください」

 そのオペレータの言葉を最後に、プリウスの助手席の手の中にある超小型特殊無線機は沈黙した。普通なら携帯を使うところだが、今は半径百メートルのレンジで剣城や神童の携帯を使えないよう、ジャミングしている。その影響でジャミングしているのとは違う周波数でも聞き取り難かったり断線してしまうのだ。

「自分たちは追手のつもりだろうが、実は俺達に狩られる獲物に過ぎないのになぁ」
「気付いた時には、もう手遅れさ。あのお方は、先代様よりもっと非常なお方だからな」
「そうだな。必要であれば国の一つでも簡単に潰してしまうようなお方だ。それも、その国に住む者が知らぬうちに、TOPを入れ替えることでご自分が影から支配なさる。見た目とお若さを裏切る恐ろしさよ」

 自分たちが、その賢く無慈悲な女神の怒りを受けぬためには、ひたすらにその命を果たすのみ。獲物を獲ってくれば、そんな女神でも褒めてくれる。それが、自分たちの安泰だと思っていた。


  ■ ■ ■


 多少の無理はしながらも、一般道路でも目的の車に出来るだけ近づく。カーブを曲がるときなどにちらりと視認すれば、それは間違いなく天馬を誘拐したあの時に、俺の目の前を猛スピードで走り去った黒のセンチュリー。
 他の一般車両が犯人の車とキャプテンが運転するRX-8の間に割り込み、その黒い車体が時折視界から消える。慌てて前に詰めたくなるが、そんな事をすればすぐに追跡車だとバレてしまう為、ぐっと踏みとどまる。

「剣城、この先はどこに繋がっている?」
「あ、はい。マップの情報だと、この先からだんだん市街地を抜けて、山間に入り込みそうです」
「山間、か。犯罪者だからな、人目は気になるのだろう」

 これ以上、大事な天馬を傷つけさせない!!
 不動さんの話が本当なら、天馬を誘拐した奴らの目的は、天馬を使って『化身』を利用した人間兵器を開発する事だ。

 どうして、そんな事になるっっ!?
 天馬はただの、サッカー好きな中学生に過ぎなかったのに!
 『化身』を出せる選手なら、天馬じゃなくても良かったじゃないかっっ?
 俺だって、キャプテンだって……

「天馬は渡さない」
「はい、俺もです」

 キャプテンも、多くは語らない。だけど、その胸の内にある想いは、痛いほどに伝わってくる。

「天馬は俺にとって、かけがえのない存在だ。だから、天馬が十年間眠り続けていても、そこに居るだけで、俺は満たされていた」
「それは、俺にとってもそうです。天馬がいたからこそ……」

 ぐっとモニターを握り占める。
 天馬を大事に想う気持ちは、キャプテンと変わらないと思う。しかし、満たされていると思う反面、過ぎてゆく時に焦りもあった。共に生きてゆきたいと、いつしか思う様になっていたから。天馬の声を聞き、笑顔を見ながら、その瞳に自分の姿を映して。

 天馬が雷門に来て、最初に取った手はキャプテンのものだった。風を起こして、その風の向こうへとキャプテンを誘って。人形の様に生気のなかったキャプテンを、生き返らせたのは天馬だ。サッカーへの情熱が、凍えていた血潮を沸き滾らせ光を失っていた瞳が未来を見つめ始めたのは。そこには、天馬の笑顔があった。

 ……俺と天馬の関係は、天馬を一方的に傷つけることから始まった。

 とっくの昔に捨てた夢の欠片を、両手で集めて俺に見せつけられたような気がした。戻り様も戻せようもないそれを、キラキラした瞳に映して俺の前に立つお前。何度倒しても、どれだけの嘲りの言葉を投げつけても、お前は怯まなかった。頑固で馬鹿で、そして絶対だったお前。俺の中に残っていた夢の欠片を、お前の瞳は見抜き、光を与えた。

 俺を雷門で、真っ先に受け入れてくれたのは天馬、お前だった。

 お前が、俺の戻るべき唯一の場所。
 俺の、原点。

 時を止めてしまったまま眠り続ける天馬を見て過ごす日々は、その頃の事を思い出して、のた打ち回りたい衝動に駆られた。この衝動を止めるには、それを塗り替えるだけのお前との日々が必要だと、俺は切望する。

 俺は、お前を …………

( お前を見つめ続けた日々が、この愛を育てた。記憶を失くしたお前にしてみれば、迷惑かもしれない。自分より年上の、それも同性からこんな感情を寄せられたとしたら…… )

 だんだん間に入っていた車が減り、直接犯人の車を視認することが増えてきた。

「……マズイな。俺達が追跡していることに気付かれたら、相手がどう出るか予測が出来ない」
「仲間に邪魔しに入って来られたら、天馬を取り戻すことが出来なくなる」

 後方支援に入ってくれている不動さん達に直接連絡できないのがもどかしい。今、追跡中の車を、不動さん達も把握しているのだろうか? それすらも判らない。判ってくれているとしても、それでどう援軍を出してくれるかなど、そう言う確実に天馬を取り戻すための打ち合わせをしたいと、俺は切実に思う。
 そんな俺達の目の前で、前を行く追跡車の窓から何か紙袋に入ったものが投げ捨てられた。

「なんだ? 何を捨てたんだろう?」

 微かに眉を顰め、キャプテンが小さく呟く。
 俺は手元のモニターを見て、それが何か気が付いた。

「……奴ら気付いたみたいです。天馬の靴に仕込んだ発信機」
「じゃ、あれが……」
「モニターは使えません、目視で追うしかなくなりました」
「判った!! 振り切られないよう、しっかりついて行けばいいんだな!」

 キャプテンの集中力が、前の車のテールランプに固定される。俺は俺で、どうにかして逃走車の車内に居るはずの、天馬の姿を確認しようと目を凝らす。気がつけば逃走車はどんどん郊外を目指して走って行く。その道路を走っているのはいつの間にか、前を行くその車とキャプテンの車、後方を走っている白い車の三台になっていた。


  ■ ■ ■


「ちょっと見て下さい!! 発信機からの信号が動かなくなりました!」

 ヒロトの会社の会議室で、発信履歴から誘拐犯の足取りを追っていた目金は、リアルタイムでの発信機からの信号の変化に声を荒げた。

「信号が止まった!? そこが奴らのアジトかっっ!?」

 皆、勢い込む。
 ここまで天馬に履かせた靴に仕込んだ発信機は、気付かれていないようだ。剣城達も渡した受信機のモニターで、この車を追っている筈。ならば自分達が出来るのは、奴らのアジトを突き止めた後、すぐに警察を動かす事。

「あ……、でも、変です。マップ情報だとこの地点はまだ、道路上です」

 目金の言葉に、一瞬皆が沈黙する。

「……発信機の存在に気付いたか」
「どうします? 取り敢えずこの場所を警察に連絡しますか?」

 少し考え込む不動。頭の中で、色んな事柄が物凄い勢いで検証されている。

「……これはもしかしたら、奴らに一杯喰わされたかもしれん」
「不動?」

 じっと動かなくなった光点を見つめる不動。
「それならば、剣城たちの携帯が使い物にならない理由も分かる。あいつらの近くに誘拐犯の仲間がいる。そして、ジャミングしているとすれば……」
「えっ…、ちょ、ちょっと待て。そんな、だってもう随分と前から連絡がつかないんだろう? それって……!!」

 自分の後ろに凶悪犯が音もなく忍び寄ってくる、恐怖。

「もし、奴らが最初から発信機の存在に気付いていたら、どうだ? そんな危険な物、さっさと処分した方が安全だ。だが、気付いてない振りをして、発信機と共に移動を始めれば、それを追う奴いる。そう、剣城達と俺達だ」

 誰かが、ごくりと唾を飲む音が響いた。

「そして、今ここに来てその発信機を捨てた。つまり、これ以上は俺達に追跡されないように、だ。なぜ、そんな真似をするか?」
「それは、これからやろうとしている事を俺たちに邪魔されないように……」

 気落ちした調子を声に滲ませ、佐久間が言う。

「そう、奴らは狩りの準備が出来たから、必要の無くなった発信機を捨てた。おそらく上手くポジショニングを操られて、剣城達は目視でも誘拐犯の車が追えるような位置にいるのだろう。そして、周りはその犯人の一味と思われる奴らに囲まれている筈だ」
「それなら、今でも間に合うはずです! 急いで警察に連絡して、このマップの先の地点で検問をしてもらえば、誘拐された天馬くんを保護出来るんじゃないですかっっ!?」

 誘拐事件は、重大犯罪だ。攫われた天馬が、その犯人の車内から発見されれば言い逃れは出来ない。
 今なら間に合う、今ならっっ!!

「無駄よ、目金くん。多分、その車は囮だわ。やはり誘拐犯の車は二台用意されていたのね」
「瞳子さん……」

 腕を組み、視線を足元に落とした瞳子が冷静な口調でそう告げる。

「俺達が警察に連絡する事まで、見越していたんだ。発信機は捨てられてしまった、車内には天馬くんの姿は無い。これじゃ、検問に引っかかり様がないからな」
「そして、警察が動いていることが判れば、あいつらは天馬を連れてどこか、俺たちの手の届かないところに高跳びしてしまう可能性だってある」
「じゃ、もう天馬は誘拐犯のアジトに?」
「車のすり替えが行われたのが、確かになったからな」
「一体、どこで……」

 呟くように源田が誰ともなく、問う。

「どこで、ってバイパスのパーキングエリアしかないよな? あの十五分には、そんな訳があったんだ」

 悔しそうな表情の風丸。誰の眼にも止まらないで十五分も車を走らせれば、もうどこに行ったかなど探すのは困難だ。

「……まだ手が無い訳じゃない。ねぇ、そうだろ? 瞳子姉さん」
「そうね、バイパス上でなら、まだどうにかなるかも……。マサキに連絡をして鬼瓦さんに事情を伝え、オービスの映像を提供してもらって、ヒロト」
「判った、こんな時、身内に警察関係者がいると、本当に助かるね」

 ヒロトは部屋の隅にゆくと、携帯に向かい小声で何か話している。

「マサキって、もしかして天馬くんや剣城くん達と同級の狩屋マサキくんの事ですか?」

 眼鏡を弄りながら、目金が聞く。

「ええ、そう。あの子今じゃ特殊捜査班の刑事だから。フィールドの狩人だったあの子には相応しい天職でしょう? 社会に害を為す犯罪者を捕縛する仕事は」

 ほんの少し頬に笑みと瞳に優しい光を浮かべ、誇らしげに言葉にする。それは教育者と養育者、二つの顔を持つ瞳子らしい表情だった。

「姉さん、マサキすぐに駆けつけてくれるって」
「判ったわ。それじゃ目金くんは引き続き、画像の解析をお願いするわね」

 そんな瞳子の様子を見て、この場は瞳子とヒロトの二人任せて大丈夫だと判断したのだろう。不動がバイクのヘルメットを片手に、会議室を出て行こうとする。

「不動! どこへ!?」

 佐久間の声が掛かる。

「あ? 俺は先に剣城達の所へ行く。念のため、マサキが着たら援軍送ってくれるように手配してくれ」
「天馬の行方は?」

 今度は風丸の声。

『それは、目金の画像解析の腕によるだろう? そっちは任せた。まぁ、俺の予想じゃ今危ないのはあいつ等二人の方だからな」

 会議室のドアを出る。不動の足音が小さくなっていった。

「じゃ、俺らも動くぞ! 壁山、来い!!」
「は、はいっす! 風丸さん!!」

 バタバタどたどたと二人分の足音が消えた。

「源田」
「ああ、俺達もな」

 そして、また二人。

「あれ? 僕は居残り?」

 ぽつんと、会議室に残った吹雪の肩をポンと叩く人物。物静かで口数の少ない、不器用な男。

「そっか、君も残っていたんだね」

 にっこりと、吹雪が微笑む。

「あなた達には、天馬くんの居場所が分かり次第動いてもらいますから」

 ビシッと采配を振るう瞳子の姿はあの頃を彷彿させる。
 あの時も、そして今も、未来ある子ども達の為に共に戦ってくれる、もう一人の勝利の女神。


 負けはしない、そう思う ――――


 その想いで俺達は苦しい戦いの中、勝利を掴んできた。
 だから、天馬や剣城達を無事救いだし、化身を使った人間兵器化計画を潰す! 
 本当の意味で、あの子達を自由にしてやる為の戦いが、今始まろうとしていた。


    2011年12月16日脱稿




   === あとがき ===

前回は天馬くんのターンだったので、今回は京&拓のコンビと10年後メンバーメインの回です。思いっきり10年後メンバーが出張ってます。拓人くんはRX-8でかっとびんぐ中です。どんどん私得な展開すぎて、甘さやキュートさや切なさから遠ざかっているような気がします……^_^; 次の回は、京&拓がボコボコにされる回になります(大汗)そして、化身も出ます。

12月16日付けルーキーランキング42位、17日付19位にランクインできました!!




関連記事

*    *    *

Information

Date:2012/03/19
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

Trackback

TrackbackUrl:http://hokanko11.blog.fc2.com/tb.php/80-baf5b101
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。