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□ イナGO2期予想妄想 □

略奪されしもの 後編 ~The pillaged treasure~


 ……ああ、俺は帰って来たんだ。

 どこかでそう思った瞬間、俺の中でまたあの光が閃く。目の奥を焼かれて視界が赤く染まり、心は消滅する。そこが何処かをGPSのデータを確認するように、小さく口の中で復唱する。

「……稲妻町○○丁○○番○○地、私立雷門中学校、ファーストチーム専用フィールド」

 そう言えば、と俺の中の記憶の欠片が囁きかける。

( 俺が初めてここに来た時も、雷門の奴らを叩き伏せる為だった…… )

 結局は、そう言う事だ。
 あの『闇』から、抜け出せた訳じゃなかった。

「剣城京介、ここでお前が私たちの予想以上の攻撃力を提示できれば、この実験は終わりだ。化身能力者狩りを兼ねた、お前の能力テストはな」
「はい」
「少しは気が楽か? 少なくとももう、お前のその手でお前の仲間達を壊さずに済む、というのは。もっとも、もうお前が壊すべき、叩き潰すべき相手など、この雷門中しかいないのだけどな」


 ―――― アア、ソウダナ。モウ、オワリナンダ ――――


 俺は、一人。
 ここまで来たら、早く終わらせるだけだ。


   ■ ■ ■


「下手に動くと、子ども達の身の安全は保障しかねますよ?」

 警備員や警察官の動きを読んで、その男たちの指揮官らしき何者かが静かな声でそう言う。たった今、正面玄関を突破してきた男たちの手には、余りにも隠さずに手にしているためにおもちゃかと思ってしまうほどに、さりげなくサブマシンガンのMP-7の銃口が光っている。
 その手は、この指揮官の指示さえあればいつでも躊躇いなく、その引き金を引く事を感じさせる。そんな無言の圧力が警備員や警察官を硬直させ、道を空けさせた。

 手にマシンガンを構えた男たちを背後に控え、一人、剣城は立っていた。


「剣城っっ!? 無事だったのっっ?」

 ファースト用のフィールドに立つ人影を見つけ、信助は驚いたように声を上げた。自分が寝ている間に、同室の天馬が合宿所を抜け出し、朝になっても帰ってきていない。その事に不安を感じていた信助には、その見慣れた雷門のエースストライカーの姿は、何よりも自分を安心させるものだった。

「剣城っっ!!」

 そう声を掛けて、飛び付こうとして、信助は思わずたたらを踏む。フィールドの中に立つ剣城の姿に違和感を感じて、そしてその背後に佇む人影の禍々しさに本能が危険信号を打ち鳴らした。

 信助の声に、他の部員も集まってくる。みな、反応は信助と同様だ。

「剣城、お前……」
「お前一人なのか? 他の連中は?」

 神童も霧野も、そう口々に声を掛けるが剣城からの返事はない。ただ黙ったまま、ガラス玉のような表情の無い瞳で仲間達を見ている。

「……なんかヤベぇな、あいつ。嫌な予感がする」

 猫の様な釣り目がちな瞳を眇めて、狩屋が警戒心も露わな声で呟く。

「まさか、天馬くんがいないのも、そのせいという訳ではっっ……!!」

 同じく影山が、自分の不安を口にした。
 みんなの不安が嵩じたのを見計らったように、剣城の背後に控えていた人影が前に出て口を開いた。

「御揃いの雷門イレブンの諸君、君らに提案だ。ここにいる剣城と君らが勝負する。勝てば剣城だけでなく、我らの手元にいる他の選手たちも解放しよう。どうだね? この勝負、受ける気はあるかね?」

 ざわっと、みんなの気が揺らぐ。
 が、『否』と言う声は上がらなかった。


  ■ ■ ■


 一方、昨夜の天馬達が襲撃された後、ずっと敵の探索を続けていた目金が、ようやく最終ポイントを探り出した。その場所は、皮肉にも ――――

「……そう言うことですか。ならば、最終ポイントに向かわせるメンバーは、彼らがもっとも相応しいでしょう」

 目金がディスプレイから顔をあげ、コンソールの上に置いてあった携帯を手に取る。通話先は、もう一つの指令先。

「ああ、目金です。豪炎寺くんの所から少し人手をお借りしたく……。そう、そうです。奴らのアジトを突き止めたのです。あの場所なら、彼等にも地の利がありますからね」

 通話先の相手が変わる気配がした。

「……その場所、山梨の河口湖の先のあの場所で間違いないんだね?」
「はい、間違いありません」

 ふっと通話先で、小さく笑った様な息遣いが伝わる。

「これも、俺が引き継いだ『負の遺産』。そちらの方は俺達で清算してくるよ」
「お願いします。くれぐれも気を付けて下さいね」

 通話を終えて、目金はほっと一息つく。
 これでようやく、あいつ等に一矢報いることが出来た。拉致られた子ども達を取り返すことが出来れば、警察だって、機動隊だって、いつでも大掛かりな捜索を開始できる準備は整っている。

「まったく、子ども達を盾にするなんて、大人の風上にも置けない、とんだ大人の面汚しです!!」

 自分が子どもだった頃に、自分達の為に体を張って守ってくれた大人がいたからこそ、今の自分がある。だから大人になった今、今度は自分が次の世代の子ども達を守る番だと、目金は思う。

 そんな事を思う目金の携帯に、新たな着信音。
 表示されたナンバーは、雷門の吹雪からであった。


  ■ ■ ■


「その勝負、受けて立つ」

 神童の声が、辺りの空気を震わせた。

「ほぅ、流石は雷門のキャプテンだ。この剣城を止められるかね?」
「……止めてみせる。俺達の仲間を、お前達の思い通りになんてさせない!!」

 男の眼が、嫌悪感を感じさせる色に底光りする。

「知っているかね? ここにいる剣城が、今まで何をしていたかを?」
「はっ? 何を言って……」

 そう言いかけて、神童を始め雷門のメンバーは剣城の様子に目を向ける。狩屋が言ったように、そこにいる剣城はいつもの剣城じゃない。鋭利な危険なものを纏い、人の体温を感じさせない冷たさを放っている。

 何よりも、その『眼』が人間らしさを感じさせない。

「……化身能力者は、化身を具現化させることで人体が持つ能力のポテンシャルを一気に引き上げる。ただし『ヒト』としての感情や本能が、その暴走を防ぐ為のリミッターの働きをしていて、能力の半分も出せないのが現状だった」
「今更、『化身』の講釈など、聞くまでもない! お前達に何をさせられようと、剣城も被害者だ!!」

 ぴしゃりと、神童の厳しい声が飛ぶ。

「被害者か……。確かにな。だが、お前達が剣城のした事を聞いても、それでも剣城を『ただの被害者』だと言って受け入れることが出来るかどうか、それが見ものだが」
「いい加減にしろっっ!! 剣城が俺達の仲間である事に変わりない!! どんな剣城だろうとだっっ!!!」

 神童が叫ぶ前に、霧野が大声で怒鳴り返した。それは、今ここにいる雷門メンバー全員の思い。

「……お前達も知っているだろう? 白竜と言ったか、あの役立たずな三流シード。剣城に壊されたぞ? 内臓破裂に骨折、もしまだ息をしているなら、奇跡だな」
「なっ、なんだとっっ!?」
「それから、雨宮太陽。あいつもな、剣城のリミッター解除のロストエンジェルの餌食になった。折角退院できたのに、また病院に逆戻りだ。今度は一生、ベッドの上だろうな。壊し過ぎて、こちらで回収するのを諦めたくらいだ」
「嘘だ!! 俺たちはそんな事、信じない!!」
「信じるか信じないかは、実際にやってみれば簡単に結果は出る。剣城には、お前達を壊し過ぎないよう一応言っておくが、多分リミッターが振り切れているから、無駄だろうがね」

 男は自信ありげに、神童達をねめつける。

「さぁ、邪魔が入らないうちにキックオフだ。ルールは簡単。お前達全員を剣城が叩き伏せる前に、剣城からゴールを奪えればお前達の勝ちだ」

 もうこれ以上、話す気はないらしい。
 でも、最後にこれだけは聞いておきたいと思うことが、神童にはあった。

「最後にお前に訊く。天馬をどうした?」
「天馬……、ああ、松風天馬か。さぁ、どうしたんだろうな。無事なら、ここに戻って来るだろう」
「無事って……、お前何かしたのかっっ!?」

 ふっと、嫌な笑いを浮かべて男は、神童の問いかけを封殺した。
 


  ■ ■ ■


 ―――― 剣城が、雷門に現れた。


 その知らせを、俺と優一さんは病院で聞いた。どんな状況で、『現れた』のかは判らない。あれだけ剣城や拉致られたシードや化身使いの選手の行方を捜していたのに、こんなにもあっさりと。

「……嫌な予感がします」
「ああ、俺もだ」

 俺の言葉に、優一さんが声を潜めて応えた。俺達は知っている。信じたくないけど、剣城の足元に倒れ伏した重傷の血塗れのシード達の姿があった事を。このタイミングで剣城が雷門に現れたと言う事は、つまりはそう言う事。

「条介兄ぃに。俺、雷門中に戻るっっ!! 戻って、剣城を止めなくちゃっっ!!」
「……あの男たちの行動を見れば、俺達がいると京介に何らかの影響が出るんだと思う。それは、あの男たちに取って、思わしくないことで。だから……」

 俺達は、口々にそう希望を述べる。

「あ、ああ。そりゃ、勿論だ。今、不動の奴が車を回しに行っている。だけどお前達だって、爆発に巻き込まれて万全じゃないんだから、無理はするな」

 条介兄ぃにがそう言い終わる前に、病院の玄関口にキュキュキュとタイヤを軋らせて、一台のスポーツカーが滑り込んで来た。

「急げっっ!! 剣城が雷門に現れた今が、最大のチャンスなんだ! 目金からも別働隊を出したと連絡が来た。一気に畳み込むぞ!!」

 不動さんの言葉に、俺の気持ちも引き締まる。

( ……そうだ。あれだけ探していた剣城の姿をやっと捉えたんだ。絶対、取り戻してやるっっ!! )

 俺はぎゅっと握りしめた拳に、力を込めた。


  ■ ■ ■


 異様な雰囲気は、あの一年前の悪夢を部員たちに思い出させる。
 剣城がフィフスセクターの監視者・シードとして派遣されたきた、あの日の朝を。

「……また、こんな形であいつと戦わないといけないなんてな」

 悔しそうに、忌々しそうに吐き出したのは霧野。

「いや、あの時と同じじゃない。あいつは、この破壊行為を望んでいる訳じゃない。無理やりやらされているのが判っているんだ。それだけでも、一年前とは大違いだ」

 それは、今更言うまでもない。
 それを、みんなに実感させたのは天馬だった。
 みんなが『シード』である剣城に怖れ、その実力を忌まわしいものと見ていた時でさえ、天馬は怖れなかった。強さも粗暴な行いも、人を寄せ付けない冷淡な態度も、その裏にある『本当の気持ち』に本能的に気づいて、ずっと側にいた。

 あの頃の雷門サッカー部と、剣城京介。
 どちらも共に、同じ『想い』を抱え、それぞれに対極の位置に立ち、重い枷に縛められていた。
 その縛めを解き放ち、吹き抜けた風の行方に視線を向けた時、その先にある光を見つけたのも、また同じ。


『本当の自分のサッカーをしたい!!』――――


 当たり前で、一番大事なその気持ち。

「そろそろ準備は出来たでしょうか? こちらは、いつでも結構ですよ」

 余裕を見せ、機械の様な剣城に冷たい視線を走らせた男が、ゲームの開始を促す。

「……やらなきゃいけないのは判ってます。でも、監督やコーチもいない。天馬までいない俺達に、あの剣城が抑えられるんでしょうか」

 しばらくは気弱な虫を潜めていた速水が、そんな心細げな声を出す。

「ああ、あの頃とじゃ違うさ! ホーリーロードを勝ち抜いてきた俺らだ。こんな事で雷門のエースを失う訳にゃいかねぇっっ!!」

 倉間の、水色の前髪から睨みあげる右目に力が籠る。
 そこに、吹雪と土方が現れた。その姿を認めると、神童を始め部員達はその周りへと集まる。

「済みません、吹雪さん。監督もコーチも不在なのに、こんな試合を勝手に受けてしまって……」
「いや、構わないよ。むしろ、僕から頼みたいことでもあったんだ。ようやく、お膳立ては整った。今、円堂くんも鬼道くんもこちらに向かっている最中だ。それに、天馬くんもね」
「監督やコーチ、それに天馬もっっ!!」

 その名は、何よりも神童達を勇気づける。

「……だから、皆がここに来るまで、どうにかして剣城くんの足止めをお願いしたいんだ」
「だが、無理はするな。危険だと思えば、直ぐに引け」

 そう二人から声を掛けられた。
 そして、試合開始のホイッスルは鳴らされた。


  ■ ■ ■


 朝の風に、血腥い臭いが混じる。

 緑の芝生の上に点々と、赤黒いものが零れている。近くには、倒れて動けなくなった人影が。

「おい、大丈夫か? 骨、折れてねーかっっ!!」

 真っ先に餌食にされたのは、速水だった。その細い身体に、強烈なデスドロップを何発も受けて。速水の体にぶつけて跳ね返ったボールを、他のメンバーが押さえる前に、キープし連続で叩き込む。まさしく、甚振ると言うのが相応しい。近くにいた倉間は、速水の体から、鈍い嫌な音が響いたのを聞いた。

「はぁ…、つっっぅ……、わ、判りま…せん……。うぅぅ、ゴッ、ボッァ……!!」

 ゴボゴボと喉から変な音がして咳き込むと、速水は芝生の上に血の塊を吐き出した。

「……っ! おい、こらっっ!! 剣城!、てめぇ、調子に乗るんじゃねーぞっっ!!!」

 もう速水が動けないことを確認し、倉間が顔色一つ変えない剣城を怒鳴りつける。その倉間の横には、浜野の姿。

「浜野……」
「判ってるっちゅーの!! 速水の分も俺が走るから、お前はゴール前に上がってろ! 相手は剣城一人なんだから、オフサイドなんて無し!!」

 そこに影山も、上がってくる。

「倉間先輩、僕も上がります!!」
「頼むぞ、影山!」

 FW二人が駆け上がる。

「よっしゃぁ、そんじゃ俺がボールのカットに……」
「ワシも押さえるきによ!!」

 今の剣城に一人では対処できないと、すかさず錦がマークに付く。その錦の動きを見て、神童から指示が出る。

「もう一人、剣城のマークに付け! あいつの足を止めてボールを奪う事に専念する!!」
「判った! 俺が付く!!」

 すかさず狩屋が上がっていく。

「判っちょうか? ワシらで剣城からボールを奪ったら、一旦神童んとこに戻す。ワシから神童、神童から倉間のラインじゃきに」
「チュイン狙いか?」
「ああ、速攻でいかな、剣城は抜けん」

 そんな雷門イレブンの動きを、凍った瞳で見る剣城。神童のゲームメイク通り、雷門メンバーが動く。

 僅かな、時間の後 ――――
 剣城の下から神童へ、返って来た強烈なシュート。

 空気の焦げるような臭いを発しながら、炎を纏った必殺……、そう文字通り殺人的なシュートが神童を襲う。シュートを放った剣城の周りには、先に倒れた速水同様、動けなくなった倉間たちが倒れ伏している。剣城の方は息の一つも上がっていない。錦に至っては、化身を出す間さえなかった。

「危ない!! 神童っっ!!!」

 当たれば骨の一本や二本、軽くいくだろうという強烈なシュートを、横から飛び出した霧野がその身をもってカバーする。明らかに神童の頭部を狙っていたそのシュートは、霧野の決死のディフェンスで弾かれたが、霧野自身は側頭部にその球を受け、思いっきりフィールドに叩きつけられた。

「霧野っっ! 霧野っっ!!!」

 倒れた霧野はピクリともしない。
 最悪な予想が、神童の胸を締め付ける。

 もうフィールドに残っているのは、信助と神童の二人だけ。
 すっと、剣城の眼が眇められる。
 そこに浮かんだ色に、どんな思いがあったのか?

 共に化身使い。
 革命を成し遂げた同志でありながら、今はこうして対峙する。
 神童の背後が大きく揺らめき、奏者マエストロが出現する。

 その背後には、ゴールを守る信助の姿。


  ■ ■ ■


( ……どうして、こんな事になっちゃうんだよ!! ねぇ!! どうしてっっ!! 剣城っっ!!! )

 ゴールが決まれば、あの男たちの勝ち。
 剣城は……、自分達の仲間だった剣城は、もう戻ってこない。
 いや、それだけじゃない。

( 錦先輩を、あいつ等どこに連れて行くつもりなんだっっ!? )

 GKの位置は、フィールド全体が見える位置。
 剣城に倒された錦を、あの怪しげな男達がフィールド外に運び出していた。その最悪の状況を打破しようと、神童はマエストロと共に剣城の前に立ちはだかっていた。

( 僕も、僕もしっかりしなくちゃ!! ゴールは絶対に割らせない!! )

 改めて、対峙する二人を瞳を凝らして見つめる。動きも威力も互角、膠着した状態が続いている。

( あれ? 剣城は化身は……、ランスロットはどうしたんだろう? )

 化身を出して戦っている神童に対して、剣城の背後には居るべきはずのランスロットの姿がない。まさか化身無しで戦って、化身を出している神童と互角となれば、その地力の程はどれほどか。
 神童に向かって、鋭い蹴りが放たれた。風を切る音が、死神が振り下ろす大鎌のように響く。その鋭利な刃に切り裂かれ、神童の体から行く筋もの鮮血が溢れだす。
 その瞬間、信助の大きな瞳は見た。
 剣城の蹴りだした右足に見たこともない甲冑の具足が装着されている幻想を。

( あっ……、まさか、あれ…… )

 ユニフォームごと皮膚まで切り裂かれても、神童は剣城の進路を阻んでいた。満身創痍、出血多量のその身で、仲間を守るために。
 ふっと浮かんだ剣城の表情が、どうして信助の瞳に映ったのか分からない。
 ただ、その愉悦が滲んだ狂悪な笑みに、背筋がぞっとした。
 次に剣城が取った行動は、プレイとはなんの関係もないものだった。ドクドクと激しく打つ動悸を鎮める様に胸に手を当て、それでも剣城を睨み据えている神童に、すっと右手を突き出す。それを見えない剣でも構えるように上に振りかぶり、大きく素早く振り下ろした。

「神童キャプテンっっ!!」

 信助の眼には、神童が肩口から斜めに斬り下されて、血飛沫を上げてフィールドに沈む姿が焼き付いた。振り下ろした剣城の右手に、ランスロットの大剣が握られている幻想と共に。

 ゆらり、もう信助と剣城の間には、誰も居ない。
 GKとエースストライカーの一騎打ち。

( ……剣城は化身を出していない訳じゃない。化身と一体化しているんだ!! )

 信助も、拙いながらも化身能力者だ。
 化身を出す、と言う事がどういう事は身体的な感覚で、おぼろげながらも判っている。
 化身は、そんなに長く使えるものじゃない、と言う事。
 化身の力を、体の内部で発動させるのは本能的にマズイ、と感じている事など。

「……止めなきゃ、僕が。天馬が来るまで、僕が止めなくちゃ! 剣城をっっ!!」

 はぁぁぁ、と『気』を込め高める。自分の小さな身体から大きな力の塊が抜け出し、像(かたち)を持つのを感じる。
 こんな形で、剣城と向かい合うなんて初めてだ。剣城から放たれる『気』、人でないモノが放つ『殺気』に体中の皮膚がざざざっと鳥肌立つ。

「……沈んでおけ、西園」

 機械の様な声だった。
 もともと低くてあまり温かみを感じさせない声だったけど、それよりももっと。

「いや、それは出来ない。僕は雷門のGKだからっっ!!」

 ぱぁんと両手を打ち合わせる。信助の背後の護星神タイタニアスが、大きな手で剣城のシュートを受け止めるための構えに入る。

 空気が凍りつく。

 ここが、本当の意味での最終防衛ライン。
 ここが崩されたら、自分達が信じてきた『世界』が崩れてしまう。

 シュゴゥゥゥっ ――――

 打ったシュートのモーションさえ見えないほどのスピードで、真正面から豪速のシュートが信助を襲う。

 ゴッ、バァァァン―――― 

 と、信助がその足をフィールドにめり込ませながら、辛うじてキャッチする。

「ほぅ、あの剣城のシュートをキャッチするとは……。これだから、野生の化身使いは、予測が出来ない」

 その様子を見、男達の指揮官である何者かは、面白そうに口元を歪めた。

「PKだ。剣城がシュートを打てなくなるまでにゴールを割らせなければ、そのまま剣城は返してやる」

 剣城のシュートを一発受けただけで、はぁはぁと肩で息をしている信助に、そんな言葉をかける。

「本当だね!! 僕がゴールを守り切ったら、剣城だけじゃない。他の選手たちも返してもらうからね!!!」
「ああ、そうなったらな」

 その指揮管だけじゃない。その配下の男達も面白そうに厭らしげな笑い声を漏らしていた。

「早く沈め」
「嫌だ!! 僕は剣城を取り返すんだ!!!」

 剣城の眼が、微かに動く。
 だが、変化はそれだけだった。

 信助が見抜いたように、剣城は化身と一体化して強烈なシュートを放ってくる。それもゴールのコーナーを狙うような、得点の為のシュートではなく、真正面から信助を潰すためのシュートを。

 二発目、三発目 ―――ー

 信助の化身、護星神タイタニアスの姿が揺らぐ。

 四発目、五発目 ――――

 化身の姿は大きく揺らぎ、そして、消えた。

 六発目 ――――

 体力の消耗の激しい信助が、体中を軋ませながら辛うじて剣城の前に立っている。

「これで、最後だ」

 なんの防御もない信助の小さな体目掛けて、剣城が渾身のロストエンジェルを叩き込む。腹部を強襲された信助は、その衝撃に血反吐を吐きながらゴールポストに背中を強かに打ち付け、そのままずるずるとフィールドに崩れ落ちた。咄嗟に全身のバネで受けたシュートの方向をゴールマウス外に外した、信助捨て身の防御だった。
 信助が並外れたバネの持ち主だったから、そして驚くほどに小柄なGKだったから出来たこと。信助の腹を抉ったボールが、力の抜けた信助の腕から、コロコロと零れ落ちる。

「……へへ、ちゃんと…止め……たよ。でも、僕…… もう、無……理… みた… い……。ごめ… ん……、天…馬……」

 そのボールが剣城の足元に届くのと、信助が完全に崩れ落ちるのは同時だった。

「よし、終わったな。そのボールをゴールに蹴り込んだら、引き上げるぞ。そこのチビ共を土産にな」

 誰も、声にならなかった。


  ■ ■ ■


「待てっっ!! まだ、終わっていない!!!」

 その声に、俺の体がびくっと震える。

「あ…、お前……。松…風……」

 ギギギっと無理やり押し出したような声が、俺の口から発さられる。

「京介!! 目を覚ませっっ!!!」

 その後ろには、兄さんの姿。
 二人とも、包帯姿だけど……。
 ああ、こいつ等にやられたのか。

 酷く緩慢な思考が巡る。
 もう、なにも考えたくないのに。
 頭の奥で、キリキリとした痛みが走る。
 心の奥の、どす黒いものが掻き立てられる。

「やれ、剣城。そいつで最後だ。これでもう、お前はその手を仲間達にかけることは無くなる。お前が一番だ」

 男の声が、俺の耳に届く。
 
( 最…後……? 手に、かける? )

 俺は自分の手を見、周りの様子を視界に収める。
 倒れ伏す、俺の仲間達。
 速水先輩、倉間先輩、浜野先輩、錦先輩……、あれは影山と狩屋?

 それから ――――

( ……霧野先輩を吹き飛ばし、神童先輩を切り刻んで ―――― }

 そして ――――

 ゴールポストの下で頽れている、小さな人影に目を向ける。
 松風と一緒に最初から俺を雷門で受け入れてくれた、『大事な仲間』

「うぁぁぁぁっ、あぁぁ…… おぅううっ!!」

 頭を抱え、頭や胸に突き刺さる引き裂くような痛みに、獣のような声を上げる。

「剣城っっ!!」

 俺の側に、駆け寄る松風。

「苦しいか? 剣城。それも、もう終わりだ。ほら、そこのそいつ。そいつを早く仕留めろ。それで、お前はその苦しみから解放される」

 男の手が、コントローラのつまみを操作している。
 脳内に埋め込まれた電極が、俺に罪悪感を攻撃的な快感へと上書きしてゆく。
 罪悪感が深ければ深いほど、体が震えるほどの快感に。

 滾り昂ぶり、視界が赤くなる。
 血に塗れた右手を、目の前の松風にと伸ばす。

 松風は、大きな目を見開き、俺の動きを見つめている。おびえた表情もなく、ただ俺のすることを。

( い、嫌……だ! 嫌だ、嫌だっっ~~!!! )

 伸びる手は止まらない。
 愉悦を浮かべた顔は、さらに邪悪な笑みを形作っているだろう。

( 俺を……、止めてくれっっ!! )
( お前で…、最後。お前を、この手で引き裂いたら…… )

 怖気と嫌悪感、相反する衝動的なこの感覚は、血腥い悦び。

 フィールドを駈けるその足をへし折り、空高く舞上がる背中の翼を引き裂いて、もうどこへも行けないようにしてやりたい。
 血塗れのお前を、この腕の中に抱きしめて、俺だけのものに ――――

 こんな俺を、避けようともしないお前。
 お前が受け入れてくれるなら、俺は ――――


  ■ ■ ■


「おや? 先ほどまで、あれ程乱れていた脳波が落ち着いた。それも、我らに望ましい方向に。ふむ、剣城は『松風』と言う存在を与えてやっていれば、自壊を免れるのかもしれんな」

 コントローラーを操っていた男が、配下の者にそう声をかけた。

「は? それは、どういう……?」
「正直、プロトタイプとして使い捨てるには、剣城は優秀すぎる。でもまぁ、脳波計の波形を見れば、もう自壊寸前の所まで来ていた。それが今、その寸前の形で安定している。今後は外的要因に基づく、リミッターとブースト効果も視野に入れるかもしれん」

 男たちは作業的に、そんな事を話していた。
 新しい機械を開発するエンジニアのように、いつでも取り替えの利く部品の話をするように。

「目を覚ませぇぇぇ~~!! 京介っっ!!!」

 その場の危険性を察知した優一が二人を守るために駆け寄り、手にした歩行杖の先から、剣城の体にスタンガンの電流を流した。強い電流は、コントローラーの支配を一瞬打消し、剣城の頭は真っ白に消去される。頭の中で電極が幾つもスパークを放っている、ガンガンする割れるような痛みと吐き気とともに、感情や思考の全てが本来の剣城のものに戻る。

 そんな様子を、ベンチから歯噛みしながら見ている者がいる。出来る事なら、今すぐこんな事は止めさせたい。子ども達がこれ以上、傷つく様は見ていたくない!!

 でも ――――

「吹雪!! 俺はもう、見てられないぞ!!」
「くぅっ! 今 僕たちが動けば、ここまで頑張ってくれた彼らの努力を無駄にする。もう少し、もう少しの辛抱なんだ!!」

 今にもフィールドに飛び込んで行きたい気持ちを必死で押さえ、吹雪と土方はただただ、フィールドで展開される光景を見つめていた。
 

  ■ ■ ■


「うぅぅ、あぁぁ……。今……に、逃げ……ろ。俺が……、おま…え………」

 俺が口にしたのは、あの時の白竜と同じ。

「目が覚めたか! 京介!! 正気に戻ったなら、お前もあいつ等から離脱するぞ!!」
「兄さん……」 

 俺の眼に、兄さんの姿はとても頼もしく見えた。俺が怪我をさせてからずっと、俺が守らなくてはならないと思っていた兄さんが、今 俺を ――――

 幼少時から培われてきた絶対の『情』が、俺の心を癒してくる。すっと、心の中の『悪意』が、払われてゆくような気がした。

「良かった! 元に戻ったんだね、剣城!! 俺、絶対剣城の事、信じてたから」

 俺の側から離れなかった松風も、ふにゃりとした笑顔で俺に声を掛ける。その声が、言葉が、俺の心を更に温めてくれる。明るい方へと、弾みを付けてくれる。

「……マズイなぁ。やはり、家族の『情』は、その者の基本スペックに大きくかかわるだけに、精神的に良好な関係を築いていた場合は、一時的にでも脳内の環境をディフォルトに戻してしまう危険性があるな」
「身内で血で血を争うような環境で育った者の方が適性がある、ということですか」
「そう言う事になるな。これもまた、貴重なデータだ。だが、この場に置いては、阻害要因でしかない。排除しろ!」

 奴らが何を言ったかは、聞こえなかった。
 ただ、こちらを見て、奴らが手にしたマシンガンの銃口がゆっくりと兄さんに照準を合わせるのを、間遠い意識の下で見ていた。

 耳をつんざく、一連の掃射音。
 俺の目の前で、もうもうとした土煙が舞い上がる。

「 ―――― !!」

 カラン、と兄さんが手にしていた歩行杖が無残にも打ち砕かれて、フィールドに転がる。

「あ…、あああっっ!!」

 俺は頭を掻きむしる!!
 まさか…、まさか、兄さんがっっ!!!

「……大丈夫。優一さんは、無事だから」

 痛みを堪えたような、松風の声が聞こえた。土煙が薄れる頃、俺の眼はフィールドに倒れ伏した二人の姿を捉える。一人は思いの外、遠くまで転がっている兄さん。そして、幾つかの銃弾に体を貫通され、芝生を赤く染めている松風の姿。

「松風っっ!? お前……っっ!!」

 その光景は、脳髄に稲妻が走るほどの衝撃を与えた。あの嫌らしい、チリチリキリキリして強制的に頭の中を弄られるような感じではなく、俺自身の心の底から荒れ狂う『モノ』を俺は感じた。

「天馬くんっっ!!」

 兄さんが松風に駆け寄る。

「へへっ…、ちょっとドジっちゃいました。上手く避けられると思ったんだけどなぁ……」

 その言葉を聞けば、貫通した弾は重要な器官を傷付けてはいないように思えた。だがそれでも、奴らが兄さんと松風に、銃口を向けた事実に代わりはない!

「ちっ! 外したか。あいつが咄嗟に庇いやがるから……」

 忌々しげな男の声。

「どうしますか? このままでは、松風も射撃範囲に入りますが」

 指示を仰ぐ声。

「ああ、でももうあいつも動けない。多少の流れ弾は構わん。化身を動かせる能力さえ残っていれば、手足が犠牲になっても問題はない。それよりも、剣城の兄の方の息の根は間違いなく止めろ」

 ガチャリ、とマシンガンを構え直す男達。
 再び、男たちの手がトリガーを引き絞るのと、俺の中の『何か』が炸裂するのは同時だった。


  ■ ■ ■

 
「えっ、なに……? これ…… 」

 骨や重要な血管に損傷はないものの、手足を銃弾で貫通され、動くのもままならない俺を庇うように、優一さんがその身を投げ出す。その俺達の前に立ち塞がった剣城の背中から、まるで俺達を包むように大きな黒い翼が広がっていた。

「……デビルバースト? でも、あれは……」

 化身と一体化した剣城のデビルバーストは、その羽そのものが威力、剣城の怒りと捻じ曲げられ増幅された悪意の結晶である、黒き翼。
 マシンガンの銃弾などでは貫けない、強固な翼は剣城の怒りの深さを示すようだった。銃弾を受け、舞い散る黒い羽の一枚一枚が鋭く尖り、男達を突き刺してゆく。剣城が抱く男達への悪意を、具現化するように。

「あっ、あがぁぁぁぁっっ!!!」

 急に剣城が体を大きく震わせ、悲鳴を上げた。

「……凄い、凄いぞ!! こんな進化の仕方、予想を超える! ええい、プロトタイプで使い潰すには惜しい!! 早く、あの三人を収容してしまえ!!」

 この事件の黒幕と思われる男の、嬉しそうな声が聞こえる。その手には、何か怪しげな機械がある。

「始末しないので?」
「ああ、まだ使い道が残っていそうだ。コントロールも回復したし、脳が焼けつく寸前までの電圧をかけてやったから、これで大人しくなるだろう。それよりも、あの二人を上手く餌にすれば、もっと化身の力を引き出せそうだ」

 その言葉を聞くと、ここでの作業は終わったと了解したのか、数人の男達がマシンガンを仲間に預け、俺達や信助、神童キャプテンの元へと近づいてくる。

( もう、もう誰も奪わさせはしない!! 俺が、守るんだっっ!!! )

 銃弾で抉られた傷の痛みなどは忘れた。
 俺の中で、マグマの様に膨れ上がる大きな『力』。

 俺の化身。
 ペガサスを超え、ペガサスアークの姿で。

 「……これ以上、俺の大事な仲間達に手を出してみろ! 俺が許さない!!!」

 ペガサスアークの腕が空を切り、男たちに向けられた真空の刃が横一線に薙ぎ払う。鎌鼬の様に、鋭い切れ味で男たちの衣服が裂け皮膚が裂け、マシンガンが切り詰められる。

 怒りに燃えたペガサスアークが、フィールドを圧する。


  ■ ■ ■


「化身を消せ。でなければ、今すぐ剣城の脳を焼き切るぞ」

 黒幕の男が、手にした機械を俺に見せる。その機械の、つまみらしきものを弄ると、剣城の体がびくんと大きく跳ねた。

「ああああぁぁぁ、ガグゥゥゥゥ……!!」

 獣じみた叫びは、人間らしい思考を奪われたせいだろう。

「このまま出力を上げて、苦しさをそのまま破壊衝動と快感に書き換え、目の前の実の兄を引き裂かせようか? そんな事になれば、間違いなく剣城は気が狂うだろうな」

 悪魔の台詞だった。
 ここまで、人間を道具扱い出来るモノが、自分と同じ『人間』であるとは信じたくない!

「さぁ、どうする? 松風天馬」

 俺に化身を消すことを迫る、この男。
 化身を消すと言う事は、俺がこの男に屈服すると言う事だ。

( これだけの状況、化身なしで逆転できるのか? )

 追い詰められる。
 俺は剣城も、優一さんも、信助や神童キャプテンも、皆みんな助けたい!!

「返事は無いのか。ならば……」

 また、つまみが動かされたのだろう。

「 ――――― !!」

 ガクガクと剣城の体が痙攣する。もう声さえ出せず、閉じられない口の端から泡混じりの涎がダラダラと流れ続ける。血走り焦点の合わない眼が、脳内での異常を伝える。

「わ、分かった! 化身を消すから……」

 と、俺が言いかけた、まさにその時 ――――


「貴様らっっ!! 俺の教え子達に手を出しやがってっっ!!!」


 聞き慣れた声と共に、一陣の炎風(かぜ)が俺の横を駆け抜けた。
 ガシャン、と何か機械が壊れるような音が後に続く。

 そこには、円堂監督が、鬼道コーチが、そしてあの豪炎寺修也さんがいた。


  ■ ■ ■


「円堂!! それに鬼道、豪炎寺!!!」
「待ってたよ、円堂くんっっ!!!」


 今の状況を、歯噛みしながら見つめていた吹雪と土方の口から一斉に、現れた三人の名前が叫ばれる。

「済まない、吹雪に土方。だけどもう、あいつらの好きにはさせない!」

 円堂達三人は、その男達と天馬達との間に割り込み、一枚の壁を築く。その動きに、事の成り行きを見守っていた吹雪と土方が合流する。

「……こんな事をして、無事に済むと思っているのか? こちらの手には、化身使いの元シードや選手達がいるんだぞっっ!!」

 そう、それがあるからこそ、警察も被害者家族も苦渋に耐えていたのだ。子ども達を無事に取り戻すまで。
 男の言葉に、鬼道が前に歩み出る。手にした携帯端末の画面を差し出した。

「ああ、その事だが……。今は、こうなっている」

 そこに映し出されていたのは、赤い髪の眼鏡をかけた青年の背後で、大掛かりな土木工事でもしている現場の様な場面だった。

「やぁ、お前の名前など知らないが、よくも勝手な事をしてくれたもんだね。いくら廃墟のまま放置していたからといっても、他人のモノを横領するような真似は感心しない」
「……何を言っている。横領? 何の話だ」
「ここは、俺達のものだったと言う事だ」

 そう言いながら眼鏡を外した青年が、その緑色の瞳に怒りの色を浮かべてディスプレイ越しに男を睨み付ける。その戦闘的な瞳の色は、かつてグランと呼ばれたハイソルジャーのもの。

「それに俺の身内も、お前の世話になったからね。その礼は、倍返しでも足りないと思っている」
「お前、まさか……」

 その青年の後方から、また別の青年の声が聞こえる。

「おい! ヒロト!! なんか玲奈が怒りまくって、片っ端から施設壊してるんだけど?」
「構わない。この話を聞いた時に、玲奈がそう言っていた。こんな場所は跡形もなく消し去ってやると」

 赤い髪の青年は、視線を男に据えたまま後方の青年の声に答えた。

「そっか。風介ー、やってしまって構わないって!! あっ、その前に子ども達の運び出しは済んだのか?」

 また少し遠くから声が聞こえた。

「この私が、そんな事に手間取る訳がないだろう。怪しげな施設関係者も捕縛した。うん? どうした、玲奈」

 そんな言葉が聞こえるか否やで、ディスプレイに映し出される人物の映像が、先ほどの赤い髪の青年から、若いきつい感じの美人に代わる。

「……今更、こんな事を実行しようとする馬鹿がいるなんて思わなかったわ!! 私たちを慈しんで愛して下さったお父様の、悲しいほどの願いだと望みだと判っていたから、私たちもお父様を愛していたから、外道な行いでも、耐えられたのに」
「お前達は……」
「間違いだったけどね、全て!! その時の喪失感の大きさ、罪悪感の深さなんて、お前のような悪人には判るまい。そんな非道で外道な行いを、お前達とはなんの関係もない子ども達に強要するなんて、胸糞悪いったらありはしない!!! お前、叩き潰すわ!」

 美人の手に握られたガチョウの卵程の大きさの岩が、手の中で粉々に砕け散る。そう、ヒロト達もまた、今回の一件の当事者家族であった。たとえ、血の繋がりはないとしても。

「…………幻の、ハイソルジャー」

 その美人の後方で、赤い髪の青年二人と水色の髪の青年が、この計画の為に用意した施設を、完膚無きまでに壊滅させてゆく。建物が形も残さず崩れ落ちてゆくその隅で、捕らえられていた化身使いの子ども達が次々と車の乗せられ、出発してゆく。
 施設に残していた私兵たちは、この四人のハイソルジャー達の前に殲滅させられていた。自分達が望んだ存在は、そうある事を真っ向から否定し、そう在らせるための全てを消滅させた。

「…………………」
「と、言う訳だ。お前達も、ここまでだな」

 パチン、と鬼道が指を鳴らすと配下の男達を確保するために一斉に警官隊が雪崩れ込んでくる。その中には、この雷門中のOBであり、円堂の仲間でもある風丸や半田、壁山や栗松などの姿もある。

「くっ、くくく。そうか、ここまでか。はぁ、はっはっはっ!! 良かろう!! 今は、縛に付こう。だがしかし、このままでは俺の腹の虫が納まらん。あいつを道連れにしてやる」

 男の血走った目が、痙攣するように震えている剣城を睨み据えた。

「……道連れ? もう剣城を操ることなど出来まい。コントローラーは、俺が粉砕した」

 糾弾者の眼をした豪炎寺が、男の前に立つ。

「は? ははは、コントローラなぞなくても、じき剣城の精神は崩壊する。自分のやった罪の深さになっっ! いや……、その前に体の方が持たないか。あーはっはっはっ!!!」
「貴様……」
「俺は捕まる、今はな。だが、これで終わりとは思うなよ?」

 拳を握りしめ、じっと男を睨み付けていた円堂が、ずぃと前に出てくる。その円堂に従う様に、左右に陣取る鬼道と豪炎寺。

「……子ども達の未来を踏みにじり、サッカーを穢し、その上で手に入るものがあるなどと思うそのバカげた幻想(ゆめ)を、俺が今この場でぶち壊す!!」

 大事な子ども達にしたことが許せない!
 サッカーを穢し、誰かを傷付ける道具にした事は、万死に値する!!

 円堂は、世界をその腕に掴んだほどの腕力の持ち主だが、実は今まで他人に拳を振り上げたことがない。

 その円堂が、何の躊躇いもなく男の顔面にその拳を叩きつける!
 と、同時に左右に構えた鬼道と豪炎寺のツインブーストFが炸裂する!!

 三人の攻撃を受けた男の体がフィールド外縁の土手まで吹き飛ばされる。あの勢いで、良く息の根を止めないような攻撃が出来ることこそ、彼らの在り方の証明だろう。

「この世界には、お前のような奴が踏み込めるフィールドなんかないんだ!!」

 目にも鮮やかな、逆転劇だった。


  ■ ■ ■


「た、助かったのか? 俺達……」

 気が抜けて、俺の背後にいた化身も姿を消した。
 警官隊や警備員、それにかつての雷門イレブンやイナズマジャパンのメンバーの手で、次々と捕縛され護送車に収容される一味の男達。

「天馬っっ!! 大丈夫!?」

 秋姉の声が聞こえる。
 見れば、秋姉だけでなく看護士の冬花さんや理事長の夏未さんや、音無先生も救急箱を片手に走り回っている。パトカーのサイレンと、救急車のサイレンの音が重なって、騒然とした雰囲気が辺りを包むけど、でも、俺には安堵感の方が強かった。

 が、そんな思いも一瞬 ――――

「あぁがあぁぁぁぁっっっ!!」

 人の声帯が出せる声じゃなかった。
 命が途絶えようとする獣が上げる断末魔、あえて言えばそう言うしかない。

「剣城っっ!?」
「京介! しっかりしろっっ!!」

 俺と優一さんの二人がかりで、暴れ出そうとする剣城の体を押さえ込む。俺の腕の中で、剣城の体がみしみしいっている不気味な音が聞こえた。皮膚の所々が裂け、血が滲みだしている。

「まさか……、本当にあいつの言った通り、剣城は…………」


 ―――― その前に体の方が持たない


 男の言った言葉が、俺の背中を冷たく走る。
 剣城の体は、中から張り裂けそうな、そんな力の圧力を感じた。今、この腕を解放すれば、たちまち限界まで達した風船が木端微塵に張り裂ける様に。

「……天、馬。剣城…は、化……身と 一体…化…… して…。それ…を……」

 ゴールポストの下に倒れていた信助が、秋姉の手当てを受けて意識を取り戻す。

「信助!?」
「化身…の、一体化…… 解除…でき……」

 はぁはぁと、ようやくそれだけ口にして、またぐらっと秋姉の手の中に倒れ込む。

「天…馬っっ! グリフォン、だ!!」

 俺の背後から、今度は神童キャプテンの声がした。
 まだ苦しい息の下、それでもよろりと立ち上がり、こちらに真剣な瞳を向けてくる。

「キャプテン……」
「グリフォンは、俺達の…、化身が一つになって召喚される。きっと、剣城の内で一体化したランスロットを、引き剥がすことが出来る!!」

 そう言うなり、キャプテンは気合を込め、奏者マエストロを召喚した。
 それを見て、俺は前段階を全て飛ばして、一気に魔帝グリフォンを召喚する。剣城の体が、今にも壊れそうなくらい痙攣している。このまま召喚を続けて、大丈夫だろうかという不安が俺の頭をよぎる。しかし、他に方法は無い!

( 剣城!! 頑張れ! 俺も、一緒に頑張るからっっ!! )

「……剣城、頑張れ!」
「こんなことで、負けるな!!」
「戻って来い! 剣城!!!」

 ようやく意識を取り戻した仲間達から、剣城に声がかかる。

「京介、ほら皆が呼んでいる。早く、みんなの所へ帰ろう」

 俺の、キャプテンの、そして皆の祈りが一つになる!!

「うっ、あああっっっ!!」

 ゴオゥゥッッ、と豪風が空気を鳴動させる。その風と共に、魔帝グリフォン出現。自分の中身が全部持って行かれたような、そんな勢いだった。俺の腕の中で軋んでいた剣城の体から、圧力が抜けたのを感じる。

「天馬くん」
「もう、大丈夫です。一体化していた化身は、分離できました。このまま召喚を解除すれば、未発動状態に戻って力の暴走は納まります」
「ありがとう、天馬くん」

 俺は二人の状況を確認して、召喚を解除する。
 化身の召喚には、物凄い体力を使う。満身創痍のキャプテンや剣城に、長い時間化身を出させ続けることは危険を伴う。

「よ~し!! これで、もう何の心配も要らないな!! さぁ、早く救急種に乗って病院に行くぞ!!」

 円堂監督の力強い声が響く。
 ここには、確かに怪我人だらけだ。
 でも、みんなの心は明るかった。

 危険は去った。
 仲間を取り戻せた。
 また、みんなでサッカーに打ち込める!
 
 その喜びに。


  ■ ■ ■


「ど…して……。どうして、放っておいて…くれなかった……」

 俺の腕の中、カタカタと小さく震える剣城から、そんな言葉が発せられる。

「剣城? 何を言って……」
「俺は、俺を許せないっっ!!」

 俺の体を突き飛ばし、伸ばされた優一さんの手を振り切って、剣城は俺達から距離を取った。

「……俺の、頭の中……、弄られて……」
「剣城?」

 なんだか、様子がおかしい。
 その時、あの男が言っていたもう一つの言葉を思い出す。


 ―――― 剣城の精神は崩壊する


「剣城っっ!!」
「俺は、悦んでいた。自分の力を思い切り振るえることに!! あいつ等が悲鳴を上げて、血塗れになるのを愉しんでいた!」
「それは剣城のせいじゃない!! あいつらが、そう仕向けたんだ!」

 剣城は今も血と泥で汚れた自分の両手を虚ろな目で見、酷薄な笑みを浮かべる。

「ほら、この手。この手についているのはゴールポストにぶつけた信助が吐いた血と、キャプテンを切り刻んだ時の血だ」
「違う…、違う! 剣城っっ!!」

 剣城の酷薄な笑みの仮面はボロボロと崩れ落ち、悲鳴とも慟哭ともつかない雄たけびを上げる。

「……俺、だ。奴らが仕向けただけじゃない。俺の中に、それを好む素養があるんだ。欲しいものを手にする為に、全てを破壊しても構わないと思う、そんな衝動がっっ!!」
「剣城……」
「……太陽を、手酷く痛めつけた。お前と、一緒に走らせたくない気持ちで。俺の、そんなエゴで」

 それは、脳波を悪意で染められていたからだ。
 剣城が悪い訳じゃない!!

「お前も、壊そうと思った。俺の、側に置いておきたくて。あの時の俺になら、そう出来た」

 苦しそうに悲しそうに、まるで俺に懺悔するかのように、一言一言言葉を紡ぐ。

「俺は、極悪人だ。自分の薄汚い欲望で、何人もの人間を傷付け壊した。俺の手は、もう血塗れでいくら洗っても、落ちはしない!!」
「剣城……」

 俺は一歩近づく。
 右手を差し出し、剣城の前に腰を落とす。

「近づくな!! 松風! 俺の中の欲望が、いつお前を壊そうとするか判らないんだ!!!」
「剣城」

 もう一歩、前に。
 剣城の目の前に。

「……俺の頭の中、変な機械が入っている。それが暴走しだしたら、俺は自分でもどうなるか判らない。悪意や破壊衝動を引き起こす部分に入れられてるから、いつ、自分でも凶悪な殺人鬼になるかわからない」

 自分自身に怯え、自分で自分を追い詰める。
 こんな痛々しい剣城を、どうして見捨てる事が出来るだろう?

「大丈夫。俺が、そんな事にはさせない」

 剣城の震える肩に手を置き ――――

「松風……」
「剣城が沢山の人を傷付けたことは、変えようもない。でも、その傷って癒えないものじゃないんだよ?」
「だけどっっ……!!」

 俺はぎゅっと剣城の体を抱きしめる。

「俺、初めて剣城に会った時、デスソードまで喰らってボロボロになったけど、でも傷ついたなんてこれっぽっちも思わなかった」

 俺より背の高い剣城の頭に、右手を添えて、小さな子を宥めるように。

「俺がバカなのかもしれないけど、きっと俺、剣城がする事なら、なんでも受け入れられるんだと思う。本当は剣城が優しい事、知っているから」
「松…風……」

 何度も剣城の頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめてあげて ――――

「ね? 思い出して。グリフォンを召喚した時の、みんなの声を。みんな、剣城を応援していたよ? 誰も、剣城に傷つけられたなんて思っていないんだ」
「………………………」
「俺がいる。俺が、ここにいるから。こうして、俺が剣城を抱き留めているから」

 おずおずと伸びてきて剣城の腕が、俺の背中に回り、力を込めて抱き着いてきた。俺の肩口に乗せられた顔から、熱いものが染込むのを感じる。


 ―――― それは俺が初めて見る、子どもの様な剣城の泣き顔だった。


  ■ ■ ■


 松風の右手が俺の頭を撫でるたび、頭の奥で小さくパキン、パキンと何かが壊れる音がした。壊れた『それ』は小さく分解されて、何処へともなく消え去って行く。

 パキン、パキン ――――

 心の奥に突き刺さっていた棘が抜けてゆくように、俺の心がだんだんと凪いで穏やかになって行くのを感じる。
 温かくて、柔らかくて、そして ――――

( 愛しい ―――― )

 俺の中に巣食っていた憎悪を打ち消す、唯一の感情。
 この感情を手放すことさえなければ、きっと俺は ――――

 はっと気づくと、俺はまるで幼児の様に、ボロボロと松風の肩を借りて泣きじゃくっていた。その事に気付いて、全身がかぁぁっと羞恥で赤くなる。胸がドキドキと激しく鼓動を打ちだし、息が苦しい。涙の残った瞳で見たからかもしれない。肩越しに見た、松風の背中に ――――

( 翼? それも、真っ白な光の翼 ―――― )

 思わず瞬き、次に瞳を凝らした時には、もうその翼は消えていた。

「落ち着いた? 剣城」

 松風の声が、いつもより優しく聞こえる。

「大丈夫か、京介」

 ああ、温かい兄さんの声。
 前からは松風に抱きしめられ、後ろからは兄さんが抱きしめてくれる。二人の温かさが、俺の凍りついた心をどんどんと解かしてゆく。

「剣城、お前も早く救急車に乗れ」

 俺が落ち着いたのを見計らったのか、円堂監督がそう声を掛けてきた。

「円堂監督、俺……」
「お帰り、剣城。大変だったな」
「あの、俺……」

 言いたいことは沢山ある。だけど、何から言えばいいのか……

「心配すんな。後の事は俺達に任せろ」

 そう言って、にっと笑う。

「敵のアジトに捕まっていた元シードや化身使いの選手たちは、みんな病院に収容された。今の所、命に別状はないそうだ」

 その報告は、鬼道コーチから。

「……怪我の具合や、予後については心配はいらんだろう。なんせ、超先進医療が売りの、吉良総合病院に運ばれたからな」
「吉良総合病院?」
「新たな都市伝説を幾つも生み出している病院だ。曰く、死んだばかりの患者なら、ここに運び込めば生き返る、とかな」

 らしくないジョーク混じりに、何の心配もいらないと念押しをする豪炎寺さん。俺はこの頼もしい大人たちに全てを託し、優しい二人の腕の中に今だけ幼子のようにわが身を委ねる。

 もう一度、ちゃんと立ち上がる為に。


  ■ ■ ■


 剣城と優一さんを乗せ走り出した救急車を見送り、俺は円堂監督達に深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。円堂監督、鬼道コーチ、豪炎寺さん。そして雷門のOBの皆さん。お蔭で、大事なものを取り返すことが出来ました!!」
「天馬、それは俺達も同じだ。お前達が頑張ってくれたから、取り戻すことが出来たんだ。よく頑張ったな」

 柔らかい茶色のくせ毛を、大きな手で円堂はくしゃくしゃとかき混ぜた。温かな大きな手の存在が、こんなにも心強い。

「あの……。あれだけの事を仕組んだ組織です。本当に、これで終わりでしょうか?」

 俺の心配は、そこにある。
 また剣城が、こんな目にあったら……

「……それは、今は何とも言えない。だけど、俺達は、お前達に誓う!! 子どもの安全を守るのは、大人の仕事だ!! どんなことが有ろうと、必ず守り抜くとな!」

 大きく見えた。
 俺に優しい視線を向けてくれる、円堂監督や鬼道コーチ、豪炎寺さん。他の、大人の人たちも。

( そうか。俺も、そんな大人になればいいんだ。大事な物を守り抜くことが出来る大人に!! もう、今度の様に大事なものを奪われないように! )

 俺の胸に浮かぶのは、あの子どもの様に泣きじゃくった剣城の泣き顔。
 いつも大人びて、自分じゃ手が届かない存在だと思っていたけど……

( 剣城だって、俺と同い年なんだもんな。だから、俺が守りたいっっ!! てそう思ったって、可笑しな話じゃないよね? )


 守りたい、好きな人を。
 だから、そんな大人になる。
 俺は、ひそかにそう心に決めた。


  
   2012年03月04日脱稿




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Date:2012/03/21
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