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□ イナズマ・クロノストーン □

天使と悪魔 -アルファ・天馬-

 ……もう、何度繰り返した事だろう?

 歴史を改変する。
 人類の未来を守るために。
 『サッカー』の存在を消去する。

 ただ、それだけの事。

 サッカーを消去されて、悲しむ者はいない。
 サッカーの代わりになるものを、ちゃんと与えている。
 なのに……

 松風天馬。

 あの者だけは、頑なに『それ』を拒絶する。
 忌まわしい『サッカー』に固執する。
 そして……、何故か松風天馬を拠点に、改変された歴史は修復され滅亡の歴史へと駒を進める。

 特異点。

 動かしがたい存在として、そこに在るもの。
 事象の楔の様に、そこに『在るだけ』でどんな改変をも修復させてしまうモノ。
 『そうあるべき』と松風天馬が望めば、それが現実。
 どのような悲劇が待ち受けていようと。

 ……だから、選択権を与える。

 お前は、どうしたいのかと?
 お前の望みは、何なのだと?

 さぁ、選べ。
 松風天馬。

 お前の未来を ――――


   ■ ■ ■


「え~、であるからして、本日より雷門中学校の生徒となった新入生の皆さんには、その自覚を胸に素晴らしい中学生生活を送って欲しいと願っています」

 講堂内に響き渡る拍手の波に、俺ははっと我に返った。

( えっ……? これって、もしかして俺の入学式? )

 祝辞を終えたらしい校長先生が演壇から下りてゆく姿が見える。間違いなく、これは半年以上前に行われた入学式の場面だ。

( 知らないうちに俺、タイムワープした? でも…… )

 きょろきょろと辺りを見回し、フェイやワンダバの姿を探すが見当たらない。

( おかしいなぁ……。何がどうなってるのか分からないよ )

 きょろきょろした後、俺は途方に暮れて椅子に座ったまま下を向く。すると俺の隣から誰かが、つんつんと俺の腕をつついてきた。

「あっ……?」
「ねぇねぇ校長先生の話って長かったね。僕もう、眠くて眠くて一瞬熟睡しちゃったよ」
「信助……」
「天馬もじゃない? なんだかぼんやりした顔してるよ」

 俺の隣には、いつもの様に信助の姿。少し落ち着いて近くを見てみれば幼馴染みの葵が、子どもに小言を言う時のお母さんみたいな表情でこちらを見ている。

「夢……? そっか、夢か。そうだよなぁ~、サッカーが無くなる未来の話や、だからって俺がタイムトラベルしなきゃいけないって話の方が、ありえないもんな」
「何? 何の話?」
「いや~、なんだか俺、この入学式って二度目みたいな気がしてさ」
「ん? そんなもんじゃない? 小学校だって中学校だって、代わり映えしないし、入学式の中身なんて。他の人の話とかで疑似体験したりとか、雷門に入学するのが夢なら、あれこれ想像してたんじゃないの?」

 信助の言葉に、そんなものかと俺はほっと胸を撫で下ろした。

 入学式の後、クラス分けされた自分のクラスに移動し、取り敢えず五十音順に割り振られた机に座る。信助も葵も同じクラス、物凄く同じ場面を繰り返しているような気がするけど、もし何かあるならその時はその時だ。ここで「こんなの、本当じゃない!!」と騒ぐ方が面倒なことになる。今は、この世界の流れに合わせてみようと、俺は思った。
 入学初日のあれこれが終わって、俺と信助はサッカー棟へと急ぐ。勿論、入部の為だ。

( あっ、でもここでの展開も、俺が知っているような展開だとしたら…… )

 フィフスセクターによる、管理サッカーの蔓延。
 シードによる、管理強化。
 自由を奪われた、中学サッカー界の現実。
 
 本当の自由で楽しいサッカーを取り戻す為に、俺は ――――

「あれっ? どうしたの? 天馬。なんだか、難しい顔してるよ?」

 俺の表情に気付いた信助が、俺の前に回り込み小首を傾げて見上げる様に覗き込む。

「あ、いや、なんでもないよ」
「天馬が心配になるの、分るよ。雷門でのサッカー部の人気はダントツだもんね。入部を希望したからって、必ず入部出来る訳じゃないし……」
「信助?」
「僕もね、こんな体格だから不安でしようがないんだけどさ。でも、受けてみなきゃ判らないし、せめてセカンドチームの下の方でも良いから入部出来たらなぁ、って」

 違和感。
 なんだ? この、もやもやした感じは。

「松風天馬くんと西園信助くんね。確かに入部希望書は受け取りました。君たちの他にも入部希望者が居るから、後日入部テストの連絡をします」

 サッカー棟の監督・顧問室にいた顧問の音無先生に入部希望書を渡す。俺の横から信助が、音無先生に質問する。

「音無先生、今年の入部希望者ってどのくらい居そうですか?」
「そうねぇ、大体毎年5~60人ってところかしら。去年は惜しくもフットボールフロンティアで準優勝だったから、今年は優勝するって張り切ってるし、入部希望者はもっと多いかもしれないわ」
「うわぁ~~、60人以上!! 競争率高そうですね」
「そう、だから入部テストなの。本当ならサッカーをしたい生徒皆受け入れたいんだけど、仕方がないのよ。希望者全員をサッカー部に入部させたら、他の運動部が部員不足で困る事になるし、サッカー部だって人口過密で練習だってままならなくなるから」

 当たり前の様に会話を続ける二人。
 えっ、でもフットボールフロンティア? ホーリーロードではなく?

 俺は自分の知っている事との違いに、段々気持ちの悪いものを感じ始めていた。『今』のサッカー部は、本当に俺が『知っている』サッカー部なのだろうか?

「済みません、音無先生。今日の練習は入部希望者へのパフォーマンスで良いんですか? 久遠監督が捉まらなくて……」

 ノックの音と共に現れたのは、三国先輩だった。

「三国先輩……」

 その頼もしくも優しい先輩の姿に少しホッとして、思わずその名前を口にする。

「おっ! 入部希望者か。嬉しいなぁ、入部前から俺の名前を知ってくれているなんて」

 俺を見て笑う三国先輩は、人を癒すオーラを持っている。

「当然ですよ、三国先輩。仮にもこの雷門中サッカー部に入部しようと言うのなら、現雷門中サッカー部のキャプテンの名前と顔ぐらいは知っておかなくちゃな」

 大柄な三国先輩の後ろから、また二人。ピンクツインテールの霧野先輩と神童キャプテンの姿。

「え、あれっ? 雷門中のキャプテンって神童先輩じゃ……」

 俺の呟きに、神童先輩が少し厳しい表情を浮かべる。

「いや、俺は副キャプテン。雷門中のキャプテンは、三国先輩だぞ? どこで覚え間違えたんだ、お前は」
「あ、はい。済みませんでした」

 神童先輩の声に、冷たいものを感じて俺は慌てて謝った。

「ねぇ、天馬。先輩達の練習の様子を見学させてもらおうよ」

 少し気まずい空気から救い出してくれたのは、信助のその言葉だった。


  ■ ■ ■


 信助に手を引かれ、見学用のセカンドチーム用のグラウンドに向かう。途中で、逆立てた濃紺色の髪の一部を高く結った個性的な髪型の生徒の後ろ姿を見かけた。その生徒も俺達と同じく、セカンドチームのグランドに向かっている。

「剣城……?」

 思わずその名が、俺の口から零れる。見間違えるはずない、その後ろ姿。だけど、そこにも違和感。俺の目の前を行く剣城は、きちんと雷門の制服を新入生らしく着こなしていた。

 俺は、そんな剣城の姿を見つめる。

 俺の知っている剣城と、どこがどう違うのかと。
 背格好や、持っている雰囲気は変わらない。
 近寄り難い雰囲気は、剣城の整った容姿と生真面目すぎるほど真面目な性格が裏目に出た結果だ。不器用で、一生懸命で、何でも一人で背負い込もうとする剣城。俺が、誰よりも自由で本当の自分のサッカーをして欲しいと願う一人だ。

( ……剣城は剣城なんだけど、でも、なんだか素直に嬉しそうな感じだなぁ )

 俺の知っている剣城が、滅多に見せなかったその表情。
 そして、その理由はすぐに分かった。
 セカンドチームのグランドについて、その場にいた人物に声をかけた瞬間に。

「兄さん!!」
「おめでとう、京介。今日からお前も、雷門の後輩だな」

 にこやかな表情で、剣城を見る優一さん。
 上着を脱いで、ウォーミングアップを始めている。セカンドチームの先輩達が、憧れに満ちた瞳で優一さんの姿を見ている。

「卒業してもう何年も経つのに、兄さんの人気は今でも凄いんだ」
「京介には、やりずらい環境かもしれないね。でも、お前なら俺のプレッシャーなんて跳ね退けられるだろ?」

 片目をつぶって、微笑む優一さん。セカンドの先輩からボールを借りると、ポーンと剣城の足元にパスを出す。

「来い! 京介っっ!!」
「おぅっっ!!」

 剣城は素早く制服の上着を脱ぐと、赤いアンダーシャツ姿でグラウンドにドリブルで切り込んでゆく。剣城兄弟の戯れの様なプレーに、皆見とれる。それは素晴らしく正確で力強く、そして何よりも楽しげであった。

「ほら、京介!! シュートだ!」

 優一さんが絶妙なパスを出す。それを剣城は見事なデスドロップで無人のゴールに叩き込んだ。

「凄いねぇ、あれ」
「うん」
「入部テスト受けたら、間違いなくフォーストチーム入りだね」
「そうだな」

 知っている事と、知らない展開が入り混じって、俺の理解範囲を超えようとしている。そう、何も知らなければ……、あのレジスタンスの日々が無ければ、今俺の目の前で繰り広げられている情景は、ごく普通の中学校の部活動の一場面に過ぎない。
 これが、もしアルファの仕組んだ改変されたもう一つの世界だったとしたら、あれほどサッカーを消滅させようとしていた動きが感じられないのは何故だろう?
 それどころか、ここでは誰もがサッカーの素晴らしさを思う存分受け取っているように思えた。

 自由な本当のサッカーが出来る、フィフスセクターのない世界。
 不幸な事故で、足が動かなくなった優一さんのいない世界。
 普通の雷門の生徒で、シードなんかじゃない剣城。

( ああ、そうか。これは、レジスタンスなんか起こさなくても良い、平和な世界なんだ )

 誰も苦しむ者も、泣く者もいない世界。
 あの時、俺が望んだ世界。

( 良かった。きっと俺の知らないところで、何もかも上手くいくように歴史が改変されたんだ。これ、アルファの仕業かと思ったけど、そうじゃなくてフェイとワンバダのしてくれた事なんだなぁ )

 そう思うと、すっと俺の胸の内に落ちるものがあった。
 そして俺も、この世界を受け入れる事にした。


  ■ ■ ■


 新入部員は、まず体力作りから。かなり広い雷門中の敷地内を先輩方のスピードに合わせて、ひぃひぃ言いながら新入部員達が付いてゆく。
 俺は水分補給用のボトルをベンチに運びながら、その様子を眺めていた。

「基礎体力作りなら、俺も一人で出来るな」

 どの位の距離を、どのくらいのペースで走るかをチェックする。部員であっても、フィールドプレイヤーどころか補欠にもなれない俺は、マネージャーの仕事が終わった後の、河川敷での自主練の為の観察を怠らない。

 ……そう、俺は入部テストに落ちた。

 無理もないと思う。
 このサッカーの名門、雷門中サッカー部に入る為にわざわざここに来た生徒は、俺だけじゃないんだ。その多くはジュニアチームで優秀な成績を残し、既に実戦を積んだ経験者ばかり。俺みたいなジュニアチームに所属した事の無い、全くの初心者じゃ、あまりにもレベルが違い過ぎた。俺と一緒に入部テストを受けた信助も落ちて、今は卓球部に所属している。

 それでも、俺はサッカー部員でありたかった。
 尊敬する三国先輩や神童先輩・霧野先輩、そして当然新入生の中で一番の実力者である剣城の側に居たかったんだ。だから久遠監督や音無先生、三国先輩を始めとする先輩方に頼み込んで、マネージャーの一人としてサッカー部に在籍させてもらった。今の俺には、それで十分だ。皆が楽しそうに、サッカーをしている姿を近くで見ているだけで。

「……お前、本当にサッカーが好きなんだな」

 練習の休憩時間。
 皆、思い思いに水分を補給したり顔を洗ったりしている。俺は埃っぽいグラウンドに散水するためのホースを、蛇口に取り付けていた。そこに顔を洗いに来た剣城が、そう声をかけてくれた。

「えっ? どうして??」

 びっくりしたように、俺は聞き返す。

「サッカー部以外なら、普通に部員として練習にも参加できるのに、わざわざ男でマネージャーを希望する奴もそうはいない」
「あ、ははは」

 おれは、上手く言えない気持ちを誤魔化すように、気の抜けた笑い声をあげた。

「それに、良く見てるだろう。俺達の練習している様子。あれはマネージャーの視線じゃない。フィールドプレイヤーの視線だ。そんなに雷門のサッカー部員になりたいのか?」
「……うん。俺さ、昔サッカーに命を助けられたことがあるんだ。稲妻マークが描かれたそのボールは今でも俺の宝物だし、俺を助けてくれた人のシュートが物凄くって、それからずっと憧れてて」

 エース候補の新入部員と、ただの平マネージャー。

「そのボールに稲妻マークがあったから、この雷門に……」
「そうだよ。サッカーが強くて稲妻マークがあって……。俺、絶対ここだって思ったんだ」
「……シュートが物凄くて、憧れて、か。俺達兄弟と同じだな。俺も兄さんも雷門のエースだった豪炎寺さんに憧れて、雷門に入学したんだ」

 生真面目で表情を動かさない剣城が、ほんの少し笑ったようにその言葉を口にした。きっとその言葉は剣城に取って、とても大事な言葉なんだろう。
 俺達、立場は違うけどサッカーに寄せる想いは変わらない。

「サッカーの練習、してるのか? お前」
「部活が終わった後、河川敷でドリブルとか走り込みとか、一人で出来る練習だけだけど」
「ふ~ん、そうか。なら、付き合ってやる。河川敷だな」
「えっ!? 本当っっ!!」
「ああ。長い時間は無理だけど」
「ありがとう! 剣城!!」

 ピッピッー、と集合のホイッスルが鳴る。
 休憩時間の終わった剣城は、後ろ手で手を小さく了解の意味で振り、練習に戻って行った。


  ■ ■ ■


 それから ――――

 サッカー部の練習の後、剣城が俺の練習に付き合ってくれるようになった。その上……

「頑張ってるな、一年坊主たち!!」

 もう一人、俺達の練習に付き合ってくれる人が……

「兄さん、今日は早いんだ」
「他のメンバーが試験勉強している横で、俺が楽しそうにボールを蹴る訳にはいかないだろう?」
「えっ? 優一さんは、試験勉強は……」

 一瞬、勉強をしない人なんだろうかと思ってしまうが、そんな筈はない。だって、サッカーをしている時以外は、難しい本を読んでいるのが似合うような雰囲気の人だから。

「ああ、するよ。でも、普段から基礎をやってるからね。そんなに慌てる必要はないんだ」

 そう言いながら、優一さんも制服の上着を脱いで俺達の前に立つ。

「何事も基礎が大事。練習の成果を見てあげるよ。俺から、二人がかりでボールを奪ってごらん!!」

 足元にあったサッカーボールを、あっと言う間に奪うとすかさずゴールに向かって走り出す。

「よし! 行くぞ!! 松風!」
「分った!! 剣城!!」

 そうやって、辺りがすっかり暗くなるまで一つのボールを追う、楽しい日々。


 ―――― ああ、ずっとこんな日が続けばいい。


 今年の雷門は、10年前の雷門の再来とまで言われるほど強かった。フットボールフロンティア地区予選を、破竹の勢いで勝ち抜き全国大会へ。GKの三国先輩を始めとする鉄壁の守りを見せるDF陣。神童先輩の『神のタクト』が華麗な演奏をフィールドで奏で、南沢先輩・倉間先輩の2TOPが得点を叩き出す。試合の相手によっては3TOPも組まれ、その時には剣城も二人の先輩に負けじと得点に絡んでゆく。
 応援に駆け付けた円堂さんや鬼道さん、豪炎寺さんなどの雷門OBの声援を受け、全国大会優勝。


 胸が熱くて、嬉しくて嬉しくて ――――


 こんな日々が続くんだと、そう疑いもしなかった。
 こんな日々を俺は、ずっと望んでいたんだと。

 そして俺達はまた、河川敷に来ていた。
 八月の終わりの空は、夏の暑さを残したまま秋の気配を忍ばせている。

「……終わったね、全国大会」
「ああ、終わった。だけど、俺達はまだまだこれからだ」
「剣城……」
「なぁ、松風。俺はお前と一緒に、あのフィールドを走りたい」
「あはは、無理だよ剣城。だって……」

 だって、俺はマネージャー。
 一緒に走れるのは、この河川敷だけだ。

「夏の大会が終わったから、ファーストからもセカンドからも三年生は引退する。そんな訳で、ポジションの空いたファーストチームへセカンドからの昇格テストがある。これが終わると、ファーストに上がれなかったセカンドの部員の何人かは、他校でのレギュラーを目指して転校してゆくのが、季節行事になっているそうだ」
「へぇ、そうなんだ!」

 転校なんて、そんな大変な事を部活のレギュラー取りの為にやるんだと、ちょっとその熱意の在り方に俺はびっくりする。
 そんな事を考えていて、注意が疎かになっていた俺の肩を、ぎゅっと剣城が握りしめた。

「だから松風、お前もう一度入部テストを受けろ! 俺が頼み込んでやる!!」

 真剣な眼だった。
 俺の体に衝撃が走る。
 俺の胸で嬉しさが爆発した。

「今のお前なら、十分合格ラインだ。優勝の特典の海外遠征から帰ったら、すぐだ。だから、俺達がいない間も練習を怠けるな!」

 俺は嬉し涙を滲ませて、うんうんと頷く事しかできなかった。

 海外遠征のメンバーはファーストチームのスターティングメンバーに誰もが次期雷門のエースストライカーと認める剣城を加えた顔ぶれだった。それに引率として久遠監督、海外でプロ活動をしているブレイク組と呼ばれる円堂さん達。その上、高校を卒業すれば豪炎寺さんと同じチームに入団する事が既に決まっている優一さんも、同行するという豪華さ。
 羨ましさ半分、自分もそうなるんだという目標も半分で、遠征期間中珍しく部活が休みなのを良い事に、俺は河川敷で練習に没頭した。

「入部テスト、合格しても最初はセカンドだよな。剣城はもう、ファーストチームに定着してるし……。うううぅ~~~~! 頑張るぞっっ!!」

 剣城の期待に応えたい!
 俺だって、剣城と一緒にサッカーしたいっっ!!

 あの時の様に、ファイアートルネードDDを決めた時の様に……

( あれっ……? 俺、今…… )

 久しぶりに感じた、違和感。
 その違和感の正体は、すぐ形になって現れた。


  ■ ■ ■


「天馬~っっ! 天馬っっ!!」

 夕日が沈んで暗くなった道の先から、秋姉の俺を呼ぶ声が響く。俺は、今にも蹴りだそうとしていた足を留め、河川敷の土手の上を見上げる。

「秋姉? どうしたの?」

 ざわり、と不吉な風が胸の中を吹き過ぎる。

「あ、ああっっ……、天馬、天馬……っっ!!!」

 転びそうに土手を駆け下りながら、瞬き始めた星の光に秋姉の頬が光って見えた。

( 秋姉、泣いてる……? )

「飛行機、飛行機がっっ……、太平洋上で……っ!!」
「飛行機って、サッカー部が乗ってるっっ!?」

 秋姉が小さく頷く。
 海外遠征に出たサッカー部の皆は、イタリア・ドイツのユースチームと交流試合を行い、それからアメリカ本土でもユニコーン傘下のユースチームと試合をする。遠征での試合スケジュールはそれで消化し、後は帰国するだけ。雷門サッカー部帰国に便乗して、ユニコーン所属の一之瀬選手、土門選手も一時帰国することになっていた。

「ま…さか……、飛行機が、落ちた……?」

 俺の魂が抜けたような呟きに、秋姉は辺りを憚らない号泣で答えた。

「うっうっっ、一之瀬くん…、円堂くん……」

 感覚が追いつかない。
 目の前の出来事なのに、まるでテレビ画面の中の出来事のようだ。
 
「……嘘、だ。こんなの、嘘だっっ!! 本当の事じゃないっっ!!!」

 否定する!
 否定する!!

 こんな事、有り得るはずがない!!
 誰かが、こんな偽物の世界を俺に見せているだけなんだ!!

「分ってるんだぞっっ!! アルファ!!! お前の仕業だろうっっ!!」

 暗い夜空に向かって、そうであってくれと願いを込めてアルファの名前を叫ぶ。
 瞬間 ――――

 俺の周りの空間が、光源のはっきりしない明るさで満たされた無機質な空間に変化した。周り中から淡い光で満たされたその空間に、影もなく現れたのはプロトコル・オメガのキャプテン、アルファ。

「……随分な呼び出し方だな、松風天馬」
「俺からサッカーを奪う為に、どうして皆を殺さなくちゃいけないんだっっ!! 返せよっっ!! 剣城や優一さん、キャプテン達や円堂さん達をっっ!!!」

 俺は必死だった。
 絶対にこいつが俺からサッカーを奪う為に、歴史を改変してこんな大事故を起こさせたんだ。

「ここは、松風天馬。お前の望み願った世界だっただろう? この世界を作ったのは、お前自身だ」
「えっ、俺が……」
「そう。お前はこの世界の違和感に気付きながらも、それを修復しようとはしなかった。管理サッカーもなく、もちろんシードもいない。剣城優一は怪我などしていないし、弟京介もサッカーを止めていない」
「……………………」
「全てが、『無い』ことになっているこの世界。私たちがサッカーを『無い』ものにしようとしたことと、どこが違う?」

 アルファに言われて、俺は下を向く。

「この世界でお前が取った行動、願った結果の集大成が、あの飛行機事故につながる。知っているか? 平行世界の共鳴作用というものを。お前の言う『本当の世界』での正負の総量は、この世界でも同じ」
「なに、何を言って……」
「管理サッカーの下で受け続けた部員達の心の負の感情、お前に向けられるはずだった負の感情、半身不随で過ごした剣城兄弟の負の感情、その他諸々。それがあるから、彼らは生きているともいえる。それを、お前は奪った。正だけでは世界は均衡を保てない。どこかで負を加算して帳尻を合わせる」
「そんな、馬鹿なっっ!!」
「お前は気付いていないんだな。お前やフェイが『本当の歴史』と称して修復し、消滅させてきた平行世界にも、人々はそれぞれに生きていたと言う事を」

 蘇る、一つの記憶。
 怪我をしなかった剣城兄弟の居る世界。優一さんはサッカーを続け、サッカー留学の推薦を受けるほどの選手に。そして、同じくらいサッカーへの情熱と才能を持っていた剣城は、兄の為に自らサッカーを封印した。弟が自分のサッカーを取り戻した時、歴史は修復され、サッカーが出来る体の優一さんは『無かったもの』として消滅した。

「もしかして、あの優一さんは消滅しなくても済んだ……?」
「ああ、そう言う事だ。お前が、干渉さえしなければ」

 俺の足元が、グズグズと崩れてゆく。
 何も判らなくて、ただ自分の知っている『本当の世界』を取り戻す為、フェイ達に言われるままに歴史の修復を行ってきた。でも、それは本当に正しかったのか?

「あ……」

 体が恐怖で、ガタガタ震える。
 俺は、俺は ――――

「この世界を救いたいのだろう? 今なら、まだ間に合う。好きな方を選べ」
「選ぶ?」
「そう、あの彼等にお前の言う『本当の世界』の負債を負わせるか、松風天馬、お前自身がこの世界から消滅するか、どちらか一つを」
「俺が、消滅?」
「そうだ。お前自身気付いていないようだが、お前は200年後の人類に滅亡の危機を呼ぶ重大な分岐点。それは、この世界に関しても同様。だが、この世界から、『松風天馬』と言う存在が完全に消去されれば、サッカーに関しても、中学校の部活レベルなら許容範囲」

 俺が居なくなれば、飛行機事故で亡くなる筈の皆も助かるし、剣城の夢だった優一さんとの二人でのサッカーも実現する。


 そうか……
 ……俺が、消えれば ――――


「……判った。俺は、俺自身が消えても、皆を助けたい!! 守りたいものを守る!! だから、この世界の皆を必ず助けて!!」

 俺がこの世界から居なくなっても、それは誰も知らない話。剣城にしても信助にしても、葵だって悲しむことはない。だって、最初から俺は『いなかった』事になるんだから。それで、皆がこの世界で生きて、サッカーを楽しむことが出来るのなら、その方が良い。

「……YES、承認が取れました。『松風天馬(データ)』の消去に入ります」

 アルファがインカム越しに、誰かと通話している。

( ああ俺、消えるんだなぁ…… )

 痛みも苦しみもない。
 消去される実感が伴わない。
 『無』になるって、どんな感じなんだろう?

 俺のそんな表情に気付いたのか、アルファが俺に話しかけてきた。

「今、お前の周りの人間達から、『松風天馬』のデータを消去している。その作業が終われば、次はお前だ。『松風天馬』という存在を全てデータ化し、私が管理するデータベース内に転送する。それが終われば、お前の『外の世界』での存在が消去されたことになる」
「死ぬ、っていうのとちょっと違うみたいだ」
「そうだな。『本当の死』と言うものが、世界中の誰からも思い出してもらえない事を指すのなら、私が管理し続ける間、お前も『生き続ける』ことになる」

 データ化された俺って、どんなもんなんだろう?
 想いが育つことや、新しい考えを持つことなんて出来なくなるんだろうな。

 僅かな間をおいて、俺のデータ化と消去が始まった。
 足元から、細かな光の粒子みたいなものに置き換わって、それがアルファの持つ携帯端末のディスプレイが変化するたびに、さらさらと消えてゆく。

 訳の分からない怖さが、俺の心を覆い尽くす。どんなに怖くても、これは俺が決めた事。そう思っても、俺の目から自然と涙が溢れてくる。そんな俺に気付いたのか ――――

「……怖がることはない。私はお前の事を忘れはしない。この世界の、全ての平行世界の人間達がお前を忘れても、お前は私の手の中で生き続ける」
「アルファ……?」
「私は、お前の望むもの全て、与えてやることも出来る。だから……」

 静かな声で、落ち着いた感情の見えない声で、俺に語りかけるアルファ。
 でも俺を見つめるその瞳は、多くの事を物語っていた。


  ■ ■ ■


「しっかりして!! 天馬っっ!!!」

 希薄になっていた俺の腕を、誰かがぐいっと力強く引き寄せた。すると不思議なことに、俺の体はするりと何かから、そうもう一人の俺の体から抜け出していた。

( えっ、なに? これっっ!? )

 俺の腕を掴む誰かの掌から、熱くて勢いのあるモノが俺の中に流れ込む。半分くらい消えかかっていた俺の足元が、はっきりとした形を取り戻す。

「バックアップが間に合って良かった! 天馬が消えたら、俺泣くからねっっ!!」
「フェイ……?」

 半泣き顔で、怒った様な表情で、俺の腕を痛いくらいに握りしめているフェイ。

「またお前か、フェイ・ルーン」

 忌々しそうなアルファの声が聞こえた。その声に俺が振り返ると、もう一人の俺は、あの時の優一さんのように光の粒に包まれて消滅してしまうところだった。

「平行世界の共鳴作用で『本物(オリジナル)』の天馬を、こちらの世界の天馬と同化させ、まとめてデータ化して消去しようだなんて、卑怯すぎる!!」
「卑怯? 聞き捨てならんな。私は正統な手続きを踏んで、本人からデータ消去の承認を得た。これはデータを管理する者の鉄則だろう」
「そう言う様に仕向けた癖に!! 何回天馬にこんな思いをさせれば、気が済むのさ! アルファ、お前の持っているその端末には、一体何人の『天馬』が保管されているっっ!?」
「……私が認める『本物(オリジナル)』の松風天馬のデータを収集するまでは、これらもバックアップ用のコピーデータにすぎん。人数……、いや、総量の問題ではない」

 ……俺には、二人の会話の意味がよく分らない。
 この二人って、一体 ――――

「天馬、『現在』に戻るよ」
「あ、うん……」

 俺の腕を取るフェイの手の力が物凄く強くて、握り占められた跡がくっきりと赤くなっている。
 まるで、俺の腕を放すとそのまま消えてしまいそうな不安を隠すように。

「松風天馬、一つだけ断言しておくことが有る。我々はあくまでも、人類を滅亡から救おうとしている。私とて、無辜な人々の存在を無意味に抹消するような趣味はない」
「お前はそう言うけど、十分色んな人たちを悲しませているじゃないか!!」

 俺の代わりに、フェイが反論する。

「……その涙が、悲しみが、未来を救う道になるからだ。仕方のない事なのだ」

 アルファの言葉に、世界の均衡を保つ『正と負』の話を思い出す。そうだ、確かに良い事ばかりも悪い事ばかりも続かないから、人は頑張って毎日を生きていく。過去の大きな悲しみが、未来を滅亡から救うのか?
 でも、それじゃ……

「天馬! アルファの言う事なんか聞かなくて良いよ!! こいつらは、何が何でもサッカーを消滅させたいだけなんだからっっ!!」
「サッカーが、サッカーのままだったらな。だがサッカーは松風天馬、お前達の世代で大きく変質した。『化身』という力の脅威を生み出した。それが諸悪の根源だ」
「そんな、まさか、化身が……」

 信じていたモノが大きく揺らぐ。
 それじゃ、俺はどうしたら……

「我々は人類を滅亡から救うために動いている。しかし、人類が滅亡に向かった方が良いと判断した者達も居ると言う事を、お前は知った方が良い」
「滅亡した方が良い……?」

 誰が、なんで?
 もう何も、考えたくない!!

「ならないから!! 人類が滅亡することも、サッカーが消滅することも、俺達がさせない!!」
「フェイ……」

 ふっと、アルファがフェイに冷たい視線を送り、口元に微かに嘲笑を浮かべた。そして、俺達の存在を無視するように、インカムに向かって一言告げる。

「コマンド終了。帰投する」

 その言葉と共に、アルファの姿は俺達の目の前から掻き消えた。


  ■ ■ ■


「大丈夫、天馬?」
「ここ、俺が知っている『現代』だよね?」
「うん。ここが天馬の世界だよ」

 見上げるのは、見慣れた雷門中の校舎。
 フェイと手を繋いで、サッカー棟へと向かう。
 まだ、誰とも顔を合わせていない。

 あの後、俺はフェイに手を取られてタイムワープした。ここもまた、また別の平行世界だとしたら……、という不安もあったが、不思議なことにあの世界で気付いた時に真っ先に感じた『違和感』を、ここでは感じずにすんだ。

「改変されてない?」
「……多分。まだ、はっきりとは言えないけど」

 この時、子どもの俺達なんかじゃ手が出ないような大人の世界で、大きな改変が入ろうとしていた事を、俺達はまだ知らない。

「ねぇ、フェイ。俺が在ったあの世界も、この世界の平行世界なんだよね? でも、どうしてあんなにもサッカーが自由だったんだろう」
「それは……、天馬を取り込む為だよ。天馬が望む、天馬の為の平行世界だったんだ」
「俺の為?」

 うん、とフェイが頷く。

「今までアルファ達がやっていた平行世界の構築は、過去を改変し起きる変化を計算した結果だ。でも、あの世界は天馬を座標軸にした、限りなく『もしも』の世界。天馬がいないと、存在しない世界なんだ」
「じゃあ、あの世界にいた剣城や優一さん達はっっ!?」
「……天馬が在ると思えば在るし、無いと思えば無い。俺には、そうとしか言ってあげられない」

 フェイの言葉に、アルファの言葉が重なる。
 途端に俺の胸の内に不安が溢れだし、思わず俺はフェイに抱き着いていた。

「フェイはそこに在るよね! 俺を騙したりしていないよねっっ!!」

 ぎゅうぎゅうと、力を込めて。
 そっと、俺の背中にフェイの手が回る。
 優しく、ゆっくりと俺の中の不安を消し去る様に、何度も何度も撫でさする。

「ここにいるから、天馬。いつも、天馬の傍に在るから」
 
 俺の声が響いたのか、サッカー棟の近くにいた剣城や信助が俺の側に駆け寄り、フェイに抱き着いたままの俺を怪訝な眼で見る。
 すると、剣城が ――――

「松風、お前は幼稚園児か。さっさと離れろ」

 と言いながら、俺をフェイから引きはがし、自分の隣へと引き寄せる。

「ほら、練習に遅刻するぞ」

 そして、なぜか声の調子が尖っているような剣城に手を取られ、グラウンドへ急かされる。

「あ、あのっ! ちょっ、待って……!!」

 俺の言葉なんて、ガン無視で。
 ちらりと後ろを横目で伺えば、フェイが小さく行ってらっしゃいと手を振っていた。


  ■ ■ ■


「……茶番だな」

 何処からともなく、その様子を監視していたアルファが口の中で呟く。それから、収集してきたデータを、自分が管理するデータベースに移動させた。集めたデータには管理上のシリアルナンバーが振っている。アルファにしか取り出せないシリアルナンバーが。

 そのデータが、自分に取って『必要だ』と判断したのはいつだったか。
 松風天馬と対峙するたび増える、自分の中の解析不能なデータ。このままでは、コマンド処理にバグを生じると判断し、その原因となる『松風天馬』を解析することにした。


 結果は、解析不能なデータが増えただけだった。
 

 度重なる失敗に、意思決定機関『エルドラド』は、未来で多大な損害を被るのを覚悟で、『松風天馬』抹消を決定した。『松風天馬』を起点に、そこから広がる未来の可能性全てを刈り取る事にしたのだ。

 それほどに、『松風天馬』は脅威だった。

 そのプランを知らされた時の、背中に電流が走った様な衝撃。
 そして、自分の中に訪れた変化。

 自分は、全てのデータを『管理する者』
 つまり、外的にはその存在を抹消される『松風天馬』のデータですら、保管しておくことができる。


 『松風天馬』を独り占めに出来る ―――― 


 その交錯し歪曲した、優越感。

 誰も入って来ることは出来ないデータベースの内部で、アルファは蓄積させた『松風天馬』のデータを元に、バーチャル世界を構成する。『松風天馬』を起点に、天馬の世界が広がって行く。
 途切れた物語の続きを見る様に、バーチャル世界の天馬は海外遠征から戻ってきた剣城達を嬉しそうに出迎えている。それは天馬が喜ぶように、アルファが与えたデータだ。

「約束は守ったぞ? 松風天馬」

 場面は流れ、無事入部テストに合格した天馬が、剣城に飛びついて喜んでいる。その様をアルファは、微笑ましげに見つめている。
 会話が聞こえた。


 ―――― ちゃんと努力すれば、願いは叶うんだね!
 ―――― ああ、お前が頑張ったからな

 ―――― 俺の頑張り、空の上の天使や神様の眼にも届いたのかな?
 ―――― そんな居もしない奴なんかの目に留まるより、監督や先輩の眼に叶う方が重要だろ

 ―――― え~、そうかな? 俺、居ると思うよ? 神様や天使って


 そう言って天馬は、深い畏敬の念と敬愛を込めた視線を、空の彼方へと向けた。
 真っ直ぐに溢れるほどの笑みと共に、天馬の世界を見つめるアルファへと。


「私はお前の世界を守る。もし、私の『松風天馬』に手を出すようなものがあれば、それが誰であれ、なんであれ、私が消去しつくしてやる」


 アルファは小さく呟き、視線を『世界』に落とす。
 その瞳には、狂った優しさと愛しさが満ち溢れていた。




【 了 】

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Date:2012/08/28
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