保管庫

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夏の声

九月の初め

まだ続く残暑の中、窓の外ベランダで蝉が鳴く
その声の大きさに
今まで蝉が鳴いていなかったのに気がついた


少し前までは、あんなに鳴いていたのに
ああ、やっぱり八月は終わったんだ


ベランダで鳴く蝉

けたたましく夏の太陽の光のよう
ふいに鳴きやむと、しんとした静けさ


そうか、もうお前の声に応えてくれる仲間はいないんだね


また、蝉が鳴く
先ほどよりは、弱く短く


そして、それが最後


応えてくれる仲間がいないのは寂しいね
でも、もしかしたらあの大きな声でのひと鳴きは、最後の点呼かもしれない
もう、自分しかいない事を確かめて


最後の最後に


「2007年夏、終了しました!! これより自分も仲間と合流します!」


って号令だったのかも


精一杯生きたんだもんね
きっと仲間が大勢向こうで待ってくれてるから、寂しくないんだよね


静かになったベランダから、ひんやりとした風が入ってきた


そんな秋の始まり
夏の終わり ――――――




UserTag: * 

現在の手持ちネタ、オープン♪

取りあえず、書きたいと思っているネタの棚卸し。

1.「子どもの情景」シリーズを完結させる。
これ、先日上げた「奪略されし者」と対になる話だからね。とっとと上げないと。 この話の中でも京介くんや拓人くん、天馬くんもボロボロになるんだよね^_^; 

こーゆー、厨二的な話が好きなんだなぁ(笑) それも出来るだけ元キャラらしく書けたら、もうそれだけで嬉しい!! それを読んで楽しんでもらえたら、書き手冥利に尽きるねっっ!! ってもんですv 

2.「きみのために」を完結させる。
別名「十年後メンバー集結中」って感じの話だけど、本編でももうそんな感じの展開になってるし、先読み予想で書き始めたモノだから本編と齟齬があるのは仕方ないとしても、もう終わらせなくちゃ!! です。

3.タイトル未定
戦時中パロで南沢さんが特攻隊員で、倉間くんがそんな南沢さんに憧れてて、沖縄から学童疎開してきた天馬くんがいて…、みたいな話

4.タイトル未定
十年後円堂さんと風丸くんの話。この話の円堂くんの奥さんは冬花ちゃんですでに子どももあり。風丸くんはずっと独身で円堂くんの事が好きで、冬花ちゃんも実は……、な私には珍しく恋愛要素多めの話。

5.「イナズマ・ビート」
無印時代の円堂くん達の修学旅行での話。スキー研修で北海道に行って、吹雪くんと合流した後雪崩に会い、気が付いたら天上学園に紛れ込んでいた! 円堂くん達は無事、生還できるのか!? な話。

6.「スリー・ドッグ・ナイト」
無印時代のブレイク組と風丸くんの話。円堂くん受け。受験生の円堂くんにあの手やこの手で勉強させる話。

7.「始まる前と、終わった後の物語2」
この回はステイルさん視線。幼い頃のステイルさんとインデックスちゃん、そして「インデックス」の管理人になった頃の話。

8.「始まる前と、終わった後の物語3」
このシリーズ最終話。ローラさんとアレイスター、上条さんにインデックスの話。すべてが終わって、「魔道書図書館」を閉館するという話。そして「魔道書図書館」がどうやって出来て、どう維持されてきたかと、ローラさんやアレイスターが「インデックス」と呼ばれた少女をどれだけ愛していたかのお話。

9.タイトル未定
禁書とタイバニのクロスオーバー。年齢操作有り、学園都市の第6位が鏑木楓ちゃんだったとしたら、という話。学園都市内で何かそれらしい事件を起こして、それに対して上条さんや楓ちゃん、レベル5~4の能力者や能力減退後、教職に就いてついでにアンチスキルもやっている虎鉄さんなどが出てくる話。
問題は、その『事件』の内容だね。それを思いついたら書きます!!

10.小ネタ詰め
バカテスベースで、イナゴメンバーやタイバニでドタバタ。バカテスの雄二を虎鉄さんで、翔子ちゃんをバニーで演じる愛の劇場や、化身を特別仕様の召喚獣に置き換えて、天馬くんに「俺の頭でサッカーしないでっっー!!」で叫ばせたり、特殊召喚フィールドで呼び出す二人で一体の召喚獣(召喚者の子どものような姿)で大騒ぎする雷門イレブンとか。

ざっと上げて、この10本は書いてしまいたい!!
UserTag: * 

保管庫、作成開始

前々から考えていたPIXIVに投稿したイナイレSSの保管庫を、ブログで作る事にしてテンプレートの設定中。
最初はHTMLで作ろうと入れ物だけは用意したんだけど、物凄い勢いで書き飛ばしているこの状態。
更新の度にHTMLでページを作って、リンク張って、それでサーバーにアップロードして…、というのが面倒臭くなって……^_^;

て言うかね、今それやると80ページくらい作ってリンク張っらなきゃならないのが苦痛で……

それやるのは、本サイトだけでいいなぁ、と。
あっちもそれなりに落ちついて、ここ2年くらいはサイトデザインの変更もなしで来てるし、あれはあれで私的には完成系だと思ってる。

もともとブログ好きなところもあるし、一度はぜひこの小説用ブログを活用してみたい!! とも思っていたので、このスタイルです♪

このブログの説明他

  


  ■ サ イ  ト名 : 保管庫 

  ■ サイトアドレス : http://hokanko11.blog.fc2.com/

  ■ 管  理  人 : 杜@Pixiv在住

  ■ サイト説明
    その名の通り、ピクに投稿したSSの保管庫です。
    イナイレ・イナGOメインの二次SSで構成されると思われます。
    他ジャンルも多少増える予定です。
    内容も、読む人を選びそうなものが結構あります。
    R-18的要素より、R-18G的要素の方が多いかもです。

    陰謀・流血・シリアス > ほのぼの・甘々 な感じです。


  ■ リンクはご自由にv 
    簡単なものですが、バナーを用意しました。DLしてお使いください。

    

    


バレンタイン・キッス!?

「風丸さん! これ、受け取ってください!!」

 学校に登校した途端、そう言って可愛らしい小さな包みを俺の前に差し出してきたのは、陸上部の後輩。俺が部員の少ないサッカー部に助っ人として入っていたのを、部員も増えた事だし、そろそろ陸上部に戻ってきて欲しいと言った、あの後輩だ。

「えっ? なに、それ?」

 訳が判らず、俺は随分間抜けな答えを返した。

「いやだなぁ、風丸先輩! 今日は2月14日、バレンタインですよ!!」
「いや、だから……」

 それは知っている。
 あれだけTVや雑誌で、この日に向けて宣伝していれば。
 だけど、彼女なんて作るヒマもないほど、サッカー漬けの毎日の俺たちには関係の無い話だと思っていた。

「どうしたんですか? 先輩!」
「俺、男だぞ?」
「そんなこと、言われなくても分かってますよv」

 にこにこと、無邪気な後輩パワーで俺に迫ってくるこいつに、俺は冷や汗と一緒に何とも言えない緊張感を感じていた。

「そして、お前も男だよな?」
「そーですよ! 俺のどこが女に見えます?」
「いや、だから……」

 ……二度目の同じ言葉を口にする。

「あっ、嫌だなぁ、風丸先輩!! 俺、そっちの気はないですよ! そりゃ、先輩はカッコいいし足も速いし、尊敬してますけどね」
「…………………」
「知ってます? バレンタインって、好きな人だけじゃなく、お世話になった人や親しい人にも贈り物して良いんですよ!」
「あ、そうなんだ……」

 奇妙な緊張感が解けて、どこかほっとした気持ちになる。

「……今でも本音を言えば、同じフィールドで走りたいって気持ちはあります。でも、グラウンドの上でボールを追って風の様に走る先輩を見ていたら、頑張ってくださいって、もうそれしか言えないんですよね」

 そう言うと、俺の前に一歩踏み出し俺の手を取り ――――

「じゃ、これv」
「あっ……」

 後輩は小さな包みを俺の手に押し付けるように渡すと、教室に戻って行った。


  ■ ■ ■


 午後の授業、教室の窓ガラスを風がコツコツと叩く。
 2月半ば、外はずいぶん明るくなってきたけど、吹く風はまだまだ冷たい。でも、今の俺の気持ちは、もう春のように暖かかった。どんなに苦しくても頑張った事を、ちゃんと見ていてくれる人がいることがこんなに嬉しい。

( それもこれも、あいつのお陰か。まったく、凄い幼馴染だよ )

 春のような暖かさの後ろに、まるで真夏の太陽のような笑顔を忘れない円堂の顔を思い浮かべていた。


 放課後、部室に行ってみると、まだ誰も来ていなかった。

「あれ、まだ誰も来てないんだ。先に着替えて、ウォーミングアップでも初めていようかな?」

 練習着に着替えようと学ランの上着を脱いだ時、ポケットに入れたままにしていた包みが落ちた。

「そういえば、これ……」

 誰もいない部室で、その包みを開ける。中には一枚のカードとバータイプのチョコが3本入っていた。その形状にも、俺はほっとした。これが口でああ言っていても、もしハート型なんてしていたら、また悩むところだ。安心した所で、カードの文字に目を落す。そこには ――――

『次の試合も頑張ってください!! 必ず応援に行きます!』

 嬉しい気持ちが、そのまま表情に出る。貰ったチョコを1本、口に入れた。

「美味しいな、これ」

 そして、もう1本。
 と、そこに ――――

「あー、風丸っっ!! 美味そうなもん、食ってんな! 俺にも分けてくれ!!」
「円堂……」

 円堂守。
 雷門中サッカー部キャプテンでゴールキーパー、そして俺の幼馴染でもある。

「なぁ、いいだろ? 風丸!?」

 そういう円堂の手にも、チョコらしき包みが。

「……自分だって貰ってるじゃないか。嫌だよ」
「えっ? あ、これ? これは、そーゆーんじゃないんだ」

 自分の貰った分だけは、特別。
 そんな風に、俺は感じてしまった。

「嫌だよ」

 プイっと横を向いて、最後の1本を口に咥えた。

「……ならば、実力行使!! 腹が減った男子中学生の実力見せてやる!!」
「へっ!? あ、馬鹿!! やめろって……っっ!!」

 思いっ切りガキの表情で、それはもう嬉しそうに俺が咥えたチョコバーの反対側に勢い良く喰らい付いてきた。つまり、それって……。


  ■ ■ ■


 俺は体勢を崩しそのままひっくり返り、俺の上に円堂が。
 それだけでなく、俺の唇の上には温かくて柔らかいモノが触れている。


 ―――― ファースト・キスは、チョコの味。


「一体、何をしているの!! あなた達はっっ!!」
「円堂っっ!」
「キャプテンっっ!」
「風丸さん!」

 夏未の、皆の厳しい声が聞こえた。
 俺の上で、俺と唇を合わせたままで、円堂が口の中でチョコ・バーをガリガリと噛み砕く音が遠くに聞こえた。

「いや~、悪い、悪い。腹が減っていたもんだからさ」

 俺の上から起き上がった円堂が、悪びれた様子もなく皆に向かってにかっと笑った。その口元には、俺から奪ったチョコの痕跡。

「……腹が減ったから、風丸を食うのか」

 そう言ったのは、豪炎寺。
 いつも冷ややかな口調だけど、今はいつもにも増して冷たく聞こえる。

「腹が減っていたのもあるけどさ、塩チョコ食った後だから、口直しもしたくって」
「円堂くん!」

 慌てて夏未が円堂の言葉を遮る。

「風丸で口直し、か……」

 その言葉は、鬼道の口から。
 
「夏未さん、買って来ました!!」

 女子マネ三人の声がハモって聞こえた。女子マネ達の抱えた紙袋から、甘い香りが立ち上っている。匂いに惹かれ、部室の入り口近くにいた他の部員がそれぞれに紙袋の中を覗きこむ。

「うわぁ~~v チョコだ、チョコだぞ!!」

 騒ぎ出す壁山と栗松。

「へぇ~、俺たちにはこの日にチョコなんて関係ないと思ってたけどな」

 そう言ったのは誰だったのか?

「どうせ貰うなら、手作りがいいなぁ~なんて、贅沢ですよね」

 そんな声も聞こえる。

「……仕方ないでしょ。チョコなんて初めて作ったんだから!!」

 その一言で、この騒動の原因が夏未にあったと判ってしまった。
 おそらく夏未は、生まれて初めて作ったチョコを円堂に、何か理由をつけて食べさせたのだろう。
 砂糖の代りに塩が入ったらしいチョコを。

「さぁさ、練習が終ったら皆に分けるから! 早く、練習に行きなさい!!」 

 夏未に一喝されて、そして練習後の楽しみを励みに、他の部員たちは早々に着替えてグラウンドに飛び出していった。もちろん、真っ先に飛び出して行ったのは円堂だ。

「……風丸。いつまで床に座り込んでいるんだ」
「あ、ああ……」

 そう豪炎寺に言われ、まだ着替えてもいなかった事を思い出した。

「円堂に押し倒されて、腰が抜けたか」
「なっ! 何、言ってるんだ!! 豪炎寺!」

 なにもやましい事はないんだから、焦る必要も無いのに、俺の声は上擦っている。

「……あいつは鈍感だからな。今、お前に何をしたかも気付いていないだろう」

 冷静な厳しい目付きのその端をほんの少し細めた豪炎寺に、俺は笑われたような気がした。

「何をって、何……」
「サッカー馬鹿で、サッカーのことに関しては敏感なのに、その他の事になると途端に鈍感になる。あんな奴を好きになると、女も男も苦労するな」
「おい! それって……っっ 」

 今度は、はっきりとした笑みを浮かべ、真っ赤になった俺を残して豪炎寺も部室を出て行った。

「べ、別に俺は、円堂の事が好きな訳じゃないぞっっ!! あ、でも、嫌いって訳じゃないし……。いや、確かに友人としては好きだ。凄い奴だし、本当にいい奴だし…、あれ?」

 もう俺は、自分でも自分の気持ちがごちゃごちゃして判らなくなっていた。
 ただ分かっていたのは、これからもっと大変な事が起こりそうだなという予感を感じている事だった。


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久遠監督が真相を知っていたとしたら…

「おい! 本当に退団してしまうのかっっ!?」

 チームの守護神の突然の退団に、チームメイト達は動揺を隠せない。

「今、退団するって事は、お前のプロ生命だって危うくなるんだぞっっ!!」
「プロには、そのシーズンの成績が一番の評価対象になる。どんな理由であれ、現役を離れた者への評価が下がるのは、お前だってよく知っているだろう?」
「ましてや、次々に若い選手が台頭してくるんだ。戻りたくても、もうそのポジションは別の奴のものだ。それでも、お前は良いのか?」

 共に戦ってきた仲間達みんなが、その実力と人柄を惜しみ、どうにか留意させようと次々と言葉をかけてきた。もちろん、そんな事は、退団すると決めた本人が一番よく分っている。

「ありがとうな、みんな!! 俺、このチームで一緒にプロとしてプレイ出来たことが、物凄く嬉しい!! きっと、俺の人生の中でも、一・二を争う宝物だ」
「なら、どうしてっっ!?」

 ロッカーを片付けていた手が止まり、つぶやくように言葉を続ける。

「……大好きなサッカーを守るために。サッカーが大好きで、サッカーを愛し続けて走り続けた俺の夢は、今こうして叶った。たくさんのサッカーを愛する仲間と出会い、力の限り戦って、高みに上って」
「円堂……」
「俺、思うんだ。俺がサッカーを愛したように、俺もサッカーから愛されているって。だからこそ、俺は今、日本のあいつ等のもとに戻らないといけないんだ!!」

 その言葉とともに仲間を見回す円堂の瞳には、今から試合に向かう時と同じ闘気に満ちた光が宿っている。

「……何か、のっぴきならない事情があるようだな」
「キャプテン……」
「お前がプロ生命をかけてまで、やらないといけない大事なことが」

 そのキャプテンの一言で、チームメイト達も円堂の決意のほどを知る。

「お前の眼、まるで決勝戦に挑む時のようだぜ」
「お前にとって、大きな戦いになるんだな」
「頑張って来い! 円堂っっ!!」

 留意の言葉は、新たな戦いに挑む円堂へのエールへと変わり、差し出された手を強く握り返しながら円堂はクラブハウスを後にした。


  ************************


 入学式前に一悶着があったものの無事入学式も終わり、天馬達はそれぞれ一年間を過ごす教室に移動した。新しい学校、新しいクラスメート、そして部活動。天馬にとっては、むしろそれこそが雷門に入学した一番の理由。あの幼い日の、憧れを実現させるために。

( ……でも、なんだか雷門のサッカー部って大変そうな感じがするなぁ。あの理事長は、あんまりサッカー部の事が好きじゃないみたいだし )

 それに……、と天馬は思う。
 この「サッカー」に対しての違和感は、剣城京介の存在でより際立たされた。あんなにサッカーの実力を持っていながら、なぜかサッカーそのものを憎んでさえいるかのようなあの態度に。

( しっかりしろ! ここで雷門でサッカーをやるために、俺は沖縄から来たんだろっっ!? 俺はやるって言ったら、絶対やるんだから!! )

 クラスメート達の代わり映えのしない自己紹介を聞きながら、天馬はペシペシと頬を叩いて気合を入れ直した。


 一年のクラス担任ではない教職員は教職員室に戻り、それぞれ明日からの授業の準備などにかかっている。そんな中、春奈はきょろきょろと室内を見回し、お目当ての人物の姿が無いことに気が付いた。
 その人物が居そうな場所をいくつか頭に思い浮かべ、体育教官室かサッカー棟の監督室か、それとも……と、候補を絞り込む。そして、はっとしたような顔をすると、窓の外に広がるグラウンドの奥に視線を向ける。

「……多分、あそこね」

 そう小さく独り言のように呟くと、春奈もまた教職員室を出た。


 ホコリ臭く、錆びた鉄骨の臭いもするその薄暗い空間。
 久遠がここで、生徒たちを指導したことはない。
 ないが、ここがこの雷門サッカー部の始まりの場所だと思うと、どんな近代的な設備を導入したサッカー棟よりも、気持ちが落ちつくのだった。

「……ここからまた、始めるのだからな」

 ポケットに入れた携帯が、ブブブっと小さく振動する。届いたメールは一言、「着いた」とだけあった。差出人の名前を確認し、もう誰も使わない旧サッカー部室内を見回す。

 十年前、ここには紛れもなく彼らがいた。

 今また、彼らの力が必要な時。

「……頼むぞ、お前たち。今がその時だ」

 久遠が旧サッカー部室から出てみると、ドアの所に春奈が立っていた。

「音無……」
「やっぱり、ここだろうと思いました」
「…………………」
「……今のサッカーって変ですよね。なんだか、サッカーをするのに一番大事な事を忘れたまま、他の理由をつけてやってるみたいで」
「それでもまだ雷門はマシな方だ。サッカーこそをやりたくて雷門に入学するような奴がいるうちはな」
「ああ。松風天馬くんのことですね。天馬くん、あの頃のキャプテンに似ているなって感じたんですよ」

 懐かしむように少し微笑んで、春奈はそう言った。

「音無は、剣城をどう思う?」
「剣城くん…? ですか。サッカーのテクニックはすごいけど、サッカーへの情熱みたいなものは感じない子ですね。むしろ、憎んでさえいるような……」

 そう、それは入学式前のあの態度からも感じられたこと。
 サッカー部を潰してやると、サッカーなど下らない、必要のないものだと言い捨てたあの言葉。

「……どうだろうな。あいつが下らない、必要ないといったのは果たしてどちらのサッカーを指して言ったのだろう」
「えっ?」

 春奈が聞き返そうとした時には、久遠は振り返りもせず歩いて行ってしまった後だった。
 昔から、どことなく読み切れないものがある人物であったなと、改めて春奈は思った。


  ************************


 今は一人暮らしの久遠は、早めの夕食をとる為に町の小さな洋食屋に足を運んだ。ここは年若い店主が、しっかり者の年上の奥さんと二人で切り盛りしている隠れた名店。入ってみると早い時間にも関わらず、七割ほど客が入っていた。

「あっ、いらっしゃいませ!!」
「お久しぶりです! 監督」

 昔からの知り合いである二人が、にこやかにあいさつをする。

「繁盛しているようだな」
「はい、お陰様で。秋には二人目も生まれますし、じゃんじゃん稼がないとですねっっ!!」

 そう言うと、店主は幼馴染で姉さん女房であるナナミのお腹に愛しげな瞳を向けた。
 二人の足元には、二歳になる男の子がサッカーボールをちょこちょこと蹴っている
 店主は父親になってもあの頃の童顔の面影はそのままの、宇都宮虎丸であった。
 他の席からオーダーの声がかかり、身重の奥さんはニコニコしながらそちらの方へと移動していった。
 それを見届け、周りが自分たちに注意していないことを確認すると、声を潜めて虎丸が久遠に訊ねた。

「で、今日店に来た本当の目的はなんですか?」
「ああ。あいつに連絡してほしい。時は満ちた、と」
「分かりました」

 そんな短いやり取りだけで、虎丸は久遠の側から離れた。

 程なくして、久遠の前に虎丸お勧めの料理が運ばれてきた。それを、機械的に口に運びながら周りの様子に目を配る。虎丸と久遠の関係は、第一回FFI大会の時の監督と選手、そして雷門中在学時の3年間の監督と選手という関係で完結していた。虎丸は高校へは進学せずに、調理専門学校で調理師の資格を取り早いうちから自分の店の後を継いだ。余りあるサッカーの才能を、惜しむ声も多かったがそれでも虎丸は自分の選んだ道を後悔することなく、まっすぐに歩んでいる。

 サッカーから縁が切れた存在。

 だからこそ、今回の連絡役を頼んだのだ。
 そして ――――

( ……すまん。円堂と変わらぬくらい正義感の強いお前に、酷いことを頼んだと思う。だが、お前の働きにこれからのサッカー界が左右されるといっても過言ではないのだ )

 久遠がこの事態の全貌を知った数年前、一個人、一中学校の力くらいでは、もうどうしようもないほど事態は大きく動いていた。あの財前元総理の力を持ってしても、止めることはできないほどに。

 それから密かに、自分たちでできる対抗手段を用意してきた。本来「在るべきサッカー」の姿を守るためにも、雷門は最後の牙城でもあった。どれほど管理サッカーへの転向を強いられようとも、断固拒否し続けてきた。それだけでなく、切り札として組織内に送り込む人間として白羽の矢を立て、高校卒業後留学したドイツまで直接自分が説得のために飛んだ。

 あの時の言葉は、そのままあいつのサッカーへの情熱と愛情の表れ。

( 分りました。今日から今までの俺は死んだものと、自分でも言い聞かせます。大事な仲間を裏切り、そしられようとも、それが、あいつが…、いや、俺たちが愛したサッカーを守るためになるのなら、どんな汚名を被ろうとも怯みはしません )

 静かな炎をその瞳に燃やし頷き、いつしかサッカー界からその男の名前は消えていった。
 密かに久遠が残した繋がりは、同じくサッカーから縁が切れた、僅か1年ばかり共にグラウンドを駈けた虎丸との一方通行の連絡手段だけ。
 それ以外は昔の仲間はおろか、最後に必ず戻るからとの一言を残し、家族さえとも一切連絡がつかない音信不通の状態となっていた。
 


 少年のあの日、夢を追い、仲間とともに愛と希望に満ちて駆け抜けたグラウンド。
 大人たちの手で管理され『サッカー』と言う名の手段に成り下がった今のサッカー。
 グラウンドから消えたあの輝きを取り戻すため、かつての少年たちは走り出す。


 雷門から、今 新しい風が吹こうとしていた ――――
UserTag: * 

あの日 - 左回りの時計も一つ持って -


「お久しぶりです!! 円堂さん!」

 春休み前の三連休を返上して練習に励んでいた俺達の前に現れたのは、立向居。立向居のニコニコとした笑顔と背中に背負っている大きな荷物に視線をやりながら、俺達は練習の手を止めた。

「立向居? どーしたんだ、お前。お前のとこ、もう春休みなのか?」

 真っ先に呼びかけられた円堂が、ゴールから離れ立向居の側へとやってきた。

「春休みってそう地域差はないですよ。今日は、円堂さんに届けたいものがあって来たんです」

 そう言う立向居のニコニコ顔は、円堂に声をかけられた事で、さらに輪をかけたようにニコニコニコっっとなっている。

「届けたいもの? なんだ、それ?」
「まぁまぁ、ここじゃなんですから、部室行きませんか?」

 と、他の部員を無視して円堂の腕を取ると、ぐいぐいと部室へと連れ去ってしまった。

「……相変わらずキャプテンの事しか目に入ってないっスねぇ、立向居くん」

 同じ一年生でも、まだ控え目な壁山がどこか羨ましそうに呟く。
 壁山は円堂と一緒に、いつでも廃部の危機にあった弱小時代から支えてきた一人でもある。
 先輩としてまた「キャプテン」として慕う気持ちは、学外の立向居よりも強いものがあるのだろう。

「……俺らも行くか、壁山」
「は、はいっス! 風丸さん!!」

 ……そう、そして俺にも。


  ■ ■ ■


 練習の間の小休止のタイミングとも合い、結局、部員全員で部室に戻る事になった。先に戻った円堂を椅子に座らせた立向居が、椅子の前の机にドンドンと背中に背負っていた荷物を積み上げている。

「あれ? なんだか、甘い匂いがするでヤンス」

 鼻をクンクンとさせ栗松が言う。

「おっ! 本当っスねぇ~。俺、腹が空いてきたっス」

 確かに何かの甘い匂い。
 およそこの部室とは異質な、そんな匂い。

「……バニラの香りだな」
「ああ。これだけ香ると言う事は、あの包み全部がそうなのか」

 豪炎寺の言葉に、鬼道がこの状況を分析する。

「本当はですね! 先週、お邪魔したかったんです。でも、ほら、学校があったし、ちょっと事情もあったしで、今日になっちゃいました」
「先週って……? 何か、あったっけ??」

 立向居の言葉の意味を理解しかねて、困惑げに円堂が頭を横に傾げている。

「いやだなぁ~、円堂さん!! ホワイトデーですよっっ、ホワイトデー! だから、はいマシュマロ!!!」

 その言葉と同時に立向居は積み上げた包みの大きめな物の一つを開け、それをグイッと円堂の前に差し出した。
 もちろん中身は大量のマシュマロ。

「知ってます? ホワイトデーにマシュマロって、福岡が発祥なんですよ! なら、とーぜん俺が円堂さんに贈らなきゃ、話にならないですよね!!」

 瞳をキラキラ輝かせて、そう嬉しそうに語る立向居。

「……話にならないって、どーいう意味だ?」

 と、染岡が頭を傾げる。

「ほんと、何がとーぜんなんだろ?」

 と、半田も言う。

 ……確かに、何が『とーぜん』なのか、俺も訳を聞きたい。

「あっ、でもさっっ! ホワイトデーにお返しを贈るのは、バレンタインデーにチョコを貰った奴にだろ? 俺、お前にチョコなんてあげたか?」

 あまりもの量のマシュマロに、さすがにタジタジとなった円堂が、そんな反論を申し立てる。それに対し立向居は

「俺は貰ったつもりなんですよv 気持ちがあれば形は要らないっていうか~、何と言っても俺、円堂さんの事好きだし♪ ならちゃんと三倍返しでお返ししたいなって」

 さらっと告白してのける、この強心臓が羨ましくも有り、疎ましくもある。
 もともと貰ってない物の三倍返しなんて、ゼロに三をかけてもゼロにしかならないだろう。そんな周りの空気をものともせずに嬉しそうな顔で立向居が、円堂の前にまた新しい包みを差し出している。珍しい正六角形の箱が、サッカーボールを連想させる。

「円堂さん、これ見てくださいvvv」
「なんだ、これ? 変わった形の箱だなぁ、開けてもいいのか?」
「はい、どうぞ! それ、予約限定品なんですよ」

 箱の形と予約限定品の言葉に興味をそそられたらしい。

「なんか、凄く変わったお菓子だな」

 中を見た円堂の一言。

「これ、『鶴の巣ごもり』ってお菓子なんですよ。この真ん中の丸いのがマシュマロで中身が黄身餡。マシュマロの周りを囲んでいるのが鳥の巣に見立てた鶏卵素麺ってお菓子です」
「へぇぇ、見たこと無いぜ。こんなの」
「何となく、キーパーっぽくないですか? 巣をゴールに見立てたら、その中を守っている、みたいなv ほら丁度数も二つで、円堂さんと俺で」

 さらに立向居のニコニコ度が上がったような気がした。


  ■ ■ ■

「立向居は、そうやって物事を動物に例えるのが好きだな。あの時もそうだったし」
「あの時?」

 ふと、その言葉を俺は繰り返した。
 その呟きに気付いたのか、円堂が答えてくれた。

「ん? ああ、俺が正義の鉄拳をマスターしたての頃にさ、言われたことがあるんだよ。今の正義の鉄拳は、ライオンの子どもみたいだってな」

 ……それは、俺の知らない話。
 俺は立向居がキャラバンに参加する前に、キャラバンを降りてしまったから。

「……立向居、確かその菓子は祝い事の引き出物に使われる奴じゃないのか?」

 何か考え込んでいた鬼道が、そう立向居に尋ねる。

「わぁ、流石は博識な鬼道さんですねっっ!! はい、結婚式の引き出物用です♪ 巣の中の二つのマシュマロを新婚さんに見立ててvvv」 
「えっ! 新婚さんっっ!?」
「言ったでしょう? 俺、円堂さんの事、大・大・大好きですから!」
「た、立向居っっ!!」

 周りから上がる、どよっとした声。
 立向居の名前を叫んだきり、固まってしまった円堂。

 見立ての二乗で、立向居の言おうとしている事は、つまり ――――

「立向居、お前……」 
「好意にしろ、このマシュマロにしろ、程度が大事だろう。過ぎてしまうと、迷惑にしかならん」

 怒りを抑えた低い声でそう俺が威嚇すれば、援護射撃のように豪炎寺が言葉を続ける。

「あ、そうそう。皆さんにもお土産があるんです。どうぞ、食べてください」

 そんな俺の言葉や豪炎寺の言葉に怯む事無く、また悪びれもせずに明るい笑顔を湛えたまま立向居は、残るメンバーに向かってまた別の箱を開いた。

「……見かけによらない強心臓なのは、選手として長所だな」

 ふぅと大きく息をつきながら、鬼道がその箱から一つ白い包みを取った。

「風丸も豪炎寺も、そう目くじら立てるな。立向居の事だからノリだろう、ノリ」

 そう言いながら包みを開き、中から出てきた菓子を頭からパクリと食べる鬼道。それを見て、お腹を空かせた一年生たちがわっと、箱に群がった。

「ああ、そう言えば立向居は綱波とも仲が良かったな」

 と、鬼道の言葉に同意しながら一之瀬も包みを手に取る。

「ノリって……」

 俺はどこか生真面目な所があるらしい。
 あまり、その手の「ノリ」が掴めない。

「……そうか、ノリか。ノリなら、仕方がないな」

 俺の横で豪炎寺もそう呟くと小さく笑い、その流れに従う。
 立向居のトンでも発言に固まっていた円堂でさえ、ほにゃら~とその中に溶け込んでいた。


  ■ ■ ■


「はい。風丸さん」

 まだ釈然としない気持ちを抱えている俺の手に、立向居が白い包みの菓子を置いた。
 それを見、周りを見回すと部室の中はマネージャーも含め、皆でそれを頬張っている。

「これ、可愛いですよね」

 まだ手のひらに乗せたまま、きゃいきゃい言っているマネージャー達の声。

「お前、これ、どこから食べる?」
「あ~、俺、尻からかな?」
「いや、ここは頭からでしょう?」
「胸から食う奴はいないのか?」
「二つに割って、と言う食べ方もあるぞ」

 そんな会話を聞きながら、俺も包みを開いた。
 中から出てきたのは、愛らしいフォルムのひよこ饅頭。

「……駅で気が付いて、買ってきたって感じだな」

 手にしたひよこ饅頭をひっくり返し、腹からばくっと食いつく。

「東京の人間に、東京名菓っていうのは」

 立向居に感じる、軽い苛立ち。
 その、正体 ――――

「それも博多名菓ですよ? 東京進出が早かったので、誤解されているみたいなんですけど」

 今までで一番大きな箱を抱えている立向居が、さらっと俺の言葉に突っ込んできた。

「えへへへっv そして、これも特注品♪ この店の本店でしか頼めない、『特大のひよこ』です!!」

 箱を開き、がぱっと出てきた高さ80センチはあろうかというどデカイひよこ饅頭に、一同呆気に取られる。

「……立向居は予約限定とか、特注とか、そーゆーのが好きなんだな」
「そりゃ、そうですよ! 大好きな円堂さんの為ですから!!」


  ―――― 敵わない。


 こいつはどうして、俺が口に出来ない事をこんなにも容易く口にする事が出来るんだろう?
 後ろめたさもなく、正々堂々と、太陽の光のように。
 ああ、確かにこいつは誰の眼から見ても、円堂の正統なる後継者。
 円堂があれほど特訓に特訓を重ねた必殺技すら、短期間の特訓で身につけた天才。


 ―――― 俺には出来ない。
 同じ特訓をしたとしても、円堂や立向居のような技を身につけることなんて。


 ゴールキーパーとして、同じ視線でフィールドを見ている。
 この二人にしか見えない、世界がある。

「おいおい、立向居。こんなん、俺一人で食い切れないぞ」

 過剰な好意を持て余し気味な円堂。
 ならば、俺が……。

「木野、包丁かナイフあるか?」
「え? ええ、使うなら家庭科室から借りてくるわ」

 状況を理解した木野が、すばやく校舎の方へ駈け戻ってゆく。あまり待つこともなく、まな板と包丁を手に戻ってきた。

「私がしようか?」
「いや。俺がやる」

 俺はそういうと特大のひよこをまな板の上に置き、あっと言う間に原型が判らなくなるほどに切り分けた。
 この胸に湧いた不愉快な気持ちを切り刻むように。

「ほら、これなら皆で分けて食べられるだろう」

 作り笑顔を浮かべてそう勧めれば、皆嬉しそうに手を伸ばしてくる。

「サンキュー、風丸。俺、饅頭嫌いじゃないけど、流石にあれはなぁ」

 苦笑いで俺を見る円堂。

「手際がいいですねぇ、風丸さん。阿吽の呼吸って感じです」

 俺がどんな気持ちで切り分けたかも知らないで、感心したような表情を見せる立向居。

「なぁ、ついでにこれも切り分けて皆で食べようぜ!」

 円堂が差し出した予約限定品を受け取り、それも細かく切り分ける。皆が美味そうに食べる様子を、やはり嬉しそうな顔で立向居が見ていた。


  ■ ■ ■


「じゃ、俺これで帰ります。良かったら皆さんもまた、遊びに来てくださいね!」
「ああ、またな。立向居」
「皆さんに喜んでもらえて俺、嬉しいです。まだまだ美味しいものや珍しい物がありますから、きっと来てくださいね!!」

 春の嵐の様に甘い香りと共にやってきた立向居は、そろそろ陽が西に傾きかけた頃、そんな言葉と共に帰って行った。
 
「……今日はもう、練習は終了だな」

 部室内を見回した鬼道が、状況を判断してそう宣言する。甘いもので腹を満たして、少し胸焼け気味の部員が多数発生していた。

「そうだな。休日返上しての練習だったし、早めに切り上げてもいいな」

 円堂のその言葉に、皆一斉に着替え始めた。
 俺が着替えていると、横に誰かの気配を感じた。

「どうしたんだ、風丸? お前、あまり食ってなかったけど」

 そんな円堂の問いかけ。

「ん…、あまり甘いもの食いたい気分じゃなかったから」
「まぁな。あれだけ大量に積み上げられたら、見ただけで腹いっぱいになるもんな」
「……皆に食べてもらって、助かったろう?」
「確かに。立向居は少し大袈裟な所があるからなぁ」

 シャツのボタンを留める為に下を向いた円堂の声が、少しくぐもって聞こえた。
 帰り道、今日は小腹を満たしているからか、誰も寄り道をしようと言い出すものもなく、早めに分散していった。
 気が付けば、いつの間にか家が近所の俺と円堂の二人だけ。
 西に沈む夕日が眩しくて、少し目を眇める。

 この夕日の先に、あの街がある。
 仲間の許から逃げ出した、あの街。
 自分の『弱さ』に負けて ――――

( ああ、そうだ。立向居が悪いんじゃない。ただあいつを見ると、あの街での事を思い出して…… )

 ふと立ち止まり、俺は後ろを振り返る。
 落ちかかる夕日に照らされて、長く長く伸びた自分の影。

「どうしたんだ? 風丸。誰かに呼ばれたのか?」

 先を歩いていた円堂が気付いて、俺に声をかける。

「いや、なんでもない」

 俺は軽く頭をふって、円堂の横に並んだ。

( 今更何を考えている? 今、こうして俺はちゃんと円堂の隣にいるじゃないか。自分の居場所を見つけたじゃないか。それなのに、なぜ……? )

 ……それでも、思わずにはいられない。

 「あの日」に、もし戻る事が出来たら。
 そして逃げ出さなかったら、今のこの気持ちは無くなるのだろうかと。

「……だからさ、風丸。一緒に行こうな!」
「えっ……?」

 一瞬、自分の考えに囚われていた俺は、円堂の言葉を聞き逃していた。

「だから! 春休みになったら、俺と一緒に立向居の所へ」
「どうして……?」
「ほら! あいつが帰り間際に渡していったんだ。キャンセルする訳にも送り返す訳にもいかないだろ?」

 そうして俺に見せたのは、しっかりと今週末日付の入った東京福岡間の高速バスのチケットだった。

 ……俺も使った事がある、そのチケット。

「往復で二人分あるんだ。ここは、あいつの言葉に甘えようぜ」
「………………」

 また俺は、立ち止まる。
 今の俺には、あの街は……

「風丸?」
「……他の奴を誘えよ」

 視線をそらした俺の耳に、円堂の強い声が響く。

「風丸っっ!!」

 立ち止まった俺の腕を強く握り締め、その強さで俺の視線を自分の上に引き戻させた。

「俺は、お前と行きたいんだ!」
「円堂……」

 俺を見る円堂の瞳。
 夕日を受けて、赤く燃えるような ――――

「あ、でもお前も都合があるだろうし……。無理は言わないからさ、来れそうだったら来て欲しいって言うか ―――― 」

 明らかに表情が変わっただろう俺の顔を見て、円堂は強く握り締めていた腕を放し、少し語気を弱めてそう言葉を続けた。

「お前、俺が行かなかったら、どうするつもりなんだ?」

 逆に俺から問い返され、円堂はすっと顔を夕日の方に向けた。
 そして ――――

「ん…、その時は一人で行くさ」

 その時、円堂がどんな表情を浮かべていたのか、あまりにも夕日の影が濃くて俺には良く判らなかった。


  ■ ■ ■


 それから何事もなかったように週日が過ぎて、今日はもう終了式。
 色々あった中学2年生も、今日でお終い。

( ……なんだか、何年分も一気に走り抜けたような感じだな )

 宿題の無い春休みは小学生までで、中学ともなると前学年の復習のようなプリントの束が待っている。休みだからと言っても、あまり気が抜けない。

( あれから円堂、何も言ってこないな )

 いつものように部活をして、いつもの様に帰るここ数日。
 会話がない訳じゃない。
 練習中や登下校の時など、本当に普通になんて言う事は無い話をしている。ただ、あの件にどちらも触れないだけで。
 そんな事を考えながら終了式後、少し遅れて部室に向かうと中から円堂の声が聞こえてきた。

「……と言う訳で夏未からの伝言と言うか、理事長代理のお言葉って奴で、3月いっぱいは練習禁止だそうだ」
「練習禁止って言っても、キャプテンはどっかで自手練するんでやんしょ?」
「それなら、俺も混ぜて欲しいっス!」

 この一年ですっかり自分達のキャプテンの人となりを理解した一年生組から、まず声が上がった。

「円堂からサッカー取り上げたら、絶対禁断症状が出るしな」
「とことんサッカー馬鹿だからなぁ、円堂は」

 そんな声は、半田と染岡から。

「新学年を迎える準備で、学校側が忙しいというのもあるのだろう。練習中に事故でもあっては、大変だからな」
「……インターバルだ。走り続ける為にも、小休止は必要」

 そう言ったのは円堂の両隣にいる、鬼道と豪炎寺。

「俺は週明けからなら、河川敷に居るし、遊びでなら構わないからな!」

 にやっとした笑いを見せながら、そう円堂は話を締めくくった。

「あれ? いつの間に来たんだ? 風丸」
「うん、さっきな」
「じゃ、話は聞いたんだ」
「……今月中は練習禁止だって」
「そうなんだよ。今日も、このまま解散だしな。よし! 溜ったゲームをクリアしまくるか!!」

 久々の纏まった休みらしい休みに、半田は別の楽しみを見つけたようだ。

「キャプテン、どうして週明けなんですか?」

 円堂を見上げるようにして、小林が尋ねている。

「ん? ああ。ちょっと大事な用があってさ、それで」

 そんな円堂の声が聞こえた。

「……練習がないなら、先に帰らせてもらうぞ」
「えっ、帰るのか? 何か用事でもあるのか?」

 慌てたような円堂の声が追いかけてくる。

「まぁな。じゃ、お先に」

 部室のドアを後ろ手で閉め、歩き出す。俺の後ろで、一年生達の俺達も帰ろう、と言う声が聞こえた。その声の奥から、誰かの視線を感じたような気もしたけど、それには気付かない振りをして、足を進める。

( これも逃げ、かな )

 そう、自嘲めいた笑みを浮かべて。
 俺を見ていた円堂。

 この時、そんな俺達を見ていてくれた優しい瞳に、俺は気付かないでいた。


  ■ ■ ■


 「……連絡、来ないな」

 終了式の次の日。
 今日はもう、あのチケットに印字されていた出発の日だ。だけど、円堂からは何の連絡も無い。行くにしろ行かないにしろ、何か連絡をしなくてはいけないのは自分の方だという事は判っている。一人でも行くと言った以上、あいつはそれを実行する奴だ。
 新宿のバスセンターを出発するのが夜の9時。今は昼過ぎ、まだ時間はある。

 考えよう。
 俺が、どうしたいのかを。
 本当に大事な事は、なんなのかを。

 春の昼下がり。
 どこか遠くから聞こえる町のざわめき。
 自分の部屋で、目を閉じてそんな優しい風やざわめきに身を委ねていると、記憶はどんどん幼い頃に遡り、色んな事を思い出してくる。その記憶のあちらこちらに、あいつの笑顔も一緒に残っている。

「……俺、この町が好きだ」

 ぽつりと呟く。
 そして ――――

 はっと気付いて、机の上の時計を見る。時計の針はそろそろ午後の6時を指そうとしていた。随分と陽が長くなっていた春の空も、夕焼け色に染まり始めている。もう少ししたら夜色が下りてくるだろう。

 あの日の夜のように。

( あ、俺…… )

 夜に続くあの長い道を、一人で行かせるのか!?
 俺がこの町に帰って来た時のように……?

 そう思った瞬間、俺の心は決まった。
 ばたばたと簡単に旅支度をして、階段を駆け下りる。

「母さん、俺今から円堂と一緒に福岡に行って来る!」

 夕食の支度をしていた母が、びっくりしたような顔で俺を見た。

「一郎太、あんたそんな事一言も言わなかったじゃない」
「言わなかったのは謝るけど、早くしないとあいつが一人で行っちまう!!」

 俺の必死さが伝わったのか、呆れたような表情と溜息と一緒に母が頷いてくれた。

「判ったわ。それじゃ行ってらっしゃい。そして、今度はちゃんと帰ってくるのよ」

 母のそんな言葉を背中で聞いて、俺は家を飛び出していた。
 飛び出して、はたと思う。
 円堂の家に行くべきか、それとも……

「バスターミナルに行こう! そこであいつを待つんだ」

 今の、この気持ちのままで円堂の所に行ってしまえば、なんだかそのままになってしまいそうな気もした。

 だけど、それじゃダメなんだ。
 あの日の、あの場所に戻らないと!!

 まだ発車時間にはタップリ2時間はあろうかと言うのに、俺は深夜高速バスのターミナルの待合室へ息急き切って駆け込んだ。

 そして、そこで見つけた一つの人影。

「円堂……」

 力が抜けて、泣きそうな声が出た。

「風丸、来てくれたんだ」

 笑って俺に向かって手を差し出した円堂の瞳が、照明のせいか揺らいでいるように見えた。

「ああ、ごめん。俺、遅くなって……」
「遅くなんてないさ。こうして、十分すぎる程間に合った」

 ポンポンと円堂が自分の隣の席を叩いて俺に勧める。俺は誘われるままに、そこに腰を下ろした。

「……本当に円堂、お前一人でも行くつもりだったんだな」
「知りたかったから。風丸が通った道が、どんなだったかを」
「円堂……」

 円堂は真っ直ぐに前を見据えて、そして言葉を続けた。

「……お前を一人行かせてしまった。それだけが、ずっと心に残ってしまって、今こうして隣にいてくれても、思い出すたびにたまらなくなる」

 握り締めた拳に力が篭るのが見て取れる。
 俺が自分の事を未だどこかで許せないように、円堂もあの時の事を未だ引き摺っていたのだ。俺は、円堂の手に自分の手を重ね、強く握りしめる。

「俺もそうさ。あの体験があるからこそ、今の俺が居ることももっと強い信頼を手にすることが出来たのも判っている。でも、ふと思い出すたびに、どうして、あそこで逃げ出してしまったのか、氷の欠片が突き刺さったように何度も思い返してしまうんだ」
「風丸……」
「一緒なんだな、俺達」

 握り締めた手を緩めながら、俺は泣き笑いのような笑顔を浮かべた。


  ■ ■ ■


 「やっぱり、イナズマキャラバンの内部より広いんだ、高速バスって」

 二人掛けのシートの上にある網棚に荷物を乗せながら、まるで遠足にでも行く子どものような目の輝きを円堂の瞳の上に見る。
 東京に帰るために乗った時には、この隣には誰もいなかった。窓の外も真っ暗で、弱々しい車内灯で鏡のようになった窓ガラスに、青ざめた自分の顔が映っていた。
 
 だけど、今は俺の横には円堂がいる。
 あの一人の道のりは、この道に続いていた。

「あんまりはしゃぐなよ、円堂。深夜高速バスは夜10時には消灯だからな」
「そっか。キャラバンでもそうだったもんな」
「ヘッドフォンを使えば、音楽ぐらいなら聴けるけど」
「いや、いい。小さな声で話すのもアウト?」
「う~ん、どうだろ?」

 俺は円堂の言葉に、座席から立ち上がり周りを見回してみる。春休みに入ったとは言え、二階席ほどには混んでない様に思えた。

「多分、大丈夫。でも、そんなに話す事もないだろう?」
「なくても話したいんだ、お前と」

 落とした車内灯の弱い光に照らされた円堂の笑顔は、白熱灯にも負けないくらいの明るさだった。

「もう…、仕方が無いなぁ」
「へへ、本当に久しぶりだもんなぁ。こんな風にお前と二人だけで何かするのってさ」
「そう言えば、そうだな。お互い中学に上がってからは、部活も違ったし、たまに登下校が一緒になるくらいだったから」
「ああ。2年になって風丸が助っ人でサッカー部に来てくれてからは、今度はチームメイトとしての団体行動だったし」

 そんな事を取りとめもなく、俺達は話し続けた。
 真夜中、西に向かって疾走する高速バス。
 あの道のりを戻る度、俺達の一人だけだった時間は巻き戻されて、空白になってゆく。その上に、新しい思い出を刻みながら。

 話し疲れて、いつの間にか眠ってしまった俺達は知らず知らずのうちに、互いの手を取り合っていた。

 あいつの心音が聞こえる。
 体温が伝わる。

 それが涙が流れるほど、嬉しかった。

 深夜のパーキングエリア休憩。
 バスが止まった感触で、俺は目が醒めた。無自覚のままに流していた涙に気付いて、慌てて拭う。そんな俺の行動に、寝ぼけ眼の円堂が気の抜けた声をかけてきた。

「んぁ、もう着いたのか?」
「いや、まだだ。長距離を走るバスは、途中で運転手が交代するから、そのための休憩」
「ふ~ん。ここ、どこらへんだろう?」

 俺は携帯を取り出し、時間を見た。

「午前3時過ぎだから、岡山辺りかな?」
「へぇ、もうそんな所まで来てるんだ」

 円堂と二人で物凄く遠くまで来たんだという事を実感して、なんだかドキドキしてきた。

「うわぁ~、すっげぇ綺麗な月!!」

 俺の膝の上に身を乗り出して、外の様子を見ていた円堂が、突然大きな声を出した。円堂の言葉に空を見上げれば、そこには真ん丸のお月様。

「本当に、今夜の月は綺麗だ」

 あの時も、気がつけば月は空にあったのかもしれない。気がつかなければ、そこにある光でさえ見失ってしまうように。


  ■ ■ ■


 「こんなに賑やかな街だったっけ?」

 目的地のバスターミナルに着いたのは、もう昼近くの事。この地方随一の商業圏の中心地でもあるからか、予想以上の人出の多さだった。

「……前に来た時は、街の様子を見ている余裕もなかったからな」

 あの時は、そう誰もエイリア学園と闘う事しか頭になかった。
 強くなる事だけしか、見えていなかった。

 俺は、ここから一歩踏み出す。

「あ、おい! 風丸!! どこに行くんだよ!?」
「あの場所に、戻るんだ」
「あの場所って…、おい! 待てよ!! 俺を置いてゆくな!!」

 俺と円堂の間に人波が混じり、ほんの一瞬お互いの姿が見えなくなった。

「円堂っっ!!」

 そう声をあげた瞬間、俺の手は後ろから強く引っ張られた。

「……もう、勝手に行くなよ! 一人でなんか……」
「ごめん。だけど、約束する。俺はもう、一人にはならないから」

 見知らぬ人達で溢れる街中を、俺達はもうはぐれないよう固く手を握り合って、あの場所への道を逆さまに辿る。俺があの夕暮れ、一人で歩いた足跡を二人の足跡で書き換えながら。

 あの日、落日の陰に染まりつつあったあの波止場は、今 真昼の明るい太陽の下、穏やかに打ち寄せる波に光が弾けていた。

「風丸……」
「あの日、俺はここから逃げ出した。あいつらの強さに打ちのめされて」
「…………………」
「俺が逃げ出したのは、自分の弱さから。弱い事を言い訳にして、強くなる事から逃げ出して、それでもやっぱり強くなりたくて、あんなものに手を出してしまった」
「もう、いい。終った事だ、風丸」

 真剣な顔で、円堂が俺を見つめる。
 そう、俺は気付いたんだ。
 あの日、俺が本当は何から逃げ出したのかを。

「本当は強くなってゆくお前から逃げ出したんだ、俺」
「俺から……?」

 目を丸くする円堂。

「どんどん強くなってゆくお前と、凄い才能を持ったスカウトメンバー達。強くなければ一緒に戦えない。戦力にならない奴はお前の側にいることは出来ないから、そう言われる前に逃げた」
「そんな! そんなことはない!! 大事な仲間を、そんな事で……」
「だけど、そんな状況だっただろ? あの時は」
「風丸……」

 ああ、円堂。
 不安げな表情はお前には似合わない。
 だから、俺は言う。

 自分の弱さも、過ちも全て受け入れて。
 あの日、間違って進めてしまった時計は針を巻き戻し、素直な自分の心を刻んで動き出す。胸に突き刺さっていた氷の欠片が、春の日差しに解けてゆくのを感じる。

「円堂、俺 お前の事が好きだ」
「風丸っっ!?」
 
 飛びっきりの笑顔で、俺はそう言った。
 円堂の不安げな表情は吹っ飛んで、大きな目を真ん丸に見開いたびっくり顔に、俺は思わず噴出す。

「そして、あの日あの時、俺はこの気持ちからも逃げたんだ。でも今はもう、逃げない」

 笑顔はそのままに、俺はがばっと円堂の身体を抱き寄せて、ぎゅうっと抱き締めた。あの日、円堂が伸ばしてくれた腕を振り払った分も、合わせて強く固く。俺の急変振りに硬直していた円堂の腕が、そっと俺の背中に回される。

「よし、判った。俺も逃がさないからな。ここから俺達は、また走り出すんだ!」

 二つの影が一つになる。
 頭の上で、賑やかになくウミネコの声。
 明るい海の上、外国航路の船がボゥゥと長閑な汽笛を鳴らしていた。



 ―――― 走り出せ 前を向いて


 いつか、俺はこの日の事を思い出す。


 ―――― 「あの日」を誇れるように

 
 俺はもう、立ち止まらない。
 この気持ちに嘘はつかない。


 ―――― 譲れない想い 抱き締めて


 今、走り出す!!


  ■ ■ ■


 
「……やっぱりな」

 真昼間堂々と、中学生男子が抱き合っているのはどうかと思うが、そう仕向けたのは自分でもあるから仕方がないかと、軽い溜息をつく。その溜息の主の左右にも、それぞれ人影がある。

「よくここだと判りましたね、鬼道さん」
「ああ、この街で円堂が風丸と別れたのが、あの場所だと聞いていたからな」

 立向居の言葉に、さらりとそう答える鬼道。あの時の、風丸がキャラバンを離脱した後の円堂の姿を知っている者からすれば、今の有様くらいは目を瞑ってやろうという気にもなる。

「……俺があんなに早くキャラバンを離れなければ、あの二人をそんなに追い込むことはなかったのだろうか」

 少し沈んだ声は、鬼道の左隣の豪炎寺から。

「お前にも差し迫った事情があったんだ。自分を責める必要は無い」
「鬼道……」

 一つになっていた影が、急に我に返ったように二つに分かれ、恥ずかしそうに下を向いた様子まで手に取るように見えている。

「立向居には、面倒な事を頼んだな」
「いいえ、構いません! 円堂さんの為になる事なら!! 言ったでしょう? 俺、円堂さんの事大好きですから!!!」

 今の二人を見ても尚、そう言い切る事が出来る、その強さ。

「強いな、立向居は」
「俺は自分に正直なだけですよ」

 にっこり笑うその姿は、やはりどこか円堂に似ていると鬼道と豪炎寺は思った。

「それに俺、この街が大好きなんです。だから、大好きな人達が、この街を思い出してくれる時に笑顔で思い出してくれたらって」
「お前は、本当に良い奴だな」

 鬼道と豪炎寺の二人に頭を撫でられ、顔を赤くした立向居。

「あっ、でもそろそろ合流しないと、俺の立てたスケジュールが狂っちゃいます」
「……馬に蹴られそうな感じだがな」
「判らんでもないが、あのままでは二人も動けないでいるのだろう。立向居、円堂の携帯を呼び出せ」
「はい」

 すぐ近くで聞こえる、円堂の携帯の着信音。
 その音で、場の空気が変わったのを確認する。

( 円堂さん、立向居です )
( おぅ、立向居か。悪ぃ、着いたら連絡するつもりだったんだけど )
( 俺達、今海岸の近くに居るんですけど )
( ああ、じゃぁ近くだな。すぐ、合流出来そうだ )
( 良かったぁ~。 午後から空港近くのスタジアムで地元のJ1チームの練習試合があるから、案内しようと思っていたんです )
( プロチームの試合!! 判った! すぐ行く!! )

 円堂の声があまりに大きくて、耳から外した携帯から返事が筒抜けになる。

「……あいつらしいな」
「まったく。俺達の姿を見て、びっくりする二人も見物だろう」

 小さく笑い合う、鬼道と豪炎寺。

「東京福岡間なんて、9時東京発の便に乗れば11時前には着きますからね」
「帰りはあいつ等に付き合って、深夜バスだが」
「ちゃんと、鬼道さん達のチケットも予約してますから」

 そんな立向居の言葉。
 よく気が利く、頼もしい後輩だ。

「陽花戸の戸田も安心だな。立向居のような後輩がいれば」
「ああ。雷門の後輩も頼もしいがな」


 皆の想いが一つになって、大きな輪になる。
 その輪は転がりだして、未来へと続く。


 ―――― 切り開け その手で
 
 聞こえているかい? この声が

 素直に笑える事 抱きしめ

 今 走りだせ ――――




【終わり】

次のページは後書きです

今日は、禁書でv

そんなに持ちネタはないんだけど、思いついた上条さんとインデックスちゃんのSSを1本、ピクに投下。
最初は、詰めにするつもりだったんだけど、2番目の話、3番目の話とだんだん長くなるのが見えたので、バラすことにしました。

暫くは、禁書の話を書いています。
息抜きで、保管庫へのテキスト移動も並行させますね。

テンプレートがね……

このネコちゃんのテンプレート、可愛いので気に入ったんだけど、「文章を読んでもらう」って言う1点に置いてはちょっとにぎやかすぎるような気がして……

とっても、配布されているままのテンプレートは基本使わない人なんで、色々カスタマイズできるテンプレートをDLして弄繰り回すんだよね。
て訳で、しばらくテンプレートをいじりまわすことになりそうです。
ちょこちょこ表示がおかしくなる場合もあると思いますので、一応一言お知らせです。

「永遠の空」

三月半ば、早春の風は未だ冷たいが降り注ぐ光は明るさに満ちている。
 清々しくもどこか荘重な気持ちで、温子は家を出た。

 今日は、雷門中学校の卒業式。
 そう、守の、一人息子の卒業式だ。

 友達同士で登校する子や親子で歩いている、どの子ども達の顔にも、今日という日を迎える嬉しさが浮かんでいる。

( ……そうね。きっと守も、こんな顔をしているわね )

 そう思うと、込み上げてくるもので視界が揺らぐ。

「ダメダメ! しっかりしなくちゃ!! あの子に笑われるわ」

 いつも強気な笑顔を忘れなかった我が子。
 自分は、その『円堂守』の母なんだから。


   ■ ■ ■

卒業式が行われる講堂の、指定された席に着く。
 温子の周りでは、すでに小さく押し殺したような泣き声が聞こえた。
 そんな声も、いつにない程の厳粛さをもって行われる式を妨げる事はない。

 粛々と式次第に沿って卒業式は進む。

 卒業証書授与に移り、卒業生の名前が一人ひとり呼び上げられる。
 知っている子の名前もあれば、知らない子の名前もある。
 知っている子の名前を聞けば、その子の顔を思い浮かべ、やはり一筋涙が零れる。

 そして ――――

「円堂 守」

 壇上で校長が一際大きな声で読み上げた。
 会場内で、またすすり泣く声とざわっとしたざわめきが生まれる。

「はい!」

 温子は座っていた席で、しゃんと背筋を伸ばした。


  ■ ■ ■

 静かな理事長室の窓辺に立ち、温子はもう見ることはないだろうグラウンドの様子に目を向ける。
 ここで、焼付くような真夏の炎天下でも、凍えるような冬の寒さの中でも、あの子達は大きな声を上げながら元気に駆け回っていたのだろうと思うと、もうそれだけで胸がいっぱいになる。

「……練習や試合、もっと見てあげれば良かった」

 過ぎてしまった時間は、戻らない。
 いつも、「今」が大事なのだから。

 コンコン、と理事長室がノックされた。
 ノックとともに、サッカー部のユニフォームに着替えた一人の生徒が温子に向かってペコリとお辞儀をした。

「失礼します」

 温子は、その子の顔に見覚えがあった。

「あなた、確か半田君よね? 1年の時から守と一緒のサッカー部だった……」
「はい。……あの、今から円堂達の為の壮行試合を行います。それで、呼びに来ました」
「判りました。皆が揃ってするサッカーも、これが最後ですものね」

 窓辺を離れると温子は、手に卒業証書の入った紙筒とアルバムを入れた紙袋を持って、半田の後をついていった。


   ■ ■ ■

 
 グランドの周りは、この試合を見ようと大勢の人達が詰め掛けていた。
 知っている顔も知らない顔もそこにはある。

( ……すっげー人だかりだな。こりゃ良い試合にしなくちゃな!! )

 その言葉に、皆が頷く。

( だけど、俺嬉しい!! また、この仲間と一緒にサッカーやれるのが! )

 にぱっとした、いつもの笑顔。

( あっ…… )
( ん? どうしたんだ )
( いや、あそこに…… )

 指差した人ごみのなかに、じっとこちらを見つめる者。
 長身長髪、その髪を後ろで一つに束ね、相変わらず目元はサングラスで隠したまま。
 だけど不幸を噛み締めていた口元は、ほんの少しあがり笑っていた。

( 良かったな。見に来てくれたんだ )
( ああ。本当に…… )

 それは、影の呪縛から開放された瞬間。

( 兄ちゃ~ん!! 頑張れよっっ! )

 コクリ、と頷く。
 もう一人ではないという、安心感を得て。

 ピィィィー、と試合開始のホイッスルが鳴り響いた。


   ■ ■ ■


 子ども達が駆け抜けるグランドを、遠い眼差しで温子は見ていた。
 気付かぬうちに手にした紙袋を、きつく抱き締めている。

「守、良かったね。あんたは、今もあの時と同じ空の下を走っているんだろ? ナイズマジャパンが世界一になった、あの日の空を」

 もう温子は、溢れようとする涙を押し留めようとはしなかった。
 ポタリ、ポタリと溢れ落ちる涙は、守の卒業証書を卒業アルバムを濃い色に変えていった。
 あの日、流しきったと思った涙は、今もこうして枯れる事無く溢れてくる。

 涙で揺れる温子の視界の中に、守の姿はなかった。

「大好きな仲間と、大好きなサッカーを、今もあんたは……」


 温子の我が子の名を呼ぶ声が、空に高く吸い込まれていった。
 


   ■ ■ ■


  第一回FFI大会で優勝したイナズマジャパン。
 勝利を讃えられ、最高のプレイと笑顔で幕を閉じた大会。



 輝かしい栄光と未来を手にした円堂達が乗った旅客機は、日本の地に舞い下りることはなかった。


 あの子らは今も14歳のまま、一つのサッカーボールを追いかけている。
 
 あの空の下で ――――





(  みんなー、 サッカーやろうぜ!! )
 

 




2011年04月21日脱稿



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ブログ弄りが止まらない~

もともとブログ大好き人間なんで、一時期は10近くブログを持っていたこともあります^_^;
ネタ出し用やブログ連載用にとか、オリジナルや考察用にとかサイトのパーツとしてとか、まぁ色々。

そんな時期を経て、ここ数年は2つだけで回していたんですが、ここにきてまた一つ追加。
昔のシンプルなブログを、あれこれ弄って自分好みにするという作業を繰り返したおかげで、今ではどうにかソフトに頼らなくてもHTMLサイトのスキンを作る事が出来るようになりました。
いつでも、新しいことを学ぶのは楽しいですね!!

で、昨日でこのブログもカスタマイズ完了!! とか思っていたんですが、一晩明けたらあれもこれも詰め込んでみようかなんて思っちゃって、今日はネタ帳を増やしました。
取りあえずは、そこに書いた10本をクリアすべくカタカタ書いてゆきたいと思います。

ん~、自分の書くものって、あんまりCP要素とか恋愛要素がないものなので、需要が少ないだろうなぁ、とか思いつつも、「自分が書きたいから、読みたいから書く!!」みたいなところがあって、いわば究極の独り遊び続投中!! なんですね。
あれこれ書いてみたい気持ちがあるので、ますますカオスになって行くと思います。

それからツイートの方は、あまり書き込まなくなるかもしれません。
面白い呟きが出来る訳でもなく、有効な情報ソースを持っているわけでもないし、まず一言で呟くことが出来ない!!

……システム的な事も、良く分かってないんですね^_^;

絡み方が判らないというか、まぁ、その……
それでも、他の方の呟きや情報などは面白く有益な事が多いので、これからもそっとそんな呟きを読ませてもらうだけに留まろうかなぁ、と思っています。



信号機二つ



これは地方に住む叔父から聞いた話です。



 地元で大工の棟梁を務めて、三十年。一般家屋しか手がけず、自分の納得の行く家を作り続けてきた。最近は家の建て方の新しくなってきたが、出来る事なら昔ながらの土壁の家を作りたいと思っている。まだこの辺りなら建てられそうなんだが、といつも仕事帰りに通りかかるたびにそう思う。


 時間が決まった仕事じゃないから、自分のきりの良い所まで終わらせたら現場を出たのは、もう九時過ぎ。すっかり暗くなった農道を自宅にむかってハンドルを握る。この辺りは広々とした田園地帯、県道や市道よりも良く整備された広域農道が整備が真っ直ぐに山に向かって延びている。そんな農道には滅多に信号機などないが、メインの農道が交差するあたりには思い出したようにぽつんと信号機。


 真っ暗な夜道に、街灯代わりにもならない信号の明かり。滅多に引っかからない信号にかかって、自分の目の前を横切ってゆく車を見送る。信号が変わり、車を発車させる。百メートルくらい先にも、また信号。


「ん? 新しい信号か? 今までなかったよな」


 その信号は、赤。つい几帳面な性格が禍して、信号を通過する車の灯かりも見えないのに停止してしまう。信号が変わるくらいの時間を惜しむほど、先を急ぐ事も無い。


 一分、二分…、五分。


 待っても、その信号機は赤色を点灯させたまま。さすがにこれはおかしい、この信号機が壊れているんだと判断する。そっと交差点に侵入して左右を確かめ車が来てない事を確認して、その交差点を通り抜けた。


「なんだったんだ? 今の信号」


 そのまま暫く走って、ふと気がつく。


「ああ、そうか。あの信号が壊れたから、新しくもう一本信号を立てたのか」


 自分ながらそう納得して、バックミラーを覗いてみた。その中には壊れて赤信号のままの信号機と、その少し向こうに正常な信号機が映るはず。


 だけど ――――


「なんだっ!? どうして、信号機が一つしかないんだ!」


 バックミラーに映った信号機は青信号の信号機が一つだけ。
 まるで狸か狐に化かされたように。



 我が家を建ててくれた叔父が話してくれた、秋の夜話でした。




あるコンビニの話


 コンビニでバイトをしている友人から聞いた話です。


 その友人は男子大学生なのですが、暑い部屋で夜を過ごすのが嫌で深夜勤務のローテでバイトに入ってました。
 時給も良いし、涼しいし、流石に超深夜なのでそうお客も来ない。
 店は割りと道幅の広い道路が交差している四つ角に建っているせいか、少し郊外になるせいか族っぽいバイクや車は良く走っている。そういうちょっとお近づきになりたくないようなお客の相手だけが、深夜勤務ではちょっと辛いなぁ、と言っていました。


 ある夜の事、店の自動ドアが開いたのでお客かと思い、商品整理をしていた手を止めてレジに向かったら、誰も居ない。あれ? と思っていたら、けたたましい爆音を立ててその手の車が通り過ぎて行く。
 しまった! 万引きされたかっっ!! とチェックしてみても異常は無い。
 何だったんだろう? と頭を傾げて…


 それから、ちょこちょこそう言う現象にぶつかる。
 流石に気持ち悪くなって、店長に言ってみたら、
「ああ。そりゃ、この辺りを走る族の車が付けているレーダーのせいだろう。よく、あれのせいで自動ドアが誤作動するんだ」
 そう聞いて、安心した。


 安心したけど… …


 でも、いつでもそんな車が走ってたっけ?
 物凄く静かな時にも、そんな事があったよな?
 レーダーなんて目に見えるもんじゃないし、遠くの奴の影響もあるのか?


 深夜勤務の途中でそんな事を考えていたら、またドアが開いた。
 ふっと、或る事を思いついた。自動ドアにこんなに影響が出るなら、防犯カメラにもなにかノイズみたいなものが出てるかも知れない。
 後でこっそり、そのビデオを見てみた。



 そこで、友人は話すのを止めてしまった。
 どうしたの? と聞いてみたら、そこのバイトも止めてしまったし、もし近くを通る事があっても近づかない方が良い、とそれだけしか言わない。
 気になるじゃない! 話してよっっ!!


 ……話しても良いけど、営業妨害になるから他には話すなよ、って言って ――――


 映ってたんだよ、血だらけの奴が。一瞬だけど。
 気になって、他の日のその自動ドアが勝手に開いた時間のを見てみたらどれにも違う奴が一瞬だけ。
 そしてな、誰も出て行ってねぇんだよ、そこ。


 だから、俺 店辞めたんだ。


 嘘……


 店員が居つかない店とか、入れ替わりの激しい店とかあるだろ? あれって、きっとそうだぜ。お前もバイトする時は、気をつけろよ。そんな【場所】に当たらないようにな。



これが、私が友人から聞いた話です。




夜の海で…


 この話は、私のOL時代の話。
 結構可愛がっていた年下の営業君から聞いた本当の話です。



「……○○さん。恐い話、聞かせちゃろっか?」


 春先のある昼休み、電話番をしていた私に営業のS君がそう話しかけてきました。
 S君はかなり年下の営業社員ですが、愛嬌のある部活感覚での後輩のような感じの子です。どちらかと言えば真面目で、だけど場を盛り上げるのが上手な子です。


「ん? 何々? 何か面白い話??」


 私はこの手の話には目がありません。


「うん、あのさぁ、俺。この前の休みに夜釣りに行ったんっちゃん。IとUも一緒に」
「へぇ、それで変わったもんでも釣ったの?」
「いや、あんまり釣れんし寒いし……、人も少ないからもうちょっと頑張ったら帰ろうって」
「うん、それで?」
「十二時前やったかな…、俺達が来た時には他に三人釣り人がおったけど、いつの間にか一人帰っていて、二人になってる。一人で釣っとったみたいだったから、釣れんで先に帰ったんやろうって」
「何か、ドボーンって音が聞こえたような気もしたんやけど、風も強かったし岸壁に波が叩きつけられて結構五月蝿かったし、ホット・レシーバー付けてたから良く判らんで……」
「……うん」
「大丈夫やろうって、先に帰ったんよって言って、俺達もそのまま帰ってきたん」


 そこでS君は困ったような、茶目っぽいような何とも言えない表情で笑って……


「……今日の新聞でさ、俺達の釣ってた場所で水死体が上がったん。落ちた時間が、夜中の十二時頃って……」
「嘘……」
「嘘や無い。新聞、見てん」


 そう言ってS君は私の席から離れて行きました。
 その日、私は新聞を見ませんでした。


 もしかしたら、本当はS君が私を担ごうとして言った嘘かも知れません。
 でも、もし本当なら……


 S君が私に話した本当の訳は……


 それから間もなく私は職場を退職し、S君とも会う事はなくなりました。
 今でも私はこの話が、本当か嘘か知らないのです。



開きかけた扉




 十一月のこの地域一番のショッピング・ゾーン。
 寒さはまだそんなには厳しくはないが、夕方ともなるとかなり重々しい空の色になる。
 仕事帰り私は、当時の親友であったCと本屋で待ち合わせ夕食を一緒に取った。
 この頃の私はCとの交友が楽しくて仕方が無かった。
 Cは一件お嬢さん風な容貌とミルキィ・ボイスの持ち主で、大抵は初見で騙される。


 その実は、当時勤めていた建設会社を一介の事務職でありながら切り回し、社長の覚えもめでたい程の実力者。
 私と何かと気が合い、よく行動を共にしていた。
 もう一つの特徴というか、【特質】が非常に強力な【霊感体質】でもあると言う事か。


 待ち合わせて合流し、夕食を取ったあと、お茶に流れるのがいつものコース。
 その間、それぞれが読んだ本の感想や今やっている事の話や、まぁ、女の長電話の如き話題の尽きない有り様で、どれだけ話しても話したりないのが、また女かも知れない。
 お茶をしに、いきつけの店に向かおうとした辺りから、私の変事は始まった。


( 肩が、重い ―― )


 事務職など、座っての仕事だから運動不足は否めないし、まして大きな締めの作業を終らせた後は通常よりも疲れているもの。最初は、そう思った。
 そのうち、背中全体が重たくなってくる。肩こりからくる重痛かと思ったが、少し様子が違う。
 【痛い】のではなく、【苦しい】のだ。
 本当に背中に【何か】負ぶっているかのように。
 繁華街の店から店への僅かな移動距離。
 ますます背中の違和感は強くなる。


 私も彼女程ではないが【霊感】のようなものはある。
 【それ】が【良い】か【良くないか】は肌で感じる。
 背中の違和感がそう言う種類の物ではない事は、私にもわかった。
 息苦しく、背中には何もないのに押しつぶされそうな圧迫感。
 次の店までの距離を私は、脂汗を流しながら歩いた。もう少し距離があれば、周りは奇異な目で見るだろうがその往来で潰れてしまっただろう。
 ようやく店に着き、席に座ると私はそのままテーブルに自分の上体を預けた。
 とにかく、身体を上げていられない。Cが私の背後を目を眇めて見ている。


「…ごめん。ちょっと、手 かして」


 私はそう言うとCの手を借りて、そのままの体勢で様子をみた。
 その間、店の人間にはどんなに奇妙な二人連れに見えた事だろう。
 一人は具合でも悪いのかテーブルに突っ伏し、友人に手を握ってもらっている図などは。
 ようやく、背中の圧迫感から開放された私はCの手を離した。


「ふぅ、ありがとう。どうにか落ち着いたみたい」
「……大丈夫?」
「うん、今はね。……何か見えた?」
「……うん」


 私は一息入れて、それから自分の感じた事を口にした。


「……どこかで無縁さんでも拾ったかと思ったけど、違うよね、あれ」
「うん、違う。私にも良く判らないけど、○○の背後で空間が捩れてたよ。何か【別のもの】が出てこようとしていたみたい」
「私に関係ある?」
「いや…、たまたま行き会ったみたい。もう、完全に【閉じた】から大丈夫だと思う」


 完全に【閉じた】
 開いていたら【何が】出てきたのだろう?


 その友人とは、今は音信不通である。
 あれからそんな体験もした事はなく、私は平穏に日々を過ごしている。





創作系、移動

某所に置きっぱなしにしていた創作系SSを、こちらのブログに移動させました。
こーゆー系の話も、時間に余裕が出来たらぼちぼち書いてみたいものです。

もともと不思議系や妖しい系が好きな人なんで、二次を書いていてもそういう匂いが滲みだしてしまうようです^_^;

Operation Chord : 「DATE FORCE」1

1.EMERGENCY (緊急事態)

「夏未さん!! この記事見てください!!」

 そう言って、理事長室で理事代理を務め書類を捌いていた夏未の元に、新聞部と掛け持ちでサッカー部のマネージャーを務める春奈が飛び込んできた。

「どうしたの? そんなに慌てて」

 夏未は春奈の差し出した一枚の校内新聞らしき紙面に目を落とした。そこには、自分もマネージャーで籍を置くサッカー部の練習風景、それも隠し撮りっぽいスナップ写真が掲載されていた。

 発行は雷門ジャーナル。

 春奈が所属する新聞部が正式な部活動であれば、こちらはアングラ的な要素を持った同好会に過ぎないが、センセーショナルなスキャンダル性の高いすっぱ抜き記事で、学園内の読者数を伸ばしてきていた。
 その雷門ジャーナルの紙面を飾ると言う事は ――――

 一枚目の写真には豪炎寺が被写体で捉えられている。練習中の休憩中のひとコマだ。普段無表情の豪炎寺の顔に浮かんだ、微かな変化がはっきりと写し出されている。

 切ないようなやるせないような……。

 大写しされたその写真の下には、同じアングルで撮られた、ロングショットの一枚。豪炎寺の切なげな視線の先にいたのは、下校途中らしい小学校1年生くらいの女の子の姿。

「……そうね。夕香ちゃんも元気だったら、きっとこうして……」

 豪炎寺の転校してきた事情を知っている夏未には、その切なげな眼差しの真意など直ぐに汲み取れた。

 次の一枚には鬼道と春奈が写されていた。これもやはり休憩中の一場面で、ドリンクを微笑みながら手渡す春奈に、兄らしくほんの僅か笑みを返す鬼道の表情が鮮やかに切り取られていた。鬼道と春奈は幼い頃に両親を亡くし、それぞれ別の家庭に引き取られた過去を持つ。
 どうにかして春奈を鬼道の家に引き取りたいと、実の妹に悲しい誤解をされたまま頑張っていた鬼道。今では誤解も解け、その気持ち受け止め、そうして確かな「兄妹の絆」があるからこそ、春奈は「音無春奈」としての自分を選んだ。

 血を分けた、たった二人きりの兄と妹。
 一緒に暮らさなくても、それは絶対に切れることは無い、「家族の絆」。

 そんな二人を感じる事が出来る、その一枚。

 最後の数枚組みになった、円堂と風丸の写真。
 幼馴染で親友で、10年近くに渡って築き上げた確かな「信頼」を感じさせる。サッカーの技術であるアイ・コンタク以前に、本当に「目と目で語り合える」を体現している二人。

 見ているだけで微笑ましく、胸が温かくなる。

 この四人をちゃんと知っている人間が見れば、どれもそれぞれの人となりが伝わるベスト・ショットばかり。

 だが、それぞれの写真につけられたスキャンダラスな見出しは……。

「ショック!! 豪炎寺にロリコン疑惑!?」
「鬼道、恋のお相手は実の妹!?」
「二人は恋人!? 十年に渡る愛の軌跡!!」

 ばりっと、紙面を引き裂く音がした。

「夏未さんっっ!!」
「なんて、なんていい加減な記事なのっっ!! 断固、抗議しなくちゃ!!」

 理事長室を出た夏未を、その記事を読んだ一般生徒が取り囲む。

「雷門夏未さん!! ここに書いてある事は、本当のことなんですかっっ!!」
「理事長代理! これが事実であれば、由々しき事ですよ!!」

 詰め寄る生徒や学校関係者。

「そんな事はありません!! 彼らは、そんな道を外れた事をするような生徒ではありません!」

 凛とした夏未の言葉も、泣き喚くこの四人の追っかけ集団の黄色い悲鳴に掻き消される。

「あ~ん、豪炎寺くんも鬼道くんも。道理で私たちが幾らアタックしても、誰も彼女になれなかったのね~~っっ!!!!」

 彼女になれなかったのねぇぇ~~と、泣き叫ぶ中に、男子生徒の声が紛れていた事は幻聴という事にしたいと夏未は思う。


  ■ ■ ■


 コツコツと、細く小さな足音が足早に近付いてくる。雷門ジャーナルと書かれた木札がかかった教室の中で、黒縁眼鏡をかけた女生徒がその足音の主が現れるのを待ち構えていた。

「雷門ジャーナル編集長、黒野桐子はいますか!」

 教室の入り口をがらっと引き明け、夏未が大きな声で呼びかけた。

「これはこれは、理事長代理。こんな部にも昇格出来ないような同好会に、どんな御用でしょうか?」
「私の用件は、言わなくても判っているはず!! 直ぐに、このふざけた記事に対しての謝罪記事を書きなさい!!」
「ふざけた記事? 私は、可能性を示唆しただけですよ? どの記事も、断言した内容にはなってないでしょう?」

 雷門ジャーナル編集長・黒野桐子は薄っすらとした笑いを浮かべ、見出しにつけた「?」マークを指差した。

「ねv」
「うっ……」

 得体の知れないオーラを漂わせ、黒野桐子は夏未にはっきりと嘲笑を浮かべた顔を向けた。

「私に謝罪記事を書かせたいなら、はっきりとそんな可能性はない!! とそちらから示してもらわないと、出来ない相談ですね」
「可能性の否定……?」
「そう。あの四人に、実はちゃんと彼女がいるっていう証明でもしてもらえれば、私も考えるわ」
「証明……」
「ええ、証明♪ 出来ないでしょうけどね。この記事、反響かいいから、もう既に、第二弾、第三弾の紙面も校正中なの」
「……っっ!! まだ、こんないい加減な記事を垂れ流す気なの!?」

 ここで明らかに黒野桐子は、勝ち誇ったような笑みを夏未に向けた。
 サッカー馬鹿の円堂を始め、日々サッカーの練習に明け暮れるサッカー部員たちに、そんな彼女どうこうなんて考える暇などない。これは、円堂たちに彼女などいない事を確認してからの、黒野桐子の挑戦でもあった。
 根も葉もない噂だとしても、これが校外に広がればどんな事態に発展するか、それを理事長代理として夏未は考えた。

( ……まずいわ。もしこれがサッカー協会の役員の耳にでも入ったら、なんて言われるか分からないわ。下手して、それで試合が出来ないなんてことになったら…… )

 ぐっ、と夏未は息を飲んだ。
 そして ――――

「 ―――― これは、部員以外オフレコなんだけど、実はあの四人にはちゃんと彼女がいるわ。でも、今はあの人気でしょ? 彼女達の身に何かあってはいけないから、ひた隠しにしているのよ」

 黒野桐子が黒縁眼鏡に手をかける。斜めに差し込む西日を反射して、レンズがきらりと光った。

「それこそ、信じられない話だわ。これでもちゃんと、彼らの身辺調査はしているの。彼女らしい存在の影は、察知できなかった。苦し紛れの嘘は、見苦しいわ」

 これはもう、夏未と桐子の意地をかけた真剣勝負となっていた。

「ふっ。それは、あなたの眼が節穴なだけじゃないかしら? もう一度ちゃんと、彼らのことを観察してみてはいかが?」
「なんですって!!」
「あなたは、必ず謝罪記事を書く。これだけは、断言しておくわ」

 夏未はそう言い置くと、その場を後にした。
 夏未の足音が遠ざかる。
 黒野桐子は黒縁眼鏡を外すと、思いのほか鋭い視線を教室にいた他の部員に向けた。

「ほらね。特ダネは先に仕掛けたものが勝ちなのよ。私が本当に欲しかったネタは、いるかもしれない「あの四人の彼女」のネタだから」
「……で、どうするんですか? 編集長」
「そのネタを上げるまで、徹底的に張り付くわよ!!」
「はい! 編集長!!」

 そっと足音を忍ばせて教室の外からその様子を伺っていた夏未は、黒野桐子が自分の撒いたエサに食いついた事を確認し、また足音を偲ばせ足早にその場から立ち去った。


  ■ ■ ■


 夏未はその足で、サッカー部の部室に向かった。いつもなら練習に余念のないメンバーが、今は誰一人として練習をしていない。いや、練習できる雰囲気ではないのだ。グランドを取り囲むようにして、手に手にあの記事を持った一般生徒が集まり、渦中の人物たちの出方を待っているのだ。

( 本当にまずいわ。練習すら出来ないなんて…… )

 部外者を近づけないよう、壁山を初めとする1年生が部室の外で頑張る中、この一件の当事者である円堂を始めとする他三人があれこれ考えを巡らしていた。

「……不愉快だ」

 最初に、そう一言言ったっきり、豪炎寺は口を噤んだ。

「仲が良いだけで恋人同士なんて書かれたら、世の中恋人だらけだよなぁ。なぁ、風丸!」

 こちらは鈍感なのと晩生なのが合わさって、比較的生温い。むしろ、同意を求められた風丸の方がドキドキしていた。鬼道は難しい顔をして、ここ数ヶ月の学内の出来事を自分のモバイルPCで調べ直している。

「何か判ったか? 鬼道」
「ああ。もしかしたらこれは、インナーテロ的妨害工作かも知れん」

 そう言うと鬼道は、自分が開いたログページを円堂達に指し示した。
 そこには、雷門ジャーナルにスキャンダル記事を書かれた部の、急に低迷し始めた成績の傾向が顕著に表されていた。

「……理事長代理はどうしている」
「夏未か? あの性格だから、多分一人で雷門ジャーナルの編集長の所に乗り込んでるんじゃないかな?」

 そう風丸が答えたとき、夏未が部室に入ってきた。

「その通りよ、風丸くん。理事長代理として、そしてサッカー部マネージャーとして、今回の捏造記事に対しての、謝罪を載せるよう求めてきたの」
「で、相手はなんて答えた?」

 夏未の言葉に呼応する、鬼道の問いかけ。

「……そうではないと証明されない限り、謝罪には応じないと突っぱねてきたわ」
「証明?」

 円堂が首を傾げる。

「そう。つまり、あなた達に「彼女」がいるって証明」

 思わず部室内で、ええぇぇ~~と言う声が上がる。

「ちょっと静かにして頂戴。私に考えがあるの」

 夏未は皆を静かにさせると、部室の外で見張りをしている壁山達に小声で、こう指示を出した。

「……今から重要なミーティングを行うから、絶対部外者を近づけないで。あなた達のディフェンス力を信頼してますからね」
「は、はい! 分かったっす!! 絶対、誰も近づけないっす!」

 夏未の言葉が嬉しかったのか、見張り役の1年生が頑張ったのは言うまでも無い。
 そして、一方 ――――

「話が見えない」
 
 ぼそっと豪炎寺が言葉を口にした。

「いないものをいる、とどうやって証明するつもりだ」

 この発言は、鬼道から。

「鬼道くん、あなたは雷門ジャーナルの行動はテロ的だと分析したのよね?」
「その可能性は高い。しかし、ただのゴシップ好きな連中に過ぎない可能性もある」

 そんな会話の応答に、鬼道と夏未の目には策略家としての炎が燃えている。

「私も同意権だわ。むしろ、私はこれを雷門へのテロと受け取っています!」

 きっぱりと、夏未はそう言い切った。
 テロのスタイルも、時代に沿って多種多様だ。物的損傷や人的損傷を与える、古典的なテロもあれば、サイバーテロに見られる知的テロもテロ行為には違いない。
 今回のような謝った情報を操作して、対象にダメージを与えるのは、後者に属するだろう。

「その根拠は?」

 微かな不安を感じつつ、風丸が夏未に聞く。

「……相手は、もう既にこのスキャンダル記事の第二報・三報を用意しているの。今でさえ、この状態。練習や気持ち的なものに悪影響を及ばしている。こちらも、早急に手を打たないと」

 夏未の言葉を聞き、鬼道が小さく頷いた。

「……なるほど。こちらからも情報戦を仕掛ける、と言う訳か」
「そのためのエサは撒いてきた。ちゃんと食いついたのもね」

 なかなかの呼吸だと、夏未と鬼道を見比べ円堂は思う。
 二人の話している内容は、いまいち良く話はよく分かってはいなかったのだけど。

「先ほどの鬼道くんの質問の答えにもなるのだけれど、今からあなた達の「彼女」を用意します!!」

 もう一度、部室内から大きな声があがった。

 

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Operation Chord : 「DATE FORCE」2

MISSION 1.Side 豪炎寺


 鉄壁の守りの中で、オペレーションの説明は始まった。

「その、「彼女を用意する」と言う言葉が気になるんだけど……」

 風丸が口にした、誰もが抱くその疑問。部室内にいるのは雷門ジャーナルにか書き立てられた、円堂・風丸・鬼道・豪炎寺の他に、土門や半田、一ノ瀬に影野、染岡・松野とほぼ2年生メンバー。その他には、マネージャーである春奈と秋。

「ああ、判った。マネージャーたちが彼女役をやるんだろ?」
「でも、夏未を入れても一人足りないぞ」
「いや、だいじょーぶだろ? 一人ぐらいならどーにかなるって!!」

 そう言った松野の視線は、風丸の姿を捉えている。

「えっ? 何で、俺を見るんだ!!」

 嫌な予感が、実際の事になりそうな気配に、風丸はたらりと脂汗を流した。ただでさえ、交際を申し込んでくる男子生徒の数に悩まされているのに、女装なんてした日にはどうなる事か。

「はい、25パーセントは正解。だけど、それではいかにも取ってつけたような感じは否めないし、ずっと「彼女」としての演技を続けるのは難しいわ。素性が知られている以上、張り付かれるでしょうしね」

 夏未の言葉に、深く頷く春奈。そして、小さな声で言葉を続けた。

「……あの、これを言うとお兄ちゃんが気にすると思って言わなかったんだけど ―――― 」
「春奈?」

 心配げな響きを含ませて、鬼道が春奈の名を呼んだ。

「お兄ちゃんが、私のお兄ちゃんだと知られてから、その…、事あるごとに注目されることが多くて……」

 そこから先は、口を噤む。
 おそらく、「いつも誰かに見られている」プレッシャーなようなものを感じているのだろう。その中には、あれこれ言う者も交じっているに違いない。その上で、自分ではない誰かの「彼女役」までさせては、軽薄ミーハーな連中にどんな目に合わされる事だろう。
 うむ、と腕を組んで考え込む鬼道。

「では、外部からの協力者を呼ぶのか?」

 冷静な発言は、豪炎寺。

「残念ながら、外部からの協力者を仰ぐほど時間的余裕はないの。さっきも言ったでしょう? 相手は、すぐにでも二報・三報を出す準備をしているって」
「…………………」

 鬼道と同じく腕を組み、またも沈黙する豪炎寺。

「あのさぁ、さっき25パーセントは正解って言ったよな? 夏未。あれ、どーゆー意味だ?」

 沈み込んだ場面に不似合いな、どことなく気合抜けするような円堂の声。

「それは、風丸くんが女装するってことね。実在しない女の子なら、雷門ジャーナルのパパラッチ被害も、追っかけの子からの被害も受けないし」
「……悪くないな。風丸に彼女役をやらせれば、いざとなればその逃げ足で逃げ切ることも出来る」

 自分の妹に累が及ばない方法であれば、なんでも良い感の鬼道も納得する。

「あ、でも風丸の彼女役は誰がするんだ。一人二役なんて、絶対ばれるし」

 頭を抱え込んで床にうずくまった風丸を他所に、話はどんどん決まって行きそうな気配。そこにまた、冷静な声が。

「……ばれるだろう、それは。同じ顔をした彼女が、合同であれ単独であれ1対3で付き合えば」

 腕を組んだまま、豪炎寺が発言した。

「まったくその通りよ、豪炎寺くん。だから、この場合、彼女役に必要なのは4人」

 と、夏未は指を4本立てた。



   ■ ■ ■


「……四人。外部からの協力が無理だとしたら、今いるメンバーでやらないといけないのか ―――― 」

 誰かがそう呟いた途端、一斉にお互いを品定めするようにジロジロと見回し始めた。一人、当確者である風丸を除いては。

「まぁまぁ、ここは合理的に考えようや。女装したうえで、この四人と釣り合いがとれるような奴を選ばないとな。間違っても、俺達みたいなんじゃ漫才にもならないし」

 と、さっさと共同戦線を張った、土門と染岡。影野もそっと染岡の影に隠れる。
 残ったのは、一ノ瀬と半田と松野。こちらはやれば出来そうな雰囲気だ。
 
 が、ここで爆弾発言をしたのが一ノ瀬だった。

「……可哀想になぁ、風丸。同じ被害を受けているのに、風丸だけが女装までしないといけないなんてさ」
「一ノ瀬……」
「うん、風丸。お前、男らしいよ。我が身に降りかかった火の粉は、ちゃんと自分で払うんだもんな。どんなに女顔で、女装をすれば、そこいらの女の子じゃ敵わないくらいの美少女に変身しても、お前は男の中の男だよ!!」

 円堂が、その言葉にはっと胸をつかれたような表情を浮かべた。

「……、そっか。そうだよな!! 振り掛かった火の粉は自分で払わないといけないよな! 判った! 俺もやる!!」
「円堂……」

 女装から逃げられない自分の為に、円堂もやってくれる。
 風丸には、もうそれだけで救われたような気持ちになっていた。

「そして、鬼道・豪炎寺!! お前達もだ!」

 びしっと、雷門サッカー部キャプテンの威厳を持って残る二人に言い放った。

「―― !! ――」
「なっ…、円堂、お前……」

 反論しようとした鬼道の言葉は、春奈の一言で封殺される。

「ありがとう、お兄ちゃん!! 春奈の為に、そこまでしてくれるなんて……。春奈も、一杯協力するからね!」
「あ、ああ……」

 こうして、鬼道の退路は絶たれた。

「豪炎寺……」

 鬼道がかけた、低くドスの利いた声。

「……判っている」

 さり気無く親指を立てた一ノ瀬に、夏未がちょっと微笑んで返した。

「さぁ、それでは細かい打ち合わせに入るわ。皆、自分の役回りをきちんと理解してくださいね」

 そうして、夏未が展開させるオペレーションの詳細が明らかにされたのだった。


  ■ ■ ■


 長い長い打ち合わせの後、サッカー部員たちはそれぞれ家路にとついた。
 夏未の指示で、一人遅れて部室を後にした豪炎寺は、自分の後をつけてくる何者かの気配を感じた。

( ……夏未の言った通りだな。戦いはもう始まっている、と言う事か )

 おそらく、鬼道にも円堂や風丸にも付いているのだろう。

( 常に見られている事を感じていながら、「気付かないふり」で過ごす、か。俺や鬼道・風丸は腹芸の一つでも出来る口だが、円堂が問題かもしれん )

 真っ直ぐな気性で、人を騙したり欺いたりするのが大嫌いな性格の持ち主。その太陽のような暖かな明るさこそが、円堂守そのもの。

( まぁ風丸がついているから、大丈夫か )

 ピリリ、ピリリリ、と学生鞄に入れていた携帯が鳴った。それを取り出し、開いて耳に当てる。相手は、夏未。

( どう、豪炎寺くん。相手の動きは? )
( ああ、読みどおりだ )
( そう。ではオペレーションを開始します )

 後を付けていた雷門ジャーナルの記者は、突然鳴り出した携帯の内容を豪炎寺の返事から聞き出そうと、一心に耳を傾けていた。
 その記者の後方には、こっそりこの記者を付けていた雷門イレブンの姿。

「一ノ瀬、後で皆に回すからあの記者の顔を写メっておけ」
「言われるまでも無い。とっくにやってるよ」

土門と一ノ瀬コンビで、豪炎寺の後方支援。すると、二人の耳に豪炎寺の通話相手への返事が聞こえた。

「ああ、判った。明後日は、部活も休みだから……。駅前の「ヴェルディ」に10時半、それはデマだから心配しないでいい。じゃ……」

 この日、同じような光景があちらこちらで繰り広げられていた。そして、その報告は全て夏未の元に届けられている。

「ふふ。さぁ、もっと食い付きなさい、黒野桐子。私の大事な仲間や学校に傷を付けようとしたあなたを、私は許さない!! どんな悪あがきも出来ないよう、ゲームメイクしてあげるわ」

 ……恐るべし、雷門夏未。
 フィールドに立つことが出来るのなら、鬼道にも負けない智将ぶりを発揮できたかも知れない。


  ■ ■ ■


「編集長!! 相手側が動き出しました!!」

 学校外での活動起点であるカラオケボックスに、雷門ジャーナルの記者A・B・C・D達が駆け込んで来る。

「あれだけ派手なスキャンダル記事を流した効果は高かったわね。本当に「彼女」がいるのなら、心配で記事の真偽を確かめようとするはずだもの」
「明後日は、サッカー部は練習がお休みらしく、豪炎寺くんは会う約束をしていました」
「それはますます、結構な事。他の三人はどうかしら?」

 そう言って、黒野桐子は報告を促した。

「円堂くん担当、風丸くん担当、報告します。やっぱり二人とも、この部活休みには彼女と遊ぶ約束をしていたみたいです。彼女同士も友人の様で、確認の電話が掛かってきました」
「残る鬼道くんの方は?」

 鬼道担当の記者が、少し気後れしたように報告する。

「……すみません。あの、鬼道くんの方には、それらしい動きがなかったんです」
「そう…。仕方が無いわ。出たとこ勝負のゲリラ戦を仕掛けたのはこっちだし、それで雷門夏未から、あの四人に彼女がいると言質も取った。あの記事を否定する為にも彼女たちを出さざるを得ない。でも急な事だから、足並みが揃わないのが一人ぐらいでても、ね」

 この不ぞろいさが、夏未の仕掛けた大きなトラップを本物っぽく見せていた。

「勝負は、明後日。あなた達のパパラッチ根性に期待してるわ」
「はい! 編集長!!」

 手足に使っている記者たちの報告を聞き終えると黒野桐子は、カラオケボックスのテーブルの上に1万円札を置いた。

「今日は、ここで食べて歌って英気を養って頂戴」
「いつもありがとうございます! 編集長」

 そうして、カラオケに曲を入れたり、食メニューに目を走らせる様子を見ながら、黒野桐子はカラオケボックスを後にした。そしてその足で、また別のカラオケボックスに足を運ぶ。

「どうだ? 雷門の様子は?」
「上手く行っているわ。あの記事のせいで練習どころの騒ぎじゃないし、大事な「彼女」たちを引っ張り出せば、いざと言う時の切り札にもなるし」

 桐子は待っていた男にそう答え、眼鏡を外すと大きく息を吐いた。

「この仕事も、あと少し。他の部も、ついでにアタックかけたから、かなりガタガタになってる。今度のスクープで、サッカー部のスター選手達が試合前に不純異性交遊、なんて書かれたら、雷門は終わり」
「ああ、クライアントも喜んでいる。この少子化の折、私学はどこも生徒の取り合いだからな」
「あら、本当にそれだけ?」

 学生鞄の中から煙草を取り出し、口に咥えながら中学生らしからぬ表情で相手の男の顔を見る。

「……それ以上は、首を突っ込むな」
「怖い目ね」

 男はもう答えはせず、桐子をカラオケボックスのソファーに押し倒した。


  ■ ■ ■


 オペレーションの開始から、二日目。
 夏未のプランに、腹を括った鬼道の修正を加え、晴れた土曜の部活休みの日に、それは決行された。各セクションに部員を配置し、雷門ジャーナルの記者を完全にマークする。フィールドで常に相手チームをマークするよう練習を重ねてきた彼らには、朝飯前のこと。

「編集長、今、豪炎寺くんの家の前で待機しています」
「判った。何かあったら連絡して」
「はい」

 記者Aは、自分も監視されていることに気付かず、豪炎寺の動きを探っていた。

( 豪炎寺、そろそろ行くぞ )

 豪炎寺の後方支援についている土門から、メールが入る。

「……馬鹿馬鹿しいにも程があるが、夕香の為にもそのままにしておく訳にはいかんからな」

 厳しい眼差しはそのままで、豪炎寺は家を出た。わざとリークさせた情報どおり、駅前の喫茶店「ヴェルディ」に10時半。コーヒーを注文して、駅の改札が見える席に着く。明るい午前中の陽の光の中、電車が到着したらしくザワザワとした人波が改札口の階段を下りてくる。ふと、人波の中で白いワンピース姿の少女が立ち止まった。

「来たな」

 喫茶店の窓ガラス越しに交わす、アイ・コンタクト。
 豪炎寺に張り付いているパパラッチの視線も釘付けにして、その少女が豪炎寺に微笑みかける。長い髪はいわゆるお嬢様結びと言われる大きなリボンで一つに纏められ、緩やかなラインを描いて背中に流れる。頬の輪郭に沿って左右に細い縦ロールがさらに可憐さをまし、薄い茶色の瞳とも合いまって、誰もが振り返るような深窓の令嬢がそこにいた。
 その姿を見た豪炎寺の目にも、笑みが浮かぶ。

「うわっ! なんて綺麗な人なんだろう……。上品そうで、可憐で。これじゃ、どんな風に撮っても、素敵なベストカップルにしかならないよ!!」

 そう、一緒に居るだけで好感度が上がるような、白いワンピースの美少女。
 それは雷門一の俊足DF、風丸一郎太だった ――――
 


Operation Chord : 「DATE FORCE」3

3.MISSION 2.Side 風丸

「おい、今から豪炎寺が出るぞ」

 土門が豪炎寺にメールを入れるのとほぼ同時に、一ノ瀬も風丸の後方支援についている半田にメールを入れた。風丸についている後方支援は半田と壁山と染岡と少林。

「今のメール、土門達からか?」
「ああ、豪炎寺が動いた」
「そ、それじゃ、オ、オレ達も……」

 この複雑なミッションに緊張してか、壁山の声が上擦っている。

「落ち着け、壁山。今から、あのパパラッチ相手にトラップを仕掛けるんだから、不審がらせるな」

 そう小さく壁山に注意し、半田は着ていたパーカーのフードを目深に被った。

「よし、行くぞ!」

 半田を大柄な壁山と染岡で挟むような立ち位置で、風丸の家を訪ねる。

「こちら、風丸くん担当。編集長、今、サッカー部の部員が三人、風丸くんの家に来ました」
「え? 今日、風丸くんは彼女とデートのはずじゃ……」
「はい、その筈なんですが……」

 その報告の途中で、入ったばかりの三人がすぐ出てきた。

「悪かったな、風丸。デートの前に邪魔してよ」
「いや……」
「でも、いいっスねぇ~~。午後から雷門パークでデートなんて、羨ましいっス」

 玄関口で交わす四人の雑談はすぐ終わり、部員三人は訪ねた時と同じようなポジションで帰っていった。風丸担当のパパラッチが風丸の部屋を見上げると、カーテン越しに動く人影が見える。

「追加連絡です! 風丸くんは午後から雷門パークで彼女とデートです!!」
「……そう。では、午前中は自宅待機かしら? 何か、急な動きがあるかもしれないから、そのまま張り付いていて」
「了解です!」

 その様子を、物陰から少林が確認していた。
 ブブブブと、ポケットに入れた染岡の携帯が震える。

「おぅ、少林か。結果はどうだ?」
「大成功です。家の中に風丸先輩が居ると思い込んで、張り込みを続けています」
「判った。お前も引き続き、見張っていてくれ」
「OK!」

 パタンと携帯を閉じ、自分の横にいるフードを目深に被った者に声をかける。

「上手く行ったぞ、風丸」

 その声に、フードの下から青い髪と薄い茶色の瞳が覗く。

「……まさか、こんなトリッキーな事をさせられるなんてな」
「やるなら徹底的に、って事だろう。基本プランは夏未の発案だが、それにかなり鬼道が手を加えて完璧度を上げたからなぁ」
「時間差トリックって奴っスね! そこに居る奴が、他の場所に居る訳は無いって思わせるって奴で」
「ああ。だから、間違ってもあいつ等は豪炎寺のデート相手がお前だとは思わないって事だ」

 小声でそう会話しながら、三人は人目につかない位の早足で夏未たちが待っているリムジンへと向かった。


   ■ ■ ■


 夏未が通学に使っているリムジンに風丸だけを押し込むと、染岡と壁山は次のミッションポイントに移動した。リムジンの中で待機していたのは、夏未の他に春菜と秋のマネージャー陣。

「バトラー、車を隣の駅に回して頂戴」
「はい。お嬢様」

 車が動き始める。広い後部座席に乗り込んだ風丸を、二人の女の子たちが変身させて行く。シンプルなデザインの白いベルベットのワンピースを頭から被せられ、その下で風丸は着ていた服を脱いでいた。ワンピースの丈はミディアム・ロング。引き締まった足をニーソ丈のストッキングで包む。足元は、上質なラム革のローヒールのパンプス。

「うわぁ、風丸くん、良く似合ってるわ! 夏未さんの見立てが、ぴったりね!!」

 夏未が選んだデザインは、ほっそりした仕立てのスタンドカラーのフレアワンピ。これならば、ウエストさえサイズが合えば、腰周りのボリュームの無さはデザインでカバーできる。スタンドカラーで首元を隠せば、デコルテから胸にかけてのラインも誤魔化せる。さらに夏未はワンピースの上に、ピンクミンクのショートジャケットを羽織らせた。柔らかいピンクの毛色が色白な風丸の肌に映え、華やかさを添える。

「着替えは完了! 次は、ヘアースタイルね♪」

 そう言いながら春菜と秋は、風丸の結んだ髪を解き始めた。一度、丁寧にブラッシングし、次はいつもは左目を被うように下ろしている前髪ごと、後ろへと持ってゆく。

「あ、そんなに顔を出したら、拙いんじゃ……」

 面割れが一番怖れる事だというのに、顔を隠すことも出来ないこのヘアースタイルに不安を感じ、風丸が言葉を挟む。

「大丈夫、大丈夫。だって、誰も風丸くんの前髪をあげた顔なんて見たことがないんだもの。折角こんなに綺麗に整った顔をしているんだから、自信を持って!」
「……なんか複雑だ」

 そんな風丸の心境など他所に、マネージャー達は器用に風丸の髪を整えてゆく。いつものポニーテールの位置より低く結ばれ、結び目に大きなリボンを付けられる。一掬いずつ残していた両サイドの髪は、ヘアーアイロンでくるくるの縦ロールに仕上げる。仕上げに、ちょっとだけ唇に薄ピンクのグロスを乗せて出来上がり。

「うん! これで、どこからどう見ても、良家のお嬢様にしか見えないわ!!」
「本当、正体を知っている私たちでさえ見蕩れるくらいに綺麗だわ!!」

 自分達の力作に、心酔したように熱い感想を口にする。

「あ、ありがと」

 風丸は、小さくそう言うしかなかった。風丸の支度が出来るのと、隣の駅に着くのはほほぼ同時。

「じゃ、次の電車に乗って、待ち合わせ場所にいる豪炎寺くんと合流してください」
「ああ、判った」
「私たちは、今から鬼道くんの所へ移動します」

 風丸は覚悟を決めて、リムジンから降りた。その様子は、どこかのお嬢様を駅まで送ってきたようにしか見えなかった。


   ■ ■ ■


 待ち合わせの喫茶店に入ってきた風丸は、一瞬にして店内の視線を一身に浴びることになった。履き慣れないパンプスで、いつものように颯爽とは歩けず、見た目にはしゃなりしゃなりとしたおしとやかな歩き方になっていたのも、風丸のお嬢様度を上げていた。
 待ち合わせの豪炎寺の姿を見つけ、そっとその前に座った時には、思わず大きな溜息をついていた。本当なら声を上げて笑いたいだろう豪炎寺の、それを口元に当てた手で誤魔化す様は、彼女(?)に優しく微笑んでいるように店内の者の目に映る。

 当然、豪炎寺担当のパパラッチの眼にも。

( あ、いつも無表情な豪炎寺くんでも、彼女の前ならあんな風に優しく笑うんだ…… )

 春の日差しを思わせる、彼女の青い髪と豪炎寺の白金の髪。
 きらきらと、どこまでも明るく、気品高く ――――

 パパラッチの胸が、きゅんと痛む。

 同じくらいの歳なのに、何故自分はこんな薄ら暗い事をしているんだろう……?
 スキャンダラスな記事を作るために、豪炎寺に張り付いていたのに、このパパラッチの眼は、もうお嬢様姿の風丸しか見ていなかった。並みの少女なら、ただの美少女なら、嫉妬と僻みで、いくらでも歪んで見ていただろう。

 でも、今、目の前にいる、この少女は ――――

「……通路の植え込みの向こう側、お前の背中側の一番奥の席」

 コーヒーを飲みながら、ぼそっと豪炎寺が言う。

「ああ、気付いている。あれが、お前に張り付いているパパラッチか」

 見た目を裏切る、その口調。そのギャップに、またも豪炎寺は込み上げてくる笑いを押し殺すのに苦労した。

「笑うな! 次はお前の番だぞ!!」

 周りに聞こえないように、小声で顔を寄せ合うようにして会話をする二人の姿は、噛み殺した笑いでいつになく柔らかな表情の豪炎寺のせいで、微笑ましくも爽やかなカップル像となっていた。

「いや、少し安心しただけだ。俺がお前の性別を間違えたのかと思ってな」
「ふん、間違えるな! ちゃんとついてるからな!!」

 このとき初めて、風丸も声を上げて笑う豪炎寺を見たかもしれない。
 彼女とのひと時を心から楽しむ、雷門サッカー部エースストライカー、豪炎寺修也の姿。

「そろそろ移動するか。ここでの印象付けは十分だろう」
「ああ、そうだな。次の行動は ―――― 」

 今日の二人の行動は、いや、四人の行動はあらかじめ全て、夏未と鬼道の計画に沿ってスケジュールが組まれていた。その目的は、

1.スキャンダル疑惑をかけられた四人には、それぞれちゃんとした「彼女」がいること。

2.そのお付き合いも、健全な中学生らしい模範的な男女交際であること。

3.「彼女」の詳細は不明なままであっても、誰が見ても申し分のない相手であること。

4.そして、その行動を周周囲に知らせめること。

 となっていた。

「これ。雷門に渡された」

 そう言って豪炎寺が上着のポケットから取り出したのは、近くの美術館で開催されている名画展のチケットだった。

「……本当に、絵に描いたような『清いお付き合い』だな」
「お前は、『清くない』方が好みか?」
「なっっ!!」

 一瞬、風丸の顔が赤くなる。
 会話が聞こえない周りの者には、そんな風丸の表情の変化も初々しく、ただただ見惚れるばかりである。

「もちろん、相手は俺じゃないだろうがな」

 今度は皮肉っぽく口角だけを持ち上げて笑った豪炎寺を、上目遣いに軽く睨む表情に、周りの者はまたまた魂を持ってゆかれていた。


   ■ ■ ■


 静かな美術館の館内、中学生でありながら周りの眼を引かずにいられない鮮やかな二人。ヒソヒソと、こちらに視線を投げかけては同行者とささやき交わす言葉が切れ切れに耳に届く。


( ―――― ねぇ、あれ雷門のエースストライカーよね? )
( あの、ロリコン疑惑のある? )

 ロリコンの響きに、豪炎寺の拳に力が篭るのを風丸は見た。

( え~、じゃぁ 隣にいるのは誰? )
( 誰だろう…? もしかしたら、彼女じゃない? )
( それじゃ、ロリコンって言うのは…… )
( デマでしょ、デマ。その記事書いたのって、あまり噂の良くない、非公式のとこだし )

 その言葉を聞き、豪炎寺の拳が解ける。
 その言葉は、豪炎寺についていたパパラッチの耳にも届いていた。

「……夏未達の狙い通りだな」
「たいしたゲームメーカーだな、二人とも」

 すっかり気分を良くした豪炎寺と風丸は、心から名画鑑賞を楽しむことにした。

 きらきら、きらきら――、名画の中を歩く二人。
 あまりにきれいで、眩しくて、思わずパパラッチは目を逸らした。

( 本当に、あたし何をしてるんだろう …… )

 肩身が狭い。
 心が苦しい。
 
 メールの着信音に携帯を開いてみれば、桐子からの彼女の画像を送れとの催促の内容。

( ……それをすると、きっとあの人が困るんだろうな ―――― )

 どうして良いか判らない思いで、ふと目の前の名画を見た瞬間、パパラッチは泣き出してしまった。そこにあったのは、昔大好きだった睡蓮の絵。きらきらした光と風と水の中、優しく咲き誇る睡蓮の花の絵。綺麗なものを綺麗なままに感じて、好きだと思えたあの頃の自分。

 どうして、こんな事になってしまったんだろう ――――

「豪炎寺」
「あれは予想外の反応だな」

 突然泣き出したその子を遠巻きに、様子を見ている観客たち。

「……ちょっと、行ってくる」
「……バレるぞ」
「バレるようなヘマするもんか」
「それでも……」

 止めようとする豪炎寺を優しげな微笑で黙らせ、優雅な足取りで風丸は泣いている女の子の所にやってきた。そして、声でバレないように小さく可憐な声色で話しかける。

「どうしたの? なにかあったの?」

 一目見て憧れて、薄汚い自分に気がついた。
 この絵を見て、昔の自分は純粋で、綺麗なものを綺麗と感じる事が出来たのにと、悲しくなった。
 それが、辛くて、苦しくて ――――

 ぽつり、ぽつりと、それだけを言葉にした女の子。

「……気が付いたのなら、そこからやり直せばいいわ。誰でも、間違わずに生きて行くことなんて、出来ないのだから」

 そう言って、風丸は優しく微笑む。
 自分も、そうして救われた事があったから。
 
 そんな二人の様子を見て取り、豪炎寺も二人の下へ歩み寄る。

「ごめんなさい!! 豪炎寺さん! あたし、もうこんな事、止めます!! あんな酷い記事を書いて、本当に、本当にごめんなさい!!!」

 女の子はそう言うと、取材用のデジカメやレコーダーを豪炎寺に渡し、二人の前から逃げるように走り去っていった。

「ミッション、終了。以外に早く決着がついたな」
「……ある意味、俺はお前が怖ろしい」

 風丸は、男に対しても女に対しても、どれだけ罪な事をしているのだろうかと、思わずにはいられない豪炎寺であった。

「さて…、と俺は次の準備に掛かる。豪炎寺、お前もだろ?」
「あ、ああ……」

 うきうきした感じが露わな風丸に対し、どんよりと沈み込み始めた豪炎寺。

「報告が楽しみだな、お前の女装姿。鬼道と上手くやれよ!」
「……お前は本命とのデートだから、役得だな」
「それを言うなら、俺より先にデートしている鬼道はどうなる?」
「女装して、それであいつが楽しんでいるんならな……」

 それでも、まだまだミッションは続いている。
 二人は、それぞれのポジションに付く為、歩く速度を速めた。



Operation Chord : 「DATE FORCE」4

4.MISSION 3.Side 鬼道


「今、風丸くんを送り出したわ。私も鬼道邸に向かっています」

 夏未からの連絡が鬼道の携帯に入る。鬼道が部屋の壁にかかっている時計を見れば、10時15分。自分の部屋のレースのカーテン越し通りの様子を窺えば、鬼道邸の表玄関を見張るように、電柱の隠れて黒い人陰。

「ふん、お前等をきりきり舞いにさせてやる」

 プルルルッと、また携帯が鳴る。

「こちら、栗松。表玄関、位置に付きました」
「ああ。お前の所から、俺に張り付いているパパラッチの姿が確認出来るか?」
「はい。見えます」
「よし。そいつから目を離すな。何かあれば、すぐ俺に知らせろ」
「了解!」

 栗松との通話を終らせると入れ替えに、今度は影野から掛かってくる。

「……影野です。裏口、誰もいません」
「判った。後5分くらいで雷門の車が着く。もし、何か変化があれば……」
「はい、すぐ知らせます」

 手短く指示を出し通話を終らせる。
 そして、また一本の電話。

「染岡だ。今、お前の家の前に差し掛かるところだ。夏未からの連絡はあったか?」
「つい、さっきな。視界を遮るのは、表だけでいい」
「そうか、裏と二手に分かれていたらどうしようかと思ったが、やりやすくなったな」
「念には念を入れて、だ。篭脱けも風丸と同じでは、パパラッチ達が話を情報を交換した時に気付かれる可能性があるからな」
「だが、俺と壁山は見られてるぞ?」
「構わん。お前達は俺の家の側を通りかかっただけだ。俺が裏口から雷門の車に乗り込むまでのほんの一瞬、パパラッチの視界を遮ってくれれば。合図は俺が出す」
「分かった」

 その通話を終らせると、鬼道は裏口へと回った。勝手口を開け、裏木戸の向こうを凝視する。微かなエンジン音が近付いていたのを確認した。

「よし!」

 鬼道はGO! とだけ打ち込んだメールを染岡に送信した。メールの着信音を聞いた染岡が、壁山と当たり障りに無い会話をしながら、ゆっくりパパラッチの隠れている電柱の側に近付いてくる。雷門中サッカー部員の二人に気付いたパパラッチは、さらに物陰に身を潜める。その一瞬をついて、鬼道が裏木戸を抜け止まる事無く低速で走行中のリムジンに近付く。リムジンのドアが内側から開き、中からモジャ頭を後ろで一つに括った宍戸が飛び出してきた。

「影武者、入ります!」
「頼んだぞ、宍戸」

 宍戸と入れ替わり、車中に収まる鬼道。鬼道を乗せたリムジンは、住宅街を静かに走る風を装って、パパラッチの監視から抜け出した。鬼道の部屋に入った宍戸の影を、じっと凝視するパパラッチ。何が起こったのか、気付くすべもなく ――――


  ■ ■ ■


「う~、ドキドキする。俺、こんなの初めてだからさぁ」

 デートに見せかけた、壮大なトラップ攻撃にいつにない緊張感を感じている円堂。そんな円堂をフォローするため朝っぱらから円堂の家には、二人のサッカー部員がやってきていた。

「珍しいですね。キャプテンがそんなに緊張するなんて。どんな大きな試合でも、そんな顔していませんでしたよ?」

 と、目金。

「そりゃ、試合ならなぁ。いいか、目金。キャプテンは今から、デートなんだぜ、デートv それも……」

 もう一人、円堂を支援する松野が、もう我慢が出来ない! と言った風に笑い出した。

「女装した鬼道とだぜぇっっ――!! 緊張しないで要られる訳がないって!」

 その時、ピロロロロと目金の携帯が鳴った。

「あ、木野さん? 準備が出来た。判りました、キャプテンを連れて家を出ます」

 その言葉に、円堂の体が硬直するのがわかる。

「キャプテン、そんなにカチカチだと怪しまれるぜ。もっと、リラックスリラックスv」

 楽しい見世物くらいの感覚で、松野が円堂の背中をバンっ! と叩いた。



( あ、編集長ですか? 今、円堂くんが家を出ました。えっと、なんだか付き添いみたいな感じで、他にサッカー部員2名が同行しています )

 円堂に張り付いているパパラッチの報告を受けた黒野桐子が、怪訝な顔をした。

( 付き添い? デートに? 幼稚園生じゃあるまいし )
( でも、本当にそんな感じですよ? 円堂くん、もう緊張でガチガチだし )

 ふうぅ、と桐子は息をつく。
 確かに雷門中サッカー部キャプテン円堂守は、サッカーへの情熱は、誰にも負けない。どんな相手にも怖れず立ち向かう勇気を持っている。しかし、一男子中学生として見た場合、まぁ、かなり幼い部類に入るのではなうだろうかとは桐子も思っていた。

( ……判ったわ。とりあえず、デートシーンと彼女の写真を撮っておいて。彼女側から攻めてみましょう )

 編集長とそんな会話を交わし、通話を終えると円堂付きのパパラッチも移動を開始した。


 円堂より先に待ち合わせの公園についた鬼道は、恥ずかしさで身を小さくしていた。どんなに妹の春奈に、「お兄ちゃん、可愛い!!」と言われても、喜びも出来なければ自信にもならない。

「う~~~ 早く来い! 円堂!! とっととこんな羞恥プレイから開放されたい」

 そんな恥ずかしオーラが強力に放出されているせいか、鬼道有人として常にある不遜さが、まるで感じられなかった。

「えっと、確か待ち合わせ場所はこの公園でしたよね? キャプテン」
「あ、ああ……」

 公園の入り口で立ち止まる三人。

「じゃ、俺達はここまでで」

 ニヤニヤしながら松野がそう言う。

「えっ? お前達、ついてきてくれないのか?」
「当たり前ですよ、キャプテン。デートに付き添いが付くなんて、どんだけ過保護なんですか!」
「ううぅ~~、でもぉ……」

 お守り替わりか円堂は、家から持ってきたサッカーボールをぎゅっと抱き締めた。

「……それに、さ。俺らも、重々言われてるんだよな、鬼道に。絶対に見るなって」

 パパラッチは、そんな会話を盗み聞きながら、どれだけ円堂が初心なのか実感する。仲間に茶化されないよう釘を刺す、鬼道の優しさの断面を見たような気すらした。
 仲間と別れ、緊張で手と足が一緒に出る円堂の後を、ひっそりとついてゆくパパラッチ。その後を、かなり距離を取って目金と松野が付いてゆく。

 先に鬼道を見つけたのは、そのパパラッチの方だった。いや、もちろん、それが「鬼道」だとは気付いてはいないが。

 公園の中央あたりのベンチに一人の人影。
 小さな感じで、暖かそうなニットファッションにもこもこのブーツ。
 ボリュームのある黒髪ドレッド、前に落ちる前髪分のドレッドの束がゆらゆら揺れて、不安な心を表している。

( ……あの子かな? なんとなく、エキセントリックな感じの子だわ )

 カシャリ、とシャッターを切る。
 キョロキョロしている円堂が、ようやくベンチに座る人影に気付き近付いた。鬼道が小声で円堂を呼ぶ。

「……ここだ、ここ! 早く来い!!」

 様子が判る距離まで近付いて、円堂の足は止まった。思わず……

「お前、誰だよ?」

 ぽろりと、本音が。

「わっ、馬鹿!!」

 これ以上、円堂に何か言わせないためにも、鬼道は円堂の首に手を回し、自分の顔の近くに引き寄せ、耳元で囁く。

「俺だ、俺! 鬼道だ!!」
「え~、でも、鬼道なら……」

 まだ何か言いそうな円堂の口を、人差し指を立てて黙らせる。

「見られているのを、忘れるな!」
「ああ、すまん」

 ようやく一目見た時の衝撃から立ち直り、円堂も鬼道の隣に腰を下ろす。
 し~ん、と静まり返る二人の間。

( あ~、びっくりした。だって、髪の色違うし、ゴーグルがなくて、大きな黒目ウルウルだし、まるっきり別人なんなもんな。それに、ちょっと可愛いかなぁ~ て…… )

 二人を監視するパパラッチ。
 そのパパラッチを監視する、松野と目金。

 今、異色のキャプテン同士のデートが始まろうとしていた。


   ■ ■ ■


「……変ねぇ。豪炎寺くんにつけた子からの連絡がないわ」

 黒野桐子は、今回の取材攻撃の基地にしているカラオケボックスでノートパソコンを立ち上げ、紙面の作成に掛かろうとしていた。一番最初に動きのあった豪炎寺達のデート場面の画像がメールで送られてくるのを、今か今かと待っているのだ。
 じりじりした気持ちで、豪炎寺担当の記者の携帯を呼び出す。が、帰ってきた表示に黒野桐子はその大人びた表情を少し歪めた。

 ディスプレイには、着信拒否の文字。

「何かあった……?」

 軽く胸騒ぎがする。
 夏未と鬼道のフォーメーションが、機能し始めていた。


Operation Chord : 「DATE FORCE」5

5.MISSION 4.Side 円堂


「うわっ!! なんて大胆な子なんだろう!」

 植え込みの影から円堂の様子を観察していたパパラッチは、デート相手の思いもかけないような行動に、自分も少し顔を赤らめる。それはこのパパラッチの眼には鬼道の行動が、まるで久しぶりにあった恋人に抱きついたように見えたからだ。

「円堂くんと風丸くんの恋人疑惑は吹っ飛んじゃったけど、でももっと衝撃的なシーンが撮れそうだわっっ!!」

 見た感じ、積極的なのは彼女の方かな? と思う。

「……南米系のハーフかクォーターかしら? あの子」

 第一印象のエキセントリックなイメージは、ドレッドな黒髪と潤んだ大きな黒い瞳だけではなかった。
 実は鬼道が日常的にゴーグルを着用している為、外すとどうしても日焼けが目立つ。
 それを隠す為に女装の仕上げとして、鬼道の顔は小麦色のドーランで下地を塗り、光沢のあるパウダーで血色良く仕上げられていたのだ。

「情熱的なんだろうなぁ……。あれは絶対、彼女の方から円堂くんにコクった口ね」

 再会のハグ(…をしたように見えたが、実は耳打ちをする為のポーズ)の後、言葉を遮る為に鬼道が円堂の口元に人差し指を立てたのを、このパパラッチは「キスは後でね♪」のサインに受け取っていた。

「後で、じゃなくて、今!! 今、やってよ!!! 雷門中サッカー部キャプテン円堂守、ラテン系美少女と熱烈なキスシーン!! なんて、きっと誰もが食いつくわ!」

 妄想力が強くなくては、物など書けぬ。
 ましてや、ゴシップ記事専門であれば、その手の妄想はお手の物。
 目の前の、隠された真実など見抜く目もなく、ただ一人ふんふんと鼻息を荒くしていた。

「……あの興奮ぶり、お前がお宝グッズを探し当てた時に似てるな」
「止めて下さい、失礼な! 僕のは神聖な趣味です。あんなリアルな下賤な妄想と一緒にしないで下さい」

 ニヤニヤしながら言った松野に対し、目金はきっぱりとそう斬り捨てた。

 鬼道に見るな! と釘を刺されていたが、それでも円堂の支援とパパラッチ監視の為には、ある程度の距離まで詰めている必要がある。当然、鬼道の女装姿もカチンコチンな円堂の姿も、そしてそんな二人に興奮しまくりのパパラッチの姿も、視界に入っている。

 そんなギャラリーの思惑を他所に、鬼道はまだ円堂の首に片手をかけたまま小声で指示を出す。

「……パパラッチは、今俺達の前の茂みに潜んでいる。声は、さすがに聞き取れないだろうが、俺達の動きは良く見えるはずだ」
「ああ……」

 さっと、円堂の身体に緊張が走る。

「とりあえず、座れ」
「あ、うん……」

 話してみれば、間違いなく天才MFの鬼道有人。しかし、見た目のハーフ風の美少女ぶりに、円堂の頭は理解容量を超えて、クラクラしていた。

「あ~あ、座っちゃった。彼女がダメよ、って言っても、そこは円堂くんが、こうガバッ~~~って」

 興奮したパパラッチが、デジカメを持っていない方の手で、空を抱き寄せるようなゼスチャをする。その様子を、後方から監視しつつ ――――

「なぁ、目金。なんだかあいつ、面白いな」
「そうですか? 肉食過ぎて、僕の好みじゃないですけど」


   ■ ■ ■


 ぎこちないデートを続ける、円堂と鬼道。
 そんな二人に、興奮(?)してヒートアップするパパラッチ。
 思いっ切り冷めた目で見ている、松野と目金。

 しーん
 
 し――ん

 し~~~~~ん

 ベンチに腰掛けたまま、動かない二人。
 そんな二人に、焦れて手元にあった枯れた小枝をぺしっと折るパパラッチ。

「もうぅぅぅ~~~! 何してるのよ、二人とも!! なに? あんた達は一緒にいるだけで楽しいって感じの幼稚園生と同じなの? 違うでしょ、違うでしょっっ!! 特に、そこの彼女っっ!! アレだけ初回で熱烈なハグしておいて、なんで大人しく座ってんのよ!!」

 ぴしっ、ぺしっ、ぼきっ、と段々その音は大きくなる。

「……おいおい、あれって隠れている意味あんのか?」
「トリップしてるんでしょうねぇ~。自分の妄想の世界に」

 行き詰るような空間で、衆人環視(ってとりあえず3人?)の中で、円堂はたらりたらりと脂汗を流しながら、自分の膝を掴んでいる。

「おい、円堂。一応俺達は『デート』中なんだぞ」
「判ってる、判ってるけど……」
「なら、それらしい会話を振れ」

 小声で、しかもさらに外部に聞こえないよう、円堂の耳元に口を寄せてそう囁けば、傍目には恋人同士の内緒話の様。困って焦って赤くなった顔をする円堂を見れば、ますますその感は強くなる。

「いいわ、いいわv その調子よ、彼女!! 円堂くんは初心で晩生なんだから、彼女からガバッっていかなきゃ、ダメよっっ!!!」」

 穴が開くほど見つめる、と言う言葉があるが、この時のパパラッチの視線は、それこそ槍が突き刺さるほどの強烈さだった。

「鬼道……」
「なんだ」
「俺、視線が痛い」
「……俺もだ。俺は視線だけじゃなく、この格好も痛い」

 そう言うと鬼道は、いつになく顔を赤らめ下を向いた。

「あら? なに? 何か話してるわ♪ 彼女、赤くなっちゃった♪♪」

 パパラッチの期待がそのまま、この場の空気を作り出す。この異様な緊張感に耐え切れなくなったのか、突然円堂が鬼道の肩に両手を置き、顔を近付け、切羽詰ったような表情で一言叫んだ。

「もう我慢出来ない!! やろう! いや、止めてもやるぞ!!」
「え、えんどう……!?」

 鬼道の眼が、信じられないものを見たように見開かれていた。


   ■ ■ ■

 
( キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! )


 心の中でガッツポーズのパパラッチ。

 面食らったように固まる、後方支援の松野と目金。
 はっと我に返って、慌てて円堂から見えはしないのにぶんぶんと手を振り、これから起こす行動を止めようとする。

「ダメです、キャプテン!! 見た目はラテン系美少女でも、中身はあの鬼道です~~~っっ!!!!」
「止めろ! 円堂!! 鬼道が風丸に殺されるぞっっ!」

 大声で叫びたいのに、声が出ない。
 掠れ、隙間風のような声で二人は叫んだ。


 ポーン ――――

 
 次の瞬間、円堂が手にしていたサッカーボールを大きく蹴りだしていた。

「あっ」
「あ……」

 同時に同じ音が、松野と目金の口から漏れる。
 視線を隣の鬼道に向ければ、頭が痛いといわんばかりに額を押さえ込んでいる姿。

「……円堂のバカ。逃げ出しやがった」

 自分が蹴りだしたサッカーボールを追ってベンチから離れた円堂が、まだベンチに座ったままだった鬼道に声をかける。

「サッカーやろうぜ!!」

 鬼道は深く、深く溜息をついた。
 このサッカー馬鹿には、まだ「デート」なんて高尚なイベントをこなせる訳がないと実感して。

「……仕方ないな。まぁ、これが偽らざる円堂守、だからな」

 鬼道が立ち上がるのを確認して、その足元にパスを送る。いつも履いているサッカーシューズではないけれど、遊びで蹴るならこのブーツでも構わない。鬼道も、足に触れるサッカーボールの感触、蹴った時の衝撃に、このなんともいえない緊張感から開放されるような気がした。

「えええっっ~~~!!! なんで、そこでサッカーなのよ!? フツー、彼女が隣にいて、こう我慢出来ない!! とか叫んじゃえば、最低でもぎゅっと抱き締めて、チューくらいするでしょ、フツー!!」

 隠れていることも忘れて、思わず茂みから立ち上がり、ダンダンダンと足を鳴らす。

「……フツーじゃないもんな、俺らのキャプテン」
「ええ。筋金入りのサッカー馬鹿ですからね」

 やれやれと、肩を落す支援組二人。
 ここまで計算が狂えば、もう出たとこ勝負だと鬼道もサッカーに興じることにした。どちらも共にデートより、こうしてサッカーボールを追う方が楽しくてたまらないと感じている。

「楽しそうですね、鬼道さんも」
「なんだかんだっても、サッカーなんだな」

 サッカー馬鹿、その1・その2を見るような、生暖かい視線を送る二人であった。

「……もう、バッカじゃないの? サッカーのどこがそんなに楽しいのよ。彼女だって、きっと円堂くんにキスくらいして欲しいと思ってるわよ!!」

 判らないと呟きながらも、まだあの二人を一眼レフのデジカメのファインダーで追っているのは、ある意味良い記者根性の持ち主かもしれない。
 ズームの倍率を上げて、二人の表情を追う。遊びだからか、その表情は柔らかく、ただただサッカーが好きだ! という感情に溢れていた。

 円堂が少し強めのパスを出す。鬼道はそれをなんの苦もなくピタッと足元で止め、体勢を整えて、綺麗なフォームで小手調べのシュート。パァーンと気持ちの良い音を響かせて、サッカーボールは円堂の腕の中に収まる。

「……凄い。円堂くんがサッカー上手いのは判るけど、あの女の子も上手だわ」

 円堂のパスが、吸い付くように鬼道の足元に収まる。そのボールを返すと、ダイレクトで違う方向にパスを出された。が、その方向は既に知らされていたように、女の子は素早く移動し、正確にキャッチする。

「へぇ~、あんなに違う方向に飛んだボールなのに……」

 いつの間にか、デジカメのシャッターを押すことも忘れて、その姿を追い続ける。彼氏彼女といった属性を越えて、サッカーが好きだという二人のその気持ちに、強く惹かれて。
 あんなに緊張して固くなっていた円堂の顔に、太陽にも負けない元気な笑顔が浮かんでいる。

「……そうだよね。円堂くんはサッカーが大好きなんだもん。その彼女もサッカー好きなのは当たり前だよね。彼女は控え目だけど、円堂くんは本っ当にサッカーが好きだっっ!! て笑顔だね」

 しばらくして、パパラッチの手元で、ジィーと言う小さな電源を切る音がした。
 そうして、その子は春間近な、晴れた空を見上げる。
 昼間近、空の天辺で笑っている太陽。

「あ~、いいお天気だなぁ。暖かくて気持ちが良い」

 もう一度、まだサッカーに興じている二人に目を向け、手にしたデジカメに視線を落す。

「曇らせたくないなぁ……」

 小さく呟くと、その子はデジカメからSDカードを取り出し、茂みに投げ捨てた。

「うん、これでよし」

 そう呟くととても晴れやかな表情で、すぐ近くにいた松野や目金に気付きもせずに、公園の出口に向かう。

「な、なんですか? 今の呟き!?」

 目金が驚いたように公園を出てゆく女の子を見、松野は茂みに投げ捨てられたSDカードを拾い上げた。

「ん~、まぁ、なんだ。多分、あの二人のサッカー馬鹿さ加減に中てられたんだろうさ」

 今となっては、ミッション中なのも忘れてサッカーに夢中になっている二人の元へ、松野と目金は、この二人の『この場』でのミッション終了を告げに近付いて行った。
 

   ■ ■ ■


 風丸と鬼道を可愛い女の子に変身させた後、夏未たちは一旦雷門邸に戻り、各ポジションに配置した部員達からの報告を聞いていた。
 動きの無い、実は替え玉に摩り替わった風丸・鬼道担当のパパラッチ達は、未だそれぞれの持ち場から動いていなかった。それを少林と栗松からの報告で確認する。

「……上手く行っているみたいですね」

 雷門家のメイドがサービスしてくれた紅茶とサンドウィッチで軽く食事を済ませ、次のミッションの為の時間調節を図る。
 木野がもう一杯紅茶のお替りを頼んだ時、その携帯が鳴った。

「はい、木野です。あ、目金くん? はい、はい…、えっ? 円堂くんに付いていたパパラッチが離れた? デジカメのSDカードを捨てて……。今、夏未さんに替わります」

 目金からの報告を聞き、それを伝えて木野は夏未に自分の携帯を渡した。

「………………。そう、それはその子が戦線離脱してと思って間違いないでしょうね。判りました。それでは今から鬼道くんを回収に行きます。予定通り、そのまま駅へ向かい次の駅で合流するよう伝えてください」」

 短く打ち合わせ、通話を切った夏未が携帯を木野に返す。

「あの、お兄ちゃん達の作戦はどうなったんでしょうか?」

 自分達の手で作り出した幻のラテン系美少女の結果が、心配でたまらない春奈である。

「首尾は上々よ、音無さん。まず一人、戦線から離脱させたわ」
「お兄ちゃん達が…、ですか?」
「ええ、そうみたい。理由は良く判らないけど」

 夏未も手にしたティーカップの中身を飲み干すと、すっくと椅子から立ち上がる。

「では、私たちも動きましょう」


  

「……以上、夏未さんからの伝言です」

 軽く一汗かいて、自販機の前にいた二人の元へ行き、そう伝える。

「えっ? 終ったのか?」

 円堂が目を丸くして、そう聞き返した。

「ああ。お前達のサッカー馬鹿ぶりに、バカバカしくなったんだろうな」

 松野にそう言われ、顔を見合わせる円堂と鬼道。

「えっと…、でも、良かったじゃないか! 鬼道。お前も早くその格好から開放されたいだろ?」

 そう言った瞬間、さらに鬼道は顔を赤くした。そして、ボソっと ――――

「……まだ、だ。俺達は、このまま駅まで行って、お前に見送られて俺が電車に乗り込むまで、が筋書きなんだ」
「どうして? もう、俺にくっついていたパパラッチはいないんだぜ?」
「俺達のこの姿を見せているのは、パパラッチだけじゃないからだ」
「ん?」

 首を傾げる円堂。

「あのデマを打ち消すだけの、目撃者を作ることも目的なんだ」
「ああ、そうか」

 ますます真っ赤になって、その姿さえ小さくなったように感じられる鬼道。
 その姿を見て、松野は思う。

( ……確かに鬼道は戦略の天才かもしれんが、本当はどーしようもないMじゃね? 俺なら、人目につくところをそんな格好で歩きたくねぇ~~~ )

 自分で発案したこととは言え、これから不特定多数の目に晒される事を考え、恥ずかしさで俯いてしまう鬼道。それを心配そうに見守る円道。

 後姿だけ見れば、別れを惜しむ恋人同士のように見えるかも? しれない ――――






Operation Chord : 「DATE FORCE」6

6.MISSION 5.ハーフ・タイム

 
 デート場所の公園から駅までは、だんだん賑やかになる街並みの中を歩く。当然、人目にも付く訳で、円堂の顔を知っている者から意外な声が小さく上がり続けるのを、真っ赤な顔をしながら、それでも律儀に二人は駅を目指した。

「あれ? ねぇ、あれ雷門の円堂くんよね?」
「ああ、本当だ。相変わらず目立つバンダナとサッカーボール」

 春めいたお天気の土曜のお昼頃、街中を軽やかに歩く女の子たち。そんな女の子達の目に映る二人は、円堂の恥ずかしげな様子と常とは異なる不遜な態度の欠片もない鬼道扮するラテン系美少女が微笑ましいカップルに映っていた。
 勿論、女の子達だけじゃなく雷門中の男子生徒の眼にも触れる。そんな男子生徒たちは遠巻きにするだけじゃなく、近付いて来て声をかけてゆく。

「よぉ、円堂! その子、誰? もしかして、お前の彼女?」
「えっと…、その……」

 ニヤニヤ笑いの同級生。しどろもどろな円堂。

「と、友達!! 近くまで来たからさ、ちょっと……」
「友達~? 本当に?」

 ジロジロと美少女に化けた鬼道の姿を、頭の天辺から足の先まで眺めている。さしもの鬼道もドキドキが嵩じて来る。まさか、あの雷門イレブンの司令塔として知られる冷静沈着が売りな鬼道有人とバレた日には、義父の鬼道氏にも顔向け出来ない。
 視線を避けるように俯き、円堂の影に隠れる鬼道。そんな二人を後方から窺っていた松野が、今にも噴出しそうな顔で見ている。

「あ、あれあれっっ!! ほんっとーに鬼道が乙女に見せるぜ! ありえねぇ~~~~!!!!」

 自分で自分の膝をバンバンと叩きながら、笑いの発作を抑えている松野。

「……睨まれてますよ、マックス。そろそろ、僕達の出番じゃないですか?」

 笑い転げて苦しそうな松野をそこに捨てて行き、くいっと眼鏡をかけ直し二人に近付く目金。動けずにいる円堂達のフォローに入る。

「キャプテン、遅いですよ! カラオケの予約時間になっちゃいます」
「あ、ああ……」

 そう言いながら、グィと円堂の腕を引く。

「その前に、アリジンさんの見送りも済ませないと!!」
「へ? アリジンって……」

 間抜けた表情でそう問い返す円堂の両脇は、目金と鬼道から小突かれた。

「アリジンって……。目金、お前も彼女の事、知っているのか?」

 女装姿の鬼道をガン見していた同級生の視線が、ようやく鬼道の上から外れ、目金の方へ移る。

「ええ。キャプテンの大ファンで、サッカー部付けでよくファンレターを貰っていたんですよ。で、今回ちょっと時間が出来たので、あってみようかなぁ~~ なんて話になって」
「へぇ…、じゃ、本当に今はまだ、「友達」レベルなんだ」
「僕ら、まだ中学生ですからね」

 キラリ、と光る同級生たちの眼。

「じゃさ、今なら俺らも頑張れば、彼氏になれる可能性もあるって訳だ!!」

 げっ、と思わず出そうな悲鳴を飲み込む鬼道。
 いやいやいや、なれない、なれない、それは絶対に!!

「あ~でもさぁ、円堂にこんな可愛い彼女候補がいるって知ったら風丸の奴、複雑だろうなぁ」
「えっ? なんで風丸が?」
「なんでって、お前ら雷門ジャーナルに書かれるほどの仲良しじゃん? お前に彼女が出来たら、寂しがるんじゃねーの?」
「そ、そんなもんなのか?」

 目を丸くする円堂。
 今は作戦上でのデートだけど、もし本当に誰かを好きなってこうしてデートしたとして、それで自分の大事な誰かが寂しくなったり悲しくなるのは嫌だなと思う。

「そうそう。あいつ俺らから見れば、お前の彼女格だもんな。いや~、本当あいつが男でさえなければ、申し分のない彼女だよな~~~vvv」
「羨ましいぜ、このモテモテ男!」
「古女房、泣かすなよ!!」

 面白がってはやし立てる同級生の胸の中は、悔しさ半分、円堂の鈍感なりにも反応するその面白さ半分というところか。
 しかし円堂は、ナチュラルに風丸と自分はそーゆー風な雰囲気を醸し出していたのかと軽く落ち込む。
 そこに ――――

「お~い、電車が来たぞ―!!」

 後方から、救いの一言。松野が大声で叫んでいた。

「あ、じゃぁ、急ぐから……」

 そう同級生には言い置いて、三人はバタバタと駅の階段を登ってゆく。
 その後姿を眺めつつ ――――

「なぁなぁ、悔しいけど今の二人って結構お似合いじゃなかったか?」
「ん~、まぁな。情熱系サッカー馬鹿には、やっぱりラテン系の娘が似合う」
「……可哀想にな、風丸。円堂に振られる訳か」
「おいおい、お前まで雷門ジャーナルの記事に毒されてるのかよ? 最初から付き合ってねーだろ? あの二人」
「あははは。そりゃ、そーだ」
「それにしても、ちょっと行き過ぎているよな。雷門ジャーナルの記事は」
「ああ。そのうち活動停止喰らっても、仕方が無いかもな」

 楽しそうに笑い合う、同級生達。週明けに、クラスで今見た事をクラスメイトに話して回ることだろう。

( よし! 雷門の狙いどおりだ )

 松野は確かな手ごたえを感じつつ、先に行った三人の後を追った。


   ■ ■ ■


「次の駅で夏未さん達が待っています。駅の地下駐車場です」

 目金が、駅のプラットホームで入ってきた電車に乗り込む鬼道にそう小声で伝える。

「ああ、判った」
「じゃ、僕達は次の作戦ポイントに移動しますので」

 そろそろ電車のドアが閉まろうとしている。

「鬼道、一人で大丈夫か?」
「小学生じゃあるまし、たった一駅の移動だろ? なぜ、そんな事を……」

 と言った時、鬼道は自分に集まる無数の視線に気がついた。天気の良い土曜昼間の電車の中、かなりの人数が乗り合わせている。今の鬼道はエキセントリックなラテン系美少女、人目を惹かない訳が無い。

( み、見られているのか? 俺…… )

 途端に、全身に恥ずかしさが駆け巡る。
 これが『鬼道有人』として見られるのなら、いくら見られても構わない。むしろ、人の前に立つ事を前提に、自分の人生設計を描いている。
 だけど、今は ―――― 

「本当に気をつけろよ。今のお前は、可愛い女の子なんだから」

 心配そうな光を浮かべて、円堂がさらに言葉をかけてくる。

( ……そ、そんな目で見るな、円堂! 妙に意識してしまうだろっっ!! )

「あ、円ど……」

 何か言いかけた鬼道の言葉は、電車のドアの閉まる音で掻き消されてしまった。
 動き出した電車、一人で浴びる視線。
 確かにこれは、自分が描いたプランである。女装して、その正体を見破られることなく完璧に振舞う事を他の三人にも要求した。
 そのくらい、腹を括れば何と言う事はないと思っていたのに、この恥ずかしさはどうだろう? いや、むしろ恥ずかしいと言うより、心元ないのかもしれない。

「……一人より二人の方が、やっぱり心強いな」

 ふぅと溜息を付く見た目ラテン系美少女は、電車の乗客の目には彼氏と別れて帰る一抹の寂しさを感じさせていた。


   ■ ■ ■

 プルルルッ プルルルッ
 リムジンで移動中、夏未の携帯から聞こえる呼び出し音。この音は ――――

「え? 豪炎寺くん? デート中は、直接連絡を取らないようにと打ち合わせていたのに」

 そう小さく呟きながら、夏未は携帯に出てみた。

「はい、雷門です」

( 俺だ、豪炎寺だ。こちらのミッションは完了した )

「思ったより早い上がりですね。でも、直接の連絡は控えて下さらないと、まだパパラッチの眼がありますよ」

 豪炎寺と風丸のデートコースは駅前の喫茶店で待ち合わせした後、名画鑑賞の予定だった。ミッション終了したと言う事は、豪炎寺はもう風丸を駅まで送っていった後と言う事だろうか? だが、それにしては豪炎寺につけた土門や一ノ瀬からの連絡が無い。

( いや、もうその心配は無い。風丸がパパラッチの武装解除に成功した )

「武装解除?」

( ああ。なんでもお嬢様姿の風丸を見て、自分のしている事が嫌になったようだ。俺に謝罪の言葉と、取材用のデジカメとレコーダーを渡して、走り去ってしまった )

「まぁ…。ではこちらの戦果も伝えておきましょうね。こちらも画像を収めたSDカードを入手しました。円堂くん担当の子は、戦線離脱したようです」

( そうか、そちらもか )

 そう返事を返してきた豪炎寺の声には、どこかほっとした色合いが滲んでいた。

( ……でも、これからがまた大変だ )

「ええ。本当の事が判れば、離脱した二人ももっとしつこく食い下がってくるでしょう。最後に誰も残らなくても、私たちのプランは最初の予定通り完遂しなくてはなりません」

( 見張りがいる家に、今度はどうやってあの二人を戻すかだな )

「それもありますが、豪炎寺くんや円堂くんの準備もありますからね」

( ………………………… )

 豪炎寺の携帯の向こうから、くくくっと小さく笑う声が聞こえる。きっとそれは、お嬢様姿の風丸だろう。

( 俺も駅まで戻らなきゃいけないんだろ? )

 携帯を豪炎寺の手から取り上げたのか、風丸の声が携帯から聞こえてくる。

「はい。今丁度、鬼道くんも向かっているところです。先に鬼道くんの女装を解いてから、風丸くんでいいですか?」

( ……段取りもあるし、いいですよ )

「こちらから連絡するまで、駅前で時間を潰していてください」

( 了解 )

 ここで前半戦は終了。
 ハーフタイムに入ったが如く、今まで動かなかった要員が一斉に動き始める。

「雷門は何と言っていた?」
「ああ、先に鬼道の女装を解くって。俺はもうしばらく、このままで待機だ」

 豪炎寺の携帯を返そうとしたら、それが風丸の手の中でブルブルと震えた。

「豪炎寺、電話だ」
「誰だ?」

 風丸から携帯を受け取り、通話に出る。相手は土門だった。

( ……確認した。相手はその足で家に帰ったのを見届けたぞ )
( そうか、判った。これで少しは動きやすくなるか )

 土門からの通話も終らせると、豪炎寺と風丸ペアは美術館のロビーを後にした。

「どうする? 少し歩くか?」
「余裕だな、豪炎寺。俺を見せびらかすつもりか?」

 ロビーを出たものの、さてどうしようかと考えた豪炎寺は、風丸にそう声をかけた。言葉は悪いが、確かに今の風丸ならどこに出しても恥ずかしくない、むしろ誇らしささえ感じる程の『お嬢様』。男として、連れて歩いて悪い気はしない。

「……俺は、トロフィーワイフじゃないぞ」

 そんな豪炎寺の気持ちを見抜いたのか、冷笑に似た笑みと共にその言葉を返した。どこからどう見てもお嬢様にしか見えない風丸の浮かべた笑みは、なぜか底が知れないものを含んでいる。

「……それも、雷門や鬼道の計算のうちだろう」
「そうだな、でも……」

 今の会話を聞く限りでは、駅前近くには鬼道と別れたばかりの円堂がいる事になる。そこで、鉢合わせと言う事になったら……。

( ……なんか嫌だ。他の奴等なら騙されやがってと、少し楽しむ気持ちもあるんだけど )

 何故そう思うのか、薄々自分の気持ちに気付いていた風丸でもあった。


   ■ ■ ■


「さぁ、忙しくなるわ! 急いで次の駅に車を回して」

 夏未の声に応え、運転手がリムジンを隣の駅へと走らせる。中に待機している、春奈と秋。一度、雷門邸に戻った時に積み込んだ道具で少し手狭になっている。

「いい? ここからが私たちが本領を発揮する場面よ。簡単に段取りの確認をしておきます」

 前席に座った夏未が、後ろを振り返り二人に言葉をかける。

「まず最初に、鬼道くんの女装を解きます。着替えとメイクを落とし、それからあの髪型を戻すこと」
「車の中では、スプレー式のヘアカラーを洗い落とせないので、沢山の濡れタオルを用意したけど、大丈夫かしら?」
「出来るだけいいわ。あらかた落としておいて、次に出かけるときまでに髪を洗ってもらっておけば。鬼道くんと豪炎寺くんのデートは一番最後のミッションだし」

 そろそろリムジンは隣の駅に着き、駅の地下駐車場の入庫する。リムジンが入庫するのと、ラテン系美少女に化けた鬼道が近寄ってくるのはほぼ同時だった。
 周りの人気のないのを確認して、滑るようにリムジンの中に乗り込む。

「ご苦労様!! お兄ちゃん」

 春奈が真っ先に、保温ボックスから蒸しタオルを鬼道に渡した。鬼道はリムジンに乗り込むと同時に、黒のカラーコンタクトを外し目薬を注している。

「う~、慣れないものを装着していたせいで、ずっと涙目なのは辛い」

 そう言いながら、春奈から手渡された蒸しタオルで顔を丁寧に拭いてゆく。小麦色のファンデーションが取れ、元の肌色に戻ってゆく。

「はぁ、ようやく皮膚呼吸できるって感じだ。女って、大人になったら毎日こんな事するのか。面倒だな」

 汚れたタオルを足元のゴミ袋に入れながら、ほぅと大きく息をついた。ようやく、いつもの自分に戻ってゆけそうで、それだけで身体中の力が抜けそうだ。

「ちょっとゴメンね、お兄ちゃん。髪、ヘアカラー落すから」

 その声と同時に、二人の女の子の手が鬼道の髪に触れる。ドレッドの一本一本を手に取り、丁寧に塗れタオルで拭き始めた。

( うわっ、なんだか物凄くくすぐったいぞ。それに ―――― )

 女装の時とは別の種類の恥ずかしさが、沸きあがってくる。
 そうして、服装をもと着ていたものに変え、髪を結び、ゴーグルをかけると、リムジンに乗り込んだときのラテン系美少女は、もうどこにも居なくなっていた。


Operation Chord : 「DATE FORCE」7

7.MISSION 6.Side 風丸×円堂 Ⅰ


「……おかしい。どうして連絡がないのっっ!!」

 イライラした様子で黒野桐子は携帯を操作していた。一人からは着信拒否され、もう一人は携帯の電源を切っているようだ。どちらも、午前中から動いた豪炎寺と円堂に付けた子達。

 桐子は、残る二人に連絡を取ってみる事にした。風丸の家の前で張り込んでいた子の携帯がブルルッと振動する。

「はい…。あっ、編集長」

( ……そちらは、まだ動きはない? )

「はい。待ち合わせはお昼からですから、そろそろかとは思いますが」

( そう…。あなたの所に他の子から、何か言ってきてはない? )

「いいえ。誰からも連絡はありませんが……」

 通話口の向こうで、何か考えて気配を感じた。

( 判ったわ。動きがあったら、すぐに連絡して )

「はい。判りました」

 それだけ言って、通話を切る。あまり長い時間、ここで待っていたからか、ほんの少しだけ特ダネを撮る!! というテンションが下がってきたのは否めない。

「……何かあったのかなぁ」

 そう一言呟いて、また風丸の家を見張り続けた。


「……いい加減自分達がバカやってることに気がついて、さっさと引き上げればいいのにな」

 そう言ったのは染岡。鬼道邸まで足を運んでいた染岡と壁山が、ずっと風丸の家の近くで監視を続けていた小林と合流し、未だ自分たちに気付いていないパパラッチを遠目に見ている。

「そ、そうっスね。豪炎寺さんとキャプテンについた二人は、もうこんな事は止めたっスからね」
「ああ、そうだな」

 この二人は、鬼道が無事屋敷に帰りついた連絡を受けた時に、その戦果を簡単に知らされていた。

「……でも、鬼道さんが家に戻るのに、お前達が目隠し役しなくて良かったのか?」

 ここ同様、鬼道邸にも張り付いているパパラッチがいる。鬼道を連れ出す時には、染岡と壁山が視界を遮る役をしていた。

「ああ、1回目は怪しまれなくても、2回も続けば怪しまれるってさ。それに、あの家はデカイから裏口は死角になりやすい。加えて長時間の張り込みで、注意力も落ちているだろうし、下手な小細工よりもスピードで勝負すると言ってな」
「確かに。あんなゴッシプ記事しか書けない奴等のチームワークや個人力と、俺等雷門イレブンの実力とを比べればね!」
「そういう事っス! 今度は風丸さんを家に帰すお手伝いっス!!」

 乱れの無いチームワークは日頃の鍛錬の賜物である。


   ■ ■ ■


 風丸にああ言われては、殊更風丸のお嬢様姿を見せびらかすような散策はできないなと豪炎寺は、夏未から連絡が来るまで美術館近くのカフェで過ごすことにした。待ち合わせした喫茶店でもそうだったが、ここでも豪炎寺と風丸のカップルは人目を引かずには要られない。とにかく『華』のある二人である。行き交う同じ年頃の男子学生が、ぼぅとなって熱い視線を風丸に送ってきていた。

「……早く、元に戻りたい」

 いい加減、そんな視線に晒されるのに飽き飽きしてきたのか、軽い嫌悪感を感じたのか、上品にティーカップを口元に運びながら風丸が本音を零す。

「雷門から連絡が来れば、直ぐに移動だ。それまでの辛抱だろう」
「ああ、そうだな。嫌な事は先に終らせるに限るな」

 同じく涼しげな顔でコーヒーを飲んでいた豪炎寺だが、風丸の返事に初めてブラックコーヒーを飲んだ子どもよりも苦い顔をしている。その様子を上目遣いで見やりつつ、くすっと風丸が笑った。

「……俺が男に戻って、お前が女になる番だからな」
「うるさい」
「見物だろうな、お前の女装姿。マネージャー達がどんな服を用意しているかなんて、前もって知らされてないからなぁ」
「でも、お前の格好を見れば、それなりに似合う服を用意してくれているみたいだ」
「だからだ。豪炎寺、お前に似合う女物の服って、何があると思う?」

 少し意地悪げな風丸の言葉に、ぐっと返事につまる豪炎寺。自分でも想像する事を拒否している。そこに、ようやく待ちかねた携帯が鳴った。

「……俺達のデートもこれで終了。さぁ、駅まで『らしく』歩いてゆこう」

 そうして駅に現れた二人はしっかりと、その姿を雷門の生徒たちの何人かの目に焼き付けたのだった。


   ■ ■ ■


「お待ちどう様、風丸くん」

 鬼道と同じく隣の駅で降りて、地下駐車場へ。そこで、見慣れた夏未のリムジンを見つけ、近付いてゆく。中から秋が顔を出して、そう風丸に声をかけ中からドアを開けてくれた。その労いの言葉に、にっこりと柔らかい笑みで返す風丸。

「……鬼道は無事、家に戻れたんだな」
「うん。鬼頭くんの家は、裏口が使えるから、もう簡単に行こう! って事になって」
「宍戸くんが影武者で入っていたから、裏口の近くまで来た時に、ぱっと二人入れ替わってもらったの。見張りは表玄関しか見てなかったから、気が付かないのよね」

 そんな説明をしながらも、秋と春奈の手はどんどん風丸を男の子に戻してゆく。お嬢様結びのリボンを解き、いつものように高い位置でポニーテールに結ぶ。前髪も下ろして、左目を隠すと、風丸もようやく自分に戻れたという気がした。
 後は服を取り替えるだけ。パンプスを履き慣れたスニーカーに替え、細身のジーパンを履く。それからワンピースを女の子二人に手伝ってもらって上から脱がせてもらい、シャツを着込んで、半田から借りたフード付きのジャケットを羽織る。これで、このリムジンに乗り込んだ時の、風丸一郎太だ。

「お兄ちゃんの時は、女装を落すのに時間が掛かっちゃったけど、風丸先輩は簡単で楽ですね」
「楽?」
「そうそうv 鬼道くん、カラーコンタクトしたりファンデーション塗ったり、ヘアカラーで髪色変えたりで、けっこー大変だったの」

 てへへ、といった感じで秋が笑う。夏未も薄く苦笑いを浮かべていた。

( ……鬼道、お前一体どんな女装させられたんだ……? )

 風丸は、見たいような見たくないような、そんな気がしていた。
 が、気を取り直し次の行動を確認する為、夏未に短く問い掛けた。

「俺は、どうやって家に戻るんだ?」
「また、染岡君と壁山くんに合流してもらいます。風丸くんのデートを冷やかすって役柄で、雷門パークに同行させますから」

 前席に座っていた夏未が、風丸の問いそう説明をした。

「デートを先に終らせた豪炎寺くんと円堂くんは、他のサッカー部員たちと駅前のカラオケボックスに遊びに行くようになっています。これは、今から女の子に変装する豪炎寺くんと円堂くんのアリバイを作るためです」
「ん? じゃぁ、二人の着替えはカラオケボックスでやるのか?」
「いいえ、それではお店の人や、カラオケボックスを出た時に女装した二人を見られてしまうでしょう? あくまでも、カラオケボックスには影武者を立てます」
「……それ、誰が?」

 その答えは、風丸の両隣のマネージャー達から帰ってきた。

「円堂くんの影武者は松野くんで、豪炎寺くんの影武者は一之瀬君」
「……そっちの方がバレないか?」
「大丈夫よ! 松野くんには円堂くんのバンダナを付けてサッカーボールを持ってもらうし、一之瀬君には、これ!!」

 にこにこして秋が差し出したのは、豪炎寺スタイルのカツラであった。

「カラオケボックスに入る時とミッションの間だけ、そう思わせておけばいいだけだから。外を歩かなくもいいし」

( ……楽しんでるんだな、皆この状況を )

 開始した時には、それなりの意味もあったはずのオペレーションも、今では雷門サッカー部一同の大掛かりなレクレーションと化しているような気が風丸はしていた。


   ■ ■ ■


 打ち合わせどおり、風丸は自分の家の近くで染岡や壁山たちと合流する。パーカーのフードを深く被り、家を出た時と同じようなポジションで自宅の玄関前に立った。その背中に、パパラッチの視線を感じながら。

「おおい、風丸!! 俺達も雷門パークに行くから、一緒に行こう!!」

 染岡が大きな声でそう言う。
 その声を合図に、風丸の家の玄関がガチャリと開いた。そして三人は家の中へ。

ピッ、と携帯の短縮ボタンを押し、風丸担当のパパラッチが黒野桐子に連絡を入れる。

「編集長!! 風丸くんのデートに、サッカー部の部員が同行するみたいです!」

( ……あなたが見つかれば、絶対取材の邪魔をされるでしょうね。一人で大丈夫? )

「はい! こう見えても、一度食いついたネタは必ずモノにしてきた私です!! 部員がどういうつもりで同行しようなんて言っているのか判りませんが、なんだかんだ言っても、現場を押さえればこちらのものですからねっっ!」

 標的に動きが出たことで、俄然記者魂に火か着いた様である。この雷門ジャーナルの記者は、方向性こそ外れてしまっているものの報道にかける情熱や実力は、公式の新聞部の部員と比べても遜色のないほどであった。

( 期待しているわ。先に動き出した二人と連絡が付かないのが気がかりだけど、あなたの記事だけでも、大いに盛り上がることでしょうから )

「連絡、つかないんですか?」

( ええ…。取材中に豪炎寺くんや円堂くんに見つかって、なにか言われたのかも知れない )

 そんな会話をしている間に、家の中でパーカーを取り替えた風丸が、染岡・壁山・半田の三人組と一緒に玄関を出てきた。

「あ、すみません! 風丸くんが移動しますので、私も動きます。他の二人には、私も手が開いたら連絡してみます」

( そう、お願いね )

 慌しく携帯を切ると、そっと四人を尾行し始めた。

「……しっかり食いついてるな」

 後ろの気配を察しながら、半田がそう言った。

「嵌められているとも知らないでな」
 
 半田に視線を送って、染岡も小声で応える。

「……忌々しい」

 いつもと違う風丸の声が、低く重く聞こえた。

「風丸?」

 らしくない響きを感じ取り、半田が声をかける。

「ああ、済まん。やっぱり、あいつ等の為にここまでしているのが、腹に来ているみたいだ」
「そりゃ、お前だけじゃないさ。お前や円堂や豪炎寺・鬼道のように大事な者の為に頑張っているのを、あんな汚い嘘八百な記事にされちゃ、俺達だって黙っている訳にはいかないからな!」

 同じく低い声で、ドスを利かせて染岡も言う。

「風丸先輩、俺も同じッス。あいつら、許せないっス!」

 みんなの気持ちは嬉しい。
 だけど、風丸は思う。

 ―――― 忌々しく思う気持ちの正体は、自分の中にある『真実』を、おもしろ可笑しく汚らしい記事にされてしまった事への怒りなのだと。


   ■ ■ ■


「な~んか、こんな所で顔見知りが集まっていると、まるで学校のトイレみたいだな」

 そう楽しそうな声を上げたのは、松野だった。それは、そうだろう。場所は駅の地下駐車場にあるトイレ。そこに中学生と思しき男子が数人たむろっている。円堂チームと豪炎寺チームの六人。これだけの中学生が占拠していれば、他の使用者は別のトイレに向かうしかない。

「円堂、バンダナとサッカーボール」

 すっと松野が手を差し出す。

「あ、ああ……」

 言われて、バンダナを外しサッカーボールと一緒に松野に渡すと、松野はトイレの鏡を見ながら、バンダナをつけ髪形を似せるようセットした。

「う~ん、キャプテンを知っている奴が見れば、物真似か? って言われるレベルですかね」

 眼鏡を指で押さえながら、目金が一言。丁度そこへ、風丸を自宅近くまで送っていた夏未たちがさらに合流する。

「……後姿だけなら、騙せそうな感じね」

( 騙す、か…… )

 円堂は夏未の言葉を、そっと胸の中で繰り返した。

「はい。これ、円道くんの着替えです!!」

 少し考え込んでいた円堂の前に差し出された紙袋。中にはピンク色の何かが入っている。

「それと、これは一之瀬くんに」

 そう言って一之瀬に渡されたのは、例のカツラであった。アメリカ育ちの一之瀬には、こういった被り物や、変装で周りを楽しませるイベントには慣れっこである。他の部員なら一歩引く所を、嬉々としてそれを自ら自分の頭に被って見せた。

「どう? 豪炎寺に見える?」

 親指を立てにやっと笑ってみせる一之瀬に、そんなポーズは絶対取らないだろう豪炎寺とのギャップを感じて、一同ぶっっっと噴出した。笑っていないのは、当の本人である豪炎寺と円堂の二人だけ。

「円堂、着替えて来いよ。俺達が見張ってるからさ」

 これから女装という難関が待っている二人は、笑うどころじゃないんだろうと思いながら、土門が笑っていない円堂に声をかける。

「あ、ああ……」

 円堂は紙袋を手にすると、人気の無い男子トイレの個室に入っていった。
 そして、待つこと10分。円堂の入った個室の扉が開き、俯いて表情は判らないが、恥ずかしさで小さく震えている円堂が出てきた。
 部室から持ってきた練習用の黒のアンダーウェアの上下。上はハイネックの長袖と、下は七部丈のスパッツ。その上からピンクのパフスリーブ、薄くて張りのある生地を三枚重ね胸の上で切り替えた膝丈のチェニックを着ていた。その上には襟と裾と袖口にファーをあしらったショートジャケット、同じく足元もピンクのショートブーツ。

 皆の眼がある意味、釘付けになる。

 円堂は、その持ち前の前向きなオーラで大きな存在感を与える。キーパーというポジションな為、どうしても大きくがっしりしたイメージがあるが、しかし意外にもチームメイトの中では小柄な方なのである。
 そんな円堂が恥ずかしさで肩身を狭くして、俯いて立っている姿はチームメイトの眼には「女の子らしく」映っていた。

「え…と、円堂くん?」

 似合いそうだなとチョイスしたマネージャー陣だが、まさかここまで似合うとは思っていなかった。秋の呼びかけに、おずおずと円堂が顔を上げる。だが ――――

「あっ……」
「う~ん……」

 その反応に、顔を上げた円堂が不安そうな顔をする。

「……やっぱり、おかしいか?」
「あ、そうじゃないの! そうじゃないんだけど……」
「うん、どこから見ても女の子に見えるんだけどさ、その、なんていうかさ」

 一之瀬も秋に続いて、言葉をかける。

「……いや、どんな格好しても円堂は円堂だなって」
「…………?」

 そんな様子を見ていた松野が一言、ポツリと言った。

「キャプテン、目を隠したほうが良いじゃねぇ? それと、その髪型かなぁ」

 松野のアドバイスを受け、春奈の眼鏡を借り、特徴のある左右のハネを風丸の髪を結ったリボンで押さえ込み、耳の上で可愛らしくリボン結びにする。
 
「ああ、これなら大丈夫!!」

 マネージャー達が、ぱちんとお互い手を合わせあっている。

「へぇ~、うん。こんな子となら、俺もデートしていいかな」

 なんて言っているのは土門。
 皆の言葉に、恐る恐るトイレの鏡を覗き込んだ円堂は、そこに見慣れぬ自分の姿を見つけ、誰よりも焦っていた。


 

Operation Chord : 「DATE FORCE」8

Side 風丸×円堂 Ⅱ 


( ……確かに可愛い )

 先ほどまで超絶美少女に変身していた風丸とデートしていた豪炎寺は円堂のこの姿を見て、こちらも満更ではないなと胸の中で思う。今からデートする風丸を、少し羨ましく思う位に。

「んじゃ、俺等カラオケに移動します」

 豪炎寺のカツラを被った一之瀬が、笑いながら夏未に声をかけた。その一之瀬の隣には、これまた円堂のバンダナを付けた松野。その二人を挟むように土門と目金、それから鬼道邸から連れてきた宍戸も同行する。

「……周りをサッカー部員で固めたら、なんとなくそれなりには見えるんですね~」

 カラオケ組を見送りながら、感心とも取れる調子で秋がそう言った。

「思い込みでしょうね。あれなら十分身代わりが勤まりそうだわ」

 そうして残ったのは、女装して眼鏡っ娘に変身した円堂と、これからどんな女装をさせられるかわからない豪炎寺と夏未達。

「風丸くん達は、もう雷門パークに向かってるので、円堂くんも風丸くん達に合流してください」
「あ、ああ。判った」

 そう答えたものの、円堂の緊張振りは鬼道とデートしていた時の比ではない。
 まるで石のように固まって、右手と右足が同時に出るような状態なのだ。

「大丈夫、円堂くん?」

 心配そうに秋が円堂の顔を覗き込む。

「だ、大丈夫だ、大丈夫。風丸や鬼道だって頑張ったんだ。キャプテンの俺がここで挫けたら、あいつ等に会わせる顔がねぇ……」

 そうは言うものの、円堂の足はブルブルと震えている。

「……木野さん、円堂くんに付いていってあげて。今の円堂くんじゃ、どこで事故に合うか判らないわ」

 ふぅと息を吐きながら、状況を判断した夏未がそう指示を出した。その言葉に、秋に悪いなと言う表情と、どこかほっとした表情が円堂の顔に浮かんだのを夏未も豪炎寺も見逃さなかった。秋に手を取られ、地下駐車場を出てゆく円堂。
 その後姿を見ながら ――――

「なんだか今の円堂くん、女の子より女の子らしいわ」
「頭がサッカーでいっぱいな分、他は幼児並なのかもしれんな」

 と、豪炎寺。

「キャプテン、本当に純情なんですねv もともと『デート』なんてイベント自体、恥ずかしくて仕方がないんじゃないですか?」
「……まぁ、だろうな」

 それは、そうだ。
 デートなんてものは、他人に見せびらかすようなものではないのだから。それを承知で、ある意味見世物になるのを覚悟でやっているこの作戦。

( ……落ち着いて考えれば、もっとマシな方法があったんじゃ ―――― )

 今頃、そんな可能性に気付いた豪炎寺であった。
 しかし ――――

「じゃ、最後は豪炎寺くんの番ね」

 にっこり笑いながら、夏未と春奈が豪炎寺に迫る。

「なかなか似合いそうな服装が思いつかなくて……」

 と、手にした残りの紙袋を豪炎寺に手渡す。
 ちらりと見えたのは、円堂と同じピンク色のなにか。

「私の知り合いの方から借りてきたものです。これならば、鬼道くんとデートしても格式負けする事はないでしょう」

 紙袋の中身を確認した豪炎寺が、脂汗を額に浮かべながら夏未に問う。

「……俺がこんなものを着れば、それこそこの作戦は台無しじゃないのか?」
「もちろん、そのままではそうなるわね。だから、もう少し小細工させてもらいます」

 小細工の言葉に、先に女装させられた鬼道のケースを思い出していた。


   ■ ■ ■


 少し前に雷門パークに着いた風丸達は、その入り口ゲートの近くで円堂が来るのを待っていた。

「えっと、現在の状況をおさらいすると……」

 と、半田が手帳の様な物を取り出して、ボールペンで風丸達女装組の名前を書き込む。

「ん? どれ、見せてみろ」

 そう言って覗き込む染岡と壁山。

「先に動いたのが豪炎寺サイドでデート相手は風丸。豪炎寺には土門と一之瀬がバックアップでついて、風丸には俺達三人とパパラッチの見張り役の小林」
「小林は小柄で身のこなしもすばしっこいから、適役だな」

 染岡が、ちらりと自分たちの様子を物陰から窺っているパパラッチに視線を向けた。そのパパラッチの後方に、小林の小さな姿。

「で、豪炎寺に張り付いていたパパラッチは風丸の説得で取材は止めて、自宅に戻った」

 横で聞いていた風丸が、小さく首を縦に動かす。

「あれ~、そうスっと、土門先輩と一之瀬先輩はお役御免っスか?」
「いや、あの二人はこれから女装する豪炎寺の為に、アリバイ工作なんだ」

 説明しながら書き込まれてゆく、バックアップ要員の名前とミッション毎のポジション。

「そして、今度は円堂の方だ。円堂には松野と目金がついた。円堂のデートの相手は鬼道。こっちには影野と栗松だな」

 メモを見ながら半田は丸印で名前を囲み、説明を続ける。

「……円堂の方も、パパラッチは帰ったんだろう?」

 まだどこか、忌々しげな響きが感じられる風丸の声。

「ああ。この松野と目金も今から女装する円堂のアリバイ工作で、土門や一之瀬と合流する」
「宍戸を忘れてないか?」
「宍戸は鬼道の影武者を務めて、その後はやっぱり後半の女装組のアリバイ工作要員として土門達に合流、だっけ?」
「な、なんだか頭がこんがらがってきたっス」

 半田が書き込むメモを見ながら、壁山が言う。

「……雷門の原案に、あの策略家の鬼道が手を加えたオペレーションだからな。ややこしくて当たり前か」

 風丸が言ったややこしくてといったその言葉には、自分が円堂に抱いている、まだ曖昧な気持ちも反映されていた。

 自分の女装姿を、円堂には見られたくない。
 自分は、男だから。

 そして、円堂の女装姿も出来る事なら誰にも見せたくない。

( ……なんなんだろうな、この気持ち )

 それでも、いつもと違う円堂の姿を見ても、ドキドキしたりせずに冷静でいようと心に決めていた。
 ふっと一息ついて視線を巡らせた風丸の眼が、その時見慣れた姿を視線に捉えた。

「あれ…? マネージャーだよな」

 ぽつりと、そんな気の無いような声が風丸の口からもれた。
 木野が入り口ゲートの前にたむろっている風丸達を見つけたのか、元気良くぶんぶんと手を振っている。

「……だな。やっぱ、円堂じゃ女装は無理だったか」

 そう言った染岡を制するように、半田が言葉をかけた。

「いや。あれ、木野の後ろに誰かいないか?」

 言われて見れば確かに木野の後ろに隠れるように、小さくおずおずと歩く、ピンク色の人影があった。


   ■ ■ ■


「……まだ、風丸くんの彼女は来ていないみたいね。それにしても、あの残りのサッカー部員の三人、折角のデートなのに物凄いお邪魔虫じゃないのっっ!!」

 人待ち風な風丸の横で、お邪魔虫な三人が頭をつき合わせて、何か話し込んでいる。風丸も時々そちらの方に視線を走らせ、一言二言何か言っているようなので、今日のデートでのアドバイスみたいなものを仲間達から受けているのかもしれない。

「ふ~ん。部員皆から公認されている仲、って事なのかしら? 人目も憚らない、正々堂々とした公明清廉なお付き合い、なんていうのはウチの色じゃないんだけどなぁ……」

 ブツブツ言いながら、そんな様子も一応デジカメに収める。
 ゴシップ専門の雷門ジャーナルとしては、当事者が隠そう隠そうとするネタほど美味しい。そんなネタを根掘り葉掘り弄くって、読み手が喜ぶような予想や妄想を詰め込んで世間に知らしめる。その記事を読んだ時の、読者の反応が楽しみでこんなことまでしているのだから。

「まさか何十年も前の中学生みたいな、グループ交際なんてダサい真似はしないわよね?」

 風丸の周りから離れないサッカー部員の姿を見てそんな予想を思い浮かべ、冗談じゃないと軽く憤慨する。デジカメのファインダー越しにそんな彼らの様子を伺うと、ぴくっと風丸の視線が誰かを捉えた様に動いたのを感じた。その視線の先にデジカメのレンズを向けると、そこに ――――

「えええっっ!! あれって、サッカー部のマネージャーじゃないの!? じゃ、風丸くんの彼女って、あのマネージャー? ……まぁ、それなら確かに部員公認の仲よね」

 う~ん、と考え込む。
 青春ドラマなどのベタで爽やか系の王道、部員とマネージャーの恋愛。しかも部員からの応援付き、と来てははっきり言って弄りようが無い。

「……せいぜい、風丸くんファンの子達の嫉妬を煽るような記事くらいかなぁ、書けそうなのは。風丸くん、密かに男の子にも人気があるから、それはそれで面白いことになるかも?」

 と、頭の中でどの方向性で記事を作るか色々アイディアを出してみる。

「あ、あれ……。あのマネージャーの後ろにくっついている子、あの子は……」

 見知った顔だけが目に入っていたパパラッチだったが、少し落ち着いてみるとどうやらマネージャーには「連れ」がいるようだと見て取れた。

「もしかして、あの子……?」

 ファインダーを覗き込み、レンズのズームを調節してその子の姿を大きく捉えなおす。短めの髪を白いリボンをヘアバンド替わりにしてまとめ、耳の横で可愛らしい蝶々結びにしている。恥ずかしげに俯いた横顔は、眼鏡をかけた目元をふっさりとした前髪が被い、どれだけシャイな性格なのかを物語っていた。
 その子を見た瞬間の風丸の表情の変化を、このパパラッチは見逃さなかった。一瞬目を見開き、やがてほんの少し微笑むようなその表情を。

「間違いないわ! あの子が本命ねっっ!!」

 ギラリと光るパパラッチの眼。
 それは獲物を見つけた、猛禽類のそれと同じだった。


   ■ ■ ■


「遅くなってゴメンね。はい!!」

 秋はそう言って、自分の後ろに隠れるようにしていた円堂を風丸の前に押し出した。秋とあまり身長が変わらない円堂が、女の子の格好で恥ずかしげに身体を縮こまらせ真っ赤になって俯いて立っている姿は、正真正銘の女の子である秋と並べても十分「女の子」らしかった。

「えっ? これが……」
「本当に、本当っスか?」
「なんと言うか、まぁ、化けたな」

 思わずもれた、半田と壁山と染岡の一言。

「こ、こんな格好、は、初めてだから……」

 チェニックの膝上あたりの生地をぎゅっと握り締め、ぶるぶる震える小さな声の円堂。ゲート前でたむろっているサッカー部員達との距離を縮めてくるパパラッチに気付いた風丸が、目線で仲間達に知らせる。

「……距離を詰めてきたな」
「ああ。風丸と謎の少女とのデート現場を押さえる為に、な」

 にやりとした笑いを浮かべるのは半田。

「で、どうするの? 風丸くん。円堂くん、こんな状態なんだけど、フォローが必要じゃない?」

 秋が、もう見ていられないほど緊張しまくってだらだら汗を流している円堂に、同情の視線を投げつつ、ここでの行動を確認する。

「……皆がいたら、あいつは俺達に接近できないだろ? 皆が俺達をガードしているみたいに思われて、また邪推されても面白くない」
「うん、それも一理あるな」

 腕を組んだ染岡が頷くと、周りの皆も同意する。

「マネージャー、円堂の事は俺に任せて。取材しているのがバカらしくなるくらい、中学生らしい明るく清く楽しいデートを演出してやる」

 それは、普段控え目で優しげな風丸には珍しいくらい、強気な発言であった。

「風丸……」

 それでもまだ心配そうに円堂が上目遣いに風丸を見れば、風丸は安心させるように、にっこりと笑いかけた。

「心配するな、円堂。俺が必ずお前を守ってやる! だから、今日は例え芝居でも、『デート』を楽しもう!!」

 そう言って、周りが見蕩れるくらいの笑顔で円堂に向かって手を差し出した。

「あ、ありがとう…、風丸」

 おずおずと、その手を取る円堂。それを見て、秋が染岡達に声をかけた。

「ここは、風丸くんに任せましょう」
「そうだな。なんか俺達、物凄くお邪魔虫っぽいし」

 秋の言葉に続けて、半田もそう言う。
 そうしてゲート前で二人を見送り、秋と染岡たち四人はパパラッチの前から姿を消した。

( やった―!! お邪魔虫が消えた!! これで、密着取材しやすくなったわ! )

 らんらんと目を輝かせ、さらに二人との距離を詰めるパパラッチ。その後ろから、小林が監視しているとも気が付かないままに。小林の携帯が小さく震える。

「あ、染岡先輩」

( 見てたか? 小林 )

「はい。先輩達は園内には入らないんですか?」

( いや。あいつを包囲するように入ろうと思う。何か合った時の為にな )

「じゃ、俺ナビゲートします」

( ああ、頼む )

 そう、あの二人に何かしようとすれば、すぐにでも取り押さえられるようにと、その準備は着々と進みつつあった。


   ■ ■ ■


 風丸と二人で残されて、円堂は戸惑っていた。風丸とは幼馴染だ。二人で遊びに行った事など、今までにも何度もある。だけどそれは一緒に遊びに行く、であって決して『デート』などというシロモノではなかった。先の鬼道とのデート作戦でも、恥ずかしさのあまり逃げ出したような円堂だ。
 それがいくら気心の知れた幼馴染相手でも、いやかえって幼馴染だからこそ、こんな女装姿で「彼女」の振りをして「デート」する、というシチュエーションに対応できずにいた。

「じゃ、円堂。中に入ろうか?」

 四人の姿が見えなくなる頃を見計って、風丸はそう円堂に声をかけた。

「風丸……」

 風丸が差し出した手を取り、それを引いて、円堂は顔を近づけないと聞こえないくらいの小さな声で尋ねた。

「お、俺…、おかしくないか?」

 恥ずかしさで赤くなった顔、涙腺まで故障したのか眼鏡の奥の大きな瞳が潤んでいる。そんな初めて見るような表情で自分の顔を見つめられ、風丸の顔も赤なる。ドキドキしないよう、冷静でいようと思っていたのに、勝手に体が反応している。このままでは、ゲート前で、二人とも真っ赤になったまま立ち往生だ。ふと、風丸の眼が円堂の髪を纏めているリボンに向いた。

「あ、これ……」
「髪、短いのに変だよな……」

 風丸の視線に気付き、またまた俯く円堂。

「……このリボン、さっきまで俺が使っていた奴だ。ほら、俺の髪が一筋ついてる」
「え?」

 円堂のリボンについていた青い髪を一筋、手に取り見せてやる。

「そっか……。これ、風丸が使っていたんだ」

 たったその一言で、円堂は自分の身体から緊張が解けてゆく気がした。

「……おかしくないよ。十分可愛いからさ、お前」
「可愛い?」
「うん、可愛い」

 そう言われて、次に顔を上げた円堂の瞳は、あのゴールを守る時の強気な色。

「……あんまり嬉しくない。つっか、お前がそう言われて嫌がる気持ちが初めてわかった」
「だろ?」

 風丸の顔にも、いつもの笑顔が浮かんでいる。
 そんな言葉のパスが繋がって、ようやくドキドキが収まってきた。

「よし! 遊ぶぞ!!」

 気合を入れるように、円堂は自分の頬をペチペチと軽く叩く。

「円堂…、今お前は「女の子」なんだから、そーゆー事はするな」

 やれやれといった感じの風丸。
 そうして二人は、初デート感たっぷりに手を取り合って入場ゲートをくぐって行った。


「はぁ~、何よ! あの二人!! 入場するまでにどれだけ照れて時間をかけてるのっっ!! 見てるこっちが恥ずかしくなるっていうの!」

 小声での会話だったため内容は聞き取られなかったものの、その様子はファインダー越しにしっかり見られている。チームメイトを追い返し二人だけになった途端、真っ赤になって動けなくなった風丸とその彼女。彼女が照れて恥ずかしがっている様子は、克明に激写した。赤い顔をして上目使いで風丸を見ているところや、そんな彼女を気遣って何か優しい言葉をかけてやった風なところなど、見ていて微笑ましくなるシーンが続出だ。
 そんな二人に中てられたのか、追跡取材しているパパラッチまで顔を赤くしていた。
 が、そんなパパラッチの事など頭から追い出して、今この時を楽しむことにした二人は早速遊びたいアトラクションの選択に入る。

「なぁなぁ、最初はなんに乗る?」
「そうだな、ここはやっぱりジェットコースターだろ?」

 そう言いながら二人は、パークの南側にある乗り場を目指す。その後ろには、雷門ジャーナルのパパラッチ。そのまた後ろと周囲には、雷門サッカー部のチームメイトがその包囲網を張り巡らしていた。




Operation Chord : 「DATE FORCE」9

Side 風丸×円堂 Ⅲ


 最初がジェットコースター、それからゴーカートに乗り、次は海賊船。一息入れたら今度は大きな回転ブランコに。必ず二人で乗れるアトラクションばかりを選んで、それこそ楽しそうな笑顔を振りまく。

「うわぁ~~、まるで絵に描いたようなデート内容ね。そう、お子様向きの。今時の小学生でも、こんな幼稚なデートはしないんじゃない?」

 ブツブツと、そんな感想を漏らしながら二人の後をしっかり尾行する。二人が次に選んだアトラクションは大観覧車。一周15分はかかるこのパーク一人気のアトラクション。並んでいる乗客も、それなりに列を成していた。

「……大観覧車か。乗っちゃえば、その間は二人だけの密室空間。なにかあるかな?」

 観覧車の最上部にカメラのレンズを向けて被写体をズームしてみる。真下に近いからか、ズームしてみても、観覧車の下の部分しかレンズには入らない。どこか良い撮影箇所はないかと辺りをぐるっと見回すと、北側にある屋内遊技場の屋上部分に設置された展望台が目に付いた。高さ的にはほぼ大観覧車の直径と変わりないくらいの高さがある。距離的にはこちらも15分程度。

「どうしよう……。今からなら向かい側の展望台に行けば、角度的には観覧車の中も撮影可能だけど、撮影してここに戻って来るまでの間に見失う可能性があるのよね」

 楽しげな二人の様子は、沢山カメラに収めた。だけど、それらはスキャンダラスな記事に使うには場違いな写真ばかり。仮に展望台まで登ったとして、狙ったような写真が撮れるという保証は無い。
 しばらく何か考え込むと、風丸付きのパパラッチは方針を決めたように一言呟く。

「……そんな時は、特攻あるのみ!! ここは一つ、彼女を揺さぶってどこの誰か、いつから風丸くんと付き合っているのか、二人の関係はどこまで進展しているかを聞き出さなくちゃ!」

 パパラッチは、観覧車の列に並んで楽しそうに話す二人を遠目に見ながら、さらに不穏な事まで口にする。

「それに…、あの「彼女」がニセモノじゃないとも限らないし。だいたいちょっと都合が良すぎるのよ。私たちがターゲットにした4人に、それぞれちゃんとした秘密の彼女がいるなんてね!」

 読みの鋭さは、このパパラッチが記者としての本質を備えているからかもしれない。その言葉通り真実を暴く為、観覧車に乗り込む二人をじっと凝視していた。


   ■ ■ ■


「……そろそろ突撃してきそうだな」

 観覧車のゴンドラに乗り込んだ風丸が、高度を上げた事で視界が広くなった下の様子を見ながらそう呟いた。

「突撃って……?」
「下見てみろ、円堂。俺達が降りて行くのを待ち構えている」
「でも、あの連中って隠し撮りが専門なんじゃないのか?」
「……隠し撮りだけじゃ、面白い記事が書けないと思ったんだろう」
「そんな……」

 こんな姿を見られていると思うだけで、背中にびっしょり汗をかいているような円堂である。そこに面と向かって根掘り葉掘りしつこく聞き出そうとされたら、どんな事になるか判らないと軽く青ざめていた。

「大丈夫。あいつの応対は俺がする! お前は一言も口をきくな」
「風丸……」
「ゴールを守るのがキーパーなら、キーパーを守るのはDFだ」

 きっぱりそう言い切った風丸の横顔は、いつもより男らしく円堂の眼に映った。
 ゆっくりと観覧車は回り、遠く小さく見えていた人影がだんだん大きく見えてきた。ゴンドラの外から係員の手が伸び、外される入り口のロック。ゆっくり動き続けるゴンドラからまず風丸が降り、それから女装の為いつもみたいに大股で移動出来ない円堂の為に手を貸してやる。

「転ばないよう、気をつけて」
「あ、うん…。ありがとう……」

 円堂の手を引いたまま、自分の背後に隠すようにして風丸は、待ち構えているパパラッチの許へと足を進めた。

「おい。そこの君!」
「あら? 私の事?」

 明らかに声に怒りの色を滲ませている風丸の呼びかけに、少しも動じる様子を見せず、そのパパラッチはカメラを向けた。

「ああ、そうだ! こそこそと俺達の後をつけて、隠し撮りなんかして……。そんなことをして、お前楽しいのかっっ!?」
「楽しいのかって聞かれれば、楽しいって答えるわ。だって、私たちの新聞を楽しみにしている読者がいるんですもん。読者の期待には応えたいし」

 今まで散々、取材相手を困らせるような記事をでっち上げてきた連中だ。人から批難されたり抗議されたりするのも、慣れているのだろう。強気で不遜な態度は、風丸の強い語調でも崩れることは無い。

「でっちあげのスキャンダル記事で、読者を釣っているだけだろう。書かれた方の身にもなってみろ!!」
「……でっちあげって言うけど、100パーセントのでっちあげなんて私たちは書かないわよ? 今まで書いてきた記事だって、そのうちの何パーセントかは『本当の事』が入っているから、皆もそう思うんじゃないの」
「何パーセントかの本当の事、って……」

 自分の胸の中を見透かされたような気持ちになって、風丸の言葉は途中で途切れる。

「それに今日はね、風丸くんにじゃなくて、そちらの彼女にインタビューしたいんだけど」

 記者特有の勘の鋭さを感じさせる視線を、風丸の後ろに隠れるように張り付いている円堂に向けた。

「インタビュー?」
「そう、その彼女が本当に風丸くんの彼女かどうかから始まって、いつどこで出逢って、どんなお付き合いをしているのかとか、風丸くんと円堂くんの噂は知っているのかとか」

 自分の名前が出たことで、女装した円堂は小さく身体をぴくりと震わせた。

「お前っっ……!? まだ、そんな事を言っているのか!」
「そりゃ、疑いたくもなるわ。あの記事を出した途端、実はあの四人にはちゃんとお付き合いをしている彼女がいます、みたいな事を言われちゃね。このデートだって、あの記事の内容を打ち消すためのカモフラージュかも知れないでしょ?」
「……何故、そう思う」

 風丸の手が、ぐっと握り込まれたのを円堂は繋いだ手に伝わる力の強さで感じていた。

( ……マズイぞ。風丸の奴、そうとう頭にきてる。 )

 今にも切れそうな風丸の様子に円堂は、この一件の元凶であるパパラッチたちへの怒りは少し抑えられていた。

「風丸くんも、この新聞の記事を読んだんでしょ?」

 そう言うと、あの問題の紙面を開いて見せた。

「ああ……」
「この紙面の風丸くん達の写真、私が撮ったのよ。だから判る。円堂くんとサッカーしている時の風丸くんの笑顔と、今そこの彼女とデートしている時の笑顔が全然違うって事がね」
「…………………」

 それは、違いもするだろう。
 このデートそのものが嘘で塗り固められたもの。こうして円堂とデートの真似事をしていても、本当のところは心の底から楽しめるものではないのだから。

「私ね、この記事を書くためにずっと風丸くんと円堂くんを追っていた。練習中だけじゃない、学校生活の中のちょっとした遣り取りや表情もずっと。だから、気がついた。本当に二人は仲良しなんだって」
「それは、今更言われるまでもない。俺達は幼馴染で親友なんだからな!!」
「親友ねぇ……。ねぇ、風丸くん。あなた本当にそう思ってる?」

 パパラッチの言葉が癇に障る。

「……何が言いたい」

 イラつきを抑えたその声は、低く冷たく風丸の口から吐き出された。
 ニヤリと、パパラッチが笑ったように見えた。


   ■ ■ ■


「円堂くんって、彼の人柄や頑張りを知れば、きっと皆魅かれる。それは私もそう思う。だから、円道くんに彼女がいても可笑しくないなぁ、って。色んな所に…、ううん、世界中に友達がいるような彼だし、本当に円堂くんって、お日様みたいに誰にでも公平にその笑顔を振りまくんだなぁって思った」
「ああ、そうだ」

 ちゃんと判っているじゃないかと、風丸は思う。こんな性質の悪い連中でも、円堂の凄さが伝わっているのが、少し誇らしくもある。

「だけどね、風丸くんは違う。円堂くんにだけ、特別な笑顔を向けてるよね?」

 胸を突かれた。
 その一言に。

「お前……」
「それにね、風丸くん達を取材していて良く聞いた言葉なんだけど、風丸くんはファンになったり応援したりするのは良いけど、彼女になるのは二の足を踏むんだって」
「なぜ……?」

 自分に対する意外な評価に、思わずそんな言葉が口をつく。

「見比べられちゃうからだって。風丸くん、美人だもの。やっぱりそれ相応に釣り合いが取れないとね」
「そんな…、そんな見た目だとかで決めるような軽いことなのかっ!?」
「うん、そうだよね。風丸くんならそう言うと思った。だって、その後ろの彼女、言っちゃ悪いけど、ねぇ……?」

 濁した言葉の続きは簡単に予想できて、風丸は腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じた。

「ああ、ごめんね。風丸くん、怒っちゃった? そりゃ、風丸くんが付き合おうと思ったぐらいの彼女だもん、風丸くんにとっては一番可愛い彼女よね」

 神経を逆撫でするいやらしい物言いに、そろそろ風丸も自制心が利かなくなりそうな気がしていた。

「で、ここで風丸くんに質問。そこにいる彼女と円堂くん、どっちが風丸くんにとって大事?」
「なっっ……!?」

 突然の問い掛けに、答えに窮する。

「今まで彼女を作らなかった風丸くんが、初めて付き合っても良いと思えた彼女と、十年来の幼馴染で親友でそっちの噂さえ立ちそうなほど仲の良い円堂くんと、どちらかを選べって言われたら、風丸くんはどちらを選ぶ?」

 どちらも円堂自身。
 相手を喜ばせるような答えも、円堂を悲しませるような答えもしたくない。

「俺は……」

 すぅぅと、大きく息を吸い込む。
 こんな相手に、どこまで自分の本気が通じるか判らないが、この事に関してはもう逃げないと腹を括る。

「どっちも大事だ」

 そう、どちらも大事。
 この胸に抱えている未分化な感情は、そのどちらでもないのだから。
 友情であれ、恋愛感情であれ、今はそれを本気で受け止めようと思っていた。

「うっわ~~っっ! それって、かなり都合の良い答えじゃない!! ねぇねぇ、彼女! あなたはそれで良いの?」

 からかうような、どこか高慢な響きを持った声。
 相手の気持ちを逆立てて、円堂から何か言質を取ろうとしている。

「……彼女を困らせるなっっ!! これ以上、何かするなら、お前が女の子でも容赦しないぞ!」
「私を殴るの? そんな事をしたら、雷門サッカー部の名誉に傷がつくわよ? っていうか、それだけで雷門ジャーナルの一面が飾れちゃうけど?」

 勝ち誇った声が、風丸の耳に響く。


   ■ ■ ■


「……本当にそれで楽しいのか?」
「 ――― !! ――― 」

 ぎょっとした風丸の表情と、その後ろから聞こえた小さな声の問いかけ。

「お前は黙ってろっっ!」
「ようやく口を利いてくれたのね」

 焦ったような風丸の声と、ますます勝ち誇ったようなパパラッチの声が重なる。
 制しようとする風丸の手を押し留め、一歩円堂が前に出た。
 フィールドの外に出れば、かなり小柄な円堂だ。ましてや、こんな女の子の格好をしているとは思いもつかないパパラッチは、その正体にまだ気付いてはいない。

「……もう止めよう、風丸。こんなやり方は、あいつ等と同じことになる」
「でも……」

 その声に含まれる強い響きに、風丸はこうなったら引く事を知らない強いキャプテンの存在を実感する。

「落としたりしたら悪いから、それ預かっていてくれ」

 そう言うと円堂は、音無から借りていた眼鏡を外し頭のリボンを取りそれを風丸の手に預ける。俯いていた顔を上げ、強い光を宿した瞳で、相手をじっと真正面から見つめた。

「その写真、本当にいい写真だよな。写す相手の心まで写し出せるなんて、お前本当に写真が好きなんだろ?」
「えっ……!? あなた、もしかして、円堂くんっっ!??」

 ようやく、ここに至って風丸のデート相手が女装した円堂だと気がついた。

「ああ。お前達があんな記事を書いたものだから、それを打ち消す為にこんな事をした。だけど、『嘘』を演じたって、それはやっぱり嘘でしかない。お前達の書いた記事と同じに」
「それでも良いのよ! それを喜んで読んでくれる人達がいるんだものっっ!! お陰で素敵なスクープが手に入ったわ! あの円堂くんが人目を忍んで女装姿で幼馴染とデートだなんて!!」

 カシャカシャとカメラのシャッターを切る音が連続で響く。

「いい加減にしろ!! もう我慢も限界だっっ!」

 カメラを構えたパパラッチの行動を止めさせようと、風丸が手をかける。

「なによっっ!! 邪魔しないで!」

 もみ合う二人の間に円堂は手を伸ばし、その大きな手でパパラッチのカメラをすっと大事そうに取り上げた。

「あっ、返して!!」
「……可哀想になぁ。お前、こんな場面が撮りたい訳じゃないよな。あんなに良い写真が撮れるのに」
「円堂……」

 円堂はパパラッチから取り上げたカメラを、まるで自分がいつも大事にしているサッカーボールを扱うように手の中に収めていた。

「……どんなに良い写真が撮れたと思っても、そう言ってくれる人がいなければ、それはちっとも良い写真じゃないのよっっ!! 誰からも評価されないものなんて、存在する意味ないでしょ!? だから、私は皆が喜ぶようなスキャンダラスな写真を撮るようにしたの!!」
「お前、それ本気でそう言っているのか?」

 そう言った円堂の眼が、悲しそうに揺れている。

「な、何よ! 何が判るの? あたしがこんな事をしなきゃいけなくなった気持ちがっっ!!」

 風丸は捉まえていたパパラッチの腕を離した。
 パパラッチの叫びの中に、かつての自分と同じモノを感じたからだった。

「……そうか、お前もそうなんだな。認めて欲しい。好きで頑張っていることなら、なおさらに」
「風丸くん……」
「だけど好きな事を偽って傷つけて、それで何かを手にしても虚しいだけだ。後には悔いしか残らない」
「俺、お前が撮ってくれたこの写真好きだぜ? 俺と風丸をこんな風に撮ってくれて、嬉しいくらいだ。だからこそ、スキャンダラスな写真なんて言って欲しくない」
「円堂くん……」
「もう止めろよ。このカメラが泣いてる。こんな事に使って欲しくないって」
「…………………」

 高慢なほどの強気の顔は、本当は弱い自分を隠す仮面に過ぎない。今、それはこの子の顔から外れ落ちようとしていた。

「写真、好きなんだろ? 本当は撮られた人にも喜んでもらえるような写真を撮りたいんだろ?」

 円堂の、その子にかける言葉はどこまでもあたたかい。

「……なれるのかな。こんな私でも」
「なれるさ。自分が本当に良いと思える写真を撮り続けていれば、きっとな!! 嘘が入っちゃ、本物にはなれないんだぜ? 俺さ、本当に本当を重ねて本物になっていくんだと思うんだ」

 風丸の、円堂の言葉がパパラッチの心を開放する。
 強気の姿勢を崩し、その子はポロポロとその場で泣き始めた。


   ■ ■ ■


 ひとしきり泣いた後その子は、そんな自分を円堂や風丸他、後方支援部隊のチームメイト多数に取り囲まれているのに気がついた。

「もう、大丈夫?」

 俺の横から木野がハンカチを出し、相手の子の涙を拭ってやる。

「あ、あの…、この皆は……?」
「まぁ、言うなれば対雷門ジャーナル実行部隊、みたいなもんかな」

 そう言ったのは半田。

「対雷門ジャーナル……」
「ああ、さっき言っただろ? このデート自体があの記事を打ち消す為の作戦だったって。だけど、やっぱ嘘はいけないよな、嘘は!!」
「っていっても、いきなり自分から正体バラすなんて、何のために俺達がバックアップについていたんだ? あぁ?」

 と、少し凄んで見せたのは染岡。

「だけど、こっちの方がキャプテンらしくて良いッス」
「それでこそ、キャプテンですよね!」

 一年生コンビの壁山と小林も円堂の言葉に同意する。
 格好はまだ女の子のままだけど、気持ちはすっかりいつもの円堂に戻っている。そのニパッとした笑顔には、誰も逆らえない。

「じゃ、撤収するか」

 そんな所は真面目な染岡が、作戦終了のケジメとして撤収を促す。それを ――――

「折角だからさ! このまま皆で遊ばないか!? 滅多にないことなんだし♪」

 そんなウキウキとした語調で円堂が提案した。

「おいおい、そんな勝手なことしたら雷門や鬼道が怒るぞ」
「いーじゃん、いーじゃんv どうせバレたんだし、後の事はそいつの胸の中次第だし。だいたいこの面子で遊ぶなんて、今までなかったんじゃないか?」

 言われて見れば、と風丸は思う。

( 円堂に木野、それから半田に染岡。壁山と小林……、オマケで俺か )

 本当ならあと二人、栗松と宍戸もいれば良かったなと小さく呟く。 

「なぁ、知ってるか。あいつら、雷門イレブンが今みたいに有名になる前から、ずっと雷門でサッカーやってきた連中なんだぜ」
「風丸くん……」
「部員が少なくていつ廃部になるかハラハラしていた時代から思うと、本当にここまでやってこれたのもあの円堂くんの笑顔と元気のお陰だなって」

 円堂と二人でサッカー部を立ち上げた木野がしみじみと言葉を続けた。

「それじゃ、円堂くん達って1年の時は練習や試合はどうしてたの?」
「試合なんて出来るわけないさ。部員がマネージャー含めて4人しかいなかったんだ。練習場所も貸してもらえなかったし」
「そんな、酷い状況だったんだ……」
「でもね、円堂くんのサッカーが好きだって気持ちは本物。当たり前に本当の事を真っ直ぐにやり続けてたら皆がついてきて、沢山の仲間も出来て、そして今の雷門イレブンがあるの」

 今までの苦労を全部知っている木野が、優しく微笑みながらそう語る。

「おおい、風丸も秋も早く来いよ!! 遊ぼうぜ!」

 いつの間に移動していた円堂達が、人波の向こうから手を大きく振っている。

「円堂くん! そのままの格好で良いの!?」
「あぁ、コスプレと思えば良いんじゃねぇ? 周りに皆もいるし、面白がってもらえればさv」
「もう、円堂くんったら」

 最初はあんなに恥ずかしがっていたのに、開き直ってしまえばこれである。そんなお祭り集団に加わるべく、木野も嬉しそうに皆の下に駆け寄っていった。

「……皆、円堂くんの事が好きなのね」
「ああ」
「大変ね、風丸くんも」
「?」

 物言いが変わった。あの刺々しさが消えている。

「風丸くん、好きでしょ? 円堂くんの事」
「……ああ」

 ここに来て、もう嘘はない。

「どうする? それを記事にするのか?」
「……円堂くんが言ってたでしょう? わたしの胸の中一つだって」

 まだ瞳の端に光る涙を残しながらふわりと笑うその様子に、風丸も小さく笑みを返し、そして人波の中に紛れていった。



Operation Chord : 「DATE FORCE」10

8.MISSION 7.Side 鬼道+豪炎寺


 午前中の女装ミッションから開放され、しばしの休憩タイムを取る鬼道。
 そっと自分を見張っているパパラッチの様子を窓から伺えば、自分がこの屋敷を抜け出したのも、当の本人が逆に監視されているのにも気がついていないようである。

「……利口な相手じゃないようだ。朝から同じ場所で見張りを続けているなんてな」

 鬼道が次に動くには、豪炎寺の準備が出来てから。
 ふと、あの豪炎寺が一体雷門達からどんな女装をさせられるのかと思うと、可笑しくもありコワイものを見るような気持ちにもなってくる。

「まぁ、俺でさえあんな格好を円堂の前でさせられた。それを思えば、同情する必要はない」

 ニヤリとした余裕の笑みを浮かべ、携帯が鳴り出すのを今か今かと待ち受けていた。


   ■ ■ ■


 鬼道邸で張り込んでいる最後のパパラッチの携帯が、上着のポケットの中で振動する。

( こちら黒野。そちらの様子はどうかしら? )
( はい。まだ、動きはないようです。もしかしたら、こちらの方は空振りになるかもしれません )
( ……そう。そうね、幾らなんでも4人共に彼女がいるからって、同時にデートするなんて事もそうそうある訳ないわね )
( あの、他の皆からの連絡は? )
( ……ちょっとアクシデントがあったのかもしれないわ。豪炎寺くんと円堂くんに付けた二人と連絡が取れなくなっているの。あなたの所に連絡はないのね? )
( 連絡はなかったです。でも編集長、アクシデントって……。あの、やっぱりサッカー部の皆から責められたとか……? )
( それは判らないわ。とにかく、あなたは鬼道くんの動きを追って頂戴。誰かと会うようなら、その相手とのツーショット写真を撮ることだけ考えて )

 それだけ指示を与えると、桐子からの電話はそのまま切られた。
 鬼道付きのパパラッチの胸に、じわりとした不安が滲むように広がってゆく。
 どちらかと言えば、人に流されやすい性格で、面白そうな事ならすぐつられる少し頭の軽い子である。
 この雷門ジャーナルでの活動も、皆でゴシップ新聞を作るのが楽しいのであって、別に報道そのものに対しての自分なりの思いや姿勢がある訳ではなかった。

 気付けば、今ここには自分一人である。

 それに対して、相手は今では稲妻町の有名人となった雷門サッカー部。
 もしかして、自分はとんでもない事に手を出したのでは……、と言う思いが芽生えていた。
 そんなパパラッチの目の前を、連絡を受け上着を羽織った鬼道が通り過ぎて行った。

( あっ…、追いかけなくちゃ )

 桐子の言葉と自分の不安を半分ずつ抱いて、そのパパラッチは自分の後方にまったくの関心を払わないまま、鬼道を尾行し始めた。

 少し離れて、栗松と影野も付いてゆく。

「影野先輩、もう少し距離を取った方が良くないでヤンスか?」
「……大丈夫。あの子、こちらには気付いてない」
「へぇ、そうでヤンスか?」
「栗松の気配くらい、俺が消せる」

 影野の口元が少し上がり、多分ニタァと笑ったのだと栗松は思った。

( あ~、そうでヤンした。影野先輩って気配の無い人でヤンしたね )

 雷門イレブンの中では、影野ほど隠密行に適した人物はいないであろう。
 栗松がそんな事を思いながら後を付けてゆくと、パパラッチの足が少し手前で止まった。
 パパラッチの姿を見越して先を見通すと、その先にオープンスタイルのカフェがある。
 さらによくよく見ると、コーヒーのカップを手にした鬼道が見通しの良い席を選んで座った。
 その様子に、パパラッチの子が緊張するのが、後ろからでも良く感じられた。

「いよいよみたいでヤンスね。鬼道先輩と豪炎寺先輩のデート」
「……ああ。どんな格好で来るのかな。想像つかない……」
「本当でヤンスねぇ~」

 そんな二人も、現れた豪炎寺の姿に驚愕の叫びを必死で押し殺したのであった。


   ■ ■ ■


 コーヒーの紙カップを片手に、カウンターの近くにあったフリーペーパーに視線を落としていた鬼道は、カタンと椅子を引く音で顔を上げた。顔を上げた途端、鬼道は今、自分がコーヒーを口に含んでいなかった事を心から感謝した。そして、常着しているゴーグルにも。きっと今の自分の眼は、驚きと可笑しさで赤い瞳を見開いている。

「……ぷっっっっ、くくくくっっっ。それは、凄いチョイスだな」

 物も言わず自分の前に座った豪炎寺に、笑いを抑えてかけた言葉はそれ。その言葉を、固まった表情で聞く豪炎寺。そう言われるのは、豪炎寺自身が良く判っていた。

 ピンクの女学生姿。
 手には可愛いマスコットを付けた学生鞄。

 黒いタートルネックのアウターを着込み、ピンクの膝丈のジャンバースカートとセーラーカラーの濃ピンクのボレロ。足元は白のニーソと濃茶のローファー。豪炎寺のアイディンティティとも言える怒髪天頭は、ワックスをすっかり落とされフワユルのショートボブにセットされ直している。黒のカチューシャと黒縁の眼鏡までオプションで追加されて、もともとの寡黙な性格と今回の女装でいつにないほど硬くなっている豪炎寺の放つオーラは、ちょうど規則に厳しい風紀委員のような雰囲気を醸し出していた。

「あれ、確か財界や政界の子女が通うって言う名門白皇学園の制服…。そう言えば鬼道くんって鬼道財閥の後継者だから、お付き合いするにしてもそういう家柄の子になるんだ」

 パパラッチは小さく口の中で呟きながら、パチリとそんな二人の様子をカメラに収める。
 しかし、二人で逢っていてもおよそ「デート」と言うムードではない。
 鬼道の方はまだしも、相手の女子学生の方が近寄りがたいほどの硬質でなにかこう、裁かれそうな気配を纏っているのである。

「……規律に厳しい学校だと、外出の時は制服着用って決まりが有るところもあるんだっけ」

 休日の土曜日に、わざわざ制服を着ているような真面目な子。もしかしたら、午前中は授業があったのかも知れない。余り代わり映えのしない二人のツーショットをまた何枚か写す。

「この写真だけじゃ、記事にはならないよね……」

 一瞬どうしようかと迷ったものの、このパパラッチはもう少し近付いて、二人の会話を盗み聞く事にした。コソコソと人目を気にしながら、鬼道と豪炎寺が座る席の一つ隣くらいまでに近付く。ここまで近付いたら、もうカメラを向けることは出来ないのでポケットの中のボイスレコーダーのスイッチに手をかけていた。

 小さな音が鬼道の携帯から聞こえた。メールの着信音だ。送ったのはパパラッチを監視している影野から。ざっとメール文に目を通し、それから豪炎寺に目配せをした。

「……お前、何か書くものをを持っているか?」
「ああ。鞄の中に何か入っているだろう」

 女学生らしさの演出で持たされた学生鞄は、正真正銘のお嬢様である夏未の物。中から取り出したペンケースもブランド物の華やかで上質な物で、その中から洗練されたデザインのプラチナのシャープペンシルを見つけた。

「これでいいか?」
「構わん」

 それを受け取り、先ほどまで読んでいたフリーペーパーの余白になにやら書き込む。それをすっと豪炎寺の前に差し出した。そこには ――――


 ―――― すぐ隣にパパラッチがいる。


 ああ判ったと言う様に、豪炎寺が頷いた。
 もう一つ、手早く何か書き付ける鬼道。


 ―――― 俺達の会話を盗むつもりだろう。言葉に気をつけろ。


 その指示にも、小さく頷く。
 すると今度は、豪炎寺の携帯にメールが入った。送信者の名前を見ると半田からとなっている。
 その文面を見た瞬間、豪炎寺はこんな格好をしているのがバカバカしくなった。

「どうした?」
「―― ん!」

 ずぃ、と携帯の画面を鬼道に見せる。ディスプレに表示された文字は……


 ―――― 円堂が自分から正体バラしちまった。
 んな訳で、俺等はここで強制終了な! 円堂の提案でそのまま雷門パークで遊んでるから、お前等も終ったら来いよ!!


「あいつら……」
「……円堂らしいな」

 ふぅと溜息ともつかないものと一緒に、鬼道はそう言った。

「俺とのデートの最中でも、サッカーに逃げ出したくらいだから」
「じゃぁ、なんで俺達はここにいる?」
「一応、まだミッション中だからだ」
「それはバレたんだろう? それなら……」

 早くこの状況から開放されたい豪炎寺が、鬼道に詰め寄る。

「どこまでバレたのか判らない。円堂と風丸のデートに関してだけなら、今ここでお前が焦る必要はないだろう。それとも何か? お前も、この衆目の中で自分の正体をバラす度胸があるのか?」
「ぐっっ……!」

 この会話は、声を拾われないように互いに顔を寄せ合って小声での会話であった。それだけに、何か重要な打ち合わせをしているように見えなくも無い。

「……まったく!! どうして、こんな事になったのか!」
「それは、あの根も葉もない記事が公表されたからだ。それに対して、こちらからもそれの相応対応をせねばと、と言う事だ」

 この辺りの会話から、音を拾われても良いように少し大きな声で話しだす。
 その間にも、鬼道の手元は忙しなく動き、自分たちが話す内容の台本を書き続けている。

「落ち着いて考えてみれば、他に良い方法があったはず」
「ああ、俺もそれには気付いていた。だけどな……」

 ちょいちょいと鬼道が豪炎寺を手招く。鬼道はまた顔を近づけて、小声で囁いた。

「……気付いたのが少し遅くてな、俺が女装した後だったんだ。それなら、お前たちにもやってもらわないとなぁ」

 そんな事を言い放ち、ニヤリと笑う。

「鬼道!! お前っっ……!」
「女学生は、そんな物言いはしない。バレるぞ、正体」

ちらりと隣の席の方に視線を流す。その鬼道の動きにパパラッチの子が体を硬くしたのを、デート中の二人も支援係の二人も察知した。


   ■ ■ ■


(  ―――― っっ!! も、もしかして。気づかれている!? )

 もともと他の部員よりも、だたその場の勢いでこんな事をやっているところのある子である。スクープを取ることや、面白い記事を書くことに執着心のあるほうではない。胸に抱えていた不安の方が、編集長の言葉よりも大きくなっていた。
 そんなパパラッチの子の耳に、鬼道の声が鋭く飛び込んできた。

「……で、ここに君に来てもらったのは他でもない。今回の名誉棄損懸案に関して、法律を勉強している君の意見を聞きたかったんだ。法的処置を取ろうかと思ってな」

( 名誉棄損!! 法的処置って…… )

 パパラッチの心臓が、ドキドキと不安で大きく打ち始める。

「名誉棄損だけじゃない。肖像権の侵害および個人情報保護法違反にも問える」

 無理のある裏声で話す豪炎寺。さすがに口調までは変えられないようだ。しかし、意外にもハスキーに響くその声質は、話す内容と相まってズシンと重みを与える。

「うむ、やはりな」
「証拠はその紙面があるし、他の者からの証言も取れる。叩けばいくらでもホコリが出そうだ」

 大きくなった心臓の鼓動が、頭の血管をドクドクと脈動させ、パパラッチは目の前がすっぅと暗くなるような気さえした。

「一口に名誉棄損と言っても、この記事に書かれた個人としての四名分だけじゃなく、雷門サッカー部への名誉棄損、しいては雷門中学校全体への名誉棄損もある。また鬼道財閥への名誉棄損も加えることが出来ると考えるが」

 はっきりと周りに聞こえるくらいの声量で、そんな中学生らしからぬ物々しい内容の会話を続けている。もちろん、これは鬼道の書いたシナリオであるが。しかし、そんな事とは気づかないパパラッチは、法的処置の一言でもう震えがくるくらいビビリ上がっていた。

「民事裁判を提訴したとして、勝率は?」
「それは、もう100%の勝率。雷門中学関係の…、理事長口利きの弁護士と鬼道財閥お抱えの弁護団を相手に、そうそう勝てる被告もいない」
「ならば、すぐに代理人を立てて訴訟の準備に入ろう。ああ、雷門にもその旨伝えておかないとな」
「本当なら、自分で訴訟を起こしたいくらいだろう?」
「まぁな。しかし未成年ではそれは出来ん。まどろっこしい話だが」
「全部をひっくるめての損害賠償請求となると、賠償額は億の単位を下るまい」
「もちろん、そのくらいは計算している。俺達は、そんなに安っぽくはないからな」


( 損害賠償請求!! ……請求額の単位が億を下らないって、100%こちらが負ける裁判なんて…… )

 ドキドキが昂じて、軽く酸欠状態に陥る。体は恐怖でガタガタ震えだしていた。

「勝訴すれば訴訟費用も被告持ちになる。親も自分の子どもの躾が至らなかった責任として、社会から抹殺。厳しいものだ」

( 社会から抹殺って……、莫大な損害賠償金を払うために、まともな生活はもう送れなくなるの……? )

 豪炎寺の言葉が頭を駆け巡り、当の二人が席を立ったのにもパパラッチの子は気づいていなかった。


   ■ ■ ■


 愕然として固まっているその子の前に、ゆらりと人影が落ちる。

「あっ……」

 青ざめて泣きそうな表情で見上げてみれば、そこには上から射竦めるような気配を纏った鬼道と豪炎寺が立っていた。

「……今の話、聞いていたな?」

 低く落ち着いた声で鬼道が尋ねる。

「は、はい……」
「何か言うことはないのか」

 言葉を続ける鬼道。二人の気配に委縮し、鬼道の問いかけにも答えることが出来ない。
 まるで石像のようなその子に一言、豪炎寺が声をかけた。

「ジャッジメントっっ!!」

 ビックっっ!! と体が反り返る。

「ご、ごめんなさい!! もう、あんなことはしません!! あの記事もでたらめだってみんなに言います!!! だから、裁判を起こすなんて、そんなこと言わないでください! お願いします、お願いします!!」

 勢い良く下げた頭がテーブルにぶつかる音がした。頭をテーブルの天板にこすり付けたまま、じっと二人の裁断を待っている。

「今の言葉に嘘はないな?」
「はい! 間違いありません!!」
「……他の部員たちにも、同じ内容を伝えろ。もし、今の言葉が履行されなかった場合は…、分っているな?」

 自分が女装していることも忘れ、素の豪炎寺修也のままの態度でダメ押しの言葉をかけた。
 コクコクと頷くとそのパパラッチの子は取材用機材を鬼道と豪炎寺の前に差出し、慌てふためいて二人の前から消え去る。小さくなる後姿を見送りながら、どちらからともなくふぅという、小さなため息が聞こえた。

「……終わったな」
「ああ」

 これで雷門ジャーナルの記者は全て、雷門イレブンの緻密な(?)オペレーションの前に投降したことになる。残るのは編集長の黒野桐子だけだが、こちらに対しては理事長代理である雷門夏未が強権を執行することだろう。

「……まったくバカバカしいオペレーションだった」

 こんな似合いもしない女学生姿を晒す羽目になった豪炎寺が、忌々しげに小さく毒づく。

「バカバカしくても、他の奴らはそれなりに楽しんだようだ。まぁ、俺も楽しかったぞ? 後にも先にもお前の女学生姿なぞ、拝めるものじゃない」
「鬼道!!」

 ゴーグルで目の表情が読めない分、口元だけで笑われたようなその様子は、かなりムカつくものがある。

「……このオペレーションで一番気を使ったのは、この嘘だらけのデートの組み合わせだった。女装した相手をどうリードするかが問題になってくるからな」

 鬼道はそんな豪炎寺の怒りをさらりと流し、カフェを後にしながら説明を続ける。二人の少し後方から支援役の影野と栗松が先に行く二人に合流しようと足を速めていた。

「問題は円堂だ。あいつは彼氏役でも彼女役でも、嘘はつけないだろう。それをフォローできる相手じゃないと上手くゆかない」
「ああ、まぁな」
「そこで、質問だ。円堂の「彼女役」として豪炎寺、お前上手く立ち回れるか?」
「…………………」

 そう質問を振られ、ぐっと答えに詰まる。
 豪炎寺も、あまり器用なほうではない。
 ましてや、こんな女装姿をあの円堂に見られるなんて、冗談ではない。

「無理だ」
「そうだろ? それじゃ、風丸の彼女役だとしたら……」
「ぐっっ……」

 女装していなくても女の子に間違われることの多い風丸だ。そんな奴の隣で、自分のような男顔の者が女装なんてすれば、その違和感は否が上でも悪目立ちする。

「分かってもらえれば、それでいい。じゃ、俺達も円堂達に合流するか?」
「ちょっと待て! その前に、この格好をどうにかしろ!!」

 中学生らしく騒ぐ二人の前に、影野達からミッション終了の連絡を受けた夏未達が黒塗りのリムジンの中で待っていた。 



京介くんが円堂くんの大ファンだったとしたら…



 ……それは、憧れだった。

 まだ幼稚園にも行っていなかった俺が、テレビに映し出されたその情景に釘付けになった。
 沢山の笑顔の中で飛び切り明るい、まるで太陽のようなあの人の笑顔を見た時には、それこそイナズマに打たれたようだったと今でも覚えている。

 少し大きくなって初めて正式にクラブに入れた時は、飛び上るほど嬉しかった。
 いつか、あの人たちのようなサッカーをするんだと、その思いだけで。

 最初は、分らなかった。

 まだ、俺は幼すぎるほど子どもで、何よりも「サッカー」そのものが分っていなかった。
 だから、コーチや監督など大人の言うことを一生懸命に聞いて、その通りに頑張った。
 大人の言う通りに頑張れば頑張るほど、サッカーの実力も学力も上がって行くので、親も喜ぶし、チームメイトも更に競い合って、ますます強く成績も良くなっていった。

 サッカーをすれば、体力も学力も上がると言うことで、同じような運営方針のクラブが全国規模で展開されていった。

( 何か違う…… )

 そう思うようになったのは、小学3年生の頃だった。
 俺は多分、他の子よりも上手い部類だったのだろう。
 上手い子は上手い子だけを集めてチーム編成をするので、滅多な事では試合に負けることはなかった。
 それぞれが個人の力を最大限に伸ばすことを求められ、相手の戦力を分析しつくした上で立てられた戦略に従って試合を行う。それはまるで、出来上がったシナリオをなぞるような淡々としたものになっていた。

 気が付けば、チームメイトとサッカーそのものについて熱く語った事もなかった。
 大好きで始めたはずのサッカーは、俺が幼い時に感じたあのサッカーへの情熱、わくわくして楽しくて、いつまでもボールを追っていたいと思っていた、胸を焦がすような熱さを失っていた。
 
 ―――― この試合に勝てば、一つ上の中学校に行ける。
 ―――― 練習で集中力が鍛えられているから、勉強でも有利。
 ―――― まぁ、その為のサッカーだろ?

( なぁ、みんな! そんな事は関係なく、サッカーを楽しもうよ!! )
( はぁぁ? やった分、頑張った分の見返りもなくやるサッカーなんて、無駄なだけだろ? )

 そう言われた時の、冷ややかなチームメイト達の視線。
 あれから俺はサッカーについてチーム内で語ることを止めた。
 あの人が残した伝説だけが、俺の心の支えだった。

 廃部寸前だった、部員不足で試合すらできずにいた弱小サッカー部の初代キャプテン。
 公式の試合どころか練習試合さえできなかったチームに突然申し込まれた、優勝校との練習試合。

 試合は負けた。
 大量得点差で負けた。

 だけど、キャプテンは負けなかった。
 最後に取った1点は、どんな勝利よりも大きかった。
 

「そうだよな。そこから、雷門の伝説は始まったんだからさ」

 俺は、部屋を片付けながらあの頃集めた古いサッカー雑誌の切り抜きに目を通していた。
 同じ時を過ごすことの出来なかった憧れの人の面影を追って、何軒古本屋や図書館を回ったか。

「あんたみたいに、俺も一人で頑張ったんだぜ? だけど、その結果がこれだからな」

 上位ランクのチームに編入され、さらにその上の組織、「シード」の一員になるまでに。
 そこで知ったのは、今までのサッカーの解体と、管理サッカーへの強制移行という現実だった。
 それも皆、廃部寸前だった弱小チームがサッカーの『強さ』で日本一、いや世界一になった実績を裏付けに、「雷門のように」を合言葉に。

「……今のサッカーなんて、俺がやりたいサッカーじゃねぇ。くっだらねぇモンに成り下がっちまった」

 この状況を打ち壊すだけの力は、もうどこにも無かった。
 どの学校も、管理サッカーへ移行しつつあったからだ。

「皮肉なもんだよなぁ。最後まで今までの、そう円堂守が残したサッカーを守り続けている雷門に、俺が破壊者として派遣されるなんてよ」

 雷門は、今でも中学サッカー界の最高峰ではある。
 そして、管理サッカーに対抗し続けている唯一の学校でもある。サッカーを支配しようとしている「フィフスセクター」にとっては、なんとしても排除せねばならない存在である。
 いや、雷門を潰すわけではない。潰すのは、「今の雷門サッカー部」だけだ。

「……組織の常套手段だからなぁ。監督や顧問、部員の全員を入れ替え、組織の人間を送り込むってやり方はさ」

 そうして、過去の栄光や実績もそのまま引き継ぎ、「新生雷門イレブン」として支配されたサッカー界でも最高位に君臨する。
 
「なぁ、楽しませてくれよ? 仮にもお前らはあの栄光の雷門イレブンなんだぜ。俺達にあっけなく叩き潰されてしまうほど、弱くはないよなぁ。俺をがっかりさせないでくれ」


 本当なら、そう、本当なら ――――


( 今の俺の実力なら、十分お前たちの仲間になれたよな。俺が、後10年早く生まれていたら…… )


 そう思う想いと同時に湧き上がってくる、言いようのない怒り。

( だが! 俺の期待を裏切るような体たらくな状態なら、あんたが残したサッカーでも、俺は容赦なく叩き潰す!! あんたが残したもう一つの種が、こんなクソ面白くもないモンを蔓延らせた罪の償いとしてな! )

 憧憬と憎悪。
 相反する二つの心を抱えて。

「俺たちが雷門イレブンになったら、また新しい伝説を作ってやるよ。無名だった雷門を日本一・世界一にしたあんたのように、あんたのサッカーでもなく、管理サッカーでもない、新しい俺のサッカーで!!」

 十年前、幼い京介の心に円堂が撒いた種は、京介の滾るような熱い想いを糧に、今大きく花開こうとしていた。



2011年05月12日脱稿




  === あとがき ===

……て感じで、本当は京介くん、サッカーに対しては純粋な熱さを持っている子だと良いなぁ、と予想しています。
ただ、自分はシードの一員だし、ある程度裏を見てしまっているから、素直になれないというかシニカルになってしまうんですね。
早く神童キャプテンのもと、雷門イレブンの仲間になってデレちゃえばいいのにっっ!! て思っています(*^^)v


夕香ちゃんが聖帝に『そげぶ』をしたら



 その日の午後、京介の携帯が鳴った。非通知のその電話に訝しげな表情を浮かべながら、京介は通話のボタンを押す。聞こえてきた声に、その表情はたちまちのうちに緊張した面持ちへと変わった。

( ……入部テストの結果は出たか? )

 その声は、組織内で『聖帝』と称される実動部隊のTOPのもの。京介は雷門の監視者として、雷門での出来事を逐一報告するよう命令されていた。午前中にも、その旨直接の上司である『黒の騎士団』監督のもとにメールを送っていたのだが、その監督を飛び越えて、TOPである聖帝からの連絡に京介は硬くならざるを得なかった。

( あ、あの…、どうして、聖帝が俺なんかに…… )
( 私は結果を聞いている )

 京介のささやかな問いかけを無視し、聖帝はもう一度同じ言葉を繰り返した。そのどこか冷たい声に、京介はサッカーの管理者は情熱なような熱いもの持ってはいないのだと改めて実感していた。

( はい。入学式の前の俺たちのデモンストレーションで入部希望者が減り、今日テストを受けたのは五人でした )
( うむ。それで、お前から見た入部希望者の出来は? )
( ……話にもなりません。五人中三人は『雷門サッカー部』の名声に旨味を感じた奴らで、部員が減った今なら、すぐレギュラーになれると計算した奴らでした )
( 残りの二人は? )
( こちらも、あまりにも下手すぎて、もうこんな奴らしか集まって来ないようじゃ、雷門サッカー部は終わりだなと )

 京介のその報告に、通話相手がしばし沈黙した。

( そうか……。現在の部員の中に化身が出せる者がいると聞いて、もう少し様子を見ようかと思ったが、時間の無駄だったな。結果として、今年は新入部員は無しか )
( あ、いえっ! 久遠監督はその下手な二人、松風天馬と西園信介の入部を認めたんです )
( 認めた? お前が見ても下手だったのだろう? )
( はい、あの、でも……。とにかく、その松風って奴が、諦めの悪いサッカー馬鹿で、あんな甘い考えじゃ今の中学サッカーでは通用しないって言うのも分ってなくて…。イライラさせられる奴なんですけど、そのしつこさが認められたようです )

 また一瞬、間が開いた。

( 諦めの悪い、サッカー馬鹿か…… )
( あの、どうかされましたか? )
( いや、なんでもない。まだ、しばらくはお前は観察者に徹しろ。アドレスを送るので、報告は直接私に上げろ )
( はい! 承知しました )

 そんな会話を終わらせ、ほぅと京介は肩の力を抜いた。聖帝は全組織内でも限りなくTOPに近い。京介は自分の事を、そう低く判断してはいないが、それでもまだ社会的には中学一年生という子どもの領域にいる。そんな自分が、聖帝からの直アドを賜るなんて、それは例外中の例外だと分っていた。

「……聖帝は、俺の実力を高く評価してくれているんだ。それじゃ、期待に応えない訳にはいかないな」

 京介の顔に、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。


   ■ ■ ■


 天馬達が入部して一週間、本当に色んなことがあった一週間だった。それでも気持ちを新たに、今日も練習に打ち込む。そんな天馬達を、相変わらず遠くから京介は眺めていた。京介の携帯がメールの着信を知らせる。

「えっ?」

 メールボックスを開いた京介は、思わず小さくそう呟いていた。
 その頃、教務員室に春奈を訪ねてきた者がいた。

「お久しぶりです。春奈さ……、って今は音無先生ですね」

 涼やかな声、にっこり笑って挨拶する相手の水際立った様子に、あたりがぱっと華やかになる。

「まぁっ!! 本っ当に久しぶりね!」

 春奈の声のトーンも、一段と跳ね上がる。

「そろそろ新入部員が決まった頃かなと思って、OBとして足を運んでみました」

 が、その言葉に春奈は今年の新入部員状況を思い、顔を曇らせた。

「音無先生?」
「ああ、そうね。ちょうど私も今から、グラウンドに行くところだから、一緒にどう?」
「はい。それじゃ……」

 二人は連れ立って、サッカー部専用グラウンドへと向かった。
 グラウンドでは、ちょっとした騒動が巻き起こっていた。

 グラウンドの中央で、京介と天馬が何か言い争っていた。その二人の後ろ、天馬サイドには神童と蘭丸。京介の方には、フードを目深にかぶって顔を晒さないようにしている不審な男がいた。

「なんで、雷門中サッカー部を壊そうとしているんですかっっ!!」

 天馬の声が、春奈の耳にも聞こえた。

「なんでって、そりゃお前、今の雷門のサッカーには残すほどの価値もなってことさ!」

 高慢な響きを含ませて、京介がそう応えた。

「だ・か・ら、俺には今、お前らが着ているユニフォームは必要ねぇんだ! 負け犬根性がしみ込んだようなユニフォームはな!」

( ああ、そうさ。これが、あの十年前の雷門のユニフォームなら、喜んで着ただろうけどさ )

 心の片隅で、京介はちらりとそう思った。そんな思いなど表面に浮かぶことはなく、突き刺さる京介の言葉に神童の顔色が変わる。入部テスト前、京介の入部すら認めたくなかったのに、その思いは封殺され、悔しさで震える手で渡そうとした雷門のユニフォームはぞんざいにふり払われて、地に落ちた。今もまた、頭が真っ白になりそうな激情が、体の中を駆け巡っている。

 あの悔しさ、惨めな思いに。

「音無先生、あれは……?」
「……あなたに、隠しておくことではないわね。そう、とうとう雷門にもフィフスセクターの直接干渉が始まったの」
「この雷門がっっ!?」
「この辺りの中学では、雷門が最後でしょうね。二年前から組織管理化され、自由なサッカーは出来なくなっていった。酷いところは、もっと早い時期からもとからいた部員を止めさせ、監督や顧問まで入れ替えて、その学校の地位を上げるためだけに組織の力で強くしていった」
「なんてことにっっ……」

 その人の、漆黒の切れ長の瞳が怒りに彩られ、雷門のサッカーを冒涜する脅威者を睨み付ける。だが、よく見れば、怒りだけではない「何か」が瞳の奥で熱く燃えていた。

「いいか、お前ら! これからのサッカーは俺達フィフスセクターの名のもと、こちらの聖帝の意思で管理支配されるんだ!! 今更どうあがいたところで、この流れは変わらない!」
「だめだ!! そんなの、本当のサッカーじゃない! 管理されたサッカーなんて、サッカーなんかじゃない!」
「えっ? だから、なんだよ!? お前一人が喚いてみても、変わらないものは変わらねぇんだよっっ!!」

 京介は足元で遊んでいたサッカーボールをひょいと上げると、天馬の腹目掛けて勢いよく蹴り込んだ。ボールに弾かれ、後ろに吹き飛ぶ天馬。コロコロと零れたボールが春奈の足元に転がってきた。

「変わらないからって…、だから、そこで諦めたら、本当に何も変わらないじゃないか!! なんとかなる! なんとかなるって思って諦めなきゃ、なんとかなるもんなんだっっ!!」
「まだ言うのか、お前は!!」
「止めろ! 剣城!!」

 天馬を支える神童が、震える声を押し殺し京介を止めた。神童の怒りも頂点に達そうとしているのか、ゆらりとその背後の気配が重たく揺らぎ固まろうとしていた。


   ■ ■ ■


 その神童の気配とは別に、京介の背後から燃え盛るような大きな気配が揺らめいた。

「……管理されたサッカーで、あの熱い想いに溢れたサッカーが支配できると言うのなら、そんなふざけた幻想はこの私が吹き飛ばしてやるっっ!!」

 言い放たれた、その一言! 
 そして、春奈の足元に転がってきたサッカーボールを爪先で軽く蹴り上げ、高校の制服のまま高く跳躍するとしなやかな体で、大きくバネを利かせ高速で足を振り下ろす。その勢いを右足の甲の一点に集め回転に変え、高い位置から鋭くサッカーボールに叩き込む。
 
 そう、この技は ――――


「ファイアートルネードっっ!!!」


 炎を纏い、唸りを上げて一つの点になったサッカーボールは、京介ではなくその背後に立っていた聖帝の腹に突き刺さっていた。

「聖帝っっ!!」

 大の大人、それもおそらく本人も体を鍛えているのだろう。体勢を崩しはしたが、吹き飛ぶことはなく、膝をついた姿勢でその衝撃に耐えていた。

 炎のようなシュートを放った女子高校生は、天女が空からふわりと舞い降りるような優雅さで、長い髪をゆらし着地した。

「貴様っっ!聖帝になんてことを!」

 また京介の足元に戻ったサッカーボールで京介は、その女子高生に向かってデスソードを打ち込んだ。轟音を上げて向かってくるデスソードを、跳躍し胸に当て勢いを殺して足元に流し、着地すると同時にキープする。

「相手が誰であろうと、本来あるべき姿のサッカー支配しようなんて者には、一切容赦しない。この子たちが、心から楽しめるサッカーを取り戻せるよう、私も力を貸すわ!!」

 凛とした、その言葉。
 ほっそりした姿に似合わぬ、烈火のようなその気性。

「お前、誰だよ!」

 女子高生の勢いに押され、京介も思わず叫んでいた。
 天馬達も皆、その気迫に圧倒されている。

「……彼女は、豪炎寺夕香。高校女子サッカー界で炎のストライカーと称されている、最強の選手よ」

 幼い頃から夕香を知っている春奈が、そう皆に告げた。

「炎のストライカー……」
「豪炎寺夕香って、もしかして、あの豪炎寺修也さんの妹さんですか!?」

 雷門サッカー部員であれば、誰もが知っているその名前。

「ええ、そうよ。あのファイアートルネードも、相手のお腹にサッカーボールを蹴り込む仕草も、お兄さんにそっくりよ」

 春奈は懐かしそうな光を瞳に浮かべて、成長した夕香を見やった。
 漸くの事で立ち上がった聖帝に、あわてて京介は駆け寄った。

「大丈夫ですか? 聖帝」
「ああ。大したことはない」
「どうしますか? あの女。組織に反抗の意思ありと、報告しておきますか」
「いや、捨てておけ。高校女子サッカーはわれらの管轄外だ。下手に手を出すと、思わぬ火傷を負う」
「はい」

 周りに聞こえぬように、交わされた会話。
 そこに追い打ちをかけるように、豪炎寺夕香が言葉を投げつける。

「ここは、中学サッカーの聖地だ! お前のような、薄汚い大人の踏み入る場所じゃない。二度とここに来るな!!」

 夕香の言葉に追われるように、聖帝はその場を後にした。
 残された京介も、今の状況では居残ることもできず、聖帝を見送ると自分もそのまま帰路につく。そして零れた、愚痴ともつかない言葉。

「なんで聖帝も天馬達を見てみたいなんて、気紛れを起こしたんだろう? TOPならTOPらしく、組織の椅子の上で踏ん反り返っていれば良いものをよ」

 しかし、むかつきと一緒に京介の心にも、夕香の姿は鮮やかに焼き付いていた。


   ■ ■ ■


「すみません、音無先生。お騒がせしてしまって」

 聖帝と京介が立ち去ったグラウンドは、いつにないほど解放感に包まれていた。部員の誰もが抱えていたモヤモヤしていたものを、その張本人に向かって夕香がファイアートルネードと一緒に叩き込んでくれたのだ。これが、胸がすく思いというのだろう。

「そんなことありません、豪炎寺さん!! おかげで、俺達も気持ちがすっきりしました!」

 天馬が真っ先に、その言葉を口にした。

「見かけによらず喧嘩っ早いのよ、私」

 と微笑まれれば、喧嘩っ早いどころか、サッカーをしている事さえ信じられないくらいの美人女子高校生ぶりだ。思春期の男子中学生には、ちょっと刺激が強すぎるかもしれない。

「豪炎寺さんのシュートを見て、昔俺を助けてくれた人のシュートに似ていると思いました」
「昔、助けてもらった?」
「俺、十年前は沖縄に居たんです。その頃、倒れ掛かる材木で下敷きになるところを、鋭いシュートで弾き飛ばしてもらって怪我をせずに済んだ事があるんです」

 そう、あの出来事があったからこそ、天馬はここ、雷門にいる。

「十年前、沖縄……。そうね、それ、お兄ちゃんかもしれないわ」
「本当ですか!? うわぁ、それなら、会ってお礼がしたいです!!」

 天馬の瞳がきらきら光る。
 それに対し、夕香はそっと目を伏せた。

「ごめんなさいね。お兄ちゃん、ドイツに留学中で今は音信不通なの。だから……」
「あっ、す、すいません!! 俺、勝手にこんなこと言い出して」
「ううん、構わないわ。でも、君みたいな元気な子が雷門にいるのなら、まだ大丈夫かもしれないわね」
「豪炎寺さん……」
「これからも、頑張ってね」

 夕香は鮮やかな笑みを残して、天馬達の前から立ち去った。
 この時の夕香の残したものは、とても大きなものだった。

「……なんだか、凄い人だったね。天馬」
「うん。女の人でも、あんな凄いシュートが打てるんなら、俺だってもっと頑張ればって気持ちになるよな!」

 その強さに、純粋に憧れて。

「神童……」

 幼馴染が瞳にまた涙を浮かべているのを見つけ、やれやれと蘭丸が声をかける。

「あ、いや、これは、その…、ちょっと、う、嬉しかったから……」
「嬉しかった?」
「俺達の事を分ってくれる人が、他にもいるんだって。力を貸してくれるって、あんな凄い人がって、思ったら」

 蘭丸は久しぶりに、神童の胃の痛くない涙を見たような気がした。

 この一部始終を木陰から、あたたかな愛おしげな視線で見つめていた人影が、そっとその場を離れたのに誰も気が付いてはいなかった。


   ■ ■ ■


 日も暮れて、人影も消えた河川敷にぽつりと座っている人影があった。
 悪目立ちのするフードさえ脱げば、さほど目を引くようないでたちではない。色味の薄い長髪の若い男なんて、そこいら中に掃いて捨てるほどいる。日が暮れたせいで、髪に入れた緑のメッシュも、影に紛れてしまう。

 この役目を果たすと決めた時に、今までの自分は捨てると決めた。
 だけど、まだどこか、捨て切れていないのだろう。

( 諦めの悪い、サッカー馬鹿 ―――― )

 そんな言葉で、偵察と口実をつけて雷門まで出向いてしまったのは。
 そして、まさか、そこで夕香に出会うとは ――――

「……夕香も、サッカーを始めていたんだな」

 打ち込まれたファイアートルネードの痛みは、まだ消えていない。
 その痛みよりも、心の痛みの方が大きかった。

 大事な実の妹から、敵対された。
 正体を明かしてないのだから仕方がない。
 仕方がないと思っても、心は悲鳴をあげる。
 こんな自分は組織の誰にも見せられないから、ここに捨ててゆこうと、暗くなるまで待っていた。
 闇の中に、この痛みごと捨ててゆかなければ、これからの道はさらに辛くなる。

 ふと、背後に人の気配を感じた。
 こんな、ささやかな願いも叶えられないのかと、腰を上げようとした時だった。

 ふわっと、肩に手を置かれた。
 温かく、大きな、その手の感触は、間違いなく ――――

「……俺が分ったくらいなんだからさ、夕香ちゃんが分ってない訳ないと思うぜ」
「……………………」
「あれは、お前が得意な活の入れ方だろ? 俺も、夕香ちゃんも信じてるんだぜ? お前が訳もなく、サッカーを汚すような事はしないってさ。何か訳のある事だって」
「えんっ……」
「だからこそ、中途半端な事じゃダメなんだって、そう夕香ちゃんは言いたかったんだ。成りきれ、やり通せってさ。そして、最後に笑えばいいじゃないか」
「あっ…、くぅぅぅ……」

 漏れる、噎び泣き。
 肩に置いた手に、少し力を込めた。




 すっかり暗くなった河川敷を、夕香は歩いていた。人通りもなく、こんな場所を一人で歩くのは美人女子高校生には危険すぎるだろう。しかし、幼い頃何度か危険な目にあい、知り合いを通して護身術として合気道をならった。そちらの方もサッカーの腕前と同じく、上達目覚ましく今では有段の腕前である。

 そんな夕香の目の前に、乏しい街灯の明かりを受けてオレンジ色のものが、目に入った。河川敷の土手の草の上、よくよく見てみれば、人型の影がある。夕香は、そのオレンジ色に見覚えがあった。

「あの、もしかして円堂さん?」

 呼びかけに、円堂はいつもの笑顔で返事をする。

「凄かったな、夕香ちゃんのファイアートルネード」
「え~、見てたんですか、あれ」
「おお、良くやったと思ったぜ」
「ダメですよ、あんなの! お兄ちゃんのファイアートルネードと比べたら、威力が違います」

 夕香も土手に下りてきて、円堂の隣にしゃがみ込む。

「そうだな。豪炎寺の方が破壊力はあるが、夕香ちゃんのは鋭さがある。どちらも、凄くて比べ難いよ」

 ははは、と笑う円堂の表情に、ほっとしたような表情を夕香は見せた。

「私、あれで良かったんですよね?」
「ああ。あいつが何も言わず夕香ちゃんのファイアートルネードを受けたのが、その証拠だろう。あいつはあいつ、変わってないぜ」
「円堂さんにそう言ってもらえると、私も安心できます」

 柔らかく微笑む夕香の笑顔を、円堂は豪炎寺にも見せてやりたいと思った。

「でも、でもですよ。もし、本当にお兄ちゃんの性根が腐っていたら、私手加減なくファイアートルネード改を腹にぶち込んでやろうと思うんですけど」
「その時は、俺も手伝うぞ。俺はメガトンヘッドで顔面パンチだな」

 二人顔を見合わせ、笑いあう。

「じゃ、私あまり遅くなるといけないので」
「それなら、俺がそこまで送ってやるよ」
「え~、いいんですか?」
「昔は、良く送って行ったもんだし」

 二人はもう一度笑いあい、円堂は土手から立ち上がると尻をパンパンとはたく。
 そうして、中学生時代に戻ったような気分で夕香を、あの家まで送って行った。
 それは円堂が雷門中サッカー部の監督して就任する、少し前の出来事だった。



 2011年05月28日脱稿






  === あとがき ===

あれから十年ってことは、夕香ちゃんも17歳。
高校2年生か~と思っているうちに、もし夕香ちゃんが女子サッカー部に入っていたら…、と考えてこんな話になりました^_^;

腹にシュートは、きっと夕香ちゃんもやるよねv と言う事で。
京介くんは、昔の雷門中サッカー部なら大好きだって設定で書いてます。

『そげぶ』= その幻想をぶち壊してやる、というとあるラノベの名文句です(笑)



円堂監督が今も一級フラグ建築士だとしたら…



「……これが、雷門か」


 あまり良くない噂としては聞いていた。
 だが、今この目の前に突き付けられた現実に、円堂はギリっと奥歯を噛みしめるだけだった。ヴィーヴィーヴィーとジャージのポケットに入れた携帯が鳴る。

「はい……」

( 見たか、円堂 )

「これが、今の中学サッカーなんですか……」

( ああ。うちはまだマシな方だ。お前たちが残してくれた栄光のお蔭で、2年前まではどうにかあいつらの干渉を撥ね付ける事が出来ていた )

「2年前?」

( そう、2年前。つまり、あの10年前のFFI優勝の影響が完全に消えるまでの間はな )

 そう言われて、円堂は少し頭を傾げた。その様子が久遠にも伝わったのか、さらに久遠は言葉を続けた。

( 円堂、お前たちが雷門を卒業しても、後には栗松や壁山、そして1年にはあの虎丸が残っていた。虎丸が雷門を卒業するのに2年、その虎丸のプレイを見て成長した部員が雷門を卒業してしまうのが更に2年 )

「はい。ですが、それが……?」

( 高校に上がっても、雷門のサッカー好きなサッカー馬鹿達は、事あるごとに雷門中に来ては、後輩の面倒を見ていた。円堂、お前にも覚えがあるだろう )

 それは、確かに。
 自分が高校を卒業し、プロとして海外に渡るまではちょこちょこ顔を出していた。円堂に取っては、雷門中でのサッカーが『円堂守』のサッカーの原点なのだから。

( そんな連中でも、高校を卒業するとなかなかそうは言っていられない。つまり、お前たちはいつしか伝説となり、直にお前たちの熱いサッカーに触れたものがいなくなってきたと言う事だ )

「……そして、今のこんな冷め切った管理サッカーになってしまった ――――」

 それは事前に久遠から聞かされていたことでもあった。

( ……お前なら、どうする? )

「言うまでもない! こんなサッカー、俺がぶっ潰してやる!! 俺、今自分が大人なのが悔しいくらいだ! 俺があいつ等と同じ年なら、一緒に戦うのにっっ!!」」

 燃え滾るサッカーへの情熱を秘めた瞳を、見えない操り糸で操られている、可哀そうな後輩達に向けた。

( では、戦え。お前の席は用意した。あいつ等は、今はああでも必ずお前の想いに応えてくれる奴らだ )

「久遠監督……」


   ■ ■ ■


 変わり果てた雷門サッカーに深く落胆していた円堂だが、久遠の言葉が嘘ではないことは、その試合中に証明された。勝敗指令に雁字搦めになっていた神童を始めとする2・3年生の心を、天馬の「何も知らないからこその純真な言葉」が力となって揺り動かした。

 引きずられる、引っ張り出される、本当の心。
 真剣で、誠実な、自分の力を出し切る、そんな熱いサッカー。

( ああ、そうだ。本当にやりたいサッカーをやらずに、俺はサッカーを愛しているなんて言えるだろうか? 勝敗指令に逆らえば、俺達雷門サッカー部はフィフスセクターに潰されるだろう。自分たちのやりたいサッカーをやって潰されるか、フィフスセクターに操られて、心を腐らせて潰れてしまうか。そんなの、答えはもう出ている!! )

 神童の心は決まった。キャプテンの想いは、チームの想い。この試合が最後と覚悟した途端、雷門イレブンを呪縛していた勝敗指令は霧散した。

「……もう、後はない。この試合が最後と思い全力を出し切って、俺たちのサッカーを終わらせよう!!」
「神童、お前……」

 三国が心配げに声をかける。

「済みません、三国先輩。それに他の3年生の先輩方。内申に響くかもしれませんが、でも俺はこの試合、本当の実力を出して勝ちたいです!!」

 あの涙もろい弱気な神童から立ち上る、只ならぬ闘気。それはゆらりと、形を結ぼうとしていた。

「……仕方ない。内申がダメなら学力上げるしかないな。まぁ、サッカー部が廃部になれば、受験勉強する時間は増えるから、どーにかなるか」

 前髪をさらりと手で払い、南沢がFWの位置につく。

「話が決まれば、とっとと点を取りに行くぞ! 神童、お前の本気のゲームメイクの手並み、見せてもらう」
「はい! 南沢先輩!!」

 今、雷門イレブンの心は一つになった。
 天馬の言葉が、風を起こした。
 この黒い霧を拓く、一陣の風を。


( 見たか? 円堂 )

 一度目と同じ言葉だが、その言葉には希望の色が滲んでいる。

「見ました、久遠監督」

( あれが、俺がお前に預ける子どもたちだ。お前は水先案内人として、必ずあいつ等を目的の場所に連れて行ってやれ )

「分かりました」

 円堂の声にも、もう暗さはなかった。


   ■ ■ ■


 試合は3-0で負けるはずが、逆転勝ちを収めていた。栄都学園側の責任者が久遠監督を責めていたが、それを聞き流し一言きつく言い捨てる。

「お前たちがやろうとしたことは、入試の答えを子どもたちに前もって教えてやるようなものだ!! たとえそれで、難関校への合格者が増えたとしても、それが本当に子どもたちの為なのか、あなたたちも教育者の端くれなら真剣に考えてみたらどうだっっ!!」

 鬼神の如き久遠の気迫に、そして教育者としての正論に、栄都学園の責任者達は言い返すことも出来なかった。

 大人たちの不穏な空気とは別に、全力で実力を出し切った試合を終えた神童や天馬達は、フィールドを吹き抜ける風にしばらく感じたことのない解放感を感じていた。

( フィールドで心地よさを感じるなんて、本当に久しぶりだな )

「やっぱり、凄いです!! キャプテンの司令塔ぶりも南沢先輩のシュートも!! 三国先輩がゴールを守ってくれているから、安心して前線に上がれますね!」

 瞳をキラキラさせて、天馬が声をかけてきた。

「……馬鹿だな、お前たち。勝敗指令に逆らうなんて、これで雷門中サッカー部は廃部決定だな」

 フィフスセクターの監視者である剣城が、冷たい声でそう言い捨てた。

「覚悟の上だ。失くすものがなければ、もうそれ以上弱くはならない!!」
「勝手に廃部だなんて決めるなっっ!! お前だって雷門サッカー部の部員だろっっ!?」
「まぁな。でも、部員がいなくなれば、当然廃部だろ?」
「部員がいなくなるって……」

 ざわっと、不吉な風を天馬は感じた。

「ん~ 練習試合で怪我人が続出とかぁ?」

 その言葉に、あの黒の騎士団の存在を思い出す。

「じゃぁ、学校で待ってるからな」

 まだ帰り支度が出来てないチームメートを置き去りにして、剣城は一人栄都学園から出て行った。

「……本当に、馬鹿な奴らだ」

 呼び止めたタクシーに乗り込み、行き先を雷門中と告げる。そして、本部へ報告。自分が見た、すべての事を。天馬の言葉で、動きが変わった雷門イレブン。早かった、的確だった、強かった。自分が黒の騎士団を率いて乗り込んだあの時とは、比べ物にならないくらい強かった。

 その、心が ――――

( 熱かったな、あいつ等。流石は雷門イレブンと言うべきか。ここを我慢すれば、まだ大好きなサッカーも続けられただろうにさ )

 雷門のバスが学校に着く頃には、黒の騎士団も到着するだろう。

( あばよ。雷門中サッカー部 )


   ■ ■ ■


 天馬達が雷門に帰り着いた時、フィールドには剣城と黒の騎士団が帰りを待ち構えていた。

「キャプテン……」

 天馬が神童の顔を見る。
 すぅ、と大きく息を吸い込み自分を落ち着かせると神童は、静かにチームメイトに向かって声をかけた。

「状況は見ての通りだ。栄都学園での試合が最後と思ったが、まだ残っていた。キャプテンとしてチームメイトの安全を考えるのは努め。だからみんなへは、この試合の参加を禁じる」
「ほぅ、不戦勝ってことでいいのか? 試合に参加しない奴は、練習に不熱心なサッカー部にふさわしくない部員という事で、退部してもらうがそれでいいんだな?」

 采配を振るう剣城の言葉を、三国が遮った。

「神童の、キャプテンの言葉でも俺はこの試合、出る!」
「三国先輩っっ!!」

 三国が、体を張るようにして自分の背中に後輩たちを匿う。

「喧嘩っ早い俺まで、試合に出るなって言うのか、お前は」
「蘭丸……」

 神童の肩をポンと、霧野が叩く。

「そうですよ! キャプテン!! 何とかなりますって、絶対!!」
「……お前は、本当にそれだな。松風」

 神童が、どこか呆れたような表情で天馬を見る。

「……そう言う神童も、やる気満々なんだろ? 仕方ないなぁ、最後だし付き合ってやるよ」

 と、南沢も。

「よし、お前たちに話がある」

 何故か帰校後、真っ直ぐ理事長室に向かった久遠が大きな声でそう言った。

「話?」

 怪訝な顔をする剣城。

「ああ。俺が前々から理事長から監督辞任を打診されていたのは知っていると思う。今、俺は理事長に辞任届を出してきた」

 ざわっと、神童達に動揺が走る。

「ただし、新学年が始まってからの監督辞任には、かならず後任の監督を中学サッカー協会の方で登録任命された者を監督にと要請しなければ受け付けられない」

 理事長が久遠に監督辞任を迫った裏には、すでにフィフスセクターの息がかかった後任監督の準備が出来ていたからである。久遠監督の辞任表と後任監督の申請書を一緒に出して中学サッカー協会に受理されなくては、監督の交代は出来ないシステムになっていた。監督不在による部活動停止を防ぐ為に考えられたものである。

「久遠監督! それじゃ、後任の監督には一体誰が……?」

 皆が思うのは、その一点。それは剣城にしてもそうであった。

「奴が、これからのお前たちの監督だ」

 ちらりと、自分の後方に視線をやり、含み笑いを浮かべて久遠は後任の監督を紹介した。

「あっっ!!」

 声を詰まらせたのは、顧問の春奈。
 目を見開いたのは、あろうことか剣城の方だった。
 自分たちの新しい監督が誰かに気付いた神童も、表情を変える。

「……円堂、守さん? あの、伝説の雷門イレブンのキャプテンだった……?」

 また違う色合いの動揺が、チームメイトの中に広がる。

「いい試合だったぞ、お前たち!! やっぱり、サッカーはああでないとなっっ♪」

 明るい声、明るい笑顔。
 その声に、表情に、背中をどん! と押されたような気がした。

「俺が、今日からこの雷門サッカー部の監督だ! なぁ、みんな! 楽しいサッカー、やろうぜ!!」

 円堂を中心に、部員みんなの上に鮮やかな色があふれてくる。希望という光に照らされた、選手一人一人の個性の色が。

「……まさか。なんで、あんたが、ここにいるんだよ……」

 小さく絞り出されたようなその声は、剣城の喉から出たものだった。

「……円堂守、噂通りの人物。監督同士の挨拶は抜きで、そろそろ練習試合を始めましょうか」

 黒づくめの男が、下から見上げるような嫌な目つきで円堂を見据えた。

「どうせ潰してしまうサッカー部に、わざわざ就任しなくてもよかったものを。前回、あれだけ打ちのめしてあげたのに、学習能力がないのでしょうなぁ」

 ふっふっふっ、といやらしい笑いを浮かべ選手たちに試合を始めるよう、指示を出した。

「監督……」
「円堂監督……」

 確かに、あの黒の騎士団に叩きのめされたのは、ほんの数日前の事だ。あの時の強さを思えば、勝てる見込みは百のうちの一つもない。

「なんだ、なんだお前たち。やる前から負けたような顔をしているぞ? お前たちは、一度あいつ等と戦っているんだろ? じゃ、どこが凄いか、どんな攻め方をしてくるか分かっているんだな?」
「はい。でも、あいつらの速さや強さは半端なくて……」

 強気と弱気がないまぜになった表情で、神童が返事を返す。

「速いなら、先を読め。どこにパスを出すか、どのコースで攻め上がるか。そのポイントの天辺を、確実に抑えてゆけばお前たちがボールを支配できる」
「監督……」
「そして、神童。お前なら、それが出来る。お前のゲームメイクぶりを楽しみしているぞ」

 にこっと笑顔を見せて、本当に楽しそうに言葉に表す。
 トクンと、神童の胸が熱くなった。

「キーパーは三国か。お前も、申し分ない!! 後は ―――― 」

 と、ゴールキーパーらしいちょっとしたポイントを実践で見せてやる。真剣な顔で見ていた三国が力強く頷いた。

「え~と、霧野はDFだな。お前は足が速いし負けん気も強い。チャンスがあれば、お前も前線に上がれ」
「でも、俺が上がってしまうと、守備が手薄になります」
「霧野が上がった時は、速水が下がれ。お前の足の速さは、DFとして大きな武器だ」
「あっ、でも、俺……。俺がミスってオウンゴールなんてなったら……」
「お前はちょっと、考えすぎだ。その足で正面からボールにぶつかって行く覚悟さえあれば、後は何も考えなくても良いプレイが出来るぞ」
「あの、それは、もしかして、伝説の顔面ディフェンドって奴じゃ……」
「おー。よく知ってるな。ゴールを守るつもりで、正面からバーンとぶつかればいいだけだからな? 守るのはゴールだぞ? キーパーじゃないからな」
「顔、潰れませんか……?」
「大丈夫だろ? 俺の幼馴染は、今でも美人だぞ」

 速水が思わず、え~と言う顔をした。
 それがなぜか、みんなの笑いを誘った。

「後は、松風はその根性としつこさで、相手エリアをかき回せ! FWの南沢と倉間はとにかくシュートだ。前線に張り付いて、ボールが来たらどんどん叩き込め!!」

 そう円堂が支持を出す間も、円堂の持つ「サッカーを楽しむ気持ち」が伝わり、相手が黒の騎士団だと言う事すら忘れて、サッカーを楽しむ気持ちの方が膨れ上がっていた。

「さぁ、行って来いお前たち!! 相手が強ければ強いほど、サッカーは楽しいもんだ。思いっきり、楽しんで来い!」


 楽しむためにサッカーをする。
 それは、今ここにいる雷門イレブンにとって、中学に上がってから初めての体験でもあった。


   ■ ■ ■


「……そんな、馬鹿な ―――― 」

 試合の結果に、黒の騎士団の監督は思わず膝を折った。
 接戦をものにしたのは、雷門のほうであった。

 試合はどちらも満身創痍、壮絶な試合展開となった。最初、雷門イレブンに対して小馬鹿な態度を取っていた黒の騎士団だが、どんなに追い詰めても追い詰めてもぎりぎりのところで躱し、攻め上がってくるしつこさに、いつにないほどの疲労感を覚えていた。
 時間が経つほどに、相手の動きは良くなり表情は楽しげなものになる。声が良く出て、ナイスプレイに対しては称賛を敵味方関係なく贈っている。ボールを取り合い、ショルダーチャージをかけあう時でさえ、楽しそうなのである。

「あっ!」

 天馬の足に、ファールすれすれのタックルを決めた時でさえ、こう言葉をかけられたのだ。

「なるほど!! これが、フィールドテクニックなんですね! お手本にします!!」

( ……なんなんだよ、こいつら。なんで、こんなに楽しそうにやってるんだよ!! )

 この練習試合は、なんの価値もない試合。
 ただ、今の雷門サッカー部を潰すためだけの黒い試合である。

 なのに……

 黒の騎士団のメンバーの中にも、このサッカーが「楽しい」と感じるものが出始めていた。相手を力でねじ伏せ平伏させる加虐的な楽しさではなく、ボールを蹴ることそのものが楽しいと感じられるような、そんな気持ちに。
 何も余計な事を考えずに、ただひたすらにボールを追い、自分の力を出し切るサッカー。

( 楽しい……。ああ、俺がしたかったサッカーは、これなんだ。この熱くてワクワクするようなサッカーを、俺はずっとしたかったんだ )

 シードとして派遣されて以来、人前では崩さなかったシニカルな表情を年齢に相応しいものに変えて、剣城は無心でボールを追っていた。

 そう思えるのは、きっと ――――

「いいぞ! 黒の9番!! いい動きだった。ほら、雷門も動きを合わせろ! 相手に攻められるぞ!」

 先ほどから楽しそうな大声で、敵味方関係なく声をかけている人物。
 サッカー馬鹿の代表。
 「サッカーやろうぜ!」の一言で、伝説となった『円堂守』
 その人がいるから ――――

 気が付いたら、黒の騎士団は負けていた。
 負けたが、なぜか気持ちは晴れ晴れとしていた。
 気持ちを黒く荒らしていたのは、騎士団の監督ただ一人だった。

「くっ! なんと言う醜態を……。負けたお前たちは、帰ってから一か月間の強化特訓だ!!」

 その一言で、晴れ晴れとしていた選手の顔色が一瞬にして翳るのを円堂は見過ごさなかった。

「もっと子どもたちに、サッカーを楽しませろよっっ!!」
「……他校の監督が口出しする権利はない!! 剣城、お前もだ!!」
「お前っっ……!!」

 へたり込んだ天馬の横で、大きく息をついていた剣城はその声を聞きびくっと体を震わせた。

「剣城、お前……」

 試合中の楽しそうな表情が、みるみる凍り付いてゆくのを天馬は見た。

「何をしている、剣城!!」

 監督の声が、追い打ちをかける。

「ちょっと待て! お前、今他校の監督が口出しする事じゃないって言ったよな!?」
「なに?」
「じゃ、お前が剣城に指図するのは止めてもらおうか」
「なんだと?」

 相手の声に、怒気が含まれる。

「今、剣城は雷門の生徒で雷門サッカー部の部員だ! つまり、俺の大事な教え子ってことなんだ!!」

 円堂の言葉には、そこにいた誰もが目を丸くした。
 言われた当の剣城にしてさえが、そうだった。

「剣城っっ!!」

 それは、明らかに命令の色を含んでいた。

「剣城、お前はどうしたい? ここに留まるのも、向こうに行くのもお前の自由だ。俺はお前を拘束しない。拘束された心じゃ、サッカーは楽しめないもんな」
「あ、俺……」

( 俺、あんたに憧れて、サッカーを始めたんだ。あんたみたいな熱いサッカーをしたくて ―――― )

 言葉に出来なくて、ただ円堂のジャージの端を震える手で掴んだだけだった。


  ■ ■ ■


 剣城の裏切り行為に憤慨した黒の騎士団の監督に急かされ、選手たちは雷門を後にする。選手の中には、円堂の明るさやサッカー大好きな熱さに心を残すものもいた。ひそかに雷門に残った剣城をうらやむ者も。

「円堂監督! なんで、こんな奴を引き留めたんですか!? こいつは、フィフスセクターのシードですよっっ」

 糾弾するのは神童。

「ん~、まぁ、なんて言うかさ。楽しいサッカーをするのに、そんな事は関係ないだろ? こいつはあの時、物凄く楽しいサッカーをしたいっっ!! て顔してたからさ。ただ、それだけだ」
「監督~」

 心強く、頼もしい監督だが、それだけに色んな問題も持ち込んできそうだなと神童は感じた。今の円堂監督の言葉を借りれば、あの時円堂の言う「楽しいサッカー」をやりたい!! と言う顔をしていたのは、なにも剣城だけではなかったことに気付いていたからだ。

( ……ある意味、凄いよな円堂監督。敵チームの選手の心まで掴むんだから )


 神童が思ったように、監督自体も嵐の目となりそうだ。
 円堂守の老若男女落としまくるフラグ師の腕前は、いまだ健在のようである。



 2011年06月02日脱稿




   === あとがき ===

6月1日、円堂さん、登場しましたね!! 
それに滾って、勝手に来週以降の展開を妄想文で書いてみました♪ 
イラストなら殴り書きに近い、一発文章ですが、こーゆーモノは「勢い」が命。
後で、読み違っていた~~~ 恥かし~~~~なんてこともよくある話ですが、まずはポン!






   

目金くんがオペレーション・コマンダーだったとしたら…


「はい。分かりました。いよいよですね」

 僕は久遠監督からの電話を切ると、軽い戦慄のような武者震いを感じた。

「……目にもの見せてやりますよ。今の、この腐った大人社会にね」

 幾面もあるディスプレイの光を受けて、かけた眼鏡のフレームがきらりと反射する。
 僕こと、目金欠流は10年前より雷門の知性を自認して憚らない。
 知的戦略で、仲間に勝利をもたらすのが自分の役目。
 その為のデータ収集・分析はお手の物。それらをプロファイリングして、展開の選択肢を探る。大学で情報処理学を学び、さらに大学院の研究室にも身を置いている自分には、専門の分野と言える。

「……あいつ等の支配が決定的になった時から、ずっと準備してきたんです。もう一度、あの熱くて楽しいサッカーを僕たちの後輩達に伝えるために!!」

 手駒は揃った。
 キャプテンのアップも終わり、臨戦態勢は整った。
 今まで雷門の後輩達を守ってきた久遠監督は、今回の勝敗指示に背いた責任を取らされた形で、雷門の監督を辞めた。

「くくく、あの理事長はこれで厄介払いが出来たと思ったんでしょうね。これが、雷門再生への布石の一石とも知らずに」

 キーボードを操作し、WEBに上げたパスワードを何重にもかけたファイルにアクセスする。ここには、このために準備してきたデータやネットワークなど、これから戦う為の武器がある。そのネットワークに上がっているIDのいくつかに、「GO」と指示を出した。

「さぁて、皆がどう動いてくれるか。期待しています」

 目金が最初のコマンド指令を発してから、10分後。
 また、目金の携帯が鳴る。

「よぉ、俺だけど」
「あっ、不動さん。さすがに、早いですね」
「まぁな。俺みたいなフリーライターなんかは、速さがなきゃやってられねぇからな」
「どうです? 例の写真、撮れました?」
「おぅよ、ばっちり撮れたぜ! 練習試合前に、相手校の保護者が対戦チームのキャプテンを買収にくる、なんてスキャンダルだからな」
「ええ、それもサッカーの名門として知られている雷門と、進学校としては有名な栄都学園ですから」

 通話中も目金はキーボードを叩く指を休めない。

「で、これどーするよ?」
「不動さんの腕で、週刊誌の記事にして欲しいんですよ」
「えっ? いいのかよ!? これ出すと、あの試合で負けた雷門に非難が集まるんじゃねーのか?」

 角度を変えたせいか、目金のかけた眼鏡が鏡のようになり、ディスプレイの上を走る光をそのまま映し込む。くい、と指で眼鏡の位置を変えた時、計算に基づいた冷徹さをたたえた瞳がその光の下に見えた。

「……それも計算の上です。3-0で負ける事を上層部から強要された雷門イレブン。その証拠ともなる買収現場の写真。それに背いた事で、解雇された久遠監督。これらのソースを上手くまとめて、雷門に集まる世間の非難の声を、雷門上層部やその上の存在に向けさせたいのです」
「その上の存在、フィフスセクターか」
「ええ。支配されたサッカーの現状や、フィフスセクターの存在を知っているのは、サッカー関係者のほんの一部にしか過ぎません。隠ぺいされた中での八百長。やらされた子どもたちも、サッカーを愛していればいるほど、そんな犯罪に加担したという罪の意識で口を閉ざします」
「……ひっでーな。そのうちグレるぞ。そのガキども!」

 ははは、と渇いた笑いを目金は零す。それをお前が言うのかと、心の中で思っても、あえて口にしないだけの分別を持った大人になっていた。

「ターゲットを叩く記事は得意だが、それやると間違いなくガキどもの心に傷がつく。俺は優しい記事は書けねぇからな。鬼道ちゃんの妹が中学校の先生じゃなく、新聞記者になってりゃ丁度よかったのに」
「音無さんには、雷門で子ども達を守ってもらう必要があります」
「分かったよ。書くよ、書く。気が重いけどな」

 そんなやり取りの途中で、PCのメール着信音が響く。そのサブジェクト名を見て、すぐに目金はメールを開いた。

「あ、不動さん。その記事に、もう一つソースを追加です」
「んぁ、なんだ」
「今、その音無さんからメールが届きました。練習試合の写真です。マネージャーの子が撮ったものらしいんですけど、良く撮れてます」
「それが、なんだ?」
「……雷門の子どもたちの、辛そうな様子が克明に。この試合、雷門の負けだったんですけど、3-0ではなく3-1。誰も実力の半分も出せない、最初から負けなければいけない試合なんてしたくありません。その想いが取らせた1点でしょう」
「……なるほど。そこを強調して書けってことだな」
「はい。期待してます。あと、同じような記事を日本各地で上げてもらうよう、動いています」
「日本各地?」

 不動が聞き返す。

「ええ。北は北海道から南は沖縄まで。僕たちの仲間は全国区でしょ? サッカーに関しての噂を専門的に集めてくれる、秋葉の仲間もいますし」

 その言葉に、不動は目金のオタクぶりを思い出した。

「確かに、そうだな」

 通話口越しに、小さく笑いあう。

「あの時、僕たちも結構危ない目にあっていた。でも、それを助けてくれる大人がいたから、今の僕たちがいる。そう、思いませんか?」
「ああ、まったくだ。今度は俺たちが、その大人の役割を果たす番」

 その場にはいないけど、がっしりと手を組む感じが伝わってくる。

「そういやぁ、鬼道ちゃんはどーしてるの? 自分の妹が大変な時にさ」
「鬼道さんには、ビジネス的視点から追いかけてもらっています。これだけの組織が動くとなれば、当然資金面的な動きがあるはず。そこから核心に迫るために」
「ああ、らしいな」
「財前さんにも動いてもらってます。こちらは政界関係で。中学校という教育現場に介入してくるということは、何らかの政治的後盾が無いとできないこと。そこからも探りをいれなければ」
「凄いな、お前……」

 サッカー選手としては、まるで才能のないメンバーであったが、今のこの実務能力はどうだろう?

「だから、昔から言っていたじゃないですか。僕は、雷門の知性だと」

 実際は、今回のオペレーションの骨子を出したのは、久遠監督だ。その骨子に沿って具体的な段取りをしたのが目金で、この場合どちらも優秀だったと言う事だ。

「……キャプテンは、どう動く?」
「キャプテンは、あの時とちっとも変りません。熱くて諦めない、そんなサッカーをやるだけです」
「はは、あいつらしい。あいつに監督される奴らは大変だな。いつでも、どこでも『サッカー、やろうぜ!!』って引っ張りまわされるんだぜ?」
「いいじゃないですか。だって、きっとそのサッカーは、とても楽しいサッカーに間違いないんです」


 そう言い切った目金の言葉には、『円堂守』への絶対の信頼が溢れていた。
 神童達が本来のサッカーを取り戻す戦いに赴くその時は、もうすぐそこまで迫っていた。



 2011年06月09日脱稿




   === あとがき ===

イナGO5話・6話に出てきた目金くんがものすごく好みに恰好良かったので、つい妄想がさく裂しました。
久遠監督と組んで、こんな事をしていればいいなv という、100%妄想SSです。




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